tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

<月曜随想>「市場原理」と「バネ」はよく似ている

2024年06月03日 16時44分40秒 | 経済

今日は月曜日です。もう大分以前からですが、日曜日はブログを書かないように決めてみました。

世の中のせいだと言っては世の中に申し訳ありませんが、どうしても現状批判的な発言が多くなってしまって、書いていてもあまり気分の良い物ではありません。

このブログを始めたきっかけは、我々はみんな付加価値を創ってその付加価値を使う事で生きているのですが、付加価値という概念があまり一般的でないので、付加価値をより多くの人に理解してもらいたいという事からでした。

ですから最初は付加価値その物の解説などからでしたが、日常の具体的な問題と関連付けた方が解り易いと考えて、政治・経済・経営などの時事問題と関連させる、どうしても批判が多くなってしまうので、土曜日は時事問題は離れたいと考えたり、時には月曜は「随想」でもいいかなどと思ったのが上の表題です。

もともと自由経済というのはマンデビルの「蜂の寓話」やアダム・スミスの「国富論」などからはじまって、こうすれば人間はもっと豊かに暮らせるという方法論です。

国富論の「富」は「付加価値」です。そして豊かになるためには「みんなが元気に活発に活動すればいい」とか「みんなが利益を求めていろいろ考えて働けばいい」という事になりアダム・スミスは、そこに「神の見えざる手」が働いてくれると説明したのでしょう。

この「神の見えざる手」というのが今の言葉でいえば「市場原理」でその基楚概念が「価格機構(price mechanism)」という事になるのでしょう。

シュンペータはそれに、安くてより良い物を生み出すのは「イノベーション」で、それによって経済が発展すると付け加えてくれています。

いわばこれで基本的な道具立ては揃ったので、自由経済はその後どんどん発展し、世界は豊かになりました。

しかしこの所、何か不具合があって、経済発展が巧くいかないことが多くなったようです。これを、「市場原理が間違っている」と考えるか「市場原理が巧く働かない様になっている」と考えるかですが、様々な経験を通してみて、多分正しいのは後者、市場原理はいいのだが、それが上手く働かないようする条件がいろいろあるようだ、と考えるのが妥当のように思われます。

そこで考えついたのが「市場原理とバネ」は良く似ているという事です。

バネにもいろいろありますが、バネ秤に使われるバネなどは長年使ってもいつも正確に重さを教えしてくれます。しかしバネには「弾性の限界」があって、限界以上の力が加わると壊れていまって役に立たなくなります。

市場原理も同じです。市場原理のメカニズムは価格機構ですから、需要が増えれば価格が上がり、その結果、生産・供給が増えて格が下がる、需要が減れば価格は下がるが、その結果需要が増えて価格は上がる、つまり価格は需給バランスで決まるので結局市場・マーケットで決まり、そこで物価も安定するというものです。

バネ秤は「この範囲でお使いください」という事になっていて、その範囲しか目盛がありありませんし、車の場合は何トン車とか定員何人とか決まっていますから、通常、バネの「弾性の限界」を超えるような事はありません。

経済の場合は「独占禁止法」などがその役をするのですが、経済の弾力性は機械の様に単純には決められません。

という事で経済の場合は市場原理の使える範囲や使い方を誤る可能性が多いようで、その誤りが経済発展を阻害する事が多くなると考えられます。

そのあたりの問題、つまり経済が上手く動かなくなる原因をまたの機会に取り上げてみたいと思っています。