3月22日分。
毎度。ここ数日、動画編集作業を完全にストップして、代わりにニコニコ生放送の方へ若干進出し、様子見程度ですが、生枠を自分で開いております。幽霊です。まあ、生声は出しませんし、やっていることと言えば、日々デイリー的に消化している「かんぱに」の垂れ流し放送なのですけれども。
せいぜいが1時間程度しか枠をやらないのですが、なるほど生放送というのは、凝らないのであれば至極これは楽だなぁと感じます。ただ、逆に動画にしないと出来ない部分はやっぱりハッキリとあるな、というのが現状の感想でもありますね……。相当しっかり企画しないと、見応えのある生放送というのは作れない気がします。
そういう意味では、「見応えのある」ものを用意するには、動画の方が向いているなという印象。まあ、生放送はあくまでもライブ感と交流を重点に置くものであり、動画とはそも目的がだいぶ違うモノなので、その辺りは使い分けていけば良いのかなと。実際生放送をやってみた感じ、思っていた以上に、中身にこだわらなければかなり気楽に出来ますね、コレは。こっちに比重を置いてしまうと、確かに動画投稿者はこれは動画を作らなくなってしまうのも道理かなぁとは思います。
さて、本日の拾いものネタは、「ワンピ尾田氏が漫画家志望者に向けたアドバイスが正論と話題 「たった31ページ描くのに何ウダウダやってるんですか」」といった話を。キャリコネニュースが出本なので正直あんまり……という部分はあるにせよ、このアドバイスに関しては確かに、厳しい言い方ではありますが、正しい。ああいや、これはまだ割とマイルドに言い直しているんじゃないか、と思うくらいではあります。
一応、動画を70本以上作ってきて思うのは、「最初の一本で80点以上を取ろうとして」延々悩み続けているより、「赤点でもいいから10本作って」経験値を積み上げた方が良いな、ということ。うちの動画の現状でのスタンスは、ほぼ後者の方になってきています。まあそれでも最低限の及第点ラインは取っておきたくもありますが、まず表に出さないと0点どころか「未回答」扱いになりますので。
今でもニコ動の関連知人の中に、「やってみたいけど……」と足踏みをしてしまう人がちょいちょいいたりするのですが。そういう人に限って、「1本で100点を取ろうとする」傾向が強い気がします。動ける人は割とさくっと動き始めてしまって、数を稼いで積み上げるか、「ああコレは自分にはツマラン」とさらっと止めてしまうか、結構判断が速い感。やはり続く人というのは、かなり稀です。
実のところ、私自身、休職期間を終えて丸一年経ちましたが、未だに動画投稿を続けていたことに少々驚きもあります。割と早々に飽きるか、成り立たなくなるかすると思っていた節もあり、まだ動画の内容に関しての向上意欲が多少なり残っていることに再度の驚きもあります。つまり、自分自身すら「続く人」の側に入るとはあまり思っていなかったのですよね……。
これも正直な話ですが、一番最初に作った動画は、あの当時としては結構良く出来たと自分では思っていた筈なのです。ただ、今になって見返してみるともう……うん、見るのが辛いくらいに出来が悪い。ただ、そう思えるのは、ある程度数をこなして経験値が積み上がったからこそで、やっぱり「最初から100点は取れない」ということでもありますね。
実際に、うちの父親殿はクリエイティブな方面で生活の糧を得ているわけなのですが。以前にも書いた気もしますけれども、その父親殿曰く、「全部ホームランを狙うのは無理、3割打者を目指せば良いし、たまにツーベースが打てるくらいで良い」とのこと。せやなぁ、と今でも思います。生活の糧にまでするとなると、やはり一本で終わりとは行かない訳でして、そうなると出すモノ全てでホームラン(100点)を出すのは無理がある。ほどほどの当たりをコンスタントに、という方向性になるということですね。
プロの漫画家になるということは、週刊誌での単純計算では年間900Pをコンスタントに量産し続けることになる訳で、その全てに100点をずっとたたき出し続けることは無理がある。とにかく数を積み上げ続けさえすれば良いとは言えないでしょうが、最初から100点はまず間違いなく出ないし、プロですら100点は出ないもの。だからこそ、31Pごときで足を止めてどうする、と。
まあ、実際に量産が出来ているプロだからこそ言える言葉ですし、捉えようによっては思いっきりブラックな発言である面もありましょう。ただ、「出してこない限り存在しないのと同じ」でもあります。自分の中に構想がある「だけ」では、作品としては、特に商業作品として言うのならきっぱりと「何の価値も無い」のと同じです。
