鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

霧の季節

2006-06-16 16:53:55 | ゼニガタアザラシ・海獣
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All photos by Chishima,J.
ゼニガタアザラシのオス成獣 2006年6月 北海道東部)

 「ザッパーン」。一筋の荒波が激しく磯を洗い、先ほどから上陸していたゼニガタアザラシの雄が、いかにも億劫気に体を反らした。岩を上り詰めて勢いを失った波が再び海に戻ってゆくと、アザラシは何事も無かったかのように、また惰眠を貪り始めた。

 見るからに長閑な光景であるが、彼の後肢に刻まれた真新しい傷は、彼の境遇が決して長閑ではないことを物語っている。彼が自分のことを何と思っているか知る由もないが、我々はこの雄を「M12」(Mは英語で雄を表わすmaleの略で、雄の12番という意味)という名で呼んで、個体識別している。1997年に5歳前後として初めて登録されたので、今年は14歳前後ということになる。ゼニガタアザラシにおける生物学的な性成熟は5歳前後であるが、社会的にも成熟して繁殖に参加できるのはそれから更に数年がかかると考えられている。寿命は不明な点が多いが、おそらく20数年から30年くらいである。したがって、14歳前後の今は、雄としてもっとも脂の乗った時期かもしれない。5月に始まった出産・育仔の時期はそろそろ収束に向かい、子供が離乳して発情の兆候を示す雌も多くなってきた。昼間は平和な時間を送っているかに見えるこの雄も、雌が索餌に出るであろう夜間には海中で、雌との配偶の機会をめぐって雄同士の激しい闘いに明け暮れているのではないだろうか。


霧の中のゼニガタアザラシ
2006年6月 北海道東部
白色のベールに覆われつつある上陸岩礁の上を、オオセグロカモメが飛んでいった。
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道東の海岸線
2006年6月 北海道東部
釧路以東の太平洋岸は、このような岬と海蝕崖を中心とした岩石海岸が多い。
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 「ピッピッピッピッピッ…」。波音を縫ってケイマフリの声が、崖上にいる私の耳元まで聞こえてきた。かつては北海道の各地でコロニーを形成して繁殖していた本種は、混獲や繁殖地への人の立ち入りによってその数を大きく減らしたが、この無人島では数十羽がかろうじて生き残っている。ケイマフリも今は恋の季節。海上に目を転じると所々でつがいが鳴き交わしやディスプレイフライトに夢中になっている。鮮赤色の脚が、透明度の低い北の海の中でもひときわ目に眩しい。

ケイマフリ(夏羽)
2005年6月 北海道東部
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 「ポーッ」。数キロ離れた本土の灯台から発せられた霧笛の音に対岸を見やると、いつの間にか本土は霧の中に姿を隠していた。おそらく、あと1時間もしないうちに乳白色のカーテンがすべてを覆い隠してしまうだろう。この時期、黒潮に温められた湿った空気が、道東沖で寒冷な親潮に出会うと温度差によって海霧が発生しやすくなる。6月から8月の3ヶ月間で、根室の霧日数は60日以上におよぶ。実に3日に2日は霧が発生している計算になる。
 ハヤブサやオオセグロカモメに見とれている間にも霧は一層濃くなり、すでに一つ先の入り江を見ることはできない。こうなったら迷わないうちにテントに帰った方が得策だ。
 「ザッパーン」。再び荒波が磯を洗う音が聞こえ、真下のアザラシが波を避けてしなったように見えたが、その輪郭はすでに霧の中に霞んでいた。


ハヤブサ(成鳥)
2006年6月 北海道東部
エゾイヌナズナの白花が咲き誇る崖に、1羽の成鳥が佇んでいた。
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霧の中のゼニガタアザラシ
2005年5月 北海道東部
2・3歳の若獣が換毛前で痒いのか、短い前肢でしきりに体を掻いていた。
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道東・初夏の花たち
2006年6月 北海道東部

ユキワリコザクラ
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ハクサンチドリ
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サカイツツジ
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(2006年6月16日   千嶋 淳)
注記:この無人島は海鳥等の保護のため入島は厳しく規制されており、調査は関係各機関の許可を得て行なっている。


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