tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

デフレの原因(その2)

2008年06月12日 10時48分35秒 | 経済
デフレの原因(その2)
 失われた10年といわれる長期デフレは、世界一高いといわれた日本の物価が、グローバリゼーションで激化する国際競争の中で、国際水準に向かって下がっていく過程だということを見てきました。コメやムギのように規制の厳しいものはなかなか下がりませんが、規制をはずせば、航空運賃でも、国際電話の料金でも、国際価格に向けてどんどん下がります。
 現実には、日本の商品やサービスの価格が毎年平均1パーセント程度下がり、外国の物価が年率2~3パーセント上がって、10年かかって、内外価格差は30~40パーセント縮小したという感じでしょう。

 ところで、話を本題に戻して、第2次オイルショックをほぼインフレ無しで乗り切り、世界でもトップクラスの国際競争力を持ち、ジャパンアズナンバーワンといわれた日本が、何故に、世界で最も物価の高い国になってしまったかです。

 とうにご承知の方も多いと思いますが、これは「プラザ合意」のせいです。
 プラザ合意というのは、1985年に、ニューヨークのプラザホテルで行われたG5(主要5カ国蔵相・中央銀行総裁会議:当時は5カ国)のことで、この席で日本は、「競争力が強すぎるから、円高にすべきだ」といわれて「OK」といったのでしょう(詳しいやり取りはわかりませんが)。その後2年で、$1=¥240が、$1=¥120円と 急激な円高になりました。

 円高とはどういうことでしょうか。円の価値が上がることです。したがって、円で取引するものの価格が、国際基軸通貨のドルで計れば、一律2倍になったわけです。日本製品の値段も、人件費をはじめとする日本のコストもすべて2倍になったのです。これで、日本は、2年間に賃金を2倍にし、物価も2倍という「自家製インフレ(ホームメイドインフレーション)」をやったのと同じことになりました。日本は「賃金も物価も世界一高い国」になり、第2次オイルショックをインフレ無しで乗り切った日本人の知恵と努力はすべてパーになったのです。第2の(経済)敗戦という人もいます。

 ここでも、日本は自分で努力はするが、外交交渉は全く下手という特徴を遺憾なく発揮したようです。そして、さらに日本は追い討ちをかけられています。長くなるのでにします。