失敗作を出すのは怖いと私自身今でも思うのですけれども、それでも、自分の中にあるモノを何かしら「形にして」「表に出す」ということをしないと、経験値にもならないし、評価も受けられないし、存在すらしないことになる。失敗なら失敗で、ああコレやるとアカンねやなぁということを身をもって理解できたりもしますし。ともかく、出来が悪かろうがまず出すのが宜しい、かも。作る側を目指すのであれば、ということですけれどもね。
なお、私自身が最初に作った動画は、モノの見事な失敗作でした。動画時間が長すぎて、エンコードしたら画質が壊滅したんですよねぇ。その後に作り直した投稿動画の1本目にしても、今にして見れば「こりゃアカン」がたくさん。それを延々70本超繰り返してきました。不思議と、今でも次を作ろうかねと思えるわけで、その意欲が続く間はもうちょい作りましょうかね、と。
……で、その動画編集の話ですが、まあさすがにそろそろ次に着手の予定です。何となく動画全体の作りは思い描ける段階になりつつあるので、後はネタを拾い直しつつといったところ。ネタがどうにも足りないことも踏まえ、もう一度、今までやっていなかったスタイルのことを試しにやってみようかなと。上手くいくかは作ってみて、自分で眺め返して、ついでにコメントでの反応を見てから考えましょう。
毎回完全に同じことを繰り返しても仕方がないし、進歩も無いので、まあ多少はしくじることも考慮に入れつつで新しいことをちまっとくらいは入れ込むべきとは思っております、はい。自分では上手くいったと思っていても、後で振り返ってみると「こりゃアカン」になっていることも往々にしてありますけれども……まあ、仕方ないね。
さておき、生放送枠を自分で開いて数回やってみると、一応自分の動画スタイルというのは、生放送をハッキリ意識した上で、生放送とは違うことをやろうとし続けてはきたんだなと。あの見せ方はどうしても生放送ではなかなか出来ないので、動画としての主旨は一応満たしてはいたんだなぁということを実感として把握できました。方向性としては間違っていない、と多少の自負は持てるようになった模様。ま、面白いかは別問題ですが。
ではでは。今回の更新はこんなところで。ひゅう、どろん。
毎度。ここ数日、動画編集作業を完全にストップして、代わりにニコニコ生放送の方へ若干進出し、様子見程度ですが、生枠を自分で開いております。幽霊です。まあ、生声は出しませんし、やっていることと言えば、日々デイリー的に消化している「かんぱに」の垂れ流し放送なのですけれども。
せいぜいが1時間程度しか枠をやらないのですが、なるほど生放送というのは、凝らないのであれば至極これは楽だなぁと感じます。ただ、逆に動画にしないと出来ない部分はやっぱりハッキリとあるな、というのが現状の感想でもありますね……。相当しっかり企画しないと、見応えのある生放送というのは作れない気がします。
そういう意味では、「見応えのある」ものを用意するには、動画の方が向いているなという印象。まあ、生放送はあくまでもライブ感と交流を重点に置くものであり、動画とはそも目的がだいぶ違うモノなので、その辺りは使い分けていけば良いのかなと。実際生放送をやってみた感じ、思っていた以上に、中身にこだわらなければかなり気楽に出来ますね、コレは。こっちに比重を置いてしまうと、確かに動画投稿者はこれは動画を作らなくなってしまうのも道理かなぁとは思います。
さて、本日の拾いものネタは、「ワンピ尾田氏が漫画家志望者に向けたアドバイスが正論と話題 「たった31ページ描くのに何ウダウダやってるんですか」」といった話を。キャリコネニュースが出本なので正直あんまり……という部分はあるにせよ、このアドバイスに関しては確かに、厳しい言い方ではありますが、正しい。ああいや、これはまだ割とマイルドに言い直しているんじゃないか、と思うくらいではあります。
一応、動画を70本以上作ってきて思うのは、「最初の一本で80点以上を取ろうとして」延々悩み続けているより、「赤点でもいいから10本作って」経験値を積み上げた方が良いな、ということ。うちの動画の現状でのスタンスは、ほぼ後者の方になってきています。まあそれでも最低限の及第点ラインは取っておきたくもありますが、まず表に出さないと0点どころか「未回答」扱いになりますので。
