完全なる宇宙・神・愛から創造された自然界は完全です。
だから植物は地面に定着して・不動の精神にして、そのまま・このまま・あるがままの自然体で生きて、その役割使命をまっとうしています。
また動物は本能のままに食って寝て糞をしながら生きて、その役割使命を全うしています。
然るに人間も本能のままに食って寝て糞をしながら生きて、人それぞれの性格個性感性でもってその役割使命をまっとうしています。
ところが人間意識の中に良い悪いで判断する矛盾意識・不完全意識が仕組まれ持っています。
その人間だけが持つ矛盾意識・不完全意識が仕組まれた原因にあるのが…
植物や動物があるがままの愛にして・自然の成り行きに任せて生きていることの…
そのありがたさ・おかげさま・自然体の愛に目覚め気付き自覚納得できる…
その愛意識の人間になるためです。
…矛盾する不完全意識から卒業して=自然体の愛に目覚めることです…
ところが万物の長なる人間には思い考える能力や技術や知恵英知がありますから…
然るに…此れではダメだの不満と何とかしなければの欲の度合いが時代ごとに過ぎているのに…それに気付かずにして…キリもなく求めることとなったのです。
然るに…欲と不満からして動いて満足を得るという矛盾で生きるのが当たり前になったのです。
…その結果…物質文化文明が進化発展しました…
だから満足もあれば不満にもなる、喜びもあれば悲しみにもなる、楽もあれば苦しみもある、そんな喜怒哀楽の矛盾の繰り返しや、また人の不幸が己の幸せに思えるような矛盾で生きることにもなったのです。
しかも喜怒哀楽の中途半端な思いで生きていれば満足しきれないから…生きているようで生きていない…生きていることが実感できないことからして…
そこで人為人工的な諸々の変化刺激で生きることにもなり…それが生き甲斐にも思えるように様変わりしたのです。
ちなみに何度も書いていることですから…多くの人は理解できていると思われますが…
不完全な矛盾で生き続けることは間違いであり…この世人間界の方向性が「狂って」いるのです。
然るに古今東西の歴史史実に見られるように…ところかまわず極悪非道の人殺しが繰り返され、また仲間同士が戦う・人類が戦い合う、そんな悲惨な結果=狂気の沙汰=が繰り返されています。
ところがそれらは原因あっての結果からして…事の始まりは小さないざこざが原因なのです。
然るに巷や家族の中のいざこざ・不平不満が原因となって人殺しや戦争にもつながっているのです。
その最たる原因が「欲張り」なのです。
然るに数に限りがある有限の世界でもって欲張っていることが原因なのです。
然るに欲張ることが狂気の沙汰となっているのは事実です。
だから私やあなた方が欲張ることは…己の意識精神心が狂っているのです。
そこで巷の狂気の沙汰の加害者や被害者に巻き込まれないためにも欲張ることから離れなければならないのです。
となれば当然ながら孤独の自由にして生きることになります。
何たって人が集まるところには欲が渦巻いているからです。
然るに自分さえ良ければの孤独の自由にして生きている私が世間では変人であっても、巷に大勢いる狂人ではありません。
だから暇しながら心穏やかな精神安定にして日々呑気に暮らしています。
そして(暇だけに)(変化刺激から離れているから)豊かな自然界の四季折々の恵みに喜び感謝しながら生きていることの価値が見出せたのです。
…欲張らなくても満足納得して生きていけるのです…
…狂っていた心精神意識が修正改革されたのです…
だから植物は地面に定着して・不動の精神にして、そのまま・このまま・あるがままの自然体で生きて、その役割使命をまっとうしています。
また動物は本能のままに食って寝て糞をしながら生きて、その役割使命を全うしています。
然るに人間も本能のままに食って寝て糞をしながら生きて、人それぞれの性格個性感性でもってその役割使命をまっとうしています。
ところが人間意識の中に良い悪いで判断する矛盾意識・不完全意識が仕組まれ持っています。
その人間だけが持つ矛盾意識・不完全意識が仕組まれた原因にあるのが…
植物や動物があるがままの愛にして・自然の成り行きに任せて生きていることの…
そのありがたさ・おかげさま・自然体の愛に目覚め気付き自覚納得できる…
その愛意識の人間になるためです。
…矛盾する不完全意識から卒業して=自然体の愛に目覚めることです…
ところが万物の長なる人間には思い考える能力や技術や知恵英知がありますから…
然るに…此れではダメだの不満と何とかしなければの欲の度合いが時代ごとに過ぎているのに…それに気付かずにして…キリもなく求めることとなったのです。
然るに…欲と不満からして動いて満足を得るという矛盾で生きるのが当たり前になったのです。
…その結果…物質文化文明が進化発展しました…
だから満足もあれば不満にもなる、喜びもあれば悲しみにもなる、楽もあれば苦しみもある、そんな喜怒哀楽の矛盾の繰り返しや、また人の不幸が己の幸せに思えるような矛盾で生きることにもなったのです。
しかも喜怒哀楽の中途半端な思いで生きていれば満足しきれないから…生きているようで生きていない…生きていることが実感できないことからして…
そこで人為人工的な諸々の変化刺激で生きることにもなり…それが生き甲斐にも思えるように様変わりしたのです。
ちなみに何度も書いていることですから…多くの人は理解できていると思われますが…
不完全な矛盾で生き続けることは間違いであり…この世人間界の方向性が「狂って」いるのです。
然るに古今東西の歴史史実に見られるように…ところかまわず極悪非道の人殺しが繰り返され、また仲間同士が戦う・人類が戦い合う、そんな悲惨な結果=狂気の沙汰=が繰り返されています。
ところがそれらは原因あっての結果からして…事の始まりは小さないざこざが原因なのです。
然るに巷や家族の中のいざこざ・不平不満が原因となって人殺しや戦争にもつながっているのです。
その最たる原因が「欲張り」なのです。
然るに数に限りがある有限の世界でもって欲張っていることが原因なのです。
然るに欲張ることが狂気の沙汰となっているのは事実です。
だから私やあなた方が欲張ることは…己の意識精神心が狂っているのです。
そこで巷の狂気の沙汰の加害者や被害者に巻き込まれないためにも欲張ることから離れなければならないのです。
となれば当然ながら孤独の自由にして生きることになります。
何たって人が集まるところには欲が渦巻いているからです。
然るに自分さえ良ければの孤独の自由にして生きている私が世間では変人であっても、巷に大勢いる狂人ではありません。
だから暇しながら心穏やかな精神安定にして日々呑気に暮らしています。
そして(暇だけに)(変化刺激から離れているから)豊かな自然界の四季折々の恵みに喜び感謝しながら生きていることの価値が見出せたのです。
…欲張らなくても満足納得して生きていけるのです…
…狂っていた心精神意識が修正改革されたのです…