演算として生きる意識としての人間、
それが当たり前となったときの人間世界のあり方、
そしてそこでの倫理とは。
そうしたイーガン的主題を核とした作品を集めた短編集を読みました。
現代の科学的な成果を踏まえつつ
未来へ演繹した世界を描く、
SFの王道にして最先端の感触。
でもここでのイーガンは、
設定やアイディアで最先端を切り開くという勢いよりも、
切り開いた地平を所与のものとして、
そこでの世界観とモラルのありようを追求しているようだ。
それは、あり得る世界への好奇心と想像力を
思いっきり刺激してくれるとともに、
我々が今現在いる世界の諸概念や倫理が
決して普遍的で不変のものではないということを
思い知らせてくれる。
ある面でまさに現代を生きる人に向けられたメッセージに満ちた良書である。
イーガンの邦訳短編集の中でもワタシは一番これが面白いと思う。
いや、でも『順列都市』や『ディアスポラ』などを読んだ後だから
そう思うのかな?
『クリスタルの夜』
電脳世界に生きる意識ある「生物」を、
珍しく?その外側の視点でとらえて、
外側におけるモラルの変動の物語として展開してみせる、
この短編集の入口にふさわしい短編。
発達した人工知能があるとき、
その運命、生殺与奪が「創造者」の恣意に委ねられることについての是非。
ある目標を設定して始められる進化について、
想定外の方向に進化する知能を軌道修正のために
「滅ぼす」ことは是か。
タイトルが示唆するものは明らかであろう。
『エキストラ』
1990年初出ということでやや古め。
臓器移植用クローンを巡り、
その可能性を病的に突き詰めて行く主人公の陥った運命とは。
意識を演算に還元してコンピュータ上で生きることで
永遠の時間を得る世界を前提とした作品を多く書いているイーガンだが、
そもそも意識とはどこにあるのかという問題は
なおミステリアスなものなのだ。
モラルの境界をさまよう主人公の因果応報的な物語。
彼がクローンを持ち得る数少ない富豪であるという設定も、
「黎明期」な感じだ。
『暗黒整数』
これが一番好きかも。
短編集『ひとりっ子』所収の『ルミナス』の続編なので、
そちらを読んでからの方が断然楽しめる。
現実世界の秩序がその物理法則を基盤としているならば、
それは数学的な原理を基礎としているだろう。
しかし、我々が持っているものとは異なる体系の数学が存在するとしたら、
それを基盤とした平行宇宙的な異世界が存在してもいいだろう。
そうしたユニークなアイディアを展開した『ルミナス』だったが、
本作ではその二つの世界の境界がついに破れる物語である。
思索的な設定が、
スリリングな攻防劇に発展するのが面白くてたまらん。
目には見えないが存在する異世界を、
いわゆる暗黒物質に引っ掛けてみたタイトルセンスにも痺れる。
それもセンスだけでなくて
作品の仕掛けに密接に絡んだものなんだよね。
『グローリー』
少し趣向が変わり、イーガン的宇宙、
すなわち、ロジックとしての生を手に入れることで、
何千年という時間を過ごすことが可能になり、
一方でテクノロジーの進化で様々なマシンに自己を「インストール」可能となった世界での宇宙での、
異文明との出会いを通じた文明論。
主人公の宇宙では、
時間と空間が事実上障壁とならないことを背景に、
異文化との係争の意味を失い融合的に存在する広範な宇宙文明が成立している。
そこから数年の光速の旅の末に出会うのは、
まだ宇宙への進出を果たしていない発展途上の文明。
それぞれの文明を支える思想とモラルとは?
『ワンの絨毯』
これもまた面白いアイディア。
でも巨大分子からなるポリマーがチューリングマシンの機能を持つという
肝心のところの理屈がワタシにはよくわからないんだよね~
なんとなくわかる程度で。
まあでもそれをそういうものだと思って読めば、
これも多岐に渡るテーマを詰め込んだイーガンらしい物語。
永遠の生が可能になった時代に
我々は惑星間渡航により未知の生命を見つけにいくことがどんな物議をかもすか、
とか、
異星の生命を発見したとして
そこにどう関わっていくべきなのかというモラルの問題とか。
印象的なのが、人間以外の「意識」が宇宙にあるとすると、
いわゆる人間原理の誤りが実証されるよね?というところ。
多分イーガンは人間原理はつまらないと思ってるんだろうな。
長編『ディアスポラ』に改変の上組み込まれた短編。
『プランク・ダイヴ』
イーガン史上最強のハード短編。
正直なところほとんど理解不能。
ブラックホールに超発達テクノロジーとともに
人がダイヴすると何を発見するか?
それを豊かに想像することはできるとはいえ、
実際に?それを発見した人が生き延びることはない。
そのロマンを読み取って美しいラストを味わう以外何もできず。
ワタシはこのプロスペロの属する文化の中の人間だった。
物理学者だけが
この短編の真の美しさを知っているのだろう。。
ブラックホール内部で起きることを知るというのは、
ある面では死を体験するということと似ているのかも。
体験してみないと何が起きるのかわからず、
しかしわかったときにはそれを外部に伝える術がない。
『伝播』
美しい。
次の世紀の変わり目で成し遂げられる異星系惑星への「種子」の移植。
しかしその数十年後、
さらなる技術の進歩の中で
その偉業も色褪せ意味合いを失いつつある。
が、その偉業の関係者に
突然惑星への「訪問」の機会が訪れる。。
あるオートマティックなプロジェクトは、
目的達成後に再度プロジェクトを繰り返すことができる。
それによって種子は広く長く伝播していくことができる。
そのようなアイディアと、
そのことがもたらす影響への責任とを絡めて、
荒涼とした惑星の風景を背景に世捨て人的な老人たちに語らせる。
ということで、
『ひとりっ子』所収「ルミナス」を読んでから
本書を読むのがオススメ。