道頓堀という言葉をよく聞きますが、訪問するのは初めてです。

1985年、2003年の阪神タイガース優勝の時、当時この橋から道頓堀に飛び込む若者が相次いだとテレビで報道されていました。
これも有名な 5代目になるグリコネオンです。
グリコのランナーが、大阪城や海遊館、大阪ドーム、通天閣を背景に大阪の街を走っているイルミネーションです。。
空の部分のネオンの色を変えることによって 昼、夕焼け、星空、そして朝と 2分7秒かけて変わっていくそうです。
大きさは高さ20m、横幅約11mです。

道頓堀の動くかにの看板でお馴染みのかに道楽本店です。
1962年に、かに道楽がここ道頓堀に開店しました。

『くいだおれ』の看板が見えます。
くいだおれ横町と聞いていましたが、正式には食いしんぼ横町のようです。
『なにわ食いしんぼ横丁』とは昭和45年の大阪万博を目前にし、大阪がもっとも元気に光り輝いていた昭和40年前後の元気な大阪を演出テーマに、駅前商店街等、当時の大阪下町をイメージした街並みを再現したものです。

大阪といえばの串かつ、たこ焼き、お好み焼きなどの、コテコテな関西を代表する食べ物がたくさんあります。
それにしても、たこ焼き屋がたくさんあります。

くいしんぼ横町の看板周辺に立っていた人形です。
サンタの洋服を着て、大きな口をあけている姿は、くいしんぼ横町にピッタリです。

千日前のたこ焼き屋は30mぐらいの行列ができていました。

ちょっと横町に入ったら、こいさん通りの提灯が並んでいます。

来年は寅年ですが、こちらにもかわいい寅のお人形が飾られています。

寅のお人形は、千日前を通りの『なんばグランド花月』の前で客引き?をしていました。

短い時間でしたが、少しはコテコテの大阪の紹介になりましたでしょうか。
それでは道頓堀より

1985年、2003年の阪神タイガース優勝の時、当時この橋から道頓堀に飛び込む若者が相次いだとテレビで報道されていました。
これも有名な 5代目になるグリコネオンです。
グリコのランナーが、大阪城や海遊館、大阪ドーム、通天閣を背景に大阪の街を走っているイルミネーションです。。
空の部分のネオンの色を変えることによって 昼、夕焼け、星空、そして朝と 2分7秒かけて変わっていくそうです。
大きさは高さ20m、横幅約11mです。

道頓堀の動くかにの看板でお馴染みのかに道楽本店です。
1962年に、かに道楽がここ道頓堀に開店しました。

『くいだおれ』の看板が見えます。
くいだおれ横町と聞いていましたが、正式には食いしんぼ横町のようです。
『なにわ食いしんぼ横丁』とは昭和45年の大阪万博を目前にし、大阪がもっとも元気に光り輝いていた昭和40年前後の元気な大阪を演出テーマに、駅前商店街等、当時の大阪下町をイメージした街並みを再現したものです。

大阪といえばの串かつ、たこ焼き、お好み焼きなどの、コテコテな関西を代表する食べ物がたくさんあります。
それにしても、たこ焼き屋がたくさんあります。

くいしんぼ横町の看板周辺に立っていた人形です。
サンタの洋服を着て、大きな口をあけている姿は、くいしんぼ横町にピッタリです。

千日前のたこ焼き屋は30mぐらいの行列ができていました。

ちょっと横町に入ったら、こいさん通りの提灯が並んでいます。

来年は寅年ですが、こちらにもかわいい寅のお人形が飾られています。

寅のお人形は、千日前を通りの『なんばグランド花月』の前で客引き?をしていました。

短い時間でしたが、少しはコテコテの大阪の紹介になりましたでしょうか。
それでは道頓堀より

歩いているだけでも、グリコなどの看板を見るだけでも楽しいエリアですよね。
ここの活気ある街づくりは、凄く勉強になります。
これをテーマパーク化しようとしましたが、無理でした。
いろんな看板が
食べ物やさんのかんばんが
多いのは食の町だからでしょうね
うまくて安くなければダメ!という意見が多く、お店も頑張っているのでしょう。
12月ということもあり、どこも多くの人で溢れていました。
グリコの看板にも歴史を感じました。
私は京都と奈良に住んでいて大阪は「遊びに行く街」でしたから
詳しい土地勘はないのですが、それでもよく訪れました。
行くのはほとんど夜なので、昼間行くと道に迷ったりして
名古屋に住んでからは味付けが関西と違うので
すっかり外食が少なくなりましたが大阪に何か美味しいものを
食べに行きたくなりました!
東京や横浜の人には、なかなかこてこての大阪の雰囲気を味わう機会がないですね。
お好み焼きひとつとっても、関東では自分で焼くのが当たり前だと思っているようです。
たこ焼きや、串焼きは美味しかったですね。