風に吹かれすぎて

今日はどんな風が吹いているのでしょうか

2010年08月06日 | いい加減
公園で茶色いコートを着た男が、尖った声で何かを叫んでいた。
誰も聴いている者はいないのだが、男は叫び続けていた。
数百メートルは離れたいたので、男の表情は分からない。
時折風が枯葉を舞い上げて、男の叫びが途切れる。

誰かが犬をけしかけてその男を追い散らす光景を想像して、おれは一人でくすくす笑った。
男はあわてて駆け出し、コートの裾を犬に噛まれて思いっきり転ぶのだ。
男は悲鳴を上げ、犬の牙から両腕で顔を守る。
犬はひとしきり吼え上げ、すっかり自分の勝利を確信すると、ふんと男から興味を失い、飼い主のところへ戻るのだ。

叫びつつける男を眺めるのにも飽きて、おれは背後に広がる木立へと足を踏み入れた。
かさこそ鳴る枯葉を踏みしめて、奥へ奥へと歩いていった。
ちょろちょろと流れている流れがあり、その奥には白樺の木に囲まれた池があった。
すっかり葉を落とした白樺の梢を透かして、暮れゆくミカン色の光が水面に揺れている。

あたりは静まり返っているのだが、忘れた頃に風が強く吹き、木立がざわりざわりと揺れる。
太古の昔から何度も見てきたはずの光景だ。
こういう光景に接する時は決まって独りだ。
傍らに誰かがいるということはない。

口笛を吹いてみようと思ったのだが、息がかすれて上手く吹けない。
吹いてみたところで、楽しくないだろうことにすぐ気がついて、吹くのをやめた。
枯葉のかさこそいう音や、枝と枝とがこすりあう音に耳を澄ませばよい。
静けさの中に無限のメッセージが聞こえ出したら、太古からお決まりの物思いにふけることになる。

我にかえると、身体はすっかり冷え切り、辺りみはインクの闇が降りてきている。
風も次第に持続的で、強くなってきている。
立ち上がってズボンの尻やら、裾やらの埃や、ジュクジュクした枯葉や小枝を払って、立ち上がる。
もはや、言いたいことなどだれにもない。

暗い夜空に月影さへなく風吼える。

それで蠢くというのが人の心。
「強さとは か弱き心の 裏返し」
だれが歌ったか、風の吹く。