鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

十勝の海ガモ類(未記録種を含む)(前編)

2011-01-17 17:21:16 | カモ類
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All Photos by Chishima,J.
ビロードキンクロのオス 2008年2月 北海道幌泉郡えりも町)


日本野鳥の会十勝・会報「十勝野鳥だより173号」(2011年1月発行)より転載 一部を加筆・修正、写真を追加)

A. まずは常連 基本の5種


スズガモ
 ハジロガモ族に属し、厳密な意味での海ガモではないですが冬の海で見る機会が多いので、含めます。オスは白黒のボディ、メスは褐色の体に嘴付け根の白斑が特徴です。冬の漁港では最も普通で、小さな漁港でもたいてい入っていますし、大きな港では時に100羽以上の群れを形成します。漁港や河口周辺等波の静かな海域に多く、波の荒い外海ではほとんど見られません。春と秋には湧洞沼や長節湖等の海跡湖、十勝川下流沿いの河跡湖にも飛来し、帯広川下流や千代田新水路といった内陸部で見られることもあります。
 9月頃より飛来し、漁港では11~4月に多く観察できます。湧洞沼や大津漁港では夏に観察されることもあり、根室の風蓮湖や野付半島周辺では数百羽が夏でも見られますが、巣、卵、ヒナ等繁殖の証拠は得られていません。海ガモ類は性成熟に3~4年を要し、毎年は繁殖しない個体も多いので、非繁殖鳥が残っているのだと思います。


2011年1月 北海道広尾郡広尾町
右がオス。
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クロガモ
 冬の海岸で、「ヒー、ホー」と口笛のような声を聞いたらクロガモの群れが近くにいるはずです。オスは全身黒色の体に、嘴付け根の黄色いこぶが目に鮮やかです。10月頃より渡来し、海上や漁港で広く見られる、最も普通の海ガモ類です。5月くらいまでには概ね渡去しますが、おそらく非繁殖個体と思われる群れが夏期にも豊頃町大津や浦幌町昆布刈石等で観察され、時に大群になります(09年7月3日大津 900羽;「越夏群」の記事も参照)。また、渡り時期には内陸部で観察されることもあります(05年5月10日十勝川千代田堰堤上流3羽等)。釧路の阿寒湖では、1965年夏に幼鳥の記録があるとされますが、詳細や標本、写真等の有無は不明です。この記録や夏の観察例をもとに「北海道で繁殖」としている図鑑もありますが、上述の通り海ガモ類は非繁殖個体が普通に越夏するので、夏の記録の解釈は慎重になるべきでしょう。
 複数羽のオスがメスに寄り添って上半身を起こし、尾羽を立て「ヒー」と鳴いたり、体を伏せて高速でメスの傍を通り抜けるディスプレイを観察できることがあります。従来、一見メスのようでこぶの部分に黄色が混じるのはオス幼鳥とされてきましたが、そのような個体にオスがディスプレイしていることもあり、メスでもこの部分が黄色い個体もいるのかもしれません。
 北半球に広く分布する種で、ヨーロッパの亜種はオスの鼻こぶが小さく、黄色部は前方だけです。ヨーロッパ(大西洋)の亜種と北アメリカ(太平洋)の亜種を別種とする考え方が近年主流になりつつあり、国際鳥学会(IOC)もこの分類を採用しています。学名は前者がMelanitta nigra、後者がM.americanaとなり、日本に渡来するのは後者です。


2011年1月 北海道広尾郡広尾町
左がオス、右がメス。
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シノリガモ
 この鳥のオスの、派手な羽衣を見ると英名をHarlequin Duck(道化師ガモ)というのも肯けます。和名については、「晨鴨」という漢字から夜空のような紺色の地にいくつもの星(白斑)が点在する、海苔(海藻)を舐(音読みはシ)めるカモ等の説がありますが、正確には分かっていません。
 繁殖は河川上流部で行い、それ以外の時期を海で過ごすという生活史で、十勝川や札内川の上流域でも少数繁殖しますが、大部分は10~11月に渡来します。海上や漁港に広く分布し、岩礁海岸を好むため、十勝では広尾町黄金道路沿岸や浦幌町昆布刈石周辺で特に多く見られます。海ガモ類ではよく上陸する方で、岩礁や港の岸壁で羽を休めます。その際に脚の位置に注目してみると、マガモ等淡水ガモ類にくらべて後方にあるのが分かります。
 あまり鳴きませんが、クロガモのようなディスプレイを行いながら「ギッ、ギッ、ギッ…」と聞こえる声を発することがあります。
 海ガモ類は成鳥羽になるのに2年かかる種が多く、クロガモ等では最初の冬は幼鳥の雌雄の区別が付かない場合が多いですが、シノリガモは冬の早い時期から分かります。一見メスのようで、顔の白斑が多い、体が微妙に青みを帯びる等の個体がいたら、オスの若鳥です。
 非繁殖期は海上で過ごしますが、十勝川中流でのワシクルーズでは試験運行時も含めて3年連続で、少数が厳冬期にも観察されています。何故かメスや幼鳥ばかりなのですが、オス成鳥と生態が異なるのでしょうか?


