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鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイドを行っていた千嶋淳(2018年没)の記録

十勝の自然90 シジュウカラガン

2016-11-23 20:13:03 | 十勝の自然

Photo by Chishima, J.
シジュウカラガンの群れ 2015年11月 北海道十勝川下流域)

(FM JAGAの番組 KACHITTO(月-木 7:00~9:00)のコーナー「十勝の自然」DJ高木公平さん 2015年11月10日放送)


 多くの鳥が数を減らす中、奇跡とも言える復活を遂げつつあるのが、先週ご紹介したハクガンと、本日のシジュウカラガンです。黒い顔と白い頬が、庭や公園でも身近な小鳥のシジュウカラとよく似ていることからその名がある小型のガン類で、江戸時代には仙台付近でガンを狩ると10羽中、7、8羽を占めたというくらい普通の水鳥でした。

 ところが、明治以降の乱獲にくわえ、繁殖地の千島列島を手に入れた日本が積極的に展開したキツネの放牧が減少に拍車をかけます。毛皮をとるため無人島に放たれたキツネは、本来天敵がいなくて無防備だったシジュウカラガンの巣を襲い、親鳥やヒナ、卵まで食べ尽くしました。そのため、戦後は数羽が渡来するまでに減ってしまいました。

 絶滅を回避すべく、仙台市八木山動物園や日本雁を保護する会が飼育下で生まれた鳥を野外に放し始めたのが1980年代でしたが、越冬地である日本からの放鳥はなかなか功を奏しませんでした。ところがソ連崩壊後の1990年代、カムチャツカに繁殖施設が作られ、旧繁殖地の千島列島での放鳥が日露の共同プロジェクトとして始動すると、状況が一変します。

 日本への飛来数は着実に増え、2014/15年の冬にはついに1000羽を超えました。1つの種が存続するのに最低限必要な個体数が1000とされますので、復活へのハードルを一つ、クリアしたことになります。主に宮城県で冬を越す彼らが秋と春に羽を休めるのが浦幌町をはじめとした十勝川下流域です。

 シジュウカラガンやハクガンが復活の道を歩んでいることは、ともすれば悲観的になりがちな生物多様性の喪失に希望の光を与えてくれますが、経済性だけを優先した人間による自然界の利用や搾取が2種のガン類を絶滅の淵に追いやり、その復活に莫大な時間や手間、資金を要したことは忘れてはならない教訓です。


(2015年11月9日   千嶋 淳)

十勝の自然89 ダイサギ

2016-11-18 17:13:12 | 十勝の自然

Photo by Chishima, J.
ダイサギ冬羽 2015年11月 東京都江戸川区)

(FM JAGAの番組 KACHITTO(月-木 7:00~9:00)のコーナー「十勝の自然」DJ高木公平さん 2015年11月9日放送)


 サギをご存知ですか?日々ニュースや新聞を賑わす「振り込め」とか「オレオレ」といった類の犯罪ではありません。嘴と首、足の細長い優雅な水鳥です。本州以南から十勝に移り住んだ方は、身近なサギの大部分が灰色のアオサギであることに驚かれたかもしれません。本州以南の水辺で見られるサギのほとんどが「白(しら)サギ」と総称される、全身純白の数種類だからです。

 白サギは十勝では繁殖せず、春から秋に少数がふらっと飛んで来るだけの珍しい鳥です。その中でも最大のダイサギは割とよく見られ、十勝川下流域や海岸部の湖沼で4月から11月に毎年少数が見られるほか、旧帯広温泉横の池でアオサギと一緒に冬を越したこともあります。アイヌの聖地チョマトーに隣接したこの池は、市街地の国道沿いにありながら多くのカモやサギが訪れる水鳥の楽園でしたが、残念なことに近年、その大部分が埋め立てられてしまいました。

