京大、立教などのテスト問題で、掲示板サイトが利用されていたという事件。
偽計業務妨害罪。
こういう事件が起きると、世間を騒がした罰として、
捜査当局は逮捕に踏み切るケースが多い
ので、逮捕される可能性があります(社会に与えた影響が大きいということは、罪を重くする情状になります。本人は全くその気はなくても、マスメディアが勝手に騒ぐと刑が重くなるわけです;)。
期末テストで利用していたとどきっとした人もいるはずですが、
おそらく、見せしめ目的での逮捕なので、今回のハンドルネームを逮捕しておしまい
で、そこまで気にする必要はないと思います。
こういう一般予防的なつるしあげは、どうかと思いますが、
堀江氏や村上氏も同じような感じです。
世間を騒がした・・という論法をメディアが使うわけですが、
自分で勝手に騒いで、被害者面をする
というのも、どうかと思います。
ただ、それが日本のメディアというものです。
(ちなみに、ニュージーランドで被災し、足を切断することになってしまった被災者の写真を
どのメディアもばんばん流していましたが、個別に許可をとっていたのでしょうか。
しかも、今後の影響などを丁寧に説明したうえでの同意でないと、同意の効力に疑問が残ります。
あれだけ流されると、静かに暮らしたいと思っても、新聞、雑誌、TVにより
記憶に残ってしまっているわけで、なかなか難しいと思います。
しかも、今後義足を作り、普通に暮らしたいと思っても、足を失った被災者という目で見られてしまい、
特別な目で見られないという普通な生活を送ることが困難になってしまう恐れもあります。
そっとしておいてほしいと思っても、勝手にメディアが騒いでしまう。
メディアは、テレビに出させてやっているんだぞ、報道されれば知名度が上がっていいだろっというような
横柄な態度が見え隠れするときがあります。
しかし、余計なお世話だという人も多いと思います。
特に、今回の場合、病院の写真が流れまくっていましたが、これからの影響はかなり大きく、
いろいろ心労も大きくなるだろうなと心配になりました。
おそらく、本人は日本でこんなに顔が出まくっているとは思っていなかったと思います。
被災者の顔を報道することの意義は何だろうか?
報道の自由とプライバシー権の論点も、考え出すといろいろな気づきがあると思います。
ちなみに、どういう風に使うかや、報道頻度、他のメディアに提供するかどうか、今後のリスクなどを
きちんと説明したうえで、同意をとっていた場合には、プライバシー権の放棄ということになります。
医療機関が撮影した写真で、きちんと本人の許可をとっていない場合には、プライバシー権侵害となる恐れがあります。
帰国の映像も、本人の同意が必要であると思います。
公人と異なり、あくまでも私人にすぎないので、プライバシー権が重視されますし、
身体的特徴に関する情報もプライバシー情報となります。
そっとしておいてほしいのに、勝手に許可もとらず、実名顔写真付きで、被災の事実、身体的特徴などを報道すれば、
プライバシー権侵害の恐れが高いと思います。
この場合、報道の自由よりプライバシー権が優先されます。
理由としては、報道の価値よりプライバシーの方が重要だからです。
これに対し、政治家の私生活などは、選挙にかかわることなので、政治家は公人として、プライバシーが少なくなっているわけです。
この辺は、表現の自由(21条)とプライバシー(13条の新しい人権 幸福追求権)を学ぶとよいと思います。
メディアはこの辺の理解が少ないので、私人でも許可なく平気で実名・顔写真報道をします。)
話が大分それましたが、
試験問題のネットの書き込みは、知的成長の題材としては、非常にためになります。
いろいろ書きたいのですが、2つにとどめます(長くなりすぎるため)。
一気に書き上げるので、いつもながら、誤字がいっぱいとなると思いますが、
短い時間で自分の思考をまとめるために書いているということで、ご了承ください。
まず、1つめ。
これからは、単純知識は役に立たないということ。
スマートフォンがあって、自由に使っていいよ。
ということになれば、
大学入試なんて余裕です。
検索と、教えてグーで対応できる。
覚えていることを吐きだすだけの試験では、その人の能力を測りきれないということです。
これは、人生でも同じ。
PCで、知識が容易に手に入る時代であれば、
暗記はそれほど重要ではない
ということ。
また、人の力を借りることができれば、
問題の解決に役立つ
ということです。
逆にいうと、みんなが使いこなせるようになれば、そこでは差がつかなくなるということ。
今回の事件は、ずるをした人だけが使っていたので問題となっているわけですが、
スマートフォン持ち込み自由
という試験であれば、
平等になる
わけです。
そこでは、差がつかない。
では、どこで差がつくのか?