今でもニコ動の関連知人の中に、「やってみたいけど……」と足踏みをしてしまう人がちょいちょいいたりするのですが。そういう人に限って、「1本で100点を取ろうとする」傾向が強い気がします。動ける人は割とさくっと動き始めてしまって、数を稼いで積み上げるか、「ああコレは自分にはツマラン」とさらっと止めてしまうか、結構判断が速い感。やはり続く人というのは、かなり稀です。
実のところ、私自身、休職期間を終えて丸一年経ちましたが、未だに動画投稿を続けていたことに少々驚きもあります。割と早々に飽きるか、成り立たなくなるかすると思っていた節もあり、まだ動画の内容に関しての向上意欲が多少なり残っていることに再度の驚きもあります。つまり、自分自身すら「続く人」の側に入るとはあまり思っていなかったのですよね……。
これも正直な話ですが、一番最初に作った動画は、あの当時としては結構良く出来たと自分では思っていた筈なのです。ただ、今になって見返してみるともう……うん、見るのが辛いくらいに出来が悪い。ただ、そう思えるのは、ある程度数をこなして経験値が積み上がったからこそで、やっぱり「最初から100点は取れない」ということでもありますね。
実際に、うちの父親殿はクリエイティブな方面で生活の糧を得ているわけなのですが。以前にも書いた気もしますけれども、その父親殿曰く、「全部ホームランを狙うのは無理、3割打者を目指せば良いし、たまにツーベースが打てるくらいで良い」とのこと。せやなぁ、と今でも思います。生活の糧にまでするとなると、やはり一本で終わりとは行かない訳でして、そうなると出すモノ全てでホームラン(100点)を出すのは無理がある。ほどほどの当たりをコンスタントに、という方向性になるということですね。
プロの漫画家になるということは、週刊誌での単純計算では年間900Pをコンスタントに量産し続けることになる訳で、その全てに100点をずっとたたき出し続けることは無理がある。とにかく数を積み上げ続けさえすれば良いとは言えないでしょうが、最初から100点はまず間違いなく出ないし、プロですら100点は出ないもの。だからこそ、31Pごときで足を止めてどうする、と。
まあ、実際に量産が出来ているプロだからこそ言える言葉ですし、捉えようによっては思いっきりブラックな発言である面もありましょう。ただ、「出してこない限り存在しないのと同じ」でもあります。自分の中に構想がある「だけ」では、作品としては、特に商業作品として言うのならきっぱりと「何の価値も無い」のと同じです。
失敗作を出すのは怖いと私自身今でも思うのですけれども、それでも、自分の中にあるモノを何かしら「形にして」「表に出す」ということをしないと、経験値にもならないし、評価も受けられないし、存在すらしないことになる。失敗なら失敗で、ああコレやるとアカンねやなぁということを身をもって理解できたりもしますし。ともかく、出来が悪かろうがまず出すのが宜しい、かも。作る側を目指すのであれば、ということですけれどもね。
なお、私自身が最初に作った動画は、モノの見事な失敗作でした。動画時間が長すぎて、エンコードしたら画質が壊滅したんですよねぇ。その後に作り直した投稿動画の1本目にしても、今にして見れば「こりゃアカン」がたくさん。それを延々70本超繰り返してきました。不思議と、今でも次を作ろうかねと思えるわけで、その意欲が続く間はもうちょい作りましょうかね、と。
……で、その動画編集の話ですが、まあさすがにそろそろ次に着手の予定です。何となく動画全体の作りは思い描ける段階になりつつあるので、後はネタを拾い直しつつといったところ。ネタがどうにも足りないことも踏まえ、もう一度、今までやっていなかったスタイルのことを試しにやってみようかなと。上手くいくかは作ってみて、自分で眺め返して、ついでにコメントでの反応を見てから考えましょう。
毎回完全に同じことを繰り返しても仕方がないし、進歩も無いので、まあ多少はしくじることも考慮に入れつつで新しいことをちまっとくらいは入れ込むべきとは思っております、はい。自分では上手くいったと思っていても、後で振り返ってみると「こりゃアカン」になっていることも往々にしてありますけれども……まあ、仕方ないね。
さておき、生放送枠を自分で開いて数回やってみると、一応自分の動画スタイルというのは、生放送をハッキリ意識した上で、生放送とは違うことをやろうとし続けてはきたんだなと。あの見せ方はどうしても生放送ではなかなか出来ないので、動画としての主旨は一応満たしてはいたんだなぁということを実感として把握できました。方向性としては間違っていない、と多少の自負は持てるようになった模様。ま、面白いかは別問題ですが。
ではでは。今回の更新はこんなところで。ひゅう、どろん。