 浅瀬や干潟を歩き、あるいはじっと佇んで、餌の魚を見付けると長い首を素早く伸ばし、長い嘴で捕えます。伸縮自在な首の動きを可能にしているのは首の骨、頚椎(けいつい)。私たちヒトを含む哺乳類の頚椎は、ナマケモノやマナティなど少数の例外を除き7個です。キリンでさえ7個なので、首をしなやかに動かすことはできません。一方、鳥は11~25個の頚椎を持ち、首を器用に動かせます。サギ類は16~20個で、中央付近のいくつかの骨を極端に動かせるので、首を折り曲げることもできます。飛ぶ時には首をS字型に折り畳み、それも高い可動性を持つ頚椎があってこそ。形の似たツルやコウノトリの仲間は長い首を伸ばして飛びますが、サギは頭や首に対して体が小さく、首を伸ばして飛ぶと重心が前に偏ってしまうため、首を折り畳むと考えられます。

 このように、生き物の暮らしを理解するには行動や生態をよく観察すると同時に、骨や筋肉、鳥であれば嘴や翼といった形(かたち)に注目することも大切です。


(2015年11月6日   千嶋 淳)

十勝の自然87 ハクガン

2016-11-17 12:02:34 | 十勝の自然


Photo by Chishima, J.
ハクガン 後ろはヒシクイ(亜種オオヒシクイ 2010年10月 北海道十勝川下流域)

(FM JAGAの番組 KACHITTO(月-木 7:00~9:00)のコーナー「十勝の自然」DJ高木公平さん 2015年11月3 日放送)


 黒い翼先、ピンク色の嘴と足以外の全身が純白で、英名の「Snow Goose(雪のガン)」通りの大型水鳥です。北米と北東アジアの北極海沿岸で繁殖し、かつては日本にも数多く渡来したことは江戸時代の絵画に度々登場し、明治初期の東京湾に舞い降りる群れが残雪のように美しかったとの随筆が残されていることから伺えます。しかし、乱獲や北極海沿岸でのトナカイ放牧による巣・卵の破壊で、20世紀初頭までにアジアへ渡る群れはほぼ消滅しました。

 その復活を賭け、日本、ロシア、アメリカの研究者、保護団体らの国際プロジェクトが動き出したのは1990年代前半。北極海に浮かぶ島にある繁殖地で採取した卵をアジアへ渡るマガンの巣に預け入れ、マガンを里親としてのアジアへの渡りに想いが託されました。

 開始から数年、日本や韓国でハクガンの記録が少しずつ増えます。十勝でも過去1回の単独記録しかなかったのが1995年に浦幌町で3羽確認されて以降、毎年春と秋に少数が十勝川下流域で見られるようになりました。2007年、25羽と2桁へ突入した渡来数は着実に増加し、一昨年には100羽を超え、この秋はなんと190羽以上が飛来しています。多くの人の情熱と努力が、20年以上の時を経て奇跡的な復活という形で身を結ぼうとしています。

 沼が凍る11月後半まで浦幌町三日月沼周辺の十勝川下流域に滞在しますので、麗らかな小春日和の日にでも観察に出かけてみませんか。その際は春にもお伝えした通り、畑や牧草地に立ち入らない、交通量の多い路上に駐車しないなど、地域の方々へ迷惑をかけぬよう、配慮をお願いします。

 十勝を立ったハクガンは東北や新潟で冬を越し、3月に再び戻って来ます。そして、たっぷりと栄養を蓄え、4月末までに極北を目指します。長距離を渡るハクガンにとって、十勝川下流域は長旅の途中で羽を休め、体力を付けるためになくてはならない「奇跡の舞台」なのです。


(2015年10月29日   千嶋 淳)

十勝の自然86 エゾシカ

2016-11-03 14:24:54 | 十勝の自然

Photo by Chishima, J.
大きなエゾシカのオス 2008年10月 北海道中川郡豊頃町)

(FM JAGAの番組 KACHITTO(月-木 7:00~9:00)のコーナー「十勝の自然」DJ高木公平さん 2015年11月2日放送)


