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Kennyの城跡歩き:水口岡山城、現地見学会

2015-04-28 21:44:58 | 城址

  崩し落された石垣、門の礎石、
石階段、今回 発掘確認の遺跡です
    
水口岡山城 滋賀県水口町    
  秀吉の城、本当にあったんやとさらに実感 
    今回(第三次)はお城の本丸南斜面と三の丸虎口を発掘
                 Kennyの滋賀から情報発信
               このブログの掲載期間:5月1日~5月7日)
 

まずはそのお城ってどこに、誰の?
下の写真は三筋の街、滋賀県甲賀市水口町の航空写真です。
そして
緑の山が今回発掘調査のお城のある大岡山(現在の古城山)です。


                 
   山頂の白く細長い地が水口岡山城の主郭部分です
                        (水口町紹介パンフレットの写真に私が加筆)

水口岡山城
天正13年(1585)、秀吉は中村一氏(かずうじ)にこの城を築かせま
した。このころは既に東海の徳川家康や関東の北条氏は秀吉にとって
敵対する勢力であり東海道を眼下に見据え、鈴鹿峠を望む立地のこの
水口は東国への足掛かりとして重要な城でした。

  
     
水口町の、その昔の大手道から見た大岡山           お城の詳しい解説  
                                                                          (クリックで拡大します)
                     

         当日はお城のお祭り バルーンのお城が! 下から見た目、本物です


今回の発掘現場です

本丸南斜面:
岩盤の上に築かれた石垣が壊されて下に落とされていました



           石が下に転げ落ちています。石の後部は岩盤です。 斜面の下段

この南斜面のは大手道を境に二段構造になっており、それぞれに石垣が
組まれている。 しかしこの一段目は真下からではなくて岩盤から上が石
垣です
。この下段斜面だけで7m以上もあり、当時はまだそれだけの高さ
の石垣は築けなかったこともあり、うまく岩盤を利用しています。



            転げ落ちた石 その奥、上部には岩盤が見えます

それにしても落ちている石が少なすぎない? ですね。それは石の再利用
が考えられるそうです。その後別の築城に転用。またずーっと
後年に何か
の工事に転用されることもこういったケースではしばしばだったとか。



                            上の段も同様に崩されている

見学者が立っているところが大手道。そしてこの部分が上の段に組まれた
石垣の部分です。

                       

                       上の段から、下の石垣の段を見下ろした写真

三の丸虎口から門礎石、石階段が見つかりました






       上の二人は門の礎石に立っています。下の二人は石段を踏んでいます。
                             (当日配布のパンフレットから)



                            発掘現場を上から


 
                         三の丸から見た虎口

この虎口は平入(枡型にはなっていない)なので城内の儀礼的な虎口だ
ったのではないか、つまり三の丸は居住空間であった可能
性も出てきた
とのお話です。


当日会場で展示された発掘品

寺院の瓦が転用されていた


 

李朝系陶磁器




大勢の見学者




今回の調査で分かったこと

本丸は前周を石垣にめぐらされて下界から見ても壮大な、頑強さを誇る城
あったことが確実になりました。 それ以前の調査で検出した上段の石垣や
さらに北面に今も見ることが出来る(残っている)石垣からその様相が伺える
との事です。また岩盤が利用出来る所は岩盤を削って利用したと推測。

二つ目は、三の丸の構造と城門の存在。 どうやら瓦葺ではなったようだ。

三つ目は、築城時に資材不足で寺院から多くの瓦を転用したことが判明。


                         本丸北側に今も残る石垣                       

これだけ当時の遺跡・遺物を見せて貰ったら!
東海道を見下ろす山。 東国との通過点でもあるこの水口。 お城・砦(跡)
の多い滋賀県に住
んで、ちょこっと城跡歩きをしている私のような者にとっ
このような城跡、現地見学会は、本当にありがたい催し、勉強の場です。
関係者の皆様に感謝します。

           
                             当日参加者が頂いた資料

       本当にあったんだここに! 威容を誇る拠点城郭が

破城
関ヶ原の合戦で西軍が破れ、東軍(徳川)によって東海道を睨む
秀吉にと
って超重要拠点だったこの城も叩き潰されたのですが、
崩し落とされた石
垣を見て、
なるほど、物語風に聞いていたこのお城、今日の見学でしっか
りと実像を見た気が
しました。 

虎口(こぐち)
お城の入口、入城門のことです。敵侵入時の応戦のために色々と工夫が
されていますが、もっとも一般的な工夫は入り口を鉤型に直角にまげた
枡形虎口です。それに対して現在のお寺のように真っ直ぐに入れる虎口
平入り虎口といいます。

お断り
本丸跡や三の丸跡の主催者の説明(文)では「伝」という文字が頭につい
ています。これはそのことが伝承、そのようだ、との域を出ていない場合
伝本丸跡、と表現されます。 ここではその伝は省略させて頂きました。


    
参考資料: 当日頂いたパンフレット(上の写真)、ウィキペディア

                  

        今日もご覧くださいましてありがとうございました

 

 

 

コメント (3)    この記事についてブログを書く
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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
水口岡山城 (めりい)
2015-05-02 16:49:47
水口岡山城の発掘調査現地説明会に行かれたのですね。

kennyさんはとても熱心に勉強されてますね。
写真に白い文字で書かれた石垣の説明、なるほど、私も理解できました。
ありがとうございます。

バルーンのお城、私も去年(だったかな?)見ましたよ。
お城のイメージが湧いて、いいですね。
返信する
滋賀県ってすごいですね! (Kenny)
2015-05-02 20:12:36
神奈川県のブログ仲間が、表現はしっかりと覚えていないのですが、「滋賀には古刹、史跡・城跡、となんでもとり揃えてございます」と比喩的に書いておられました。 

郷土史に興味を持ち始めたころはこのお城がこれだけ深い内容の、こんなに大規模な、歴史を動かすお城とはしりませんでした。 過日は夢中になって聞き入っていました。思わず(笑)です。 

あのバルーン、アイデアですね。発案された方に大拍手です。いづれ再現されることに繋がればと思います。 

コメントありがとうございます。
返信する
歴史が明らかに! (ちひろ)
2015-05-05 21:07:50
kennyさま、こんばんわ。
水口岡山城跡の発掘調査が進んできているのですね!
私も一度だけ山頂まで登って結構広いので驚きましたが、
どんなお城が建っていたのだろうと、興味が湧いてきます!
城主が秀吉となれば関心も高まりますね!
発掘や説明会の様子を丁寧にブログ発進していただいて、古城山に愛着心が湧いてきました。
又運動のため登りますね!
返信する

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