知的成長戦略論-クールに生きる

かっこよく生きるためのメモ。
知的に成長し、どんな状況でも平静を保てる力を身につける。

財政が厳しい理由。

2012年02月10日 | 国家論
一言で言うと、
 経営感覚がなかった
ということです。

国家も経営感覚が不可欠です。

売上とコスト(経費)を厳しくチェックし、
 利益が少しでも生まれるように、努力する。

売上の上昇と、コストの削減。
この2つに全力を尽くす。

シンプルですが、経営の基本です。

国家には、こうした経営感覚がありませんでした。

最たる例が、単年度予算の弊害と言うもの。

初めに予算組をしたら、それを使いきらないと、
翌年度は、減らされる。

そのため、無理にでも使おうということになる。

そうなると、費用対効果の悪い支出が行われる。
全く無駄な事業が行われる。

予算規模が大きくなれば、自分たちで使える予算が増えることになるので、
 どうしても必要ですよ。
といって、大きな予算をとるようにする。

予算を取れた人が出世する。


こうした仕組みが、
 官僚、政治家、企業、それに付随する天下り団体などの協会
の間で出来上がっていて、
 今では、だれも全体像を理解できない
状態になっているわけです。

会計検査院でも、全体像は把握できない。
そういった複雑な仕組みにしておいた方が、
 国民の批判をかわせるので、便利なわけです。


例えば、老人保健福祉関係予算は、
 平成23年度予算額2兆2,952億円から、24年度予算(案)は2兆4,273億円となりました。

この2兆4273億円が費用対効果の高い支出に当てられるか、
 もっと安く、ほどほどの効果がえられる代替案はないか
といった検証は、なされないわけです。

仕分け作業は、これをやろうとしたわけですが、
 結局、復活したりして、実効性がないまま終わった
わけです。

つまり、財政破綻の最大の要因は、
 支出をチェックするシステムがない
ということ。

経営者だったら、
 見積をもっと取って、安い業者を探せ
とか、
 値下げ交渉をしろ
と部下にプレッシャーをかけるわけですが、
 国家経営には、そういった視点はありません。

随意契約が未だに多いのも、関連団体への利益誘導です。

こういったことができる理由は、
 自分のお金ではない
からです。

経営者は、会社が倒産するおそれがあるため、
 コストの管理には、非常に敏感です。


国家経営は、所詮他人のお金です。

税金を払った人も、
 一端払ってしまえば、国家のお金になる
ので、
 自分のお金という意識が薄くなる
わけです。

そのため、子供手当のように、
 無差別にばらまかれると、得した気分になる。

富裕層からすると、自分が払った税金の方が、圧倒的に多いため、
 結果としては、損になっている
わけですが。

こういった、経営感覚がない人達に、
 お金の使途を決めさせる
と、
 破綻を招く
ことは、明らかです。


そのため、経営感覚がない者がリーダーとなった
 大きな国家は、破綻する
わけです。

北欧などが、福祉国家として、大きな国家として機能しているのは、
 人口規模が小さく、予算の支出がチェックできる範囲である
からです。

もし、日本のような1億2000万人規模の国家で、大きな国家を目指すのであれば、
 地方分権を推し進め、チェックできる規模にまで細分化したうえで、
 市民オンブズマンを中心としたチェックシステムや
 定期的に仕分け作業をきちんと行う
など、
 監査システムを整備する
必要があります。

今までのような、やりたい放題の国家システムでは、
 だれも通らない道路や、だれも使わない公共施設、
 だれも見ることがないパンフレット、効果のない広告
に無駄に使われてしまうだけです。

最近では、総務省の企業を対象とした統計調査が行われ、
 CMがばんばん流されていました。

もちろん、広告費、印刷代、人件費などがかかっています。
税務署や、労基署などと連携し、
 データのやり取りができるようにすれば、正確なデータが入手でき、
 ITを利用すれば、即座に集計できる
はずです。


企業側も、いちいちめんどくさい資料を作成させられるよりも、
 統計データとして利用されることに同意します
という同意書を提出したほうが、コストが少なくてすみます。

税務申告をしていない業者にだけ、個別調査を行えば、
かなりコストが抑えられます。

統計データが国益にかなうのであれば、
総務省の仕事としては必要なのかもしれないですが、
 データの正確性や企業に求める負担や、情報収集のコスト
を考えると、
 そこまでしても、入手するほどの価値(費用対効果)があるのか
を検討する必要があるわけです。

IT化がここまで進んだ時代に、ローテクの紙資料の提出、
 しかも、数年ごとの古いデータ収集
にどれほどの意味があるのかは、検証の余地があります。

むしろ、確定申告書類や労働関係書類の資料(データ)を利用して、
 単年度の正確なデータを活用したほうが(統計資料なので匿名性は維持される)、
 よほど、国益にかなう
と思います。
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