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拡張幻想


大森望 日下三蔵 編    東京創元社

 毎年吉例、年間日本SF傑作選。第5集目。まずは今年もこの傑作選が出版されたことをSFを愛する者として喜びたい。大森、日下のご両所をはじめ、東京創元社編集部の小浜徹也氏、石亀航氏、そしてゲスト審査員の飛浩隆氏にねぎらいの言葉を贈りたい。まことにご苦労さまでした。来年も再来年も、この傑作選がずっと刊行され続けることを願う。
 さて、2011年度は、大きな衝撃を受けるできごとがあった。3月11日に起こった東日本大震災と福島の原発事故。SF界内部では小松左京を喪ったこと。そして、改めて惜しまれる伊藤計劃の存在。これらのことを受けて表現された作品がいくつか見受けられた傑作選である。
 で、小生は本書を読んで満足したか?結論をいう。いちおう空腹は満たされたが満腹はしなかった。傑作選と銘うっているからには、2011年に日本で発表されたSF短編の傑作は網羅されているはず。ところが本書を読了して、なにか忘れ物をしているような気がしてならぬ。なにか大事な傑作を忘れているのではないか。この忘れ物感はなんだろう。では収録作を紹介していこう。

宇宙でいちばん丈夫な糸  小川一水
 カーボンナノチューブの製造方法を考えた青年は、それを宇宙開発に使われるのを嫌がる。
5400万キロメートル彼方のツグミ 庄司卓
 AIを搭載した小惑星探査機が自意識を持った。AI開発者を「男」として意識する。
交信 恩田陸
 タイポグラフィ・ショートショート。はやぶさネタ。
巨星 堀晃
 小松さんを追悼する。ハードSFで。
新生 瀬名秀明
 小松さんを追悼する。エロで。
Mighty TOPIO とり・みき
 アトムの動力は原子力だったんだ。アトム、福島で働く。
神様2011 川上弘美
 熊とピクニックに行く。放射線の中を。
いま集合的無意識を 神林長平
 神林本人と思われる主人公が「伊藤計劃」と対話。伊藤計劃は亡くなった。気持ちは判るが、亡くなった人をいつまでも追悼してないで、とっとと自分の作品を書くべし。
美亜羽へ贈る拳銃 伴名練
 怪作。脳にインプラント。記憶性格を改変された美亜羽。そんな女を/に、愛するか/愛されるか。
黒い方程式 石持浅海
 ペスト菌に感染した女房をトイレに閉じ込めた。
超動く家にて 宮内悠介
 丸くってくるくる回っている現場で密室殺人。
フランケン・ふらん 木々津克久
 死んだ妹がタコになって生まれ変わった。妹とぐじゃぐじゃに。
結婚前夜 三雲岳斗
 娘は嫁に行く「ロマレス」へ。
ふるさとは時遠く 大西科学
 本書中一番の傑作。土地の標高によって時間の流れが違う。日本の中心地「高京市」は標高が高く時間の流れが速い。主人公は、そこからゆっくり時間が流れる故郷の低地へ帰ってきた。
絵里 新井素子
 新井さんの私小説かいな。
良い夜を持っている 円城塔
 円城塔としては判りやすい。お父さんは超絶的な記憶力を持っていた。ただし、普通のお父さんじゃなかった。
すべての夢|果てる地で 理山貞二
 第3回創元SF短編賞受賞作。限定的傑作。Kは三匹のフォッグ。アイザック、アーサー、ボブとともにニューヨークに飛ぶ。
 面白かった。ただし、それは小生がSFファンであるから。あちこちにSFファンの琴線をくすぐるくすぐりがいっぱい張ってある。クスリとしたりニンマリとするところ多々ある。もしこれをSFなんぞ読んだことがない人が読んでおもしろいだろうか。疑問である。いわば、SFファン向けの楽屋オチ的作品である。
 後記で日下氏が書いているが、この作品の受賞に関して、当初、小浜氏日下氏が反対、大森氏飛氏が賛成とのこと。小生は小浜日下組にくみする。
 いやしくも日本SFの年間傑作選に掲載される作品である。SFファンにしか評価できない作品を、これが受賞作であるとうたって掲載していいものだろうか。そもそも根本的な問いかけをしたい。本書はだれに読んでもらおうと思って刊行されたのだ。小生のごとき40年以上SFファンをやっている、マニア向けに刊行されたのか。そうでないのか。
 例えば、日ごろは佐伯泰英や東野圭吾を読んでいて、SFなんて生まれてから読んだことがないという人が、たまたま東京出張の新幹線での退屈をしのぐため、本書を手にして、この「すべての夢|果てる地で」を読んで面白いと思うだろうか。だいたいSFになじみのない人に元ネタが判るだろうか。アイザック、アーサー、ボブがアシモフ、クラーク、ハインラインのことだと判るだろうか。
 こういうSFファンの内輪受けの作品ばかりが評価されると、日本SFの未来は先細りとなる。

 

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