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雇用・利子及び貨幣の一般理論 ケインズ新訳

2012-03-28 02:02:51 | マクロ経済
今度,講談社学術文庫からケインズの一般理論の新訳が出版されてて,訳が読みやすいと評判なんで,買ってみました。

数章読んでみてびっくり。

異様なほど読みやすい。

一般理論は難解なことで有名だし,経済学者じゃない訳者が正確に訳せるのか,とかいう指摘もあるみたいですが,そういう指摘はナンセンスに思えてくるほどこの新訳は読みやすい。

まず,この文章,古い塩野谷訳なんですが,第一章の抜粋です。

そればかりでなく,古典派理論が想定する特殊な場合の特徴は,我々が現実に生活している経済社会とは異なっており,もし我々がその教義を経験の事実に当てはめようとすれば人を誤り導き,災害をもたらす結果となるのである。

ケインズの一般理論だ、と思って読むのでこんなもんだろう,と思うだけで,いきなり読まされれば,マトモな文章とは思ってもらえないでしょうね。

特殊な場合の特徴は,って特殊じゃない場合もあるってことなのか。
経験の事実に当てはめようとすれば,って,なんのこっちゃ。誤り導き,なんて意味は取れるけれども,初めて見る表現ですな。教義を当てはめたら災害がもたらされるってどういうことなんだろう。なんの災害なんだろうと、まあ,意味がとれないことはないけれども,かなり不自然で読みにくい。素人読者は,このあたりでもういやになってくるんで。いかにも直訳調で自然な日本語とはとてもいえません。

まだ,売り物のレベルに達していないと言っても良いかもですね。

以下新訳。

さらに古典派理論が想定する特殊ケースの特徴は、私たちが実際に暮らしている経済社会の特徴とは違います。だから経験上の事実に適用したら古典派の教えは間違った方向を示して散々な結果を招いてしまうのです。


素晴らしい。こなれた日本語です。

特殊な場合,と訳すと分かりにくいので,わざわざ特殊ケースとしている。これは明らかに訳者の意図が働いています。ifクローズと受け取られるのを避けているんですね。

意味が拡散しないように,長いフレーズは短く切るなどの工夫のあとも見えますね。英語だと語順の関係で長くても意味が簡単に取れても,日本語に移し変えると何度も読み返さないと分からない文章になったりするんですが,そういう場合は一旦文章を切って訳したほうが良いんですな。

そんなの恣意的だ,という批判は,ちょいと固く考えすぎだと思いますがね。

なんの抵抗もなく,すらすらと読み下せる新訳の方が明らかに優れていて,プロの仕事,という感じがしますな。

塩野谷訳は,つまりこういうことかな,ああいうことかな,とあれこれ考えながら読み込まねばならず,ケインズ理論どころじゃないっていうのがホントのところなんじゃないですかね。新訳を読んで受け止めた内容と同じものを,塩野谷訳で受け取れるか,という問題なんですな。

塩野谷訳では,正直なところ,災害をもたらす,というあたりでいろんな可能性を考えねばならず,苦しいですね。たとえば政策上の誤りでひどい災害をもたらすことをさしているんだろう,とか,単なる抽象的に災いをもたらすと言っているだけなんだろうか,とか。

翻訳は一つの技術であって,経済学者の技術とは,全く別なんですな。
たとえ専門書であっても,翻訳は翻訳のプロが行うべきではないか,と思いますな。学者は下訳くらいまでにとどめておいて,商品としてはプロが仕上げる,というのがよろしいんではないかと。

塩野谷訳の方が原文に忠実だ,

とおっしゃるような人は,原文で読む方が良いんでしょうな。
明らかに,山形訳の方が細かな配慮が行き届いて作業レベルが高く,読みやすい分だけ,手間隙がかかっていて,完成度が高い。
意味がきちんと取れるという意味でより正確である,とも言えるでしょう。

どうせ躓くんなら,訳文の読みにくさじゃなくて,ケインズ理論の難解さで躓きたいもんですな。


雇用、利子、お金の一般理論 (講談社学術文庫)
クリエーター情報なし
講談社



雇用・利子および貨幣の一般理論
クリエーター情報なし
東洋経済新報社