ここからが、本題。
実は、
これからの人生のポイントはそこにある
と考えることができます。
つまり、PCなどを自由に使ってもよい試験です。
知識では、差がつかない。
これからは、儲けのスタイルを誰かが見つければ、それを真似する。
そういう時代になっていきます。
そうなると、真似される知識レベルでは役に立たないということになります。
これからの試験は、単純知識では解けない問題が出されるということ。
自分で考えなければならない問題です。
人生も同じだと思います。
単純知識では解けないよく分からない問題を、自分で決めて、自分で解いていく。
そういう試験です。
制限時間は、死ぬまで。いつ終わるかはよく分からない。
その時間内に、
お金を稼いだり、好きな人を見つけたり、家族を作ったり、友達を作ったり、趣味を見つけたり・・
といろいろ問題を作って解いていく。
それぞれに、幸福度という採点基準で点数がもらえる。
卒論もそれに近い。
自由にいろいろな資料を使ってよい。
その代わり、問題も自分で決めて、自分で答えを出す。
唯一絶対の答えはなく、自分の答えを追い求める。
そうなると、学校のテストのために、暗記だけの勉強があまり役立たないことが思います。
もちろん、暗記も英語の単語や数学の公式のように、必要不可欠ではあります。
しかし、それだけでは、答えが出ないのが人生です。
単語だけ知っていても、話せるようにならない。
公式だけ知っていても、使い方が分からないと意味がない。
もちろん、掲示板のように丁寧に教えてくれることもあります。
しかし、人生では、教えられないことの方が圧倒的に多いわけです。
仮に、どうしたら、お金を儲けることができますか?と億万長者に聞いても、
その答えをその聞いた人が実現できるとは限らない。
そうだね。3億円を1億円ずつに分散投資して、今なら、格安の資源で構成しているファンドを買って・・・
とその人の答えを聞いても、全く役に立たない。
どうしたら、試験に合格できますか?と合格者に聞いても、
聞いている人の能力がどの程度か分からない以上、適切なアドバイスなどできない
わけです。
こういう質問は、掲示板でも処理できないはずです。
これに似たのが、法律問題です。
法律の知識を掲示板などで、聞いても適切な答えが返ってこないはずです。
これが、PCが発達しても、弁護士がいなくなることはないと考える理由です。
法律の知識は一定でも、
この人の場合には、どういう構成で、どういう結論となるか
は、よく分からないことが多いわけです。
具体的にいうと、離婚の際の慰謝料なども、虐待の有無や程度、不貞行為の有無や程度、相手の収入、生活状況など
個別具体的な事情によって、さまざまで、一概にいくらという額が算定できるわけではないわけです。
法律構成でも、この人の場合には、例外が適用される・・・
なんてこともあります。
不確かな事実を前提とした、不確かなアドバイスに従ったために、
莫大な損害を受ける
ということもよくあるわけです。
掲示板サイトの場合、答えが一つであるので、正解にたどり着きやすいわけですが、
正解が一つではなかったり、人によってベストな答えが変わるという人生においては、
掲示板や検索の知識がそれほど効果を発揮しない
ことになります。
ここから、スキルアップの方向性が見えてきます。
これが、知的成長のヒントです。
つまり、
容易に検索できる知識を覚えても、お金にはならない
ということです。
逆に、
検索できないもの
や、
検索したものをうまく使って付加価値をつける
という
ビジネスはこれからも必要とされる
ということです。
スキルアップのテーマを見つけるヒントになると思います。
二つ目は、また次回。
偽計業務妨害罪。
こういう事件が起きると、世間を騒がした罰として、
捜査当局は逮捕に踏み切るケースが多い
ので、逮捕される可能性があります(社会に与えた影響が大きいということは、罪を重くする情状になります。本人は全くその気はなくても、マスメディアが勝手に騒ぐと刑が重くなるわけです;)。
期末テストで利用していたとどきっとした人もいるはずですが、
おそらく、見せしめ目的での逮捕なので、今回のハンドルネームを逮捕しておしまい
