Credo, quia absurdum.

旧「Mani_Mani」。ちょっと改名気分でしたので。主に映画、音楽、本について。ときどき日記。

「異端の鳥」ヴァーツラフ・マルホウル

2020-10-31 01:24:47 | cinema

暴力的な描写や残虐なシーンなどがあることが匂わされているので、
観るのを躊躇する方も多いようでした。

確かにそういう表現は多いので間違った宣伝ではないですが、
過去にはいくらでも暴力や残虐を扱った映画があって、それらと比べて
この映画が殊更群を抜いて残虐ということは全然ないし、
実際には本当に避けるべきシーンとそうでないシーンを
十分意識して意図を持って設計されており、
人間の暴力性や残虐性を、真摯に取り扱うべきテーマとして意図していることがよくわかると思いました。

また、現実に、実際に、ヨーロッパで行われた暴力の類型の表現なのであって
好むと好まざるとにかかわらず直視すべき題材であるとも言えると思います。

まあ予期せず暴力を目の当たりにしてしまうという事態を避けることは
この映画の意図することと通じる配慮とも思います。

そういうことを踏まえて、席を立ったりせず受け止めることを求められていると思います。
ただ悲惨です残酷です嫌です苦しいですねーという映画では決してありません。

 

ひとりの少年の悲痛な運命の中での遍歴であるけれども、
エピソードごとに章立てされていて、どこか戯画的というか、
「カンタベリー物語」のような、グダグダな諸々あれこれを
枠・形式の中にすぽっと押し込めてどことなく整然としてしまうような印象もありました。

そのせいか、画面で起きていく少年の個人史を観ながら、
ヨーロッパの長い歴史の変遷を辿りなおしているニュアンスも感じられ、
また人が様々に抱いてきた憎悪・嫌悪の感情や意識のショウケースを見ているようでもありました。

最初のほうのあれはもう中世的な呪術と迷信の時代という感じだし
(中世がそういう時代だったかどうかはおいといて)
ウド・キアーの章なんかはいかにも「カンタベリー物語」とか
「デカメロン」とかそういうのに収まっていそうな話だし
あそこから馬賊だのなんだのの時代を経て近代戦になってみたいな。。。

 

で、このような(時代と意識の)変遷の末、
我々は(というかヨーロッパはということかもしれんけど)
ごく最近になって、ようやく個人の「名前」を得るに至ったのだ、と
あのラストは語っているような気がしました。

もしかしたらこれから言葉をもっと豊かに得ていくかもしれない。
という予感と共に、
しかしようやく得た「名前」を持ってこれから我々はどうしていくのだ?という
不安を伴った希望を観るものに託して終わるようなラストでした。

 

しかし、表現としては全編非常に抑制的で、
いかなる思いやメッセージがあるにしてもとりあえず全部無効になる他ない
暴力と残虐のもたらす沈鬱な「静寂」をよく表していたと思う。

ラストにほのかに浮かび上がる少年の心・感情・意志が、
その沈鬱な静寂から微小な波動として辛うじて伝わるかもしれない、
そういうレベルのラストだったと思う。

 

えーと、あと、随所でキリスト教とはなんなのかという
素朴な問いのようなものが織り込んであるようにも思えた。
憎悪や残虐と宗教との関わりを問わずしてこの世界を考えることはできるのか?的な。

映画『異端の鳥』日本版予告/10月9日(金)TOHOシネマズシャンテほか全国公開

 

****

ということで言うと、
最後近く、少年が「怒り」をあらわにするところは
すこし作為的な感じもしたな。
意思や感情の回復あるいは獲得ということではわかるけれども。

 

モノクロの映像はとてもよい感じ。
フィルムで撮ったということのようだが、
撮影もベテランの人のようだし、やはり長い間に培われた技術というのはすごいのかなあと
(いうただの感想)

で、あの映像がもたらすものは、多分この映画のもう一つの層
自然の中で生きることの過酷さと美しさみたいなのを
あからさまでなくしかしずっしりと表現する力なんじゃないかと思ったり。

 

キャストもそうそうたると言っていいと思うが
どういう経緯でこんなになったのかを知りたい感じもする。

ウド・キアーは出てきた瞬間にウド!となったが、
ハーヴェイはワタシの脳内ハーヴェイと違いすぎてすぐにわからなかった。
ジュリアンはあの人格の二面性というのにはもう適役すぎて困る。
(というどうでもよい感想)

で、彼らと普通にというか互角に関わってまったく違和感がない主演の少年は、
全然俳優でもなんでもない普通の子供だっていうのでまたすごいよねえ。。。

***

公式サイトからちょっと抜粋メモ
・イェジー・コシンスキが1965年に発表した代表作「ペインティッド・バード(初版邦題:異端の鳥)」が原作
・チェコ出身のヴァーツラフ・マルホウル監督が撮影に2年を費やし、最終的に計11年もの歳月をかけて映像化した。
・舞台となる国や場所を特定されないように使用される言語は、人工言語「スラヴィック・エスペラント語」を採用。
・配給はトランスフォーマー

 

あとお友達が教えてくれたSiouxsie And The Bansheesのこの歌。
懐かしい音だ。この盤は持っていなかった。
すじばん。

Painted Bird

コメント
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