2011年1月 北海道広尾郡広尾町
右がオス、左がメス
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2008年2月 北海道幌泉郡えりも町
オス若鳥。特徴は本文を参照。
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ホオジロガモ
 アイサ族に属する「真正海ガモ類」ですが、海上だけでなく、河川や湖沼など多様な水辺環境に生息します。10月中旬より渡来、5月中旬まで観察され、稀に越夏しますが、スズガモやクロガモのような群れは作りません(09年6月20日大津 1羽;本誌167号)。本種やその近縁種については、「ホオジロガモとその仲間」の記事も参照下さい。


ウミアイサ
 帯広でも馴染み深いカワアイサと似ますが、いくぶん小型で、オスではぼさぼさの頭が印象的です。10月より渡来し、海上や河口、漁港で観察されますが、十勝では冬の間はあまり多くありません。最も多いのは春先、4月上・中旬で、この時期には長節湖や湧洞沼、生花苗沼等の海跡湖に数十羽、時に100羽を超える大群で飛来し、採餌だけでなくディスプレイや交尾等多彩な行動を披露してくれます(「海跡湖のウミアイサ」の記事も参照)。沼の氷が解けると姿を消し、海上ではその後5月中旬頃まで見られます。また、カワアイサに混じって内陸部に飛来することが稀にあります(02年4月29日十勝川温泉 1羽など)。
 ディスプレイは、オスが顔と嘴を斜め前方に突き出したり、体をV字型に折り曲げたりする(淡水ガモ類の「反り縮み」に近い感じ)ものがあります。


2007年4月 北海道中川郡豊頃町
中央がオス。
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B. 出会うとちょっと嬉しい2種


ビロードキンクロ
 オスでは目の下にある半月状の白斑と、嘴の赤と黄色、黒いこぶが独特の顔付きを作り出すカモです。飛ぶと次列風切の白が遠くからでも目立ちます。カモ類やシギ類には、近縁種との識別が難しくても飛翔パターンですぐ分かる種類がいますが、本種もその典型といえるでしょう。
 9月下旬から10月に渡来し、北海道全体では比較的普通種ですが十勝では少なく、漁港や海岸で時折観察される程度です。釧路~東京のフェリーがあった頃には、3月下旬の大樹・広尾沖で数百羽の大群を何度か観察していますが、陸上からこうした大群を見たことはありません。釧路より東ではやや普通で、砂質の海岸を好むため、浜中町霧多布岬の内湾側(浜中湾)や別海町走古丹では群れを観察できます。それでも近年、渡来数が減少している可能性が指摘されています。
 英名はVelvet Scoter(ビロードのクロガモ)で和名と同じですが、米名はWhite-winged Scoter(白い翼のクロガモ)です。英語名というと世界共通な印象を持たれるかもしれませんが、イギリスとアメリカで名前が異なる種も少なくなく、それぞれが譲らないため、未だに統一は図れていません。アビの仲間を英名でDiver、米名でLoonと呼ぶのもそんな事情からです。
クロガモ同様、近年ではヨーロッパ(大西洋)亜種と太平洋(アジア・北米)亜種を別種と考える風潮が主流で、その場合の学名はそれぞれMelanitta fuscaM.deglandi、日本に渡来するのはdeglandiの亜種stejnegeriとなります。


2007年3月 北海道幌泉郡えりも町
メス。オスは冒頭の写真の通り。
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2007年2月 北海道広尾郡広尾町
オスの若鳥。全身が黒っぽくなって、嘴にも赤や黄色が出始めたが、顔にメスのような白斑の痕跡があり、体も茶色ぽい。
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コオリガモ
 冬や氷を連想させる白い体に、オスでは長く突出した尾羽が特徴的なカモ。英名はそのままLong-tailed Duck(尾の長いカモ;ちなみに本家(?)オナガガモはPintail(針尾))、米名はOldsquaw(老女)で、ビロードキンクロ同様、英米で名前が異なります。
 11月中旬から渡来しますが、十勝ではかなり稀でシーズンに数回、少数が海上や漁港で見られる程度で、稀に内陸部での記録もあります(帯広市十勝川 79年1月;十勝と釧路の野鳥)。道東や道北、特に厚岸以東の道東では普通で、霧多布や根室半島では漁港でもよく観察されるので、本種を見たい方には根室方面への遠征をお薦めします。冬の根室行きは決して楽ではありませんが、極北をイメージさせる姿やディスプレイ中にオスが発する「アッ、アオナ!」の声は、苦労して参じるだけの価値があるでしょう。
 着水の際、他のカモ類みたいに緩やかに降りず、水面へ垂直に落ちる様はウミスズメ類のようです。潜水が巧みで、翼を開いてさっと潜って行くのもウミスズメ類を思わせます。胸骨は海面に落ちる衝撃を受け止められる、特異な形をしているそうです。
 3ステージのややこしい換羽を行い、5月上旬には白い冬の姿とは間逆の、黒を基調とした夏羽に変わります。日本では見る機会は少ないですが、根室近海で渡去直前に集結した群れの大半が夏羽だったのを何度か見たことがあります。


2009年3月 北海道厚岸郡浜中町
手前がオス。
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2010年4月 北海道根室市
夏羽のオス(右)とメス。
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(後編へ続く)

(2011年1月4日   千嶋 淳)