長屋茶房・天真庵

「押上」にある築60年の長屋を改装して
「長屋茶房・天真庵」を建築。
一階がカフェ、2階がギャラリー。

隅田川花火大会

2010-07-31 07:25:16 | Weblog
今日は、隅田川花火大会。
いつものように、「もにじん」こと、ギターの
じんじんさん、ハーモニカのまつもにかさん、がライブをやってくれる。
2008年から定例になった。一年目はただの「飲み会」だった。
あまりに芸がないので、二年目からこのスタイルにしている。

ドレスコードは「浴衣」だ。甚平でも作霧衣でもけっこう。
お店は15時で閉店。ライブは16時半開場、17時開演となります。
最近、暑さと、それぞれが「老人力」がついてきたので、日時や時間の
体内時計が、狂ったりすることが、ままある。
とくに今日など「お祭り」の日は、いろいろと、あやしくなってくるものだ。

昨年と違うのは、ライブが終わった後に、北十間橋あたりで花火を見て
、という人が多かったけど、今年の北十間橋は、特等席というか、縄張り
争いがあるのでは、と懸念される。
どうでもいいけど、狭い場所に、三脚やらをたてて平気なカメラマンたちの
厚顔無恥さ。やはりTPOというのは、大切だと思う。ケンカになって、橋から
落ちたりしないことを、願いたい。

明日は「竹細工」の二回目。5回がワンクール。
先日のお茶のお稽古は、竹であんだ籠(煎茶では、ていらん、という)
に煎茶道具を入れて、栃木の無農薬の煎茶をいれた。
竹の籠が置いてあるだけで、清らかな風がふいてくるような涼やかな
気持ちになる。お菓子は日本三大銘菓の「山川」の風流堂さんの「路芝」。
ごまの香りと、煎茶のハーモニーが素晴らしい。
昨日スイスから1年ぶりにきたAさんも、「煎茶」を所望された。
将来は、ヨーロッパで「煎茶の先生」か「ピアニスト」になるだろう。





舟と竿の粋お話し

2010-07-30 08:01:27 | Weblog
茨城の蕎麦屋にいってきた。すごい蕎麦屋だ。
営業時間が11時半から午後2時。
営業時間が短かったり、営業日が少ないお店は、
「仕込み」に時間をかけているので、「美味い」
ところが多い。このお店は、うちで使っている石臼
の職人からつくってもらった石臼で、地元の大豆を
挽いて、毎朝豆腐をつくっている。

さっそく豆腐を
注文したら、笠間の平たい椀に、でてきた。一口入れた
だけで、甘みが、五臓六腑に染みてくる。
「朝から申し訳ないですが、お酒をお願いします」
というと、主人がでてきた。次のお客さんがくるまでの5分
間で、彼の蕎麦と豆腐と酒に関する、「哲」を聞く。
そして、「渡舟」が、ガラスの器になみなみとついで、受け皿は
豆腐と同じ作家の器で、でてきた。受け皿にもなみなみと、渡舟
が注がれてある。酒飲みの気持ち、蕎麦食いの気持ちを、よく理解
している主人だ。


お酒専用のお米に「山田錦」というのがある。
江戸時代の末期から明治にかけて、茨城県で
山田錦の先輩にあたる酒米がつくられていた。
「渡舟」という。

こんな艶冶な都都逸をご存知だろうか。

♪この舟は あなたが乗る舟 あなたの竿は わたしが行くとき 借りる竿

昼間から、自然の中に身をおき、好きな酒を飲み、蕎麦で締める。
そんな贅沢な時間を持てるのは、ほんとうに幸せなことだ。

今日は、うちでも、そんな蕎麦会がある。
昨年もきてくれたけど、わざわざスイスから、きてくれる。
今朝は、一段と気合を入れて、蕎麦を打ってみた。

明日は「花火大会」
「隅田川花火大会 もにじんライブ」も三回目。
16時半開場 17時開演。
明日の営業は15時まで。

さわやかおじさんたちの蕎麦会

2010-07-28 08:34:49 | Weblog
昔からの友人で、引退後に定期的に、お店に集まって
談論風発する「さわやかオジサン倶楽部」というのがある。
ときどき、うちで蕎麦会をやってくれる。平均年齢は65歳。