で、そこまで気にする必要はないと思います。
こういう一般予防的なつるしあげは、どうかと思いますが、
堀江氏や村上氏も同じような感じです。
世間を騒がした・・という論法をメディアが使うわけですが、
自分で勝手に騒いで、被害者面をする
というのも、どうかと思います。
ただ、それが日本のメディアというものです。
(ちなみに、ニュージーランドで被災し、足を切断することになってしまった被災者の写真を
どのメディアもばんばん流していましたが、個別に許可をとっていたのでしょうか。
しかも、今後の影響などを丁寧に説明したうえでの同意でないと、同意の効力に疑問が残ります。
あれだけ流されると、静かに暮らしたいと思っても、新聞、雑誌、TVにより
記憶に残ってしまっているわけで、なかなか難しいと思います。
しかも、今後義足を作り、普通に暮らしたいと思っても、足を失った被災者という目で見られてしまい、
特別な目で見られないという普通な生活を送ることが困難になってしまう恐れもあります。
そっとしておいてほしいと思っても、勝手にメディアが騒いでしまう。
メディアは、テレビに出させてやっているんだぞ、報道されれば知名度が上がっていいだろっというような
横柄な態度が見え隠れするときがあります。
しかし、余計なお世話だという人も多いと思います。
特に、今回の場合、病院の写真が流れまくっていましたが、これからの影響はかなり大きく、
いろいろ心労も大きくなるだろうなと心配になりました。
おそらく、本人は日本でこんなに顔が出まくっているとは思っていなかったと思います。
被災者の顔を報道することの意義は何だろうか?
報道の自由とプライバシー権の論点も、考え出すといろいろな気づきがあると思います。
ちなみに、どういう風に使うかや、報道頻度、他のメディアに提供するかどうか、今後のリスクなどを
きちんと説明したうえで、同意をとっていた場合には、プライバシー権の放棄ということになります。
医療機関が撮影した写真で、きちんと本人の許可をとっていない場合には、プライバシー権侵害となる恐れがあります。
帰国の映像も、本人の同意が必要であると思います。
公人と異なり、あくまでも私人にすぎないので、プライバシー権が重視されますし、
身体的特徴に関する情報もプライバシー情報となります。
そっとしておいてほしいのに、勝手に許可もとらず、実名顔写真付きで、被災の事実、身体的特徴などを報道すれば、
プライバシー権侵害の恐れが高いと思います。
この場合、報道の自由よりプライバシー権が優先されます。
理由としては、報道の価値よりプライバシーの方が重要だからです。
これに対し、政治家の私生活などは、選挙にかかわることなので、政治家は公人として、プライバシーが少なくなっているわけです。
この辺は、表現の自由(21条)とプライバシー(13条の新しい人権 幸福追求権)を学ぶとよいと思います。
メディアはこの辺の理解が少ないので、私人でも許可なく平気で実名・顔写真報道をします。)
話が大分それましたが、
試験問題のネットの書き込みは、知的成長の題材としては、非常にためになります。
いろいろ書きたいのですが、2つにとどめます(長くなりすぎるため)。
一気に書き上げるので、いつもながら、誤字がいっぱいとなると思いますが、
短い時間で自分の思考をまとめるために書いているということで、ご了承ください。
まず、1つめ。
これからは、単純知識は役に立たないということ。
スマートフォンがあって、自由に使っていいよ。
ということになれば、
大学入試なんて余裕です。
検索と、教えてグーで対応できる。
覚えていることを吐きだすだけの試験では、その人の能力を測りきれないということです。
これは、人生でも同じ。
PCで、知識が容易に手に入る時代であれば、
暗記はそれほど重要ではない
ということ。
また、人の力を借りることができれば、
問題の解決に役立つ
ということです。
逆にいうと、みんなが使いこなせるようになれば、そこでは差がつかなくなるということ。
今回の事件は、ずるをした人だけが使っていたので問題となっているわけですが、
スマートフォン持ち込み自由
という試験であれば、
平等になる
わけです。
そこでは、差がつかない。
では、どこで差がつくのか?
