鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

五月は駆け足

2006-06-03 23:53:27 | 鳥・春
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Aii photos by Chishima,J.
コサメビタキ 2006年5月 北海道河西郡芽室町)

 3月中・下旬、景色はまだ冬そのものの中、ガン類やヒバリの飛来によって幕を切られた十勝地方の鳥たちの春は、4月以降徐々に加速してゆくが、5月に入るとその速度は目まぐるしいものとなる。

 日本中が行楽に浮かれている黄金週間の初め頃、湖沼を賑わせていたガン類などの大型水鳥は一気に北帰して姿を消す。ヒシクイやオオハクチョウは4月中から徐々に数を減らすが、マガンは数千羽の群れが本当に一瞬のタイミングでいなくなる。大型水鳥の喧騒が消えた水面では、アカエリカイツブリが踊りながらディスプレイに興じ、時を同じくして孵化の早いタンチョウの家族も湖岸に姿を現わす。森林では、オオルリ、センダイムシクイ、ヤブサメなどは4月下旬にはすでに到達しているが、ツツドリやコルリ、イカルなどは連休中かその直後に渡来する。原野は森林にくらべるとまだ静かだが、ノゴマはこの時期にやってきて、ノビタキやベニマシコと美声を張り合う。
 10日前後になると、森林にはキビタキやコサメビタキなどが続々渡来し、いよいよ賑やかになってくる。新緑も色濃くなる15日過ぎから20日前後、カッコウの声が原野に響くようになると、脳裏を夏という文字がよぎる。季節の変わり目であり、この鳥が鳴くと霜が少なくなるので、農家の人が種を蒔く「種蒔き鳥」とされた所以でもある。また、十勝アイヌの言い伝えには「カッコウが鳴くとマスが川を遡上し始める」というのもあるそうで、こちらも季節の変局点を示唆したものといえる。


キビタキ(オス)
2006年5月 北海道河西郡芽室町
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カッコウ
2005年5月 北海道中川郡豊頃町
身近な割に人を寄せ付けないせいか、こんな写真しかなかった。
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 25日前後、コヨシキリの陽気でリズミカルなジャズが聞こえてくる頃から、原野や水辺も俄然賑わいを帯びてくる。山野ではこの時期新たに到達するのはアオバトくらいのもので、夏の立役者のほとんどはすでに囀りや求愛など、繁殖上のイベントを満喫している。コヨシキリが勢いを付けた原野や草原には、追い討ちをかけるかのごとく、アカモズやマキノセンニュウなどが押し寄せ、5月末か6月頭、エゾセンニュウの「ジョッピンカケタカ!」の声が高らかに響き渡るようになると、2ヵ月半に及んだ夏鳥の渡来は、終焉を迎える。


コヨシキリ
2006年6月 北海道中川郡豊頃町
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 花は鳥以上に怒涛のごとき5月を送っているようだ。10日前後、桜開花の報が流れる頃、芽吹き始めた平地林の林床は、オオバナノエンレイソウやニリンソウによって花の白と葉の緑のツートンカラーに、見事なまでに染め上げられる。そして、このあたりから森林だけでなく、原野や水辺などあらゆる環境で様々な種が加速度的に開花してゆく。そのせいだろう、私の花の知識は毎年この季節で打ち止まっている。悲しい哉。


白と緑に染まる斜面(主にオオバナノエンレイソウニリンソウ
2006年5月 北海道中川郡幕別町
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オオバナノエンレイソウ
2006年5月 北海道中川郡幕別町
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エゾオオサクラソウ
2006年5月 北海道十勝郡浦幌町
まだ褐色の山地の地面に、鮮やかなピンク色が華を添える。
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 多くの哺乳類にとってもまた、5月は出産や育児の季節である。キタキツネやエゾリスの子供たちは活発に動き出し、人目に触れやすくなる。放牧地では生後間もない子馬が親馬に寄り添う、微笑ましい光景が見られるはずだ。また、道東の海岸ではゼニガタアザラシが出産の最盛期を迎える。このアザラシの新生仔は、他の氷上で繁殖するアザラシの子が持つ白色の幼体毛を、母親の胎内で換毛して黒い毛で誕生し、岩礁上での保護色となっている。


キタキツネの仔
2006年5月 北海道中川郡豊頃町
あどけない瞳がこちらを見つめている。
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 6月を迎え、気候はまさに初夏の清々しさだが、生物の世界は一足先に盛夏を迎えつつある。10日前後にはカラ類やスズメなど留鳥組の巣立ち雛が現れてくる。原野や高山のお花畑は北国の短い夏に乗り遅れまいと咲き競う花たちで、見事なまでに彩られる。そうしたものに見とれて気が付くと8月中旬、道東沖で盛期を迎える秋刀魚の刺身を当ての晩酌中、夜空から聞こえてくるシギやチドリの声に、夏すでに遠く秋の本格的に始まりつつあることを知るのである。そして、物思いの秋さながらに一年の短さ、ひいては人の一生の儚さに思いを馳せることになる。
 しかし、今は6月。まだまだ野は生命の営みに満ち溢れている。物思いに沈むには早すぎる。多くの生き物たちと同じく、私も北国の短い夏を謳歌することとしよう。


タンポポのある風景と動物たち
大部分が帰化種のセイヨウタンポポではあるが、5月の野原には欠かせない風物詩。そして、そこに現れた動物を引き立てる。

ウマの親子
2006年5月 北海道河西郡芽室町
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お花畑のキタキツネ
2006年5月 北海道中川郡豊頃町
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黄色を背後に、ノビタキのオス
2006年5月 北海道河西郡芽室町
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突然の雨の後で
2006年5月 北海道中川郡豊頃町
天気雨のあがった空には虹が輝いていた。ヤナギの新緑が色めき立つ。
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(2006年6月3日   千嶋 淳)