男子の平均寿命も延びているので、60や70や80は、「はなたれ小僧」
・・・90になって迎えにきても、100まで待てと、追い返す・・
そんな歌があるけど、まさにそんな時代になった。

昨日は、違う会だけど、似たような、元気なオジサンたちの7名の
蕎麦会があった。みんな元気で、健啖家で、酒もめっぽう強い翁たちが、
集った。年齢を聞かれたので、63歳くらいですか?とお答えすると、
「ありがとう、プラス10歳!」ということだ。かれこれ、男子の平均寿命に
あと3年、という年だけど、まだまだ、迎えがくるどころか、これから「ひとしごと」
できそうなくらい元気はつらつウルトラC、といった感じだ。

平均年齢がのびても、ヨレヨレでいたり、病院で薬ずけ、なんていうのは、
あまり関心しない。やはり死ぬまで、好きなもの食べたり、ときどきエッチな
ことを考えたり、したり、しながら生きていきたいものだ。

その会の前に、若い女子が、文花的ゴールデン梯子、つまりSpice Cafe
でカレーを食べた後に、うちにきて「ほぼぶらじる」を飲まれた。
バタバタしていて、ゆっくり話はできなかったけど、界隈に「古い物件」を
見つけたので、そこを改装して、カフェをしたい、という話。最近よく
そんな人たちがこられる。鳩の街商店街の近くの物件だけで、本人は
すごくやる気になっていて、その気をそぐのは、なんだけど、いろいろ
話て、「もういちど、原点にもどって、よく考えてみたら」と、アドバイス
した。でも少し気になったので、朝のジョッギングコースを、ひさしぶりに、
「鳩の街」経由で、その物件の前で立どまってみた。
その女子がこのブログを読んでいるかどうかは知らないけれど、「やめたほがいい」
と思う。自分の親戚なんかがやるといったら、張り倒しても「やめとけ」というわ、きっと。

今日は最終水曜日。つまりお店はおやすみ。明日と連休。
お店の植物と庭の水まきをして、メダカにエサをやって、自分
たちもエサを食べたので、これから出陣。
今日は、天真庵の「コーヒーの石臼」をつくってくれた職人さん
の石臼で挽いた蕎麦を出すお店を予約してある。笠間の近く。
ひさしぶりに笠間の方にいって、陶器も見てこようと思う。








○お盆のような月が・・・

2010-07-27 07:43:41 | Weblog
東京では7月が盆という習慣があるみたいだ。
とくに、界隈、下町ではそんなならわしがある。
ぼくら、西日本側の人らは、8月が盆だと、生まれてこのかた
疑ったことがない。ワカも元気も、この8月が初盆だ。

昨日、暑い中、ふたりのピアニストがカウンターにとまった。
りんちゃんとぶんこちゃん、どちらも若手の男性ピアニストだ。
りんちゃんは、2007年の年末にふらりと、やってきて、押上に
住ながら、全国でコンサートをやっている。原田先生に花を習う
同志でもある。
そのりんちゃんこと、赤松林太郎くんが、8月14日(土)の
コンサートをやってくれることになった。ジョージ・バンダム
さんというベルギーの音楽家が、その日に、演奏してくれる。
じょーじくんは、2度ほど天真庵で蕎麦を食べたことがあるが、演奏
は初めて。N響の山根さんと、三者揃い踏み、みたいな豪華なコンサート
になった。はやいもんじゅん。