ここからが、本題。
実は、
これからの人生のポイントはそこにある
と考えることができます。
つまり、PCなどを自由に使ってもよい試験です。
知識では、差がつかない。
これからは、儲けのスタイルを誰かが見つければ、それを真似する。
そういう時代になっていきます。
そうなると、真似される知識レベルでは役に立たないということになります。
これからの試験は、単純知識では解けない問題が出されるということ。
自分で考えなければならない問題です。
人生も同じだと思います。
単純知識では解けないよく分からない問題を、自分で決めて、自分で解いていく。
そういう試験です。
制限時間は、死ぬまで。いつ終わるかはよく分からない。
その時間内に、
お金を稼いだり、好きな人を見つけたり、家族を作ったり、友達を作ったり、趣味を見つけたり・・
といろいろ問題を作って解いていく。
それぞれに、幸福度という採点基準で点数がもらえる。
卒論もそれに近い。
自由にいろいろな資料を使ってよい。
その代わり、問題も自分で決めて、自分で答えを出す。
唯一絶対の答えはなく、自分の答えを追い求める。
そうなると、学校のテストのために、暗記だけの勉強があまり役立たないことが思います。
もちろん、暗記も英語の単語や数学の公式のように、必要不可欠ではあります。
しかし、それだけでは、答えが出ないのが人生です。
単語だけ知っていても、話せるようにならない。
公式だけ知っていても、使い方が分からないと意味がない。
もちろん、掲示板のように丁寧に教えてくれることもあります。
しかし、人生では、教えられないことの方が圧倒的に多いわけです。
仮に、どうしたら、お金を儲けることができますか?と億万長者に聞いても、
その答えをその聞いた人が実現できるとは限らない。
そうだね。3億円を1億円ずつに分散投資して、今なら、格安の資源で構成しているファンドを買って・・・
とその人の答えを聞いても、全く役に立たない。
どうしたら、試験に合格できますか?と合格者に聞いても、
聞いている人の能力がどの程度か分からない以上、適切なアドバイスなどできない
わけです。
こういう質問は、掲示板でも処理できないはずです。
これに似たのが、法律問題です。
法律の知識を掲示板などで、聞いても適切な答えが返ってこないはずです。
これが、PCが発達しても、弁護士がいなくなることはないと考える理由です。
法律の知識は一定でも、
この人の場合には、どういう構成で、どういう結論となるか
は、よく分からないことが多いわけです。
具体的にいうと、離婚の際の慰謝料なども、虐待の有無や程度、不貞行為の有無や程度、相手の収入、生活状況など
個別具体的な事情によって、さまざまで、一概にいくらという額が算定できるわけではないわけです。
法律構成でも、この人の場合には、例外が適用される・・・
なんてこともあります。
不確かな事実を前提とした、不確かなアドバイスに従ったために、
莫大な損害を受ける
ということもよくあるわけです。
掲示板サイトの場合、答えが一つであるので、正解にたどり着きやすいわけですが、
正解が一つではなかったり、人によってベストな答えが変わるという人生においては、
掲示板や検索の知識がそれほど効果を発揮しない
ことになります。
ここから、スキルアップの方向性が見えてきます。
これが、知的成長のヒントです。
つまり、
容易に検索できる知識を覚えても、お金にはならない
ということです。
逆に、
検索できないもの
や、
検索したものをうまく使って付加価値をつける
という
ビジネスはこれからも必要とされる
ということです。
スキルアップのテーマを見つけるヒントになると思います。
二つ目は、また次回。