鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

学名に親しもう①色

2009-04-22 00:19:49 | 鳥の学名
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All Photos by Chishima,J.
ヤマゲラ(オス) 2007年2月 北海道札幌市)


(日本野鳥の会十勝支部報「十勝野鳥だより」165号(2008年12月発行)より転載 一部加筆・修正)

 鳥を見ている方なら、「学名」という言葉を一度は耳にしたことがあるかと思います。そう、大抵の図鑑で和名の後にアルファベットで綴られているアレですね。ですから、図鑑を眺めながら普段から目にしているはずですが、日本では鳥の学名は、バードウオッチャーの間でも馴染みが薄いのが一般的です。それは、多くの日本人にとってラテン語やギリシア語に由来する学名の意味がわからず、意味を持たない呪文と同じにしか感じられないからだと思います。

 鳥を見始めた頃、ただの「小鳥」の名前がわかった時、一気に親しみを感じられるようになったように、学名も意味がわかれば親しみを感じられないでしょうか。また、学名は万国共通の名前であるため、世界が広がります。たとえば洋書を読む時、それが自分の知らない言語で書かれているものであっても、学名がわかればその鳥が何であるかはわかります。また、外国人、特に欧米のバードウオッチャーは学名を諳んじている人が多く、彼らとの会話でも有効です。11月の十勝川エコツアーに参加された方は、フランス人バーダーが鳥を呼ぶ際に学名を用いていたのを覚えているでしょうか。以前、旅先で出会った英国人の鳥屋と、学名と簡単な会話・ジェスチャーだけで、汽車を待つ3時間以上もの間、鳥の話をしたことがありました。
 学名そのものについては、図鑑の語彙集や鳥の本にも書いてあるので、ここではごく簡単に触れるにとどまります。学名はラテン語で表わされる万国共通の生物名で、属名と種小名の二語をもって記されます(二名法)。たとえば、マガモの学名は、Anas platyrhynchos で、Anasがマガモ属の属名、platyrhynchosがマガモの種小名となります。属は科よりも小さな近縁種の集まりで、マガモはオナガガモ(Anas acuta)やコガモ(Anas crecca)とは近い仲間で、ホオジロガモ(Bucephala clangula)とは同じカモの仲間でも近縁ではないことがわかります。
 それでは、実際に学名の意味をみていきたいと思いますが、今回は色にちなんだものを紹介します。和名でもアカゲラやアオバト、キセキレイ、クロガモなど、鳥の色彩に由来する名前がたくさんありますが、学名でも同様です。紹介する学名は、特に断りのない限り種小名の方です。

①白:ラテン語で白はalbusalbaです。生物の白化個体を「アルビノ」と呼びますが、同じ語源です。ダイサギ、ミユビシギ、ハクセキレイなどは、albaそのものが種小名になっていて「白い」という意味です。ミコアイサのalbellusも「白っぽい」の意です。他の語と複合して表わされるものに、albicilla(白い尾;オジロワシ)やalbifrons(白い額;マガン)などがあります。ギリシア語の白、leukosに由来する学名もあります。多くは複合語となって、leucotos(白い耳;オオアカゲラ)やleucorhoa(白い腰;コシジロウミツバメ)などにみることができます。


ハクセキレイ(オス夏羽)
2008年4月 北海道中川郡幕別町
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オジロワシ(成鳥)
2007年3月 北海道中川郡池田町
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②黒:ラテン語にはaternigerがあり、前者はそのままヒガラの種小名です。オオバン(atra)、クロガモ(nigra)は、それぞれが女性形に変化したものです(ラテン語の名詞・形容詞には男性、女性、中性の3つの性があるのですが、ややこしくなるので省略します)。黒色人種のことをネグロイドというのは、後者の語と同じ語源です。複合語の例に、nigricollis(黒い頸;ハジロカイツブリ)、nigripes(黒い脚;クロアシアホウドリ)などがあります。ギリシア語ではmelasで、しばしばmelano-として複合語を作ります。melanotos(黒い背中;アメリカウズラシギ)などがその例です。この語は、実は「メラニン色素」という言葉で、我々の日常生活にも入り込んでいますね。オオミズナギドリのleucomelasは「白と黒の」の意味で、この鳥の色彩をよく現わしていると思います。カワウ、ケイマフリのcarboは、本来の意味は「炭」ですが、これは炭のように黒いことから付けられた名前です。


クロアシアホウドリ
2008年7月 北海道目梨郡羅臼町
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③赤とその近縁色:ラテン語rufusにちなんだ名前に、ruficollis(赤い頸の;カイツブリ、トウネン)が、ギリシア語erythros由来のものにerythropus(赤い脚;カリガネ、ツルシギ)があります。近縁の色として、肉色(carneipes;肉色の脚;アカアシミズナギドリ)、炎色(flammea;炎色の;ベニヒワ→英語flame(炎)の語源)、バラ色(roseus;バラ色のヒメクビワカモメ、オオマシコ)なども登場します。


アカアシミズナギドリ
2008年9月 北海道目梨郡羅臼町
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ベニヒワ(メス)
2009年2月 北海道十勝郡浦幌町
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④青:ハクガンの種小名caerulescensが、ラテン語の青に由来すると聞くと驚かれるかもしれません。でも、本来ハクガンには白色型と青色型の2型があり、この種小名は青色型(ブルーグースと呼ばれることがあります)の体色に因んだものなのです。ギリシア語kyanosは、ハイイロチュウヒ(cyaneus)やオナガ(cyana)に使われており、cyanurus(青い尾;ルリビタキ)は複合語です。オオルリのcyanomelanaの意味はわかりますか?melan-は先ほど登場しましたね。そうです、「青と黒の」の意味で、オスの体色からのネーミングです。

⑤その他の色:他にも色彩に因んだ学名は多く、複合語を形成しないものだけでも、以下のように枚挙に暇がありません(そして、これでもほんの一部です)。cinereuscinerea(灰色の;アオサギ、ソリハシシギ、キセキレイなど)。canus(灰白色の;カモメ、ヤマゲラ)。flava(黄色の;ツメナガセキレイ)。purpurea(紫色の;紫→英語purpleの語源)。ferruginea(鉄さび色の;サルハマシギ)。fusca(暗色の;ビロードキンクロ、ヒクイナ)。

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 そういえば学名の発音については、触れませんでしたね。ラテン語は基本ローマ字読みなので、小学校で習ったローマ字のように読めば大体通じるはずです。もちろん、英米人は英語風に、フランス人はフランス語風に、ロシア人はロシア語風にそれぞれアレンジして読むので戸惑うことはありますが、要は通じればいいのです。口頭で伝わらなければ筆談に切り替えればいいので、そんなに深く考えなくてもいいと思います。

詳しく知りたい人は…

内田清一郎.1983. 鳥の学名. ニュー・サイエンス社. (グリーンブックスの一冊で、見た目は小冊子ながら中身は濃い。今でも書店で購入可能。788円。)

Jobling,J.A. 1991. A Dictionary of Scientific Bird Names. Oxford University Press.(世界中の鳥の学名の意味が、辞書形式で調べられるようになっていて、非常に重宝するが、手に入りづらく、値段も高いのが難点。)


ツメナガセキレイ(冬羽)
2009年1月 沖縄県国頭郡金武町
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ヒクイナ(亜種リュウキュウヒクイナ)
2009年1月 沖縄県国頭郡金武町
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(2008年12月28日   千嶋 淳)


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