昨日の夜は「順受の会」。
昨日から二学期で、陽明学の王陽明の「伝習録」がはじまった。
「習」という時は、小鳥の子鳥が、羽をばたばたさせて、巣立ちを
する練習をしている象形文字だ。
「自噴の水」ではないけど、自らの気持ちでいろいろな世界に足
を踏み入れ、学んで時にこれを習う、といろいろなものがキラキラ
してくる。
ネットなどの情報で、一方的にいろいろな情報が入りやすい時代
になったけど、ねっとや雑誌で、「いい」と書いてあるから、
いくのではなく、「自分の意思」でいき、「自分の舌」で味や雰囲気
を楽しむ、ような習慣をつけないと、「食事を食べている」のか
「雑誌を食べているのか」区別がつかない輩ばかりになる。

夕方「HANAKO」を見て来店されたお客さんがいた。カウンターに
ぞくぞくと、「論語読みの論語しりたしオヤジ」がやってくる時間帯
だった。カウンターで「蕎麦屋でひとりそば酒」を楽しんでいたのが、
知らない間に、勉強会の中に席を移し、陽明学を学ぶハメになった。
いい意味で、人生の1ページになれば、幸いだと思う。

今日は「英語で蕎麦会」
楽しく英語を勉強しながら、酒も学び、蕎麦くいも学ぶ、
そのうち、蕎麦打ちも学ぶ・・・?

明日、明後日は連休。


今日は順受の会

2010-07-26 07:45:58 | Weblog
今日は「順受の会」・・・通称「論語の会」だ。月一の「儒学カフェ」。
前半は中江藤樹をやった。月曜日から二学期。「伝習録」をやる。
いっけん、むずかしそうだけど、みんなで気もちを整えて勉強すると、
なんとかなるもんだ。すぐに、売上があがったり、お金がたまったりするような
ものでもないし、人生がすぐに好転するものでもない。でも、ものの見方とか、
こころの持ちようが変ってくると、未来は確実ちがったものになる。
人生という旅の途中に、「!」ということがあれば、いい、ぐらいの気持ちで
参加されるといいのでわなかろうか?
最近、よく電話で、この会のことを質問される。まず、門をたたくことだ。
「大道無門」・・・大きな道、学びの道には、門など無い、誰でもいつでも
入ってきていいよ、という禅の教え。この会も、無門の会。

教科書は
「新書漢文大系 22 伝習録 」明治書院22  近藤康信【著】/鍋島亜朱
華【編】

『伝習録』陽明学の王陽明の言行録であり、陽明学の本質を著した基本書である。知行合一(知識と行いは一つのものであり、それによって道理に適うこと)・致良知(良知は人が生まれながらに持っている完全なもので、これを発揮すればすべての道理に適うこと)を唱えて空論を排除し徹底的実践を説いた。
「良知」は、「天真」と同じようなようなものだ。生まれながらにしてもっている
天真爛漫なこころ。それが発見できないのは、人が大人になるにつけ、私利私欲が
でるからだ。

そして、陽明学には、「万物一体」という言葉がよくでてくる。
「奇人」とは何をもって奇人というか。
俗人から見れば、奇人変人に見える人が、天のものさしでみると、
自然の理法と同じ、絶対的な存在の人を奇人という。
「論語」や「孟子」にも「狂者」というのがでてくる。尊敬の念をこめた
総称で、「狂禅」ともいわれた。
狂ったような面々が多いが、あくまで「自然と一体になる」という
ことが前提だ。

江戸時代以降に日本に入ってきた学問、陽明学。まだまだ奥深いもので、
こらから、この星で、いろいろな生き物や自然と生きていく人たちに
とって、非常に役に立つ学問だと思う。自然体で、気楽に学べば、の話では
あるが。







どうかいどうかいどうかいどうかい!