 夜の帳が下りて冷気に包まれた秋の山中で、「ンー、アーッ」とか「フィーヨー」と聞こえる叫び声、あるいは金切り声に突如、静寂を破られて驚いた経験をお持ちの方はいらっしゃいませんか。その正体は交尾期を迎えたエゾシカの、オトナのオスだけが発する「ラッティングコール」という、自己の存在を主張する声です。一夫多妻のエゾシカ。交尾期のオスは餌を食べる時間を削ってまで、自らのアピールや他のオスとの闘いに明け暮れます。

 この時期は非常に攻撃的で、声や外見だけで優劣がつかない時は、4本から5本に枝分かれした角を突き合わせての闘争に発展し、角のぶつかり合う「カーン、カーン」という乾いた音が響き渡ります。戦いに熱中するあまり、角が絡み合って外れなくなり、2頭とも死んでしまうことさえあるそうです。

 百人一首に「奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の 声聞く時ぞ 秋はかなしき」という句がありますが、これはエゾシカと同じニホンジカの亜種で、本州に分布するホンシュウジカのラッティングコールを詠んだものでしょう。東アジアに広く生息するニホンジカは国内から7亜種が知られていて、見た目はどれもよく似ていますが、大きさにかなりの開きがあり、例えばオスの体重は最大のエゾシカで130kgに達する一方、沖縄のケラマジカは30kgほどしかありません。

 外気温とは無関係に体温を維持する哺乳類や鳥類では一般に、同じ種の中でも寒冷地のものほど体が大型化する傾向があり、そのことに気付いたドイツの生物学者に因んで「ベルクマンの法則」と呼びます。体が大きくなるほど、体重あたりの体表面積は小さくなるので、余計な放熱を抑えて体温をキープできると考えられます。

 すっかり日の短くなった秋には、夕方早い時間からエゾシカが活発に動き回ります。一歩間違えば大事故にも繋がりかねない衝突事故に、ハンドルを握られる方は十分ご注意下さい。


(2015年10月28日   千嶋 淳)

十勝の自然85 メジロ

2016-11-02 17:20:13 | 十勝の自然

Photo by Chishima, J.
メジロ 2006年10月 北海道帯広市)

(FM JAGAの番組 KACHITTO(月-木 7:00~9:00)のコーナー「十勝の自然」DJ高木公平さん 2015年10月27 日放送)


 生き物はみな、種固有の分布を持っています。ヒグマは日本では北海道にだけ生息し、下北半島まで分布するニホンザルは、津軽海峡を隔てた北海道にはいません。それらは大地の歴史や気候、近縁種との競争などを通じて長い年月をかけ作り上げられたもので、私たちが目にできるスケールのものではありません。ところが、大空を自由に飛ぶ鳥たちの中には、比較的短期間で分布を変化させる種もいます。その一例として、北海道のメジロを紹介しましょう。

 黄緑色の体のスズメより小さな小鳥で、目の周りに白い羽毛を持つのが名前の所以です。日本、台湾、朝鮮半島から中国南部に分布し、本来は南方系で、国内では温暖な西日本や南西諸島の照葉樹林に多く生息します。北海道では道南で戦前にも見られていたものの、1960年頃から札幌周辺で生息が確認され、その後分布を広げました。1990年代までの十勝では、秋にごく少数が姿を見せる程度でしたが、2000年代半ば以降すっかり普通の夏鳥です。春から夏に低地の山林で「長兵衛忠兵衛長忠兵衛」と聞きなされる朗らかな囀りを奏で、秋は河畔林や丘陵地帯で群れが「チィー」と賑やかに鳴き交わします。なぜ100年足らずで道南から道東まで分布を広げたのかはわかっていません。温暖化など地球環境の変化も考えられますが、元々メジロの仲間には群れで大陸から遠く離れた島に移り住む開拓者的気質があって、オーストラリア南東部から、2000km以上離れたニュージーランドへの移住に成功した近縁種の例もあります。

 枝に2羽かそれ以上のメジロが体を寄せ合って止まり、互いに嘴で頭を掻く「相互羽づくろい」をよく行います。この様子から、多くのものが混み合って並ぶことを「目白押し」と言いますが、本家で実際に体を密着させるのはつがいか、ヒナのいる家族内だけでのようです。


(2015年10月27日   千嶋 淳)