鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

海跡湖のウミアイサ

2007-04-29 17:33:14 | カモ類
1_94
All Photos by Chishima,J.
ウミアイサ 2007年4月 北海道中川郡豊頃町)


 3月末から4月頭。初冬に張った厚い氷が緩んでくると、十勝平野の湖沼には繁殖のため、また極北への旅の途上で、多種多様のカモ類が帰って来る。この地域の湖沼は、かつて川が蛇行していた頃の名残である河跡湖と、海湾の一部が沿岸流などの作用で外海と分離されてできた海跡湖とに大別される。それぞれの湖沼は成因だけでなく、面積や水深、水質などがかなり異なり、その影響を受けてカモ類相にも違いがみられる。特に顕著な違いは潜水ガモ類で、キンクロハジロなどは河跡湖にも多いが、スズガモやホオジロガモなど、より海ガモに近い潜水ガモ類は海跡湖に圧倒的に多い。
雪後の海跡湖
2007年4月 北海道中川郡豊頃町
一見冬っぽいが中旬の雪のため、湖面は概ね露出している。半月前はまだ7割ほど氷に覆われていた。
2_94


 そんな海跡湖に多い潜水ガモ類の中でも、春の渡り期に特徴的なのはウミアイサである。十勝地方ではウミアイサは冬鳥として普通に渡来するが、その数はあまり多くなく、また越冬期には海上にいるため、近くで観察できる機会は少ない。そのウミアイサが3月末から4月にかけて、海跡湖の水面に数十羽、多い時には100羽を超える群れで入る。何故か秋期には稀に数羽が入る程度で、湖面はほぼ利用されない。1976年にこれら海跡湖の一つである湧洞沼で、北海道による「野鳥生息環境実態調査」としてほぼ通年行われたカウントでウミアイサがほとんど記録されていないのは、30年という時間差の可能性は無論否定できないが、調査期が5月末~12月であり、ウミアイサの出現期を押さえられていないためではないかと思われる。


細波立つ湖面のウミアイサ
2007年4月 北海道中川郡豊頃町
手前はメスのように見えるが、顔が黒っぽく、肩羽やその下に白斑が入ることからオスの若鳥と考えられる。
3_93


 そのウミアイサが今期、ある海跡湖で解氷や水位の具合が良かったのか多数見られ、日によっては岸近くまで寄って来ることもあった。今までじっくり観察することの少なかった鳥でもあったので、何度も足を運び、その早春の生態を垣間見る楽しみを味わった。岸から近いといっても、小さな内湾並みのサイズの湖なので市内の川や沼とは違って写真も不鮮明になりがちだが、以下簡単に紹介しよう。
 ウミアイサが解氷期の海跡湖に集まって来る理由の一つに餌があるのだろう。活発な採餌行動が随所でみられた。この時期は限られた開水面にいる魚が低温で不活発ででもあるのか、カモメをはじめとしたカモメ類やオオワシ・オジロワシといった魚食性の鳥も多数観察された。一連の採餌行動の中でも目立つのは「水面覗き行動」とでもいうべきもので、これは潜水前に顔を水中に軽く入れたまま泳ぐ行動である。水中の様子を観察し、獲物を発見すると潜水するようだが、波打ち際のような浅い場所では、そのまま魚を摘み取っているふうでもあった。この覗き行動はアビ類やカイツブリ類でも観察されることがあり、魚のような動きの激しい獲物の場合、闇雲に潜水してエネルギーを浪費するよりも、ある程度「当りをつける」方が効率の良いことが示唆される。


水面覗き行動(ウミアイサ
2007年4月 北海道中川郡豊頃町
4_88


 繁殖期を目前に控えた時期だけに、繁殖と結びつくような行動もさかんだった。飛来当初は数羽の雄が雌を取り囲み、自己PRするようなディスプレイが多かったが、じきにつがい単位でのディスプレイが主流になったように感じた。ウミアイサのディスプレイは雄が水面を走るような仕草など他の海ガモ類と共通の要素が多く、嘴と顔を斜め上方に向け「天を仰ぐ」ような姿勢も、それがさらに昂ると示す体下部も折り曲げるV字姿勢とあわせて淡水ガモ類の「反り縮み」の派生みたいなものなのかもしれないが、ウミアイサの独特の風貌でやられると、やはり他種にはないユーモアさを感じるものである。


ディスプレイ3態(ウミアイサ
2007年4月 北海道中川郡豊頃町

複数のオスがメスを取り囲み、水面を走って追いかける。早い時期に多くみられた。
5_89

メスのすぐ後ろのオスが、顔と嘴を斜め上方に向け、自己を誇示している。
6_87

上のさらに発展したもので、顔、嘴のみならず体の後半部も斜め上方に反らし、V字型になる。この時、オスは「ケッ」というような小さな声で鳴くが、少し離れると聞こえない程度のものである。
7_84


 つがい単位のディスプレイが目立ってきた頃から、交尾も観察されるようになった。淡水ガモ類では交尾前行動を示すと、程無くしてマウントに移行するのが常であるが、ウミアイサでは交尾前行動と思われる、雌雄が対峙して首を前傾させ、尾羽を立てる行動を10分近くも維持し、最初はそれとわからないほどだった。交尾もディスプレイも、日本ではみることのできないウミアイサの繁殖を彷彿とさせ、異国情緒を感じさせてくれるには十分のものであった。


交尾に至る(ウミアイサ
2007年4月 北海道中川郡豊頃町

尾羽を立てて対面するのが、交尾前の兆候。
8_84

交尾中。交尾後にオスは、マガモ属が示すようなメスの周回は行わない。
9_67


 水温み始めた湖面で異性への求愛に、己の腹を満たす索餌に、北帰前の営みに興じていたアイサたちが、日々広がる開水面と同調して湖岸から遠ざかり、さらにその数を減らしてきたのと前後して、この湖は海と繋がっていた部分が土砂で塞がるなどして水位が上昇し、青々と水を湛えた。湖岸のヨシやハンノキの緑が、水面に映える日もそう遠くない。


風景の中のウミアイサ
2007年4月 北海道広尾郡大樹町
風もなく鏡のように穏やかな水面につがいの姿。背後には雪は解けたがまだ褐色の湿原と海岸段丘が続く。
10_42


(2007年4月27日   千嶋 淳)