2010-07-25 07:24:45 | Weblog
熊本で行われる秋のお祭り「藤崎宮秋の大祭」
は、そんな掛け声を叫びなが、町中を練り歩く不思議な祭りだ。
昔は「ぼした祭り」といわれていた。説明は、朝はやくからやるのは
手ごわいが・・・

昨日は「お花のお稽古」だった。「どうだんつつじ」をいけた。
そのみごとな枝ぶりと葉の様子が、「どうだ どうだ」というような
声みたいで、つい、ぼした祭りを思い出した。
どうだんつつじは、漢字にすると、「満天星」。確かに姿が、満天の星
、いい得て妙である。残りをお店の信楽の大壺に投げ入れた。

「くばり」が少しあまかったので、仕上げに少し手間取った。
やはり仕事も人生も、「土台つくり」が大事なことを教わる。
花をやっていると、お茶もそうだけど、あの世から、声なき声
みたいなものが、聞こえるときが、多々ある。だから先人たちも、
命がけで、この不思議な世界を遊んだのではなかろうか。
昨日は、大型新人のなまこちゃんがデビューした。久保さんの
つくった古瀬戸の瓶子(へいし)に、投げ入れをした。華のある子
が花をいけるのは、いい。

明日は「順受の会」・・・通称「論語の会」だ。月一の「儒学カフェ」。
前半は中江藤樹をやった。月曜日から二学期。「伝習録」をやる。

教科書は
「新書漢文大系 22 伝習録 」明治書院22  近藤康信【著】/鍋島亜朱
華【編】

『伝習録』陽明学の王陽明の言行録であり、陽明学の本質を著した基本書である。知行合一(知識と行いは一つのものであり、それによって道理に適うこと)・致良知(良知は人が生まれながらに持っている完全なもので、これを発揮すればすべての道理に適うこと)を唱えて空論を排除し徹底的実践を説いた。

「文花的な寺小屋」の中で、一番長くやっている会。
火曜日は「英語で蕎麦会」
これは、二番目に長くやっている会。






花のお稽古

2010-07-24 07:35:49 | Weblog
昨日は「ねんど」の会。かいらしい小学生たちも
通ってくる。昨日は蕎麦米を使った「ウナ玉雑炊」を
つくった。ひとつの土鍋の中の料理を、小学生から
大人までが、わけあって食べる。普茶料理みたいだ。
もちろん、普茶料理の場合は、うなぎは、おあげを
つかって「もどき」にするのが定石だが。
昨日から「こねる」で、夏の特別企画を開催している。
多士済々な作家たちの「手作りの一品」を、ぜひ
見に行ってほしい。

今日は「花のお稽古」の日。
宇部から原田先生が颯爽とやってくる日。
先生の鋏の音が、ここちよく、長屋の二階で響わたる日。
今日から大型新人がひとり入る。なかなか才女で美人だけど、
「お花をやりたい」といわれた時は、「やはり、君も奇人だな」
と痛感する。でもまた新しいページが始まるような予感。

「もなか屋」も、元気にやってくる日。炎天下の中で、近くのマンション
などの工事をする人たちも、週末の「アイスモナカ」は楽しみなようだ。
便利な世の中になって、なんでもすぐ手に入る時代だけど、やはり手が
かかったもの、手間のかかったもの、ひとつひとつていねいにつくったものは、
「いい」。めんどくさくても、「ひとてま」というのは、とても大事なことだ。

先週、コンサートをやってくれたN響の山根さんも、山口出身。来月に
秋吉台でコンサートを企画している。ヨッシーの復帰第一弾でもある。
昨日きまったんだけど、8月14日(土)の夕方に、ベルギーから
「ばんだむさん」という、山根さんの友だちのアーティストが演奏会を
してくれるようになった。毎年日本でコンサートを何度かやる人なので
日本のファンも多い。お盆に東京にいて、その日あいている人は、
この指とまれ。
9月も山根さんがやってくれる。これもすぐに満席になりそうな内容。

山口つながりでいえば、山口出身のジャズシンガーの国貞雅子さんが、KAZUKO BABAさんと、9月25日に、天真庵で「三丁目のジャズ」をやってくれることになった。
いろいろ目白おしな感じ。

月曜日は「順受の会」・・・通称「論語の会」だ。
前半は中江藤樹をやった。月曜日から二学期。「伝習録」をやる。

教科書は
「新書漢文大系 22 伝習録 」明治書院22  近藤康信【著】/鍋島亜朱
華【編】

『伝習録』陽明学の王陽明の言行録であり、陽明学の本質を著した基本書である。知行合一(知識と行いは一つのものであり、それによって道理に適うこと)・致良知(良知は人が生まれながらに持っている完全なもので、これを発揮すればすべての道理に適うこと)を唱えて空論を排除し徹底的実践を説いた。





美人に育つ

2010-07-23 07:18:46 | Weblog
昨日は、煎茶のお稽古に表参道にでかけた。
まずいつものように界隈の路地裏を歩く。
ときどき、骨董やを覗く。その時は、お金と時間
がある時。ま、お金は天下のまわりもの、だし、
お金がなくても、「いつでもいいよ」といってくれる
なじみの骨董やも何件もあるけど、やはり「いつでもいいよ」
というわけには、いかない事情ってのがある。

表参道のカフェなんかは、ほとんど入ったことがない。
ときどき、そのあたりのオーナーや店長などが、わざわざ押上まできて
くれることもあるけど、「大坊珈琲」以外のお店に入ることは、まずない。
抹茶ミルクが飲みたくなることがときどきあって、その時は、京都時代
からそうしたように「はやしや」にいって飲む。昨日はそんな日だった。
京都とは、ぜんぜん趣が違うが、時代や場所に適応しようとする老舗の柔軟性に関心しながら、抹茶ミルクを飲む。学生のころには、京都競馬場でときどき
「臨時従業員」として働いていたので、帰りに三条京阪の近くの「はやしや」
でよく、抹茶ミルクを飲んだ。吉田拓郎風にいうと、♪それも青春!

路地裏の小さな器屋のウィンドウに、ガラスの器や、涼やかな
磁器ものが飾ってあった。そのかたわらに、団扇を模った白と水色の
平たい器がおいてあった。おもわず「あ、久保さん」といってしまった。
天真庵の器を担当してくれている陶芸家・久保忠廣さんの器、しかも
料理屋で使われている器が、表参道の路地裏の小さなお店のショーワインドウ
に飾ってあるのがうらしかった。

それからいつものように「青山ブックセンター」にいく。「HANAKO」
が、積んであった。それを一冊買って、織田流煎茶道の茶室がある、表参道
ヒルズの裏の不思議な建物に入る。看板も表札もない。不思議な隠れ家のような
茶室。先週に続いて、久保さんの志野のふたつきの茶碗で、「すすり茶」
の手前の準備していると、陶芸家のチョンゴニさんがやってきた。こないだ
まで、広尾の「ギャラリー・しゅん」で陶展をやっていた。三島の菓子皿を
土産にもってきてくれたので、さっそくそこに、山田饅頭を載せて、すすり茶
をいっしょに楽しんだ。彼の三島の器といい、久保さんの志野の茶碗といい、
「美人に育っていく」のが楽しみだ。そんな話をしていると、チョンさんが、
「今どき、器を美人にしていく、という気概をもった人が少なくなった」
と、いう。残念ながら、そうかも知らない。
昨日と今日が変らないように願う人たちにとって、器も同じで、変化する、
という概念がないのかも。水につけて、貫入ができたり、色が変化したりすると、
「欠陥品」として、お店に返しにくる人もいるらしい。
そして歴史的に低迷したり閉塞したりすると、「白い器」が流行するらしい。
今回の「HANAKO 東京カフェ!10」に紹介されているお店の器も、大半が
白い器。なんか、違うような気がする。

ひとも器も、大事に育てていけば「美人になる」のだ。
ずっとブスなんは、努力が足りないのかも。

今日は「ねんどの日」
明日は「お花のお稽古」










真夏のクラシックコンサート

2010-07-22 08:51:55 | Weblog
昨日は、この夏一番くらい暑かった。
庭に水をまき、めだかにえさをあげ、お店の
こけだまなどに、水をやり、風通しのいい場所で
朝寝?させるのが日課だ。
4時にピアノの調律師がくるので、3時に閉店の紙を
だそうとすると、真っ赤な顔して、おじさんがふたり
はいってきた。天真庵にあるアンティークな街灯に
電球をいれてくれた人だ。下町のみならず、零細の
「ものつくり」をする会社の人たちは、青息吐息の
ところが多い。このひとの会社も、例外でなく
この春に工場を手放して、郊外に移った。
でも、そんなたいへんな時期に、古い街灯を加工し、
しかも、忙しい日曜日に「これできた」とカウンターに
おいて、「おいくら?」ときくと、「いらない」といって、
ロードレース用みたいな自転車で、踵を返すように
かえっていった姿が、わすれなれない。
こんな下町の人情あふれる人たちが、元気にくらせる
ようにしないと、日本が元気になるはずがない。

調律が無事おわり、「ベートーヴェンにおける三者三様」
というクラシックコンサートが始まった。
最初は、「街の歌」。忙しい三人が、5時半くらいから
リハーサルをした。一流の人たちが、それぞれの「技」を調和させる
工程は、見て(聴いていて)とても、楽しかった。(やってるほうは
汗だくだし、楽しそうではあるが、真剣勝負そのものだった)
。ベルギーから帰国したピアニストの大宅さんが奏でるピアノと、
この秋からドイツで修行する宮坂さんの低音がはらわたまで染み入る
チェロと、クラリネットの先まで体の一部、一物一体そのものの
山根さんの三重奏を聴いていると、あたりが、ヨーロッパになってくる。
くだんのおっちゃんがつけてくれたライトが、音楽会の時は、
またまた最高な演出をしてくれる。

後半は本来は、七重奏のためにつくられたものを、編曲
したものだ。指揮者はいないけど、それぞれの楽器の音が、
指揮をしているような素晴らしい演奏だった。
「こんな素晴らしいアーティストたちが、なぜこんな場所で」
という驚きと感謝がいっぱいになった。

8.12発売(今日あたりにでる?)の「HANAKO」の「東京カフェ‘10」
に、天真庵が紹介される。
昨日おくられてきたものを見ると、自分でもびっくり
するほど、いい写真だ。たぶん、これまでにない切り口。
自分が描いている「理想の喫茶店」にだいぶ近くなった?
たぶん、この記事をよんで「はなこ族」がぞくぞくるような
内容ではないけど、なんかうれしくなってくる。おごらず(よくおこるけど)、
おもねらず、ゆっくりやっていきたい。
今日は、青山ブックセンターにいって、「HANAKAO」
を買って、煎茶のお稽古にいくとするか。織田流煎茶道がおもしろい。

明日は「ねんどの会」
明後日は「花のお稽古」
原田先生が宇部から元気に花を教えにやってくる日。



めだか

2010-07-21 08:31:15 | Weblog
暑い日が続く。
めだかが元気だ。最初はハッポースチローールに卵の
ついた布袋草を入れていた。毎日、小さなメダカが
誕生しては、消えていった。たぶん、自然ではない化学的な
なにがしかが、めだかの命にかかわっているのだと思い、
骨董やにでかけて、黄瀬戸風な甕を買ってきて、それに
移し変えた。ら、育ちがよくなった。ただハッポースチロール
というのは、温度差の変化があまりないが、甕はそうはいかないので、
置く場所や、水を足したりするのが、気を使う。
でもなんとなくわかってきた。

今日は、ベルギーがから一時帰国しているピアニストの大宅裕さん
と、この秋にヨーロッパにチャロの勉強のため渡欧するN響の
宮坂さんと、クラリネットの大御所の山根さんが、コンサート
をやってくれる。
3時にお店は閉店。