年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

東アジアのぬか漬とぬかみそ漬

2006年03月03日 | タクワン
東アジアの糠(ぬか)漬
糠味噌の始まりは‘じんだ‘と呼ばれ古くから存在していて,今で言う糠味噌床のようなもので,麹や大豆、米糠のようなものを水と塩で練ったもので、これ自体調味料(江戸時代)になっていて,魚,肉類や野菜を漬けて食べたり、じんだ床に漬けておけば漬物になりました。糠に塩を混ぜて漬ける糠漬けは、庶民が作るようになったのが江戸時代中期。米の生産の増加と精米技術の発達で糠が手に入るようになってからです。
 米糠を塩水で練っただけの糠味噌床は米食民族ならどこでも作っていそうですが,中国や東南アジアでも聞かれません。日本の漬物のほとんどは中国や朝鮮からですが糠漬けはありません。米糠を利用した漬物として「沢庵漬」がありますが中国や朝鮮(江戸時代の)に全くなく、日本の食文化が生んだ独自の漬物です。2005年韓国において沢庵製造の余り野菜のごみで作った餃子の腐敗事件がありました。韓国でも沢庵漬は(タックワン)といわれ,戦前,日本が朝鮮を植民地支配していた時、日本から輸出して,現地に普及した名残です。
 中国や朝鮮に沢庵漬(糠漬大根)の漬物がない理由として、
1 気温 中国南部の米作地方は気温が高く、米糠は腐敗しやすく,気温の低い中国北部は粉食(小麦の産地)で米糠が出ない。
2 中国や朝鮮の容器として,甕や壷で一般に使われていて,重石をかけて漬ける沢庵漬は樽か桶の容器でなければ漬からない。キムチ等のつけ方をみると重石は無いか軽い。日本の鹿児島県のつぼ漬はほとんど重石をかけていないので甕や壷に漬けられる。
3 大根の品種が沢庵に適していない。
4 沢庵を必要とする食文化がない(茶の湯等によって始まった会席料理)
中国における食文化
中国に「南粒北粉」という言葉がある。「南稲北麦」とも言われる。長江流域以南の湿潤地帯では稲が栽培され、それ以北の乾燥地帯では麦・雑穀の栽培がおこなわれる。これに応じて、南での主食は米飯(粒食)であり、北では粉食が主流となる。
米は杵、小麦は碾き臼の技術が必要となる。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする