長屋茶房・天真庵

「押上」にある築60年の長屋を改装して
「長屋茶房・天真庵」を建築。
一階がカフェ、2階がギャラリー。

墨田ぶらり下町音楽祭

2010-03-31 07:25:16 | Weblog
5月23日に開催される「墨田ぶらり下町音楽祭」
のパンフが昨日できあがって、オーボエのかよちゃんが
もってきてくれた。ちょうどその時に、今回の音楽祭の
Tシャツをつくってくれる社長も、蕎麦を食べにきていた。
一回目の昨年は、わりと静かにやって、まわりも、なんとなく
冷静にしていたけど、新聞に大きく取り上げてもらったりして、
予想以上の成果だった。(手弁当でやったので、儲かるとか、そんな
次元の話ではないけど)

今年は近所の幼稚園の園長さんたちの協力もあり、会場が
あさひ幼稚園が増え、5箇所になった。いい感じで、広がり
がでてきた。
大きくしたりする目標はないけど、演奏してくれるメンバーの実力や魂、
ボランティアの人たちの協力や、SPICE CAFEや、天真庵などの
お客さまの和みたいなものが、音楽という共通の芸術を媒体として、
ひとつになりそうな感じが、なによりうれしい。

4月は、天真庵でも4つのコンサートがある。
クラシック2つ、ジャズひとつ。14日には、
新人の歌手の歌を聴きながら、新人の蕎麦打ちたちの蕎麦を食べる、
という新しい企画もできた。


スカイツリーが東京タワーを抜いた。

2010-03-30 07:16:31 | Weblog
昨日はそんな日だった。
朝一番は、ヨッシーのおかあさんが広島から蕎麦を食べにきた。
ヨッシーは来月の中旬に赤ちゃんが生まれるので、今は、
大きな大きな赤ちゃんをおなかの中に入れて、胎教よろしく
ヴィオラ演奏会を続けている。今回は、逆介護?というか、そんな身重な
娘の応援に広島からかけつけた。
ひとりの「命」が紡がれていくには、ほんとうにいろいろな人の協力あって
のものだ、を痛感する。

2時過ぎくらいに、この指とまれとばかりに、「押上にいこう」と
のマイケルくんの呼びかけに、18人の在日外国人、在日日本人が
お茶を飲みにこられた。ピアノの椅子まで使って、なんとか
みんなが座って、お茶を飲めた。

夜は順受の会。
彼岸桜を信楽の大壺に投げ入れ、花冷えの中で、炭をいっぱい焚いて
暖をとりながらの勉強会。この日はさながら「寺小屋」だ。

明日明後日は、連休になる。
今日はゆずとみくちゃんが天真庵で初顔あわせ。
小学校2年生ふたりで、チーズケーキを食べにくる予定。
寄る年波には勝てないけど、若い人たちからもらうパワーは
若い日の比ではない。
いろいろ世のなかはうまくできているようだ。 感謝。



うえのから咲く

2010-03-29 06:55:32 | Weblog
上野から咲く、ではない。
上のから咲く。

天真庵は、上がギャラリーになっている。
1階のお店は、エアコンと、石油ストーブふたつと、火鉢が
ふたつで暖をとっている。二階は、囲炉裏がひとつあるだけで、
何かイベントをやるときでないと、炭はたかない。
でも暖かい空気は下から上に上がるし、二階は日当たりが
いいので、桜を飾っていると、二階から開花するのだ。

昨日の朝、蕎麦を打った直後に、岩本さんから電話。
大山ですし屋をやっている。同じ年だけど、いつも
声を聞くだけで、元気をもらう。たぶん、すし屋の店主
で日本で一番元気な人だ。彼は昔、ヨネクラジムにいて、
日本フェザー級のチャンプだった。当時は今よりも階級が
少ないし、選手の層が扱ったけど、11回も防衛した。
リングを後楽園から大山にうつして、すし屋になったけど、
往年のファンが、すしを食べにくるお店だ。
久保さんの器もたくさん使ってくれているのが、いい。
昨日は「天真庵のお客さんがきた」と、お礼の電話。
ぼくの誕生日や、そんなことがあった日には、必ず
電話がくる。

ヨネクラジムでは、いっしょにトレーニングをした
ことがある。彼がシャドウボクシングをする姿を
まじかでみると、身震いがするほど、きまっている。

今日は「順受の会」
月に一度の論語や東洋思想を勉強する日。
政治も経済も混沌としていて、私たちの未来も
一寸先が見えないような状況だけど、こんな
ときは、自分を磨くしかない。論語や東洋思想を
学んでいると、人生の「いざ」というときに、
はらわたの底から、声が聞こえてくるときがある。

人生には「登坂」と「下り坂」と「まさかの坂」がある。
前のふたつは、経験とかでなんとかなるけど、まさかの
坂は、日ごろ何をやっているか、とか、人間力がかぎ
になる。



彼岸桜

2010-03-28 07:15:00 | Weblog
昨日は、一雫の会だった。
彼岸桜を生けた。
いつものように、真(しん・心でもある)をきめ、寸胴に
Vの字のくばりをつくる。土台である。家でいうと基礎工事、
人生でいうと、強い心ずえを作る、みたいなことだろうか。
真の枝振りを見て、本勝手(ほんがって)か、逆勝手を決める。
昨日は、本勝手。生け終ると、掛軸の左におくとちょうど絵に
なるのが本勝手、逆もまた真なり、の逆勝手。

昨日は「胴木」(どうぼく)を始めてやった。
真(しん)・副(そえ)・耐(たい)という基本が
あり、真の前にくる耐を生けると、ぐっと形がきまって
くりが、そこの間が、ありすぎると、「間抜け」に
なるので、そこに太い木が、枯れて朽ちた形を
創作する。この領域になると、「虚実」という
コントラストな詐術、たくまらざる詐術みたいな領域
になってくる。
屶をつかって、太い幹を削る。
たぶん、7月から始める「竹の教室」でも屶を
ふる?ことになるだろう。

まだつぼみだけど、彼岸桜が咲くのが、一日千秋、いや
一日千春のように待遠しい。

一滴の会

2010-03-27 07:13:21 | Weblog
ひとしずくのかい。

今日のお花のお稽古の会の名前。
山口から、原田先生が颯爽と風のようにやってきて、
凡夫なぼくたちを、一所懸命指導してくれる日。
昨日、花材の「さくら」が到着した。
季節の花を、身近なところへ、生ける、というのは、
実にすがすがしい気持ちになる。
華道というのは、先祖やなくなった人に、花を手向ける
、ところが出発点だったらしい。いろいろな命のつながりに、
感謝しながら通ってきた人間の敬虔な儀式の伝統みたいなものだ。

そういえば、京都の天竜寺にも、そんな名前の名僧がいた。
師匠から、「お庭に水をまいておきなさい」といわれ、
だだ心のおきどころもなく水をまいたら、「水をまくときは、
一本の木、草にかかるように大切にまけ」と渇をいれられ、
その瞬間に悟って、滴水?とかいう名前にした、みたいな
話。

今日から、一滴一滴を大切にしながら、ひとつぶぎとつぶを
石臼でひいた「手挽石臼水出珈琲」がメニューに登場する。
それにバニラアイスがついたものを「阿保守(アホガード)」
にして供す。

「粒々皆辛苦庵」も、だいぶ充実してきた。

しばし美人の膝枕

2010-03-26 07:10:38 | Weblog
桜が咲き始めた。なんといっても、桜を見るには、
美人の膝枕に限る、と昔からいわれてきた。
死ぬまでに1度はやってみたいものだ。

昨日は、升さんの個展を見にいった。本人は
いなかったけど、いろいろな表情をした不思議な女性の
人形たちと、対話してきた。ここの女店主も、なかなか魅力的な
女性だ。

お昼は、銀座のちょっとはずれの路地裏の「そばや」で
蕎麦を手繰って、いつものように、「銀座の七不思議」の
筆頭にきそうな骨董やを覗く予定だったが、新しくできた
ギャラリーの中に置いてある粉引きの器が、雨にぬれたウインドー
からキラキラと輝いていて、知らぬ間にそのお店に入り、ながっちり、
をしてしまった。ここの女店主も粉引きに負けないくらいいさぎの
いい美人だ。路地裏のそばやと同様、誰にも教えたくないお店。

それから表参道にいった。その陶芸家の粉引きの器は、炎色野で
見た記憶がある。そんなわけで、久しぶりに炎色野に
たちよったら、美人の店主が、小ぶりの古伊万里の蕎麦猪口に
「花垣」を注いでくれた。花垣もうまいが、その器もいい。
ちょうど、若手の陶芸家たちが3人で、グループ展をやっていた。
ひとついいぐいのみがあったので、鈴木大弓くんの信楽の
ぐいのみを、いただいてきた。無ろ過の生酒なんかを飲むのに、
使いたくなる器だ。縁があって、大前悟さんの窯を引き継いで
作陶をすることになった若い陶芸家の前途を祝して、その器で
「花垣」を飲んだ。

昨日は、美人のいるギャラリーを3件梯子した。

今日は「ねんどの会」がある。まいか先生は、先週末に
近くの一軒家に引っ越してきた。踊りの先生が住んでいた家で、
和風で凛としている。そこで「コネル」という雑貨屋さんを
5月から始める。
休みの日に、「美人のいるお店」の梯子先が、もう一軒増えそうだ。


せくなあせるな天下のことは しばし美人の膝枕



雨の日と木曜日は

2010-03-25 06:23:27 | Weblog
今日は休み。
朝から冷たい雨がふっている。

昨日は、庭の池にメダカが10匹くらい泳いでいた。
冬の間は、岩陰や土の中にもぐって冬眠状態だったみたい。
ときどき、ネコがきたり、カエルの姿を見つけるので、
もしや、喰った?と心配していたけど、大丈夫だったみたいだ。

さくらもつぼみが、ほころび始めた。♪春のうららの隅田川・・
ではないが、これからの季節の、この界隈は、さくら、さくら、
である。スカイツリーに関連して、墨田区では、川を観光資源として
活用しようと躍起だ。近くの北十間川も、川端を桜並木にするらしい。
水郷柳川みたいに、情緒あふれる川舟なんかが往来するようになったら、
優雅な町になる。そして、そこでは、「墨田ぶらり下町音楽祭」
がやられていて、川端の特設舞台では、オペラが盛大に行われている・・
そんなことが、実現するやもしれない。

庭の「さくら」も新しい芽がでてきた。桜ではない。新種の「あやめ」だ。
天真庵にときどきやってくる下町の青年が、品種改良をして、完成させたもの。
江戸時代には、植物の新種があまたつくられた記録がある。
お茶の文化が庶民までいきわたり、まつわる「花」や「盆栽」などが、
盛んになったのだろう。温故知新ではないけど、新しい「さくら」に
江戸時代の「こころいき」を感じた。そんなこころいきの根粒みたいなものが、
この界隈には残っている。その「土味」が、陶芸のそれとよく似ていて、たまらない。
久保さんの新しい「志野」も、だいぶできあがってきたみたい。これも温故知新だ。
昨日遊びにきた「N」さんに、チラッと話をしたら、目が、彼の作品の女の子のように、
キラッと輝いていた。


奈良の都は平城京

2010-03-24 07:14:55 | Weblog
昨日は、朝からテレビの取材だった。
ときどき、カウンターにとまるテレアサのSさんが
初めてカメラをもってきた。
「やっぱり、カメラマンやったんや」と声をかける。
いつものように、「石臼」で珈琲豆を挽いていたら、
いきなり真剣な顔して、カメラをまわしはじめた。

なんとか店内の撮影と、インタビューが終わって、
外観の撮影をしていた時、
タイトルの冒頭にある著名なアーティスト「N」
が、世界的なギャラリストの「K」さんと、ぶらりと
やってきて、天真庵の暖簾をくぐった。
このところ、うちにくるアーティストたちが、「Nさんのブログ(ツイッター)
に天真庵がでてますね」なんてことを、つぶやいていたので、
「あ、やっぱりきたんや」という感じだった。升さんの作品(陶器や絵)
や、久保さんの宝瓶(ほうひん)や般若君の机や角居くんの茶道具などを、楽しそうに
見ていた姿が、やはり超一流なオーラにつつまれていた。

夜は「英語で蕎麦会」
長屋に越してきた岩本先生は、「煎茶」に凝りはじめた。
もともと池袋の時代にも、みゆき先生のお茶を習いにきていた。
昨日は、会が終わったときに、小石原焼きの茶器をみて
「これ下さい」と、のたまう。
「高いよ」というのに、びびらない。
ポンとお金をおいて、長屋にもどっていった。
机の上には、辞書とマフラーを、置き忘れていった。
やっぱり、少し酩酊して、気が大きくなったのかしらん。

ぼくの友だちで、昔酔った勢いで、とある画家に「
先生あれください」といったのがいる。
当時の彼(ITの社長)の月給より高く、支払は
たいへんではなかったと思うけど、その絵を社長室に
飾るようになってから、会社の業績もみるみるあがって、
今では、日本?いや御茶ノ水を代表するくらいの会社に
なった。
「芸術」とは、やはり人間が生きていくうえで、とても
大切なものだと思う。ときどきは、無理して
「ままよ きんたま 男の子」とばかりに買うもよし。

うらぶれた建物で、カフェともギャラリーともわからない
ことを始めて4月1日で、3年を迎える。
なんか、不思議な縁(えにし)のいたずらで、いろいろな
「奇人」たちが、集まってくるようになった。

京都の大学の後輩が、同じ十間橋通りで、「酒庵 酔香」を
始める。古色蒼然とした建物のリノベーションが、昨日から
始まった。「何か」が動きだした。


ひとつぶ

2010-03-23 07:09:13 | Weblog
そんな名前のついた作品が今日から、京橋
の「SILBER SHELL」で並ぶ。
昨年に続き、升たかさんが今日から、「砂の庭」という
個展をやる。昨日、ハガキをもって、天真庵にやってきた。
昨日はパンパンに混雑していたので、ゆっくりと話はできなかった
けど、年に一度のこの個展は、普段の「陶芸」とは違って、
彼の表現したい「今」が、うまく具現化されていて、黙って
いても伝わってくる「何か」を感じられる。
個展会場のある界隈は、いろいろなギャラリーや
骨董やなどがあって、歩いていても楽しいところだ。
ぼくも明後日の休みには、のぞいてみようと思う。
また近くの骨董やで、いいもの見つけて、すってんてんに
なりそうな気配。

今日は「英語で蕎麦会」。
フィンランド人の「ヨーコ」が最近皆勤賞だ。
名前とはうらはらな、いけめんの男の子。最近
「熱燗」にはまっている。

「ひとつぶ」
やはり今日も、「粒々皆辛苦庵」。
午前中にテレビの取材を受けるので、今日は早く
起きて化粧。うそ、仕込みをやってきた。これから
「そばうち」

春うらら

2010-03-22 07:12:39 | Weblog
とはいえないくらいの嵐みたいな日だった。
「花冷え」があったり、春の嵐だったり、別れの春だったり、
春も、いろいろな表情があるものだ。

昨日は夕方に、やまねさんが、春のコンサートのうちあわせ
を兼ねて珈琲を飲みにこられた。閉店直後、お客さまがすくなくなって、
テーブルに座っていた金髪の青年が、たどたどしい日本語で、
「ピアノをひいていいですか?」というので、「どうぞ」
といったら、ビリージョエルの曲を弾き始めた。そして、たどたどしく
ない声で、歌をうたい始めた。
よく名刺代わりみたいに、ピアノを弾いていく人が多いけど、
英語の弾き語りは、初めてだ。

暖かくなってくると、コンサートも増えてくる。
4月には、ふたつのビックな「クラシックコンサート」がある。
もう「ほぼ満席」だけど、縁ある人に聴いてもらいたいと思う。
14日(水)は、「MOGMOSの天真庵デビュー」のライブ。
伝授の会で打った「すがすがしい蕎麦と珈琲」がついて2000円。
30日(金)は、KAZUKO BABA &ギターの井上さんが
ニューヨークからやってきて、「三丁目のJAZZ」をやってくれる。
このコンビでやってくれるのは、1年ぶり。4000円。

勧酒(井伏鱒二訳)
この杯を受けてくれ
どうぞ なみなみ 注がしておくれ
花に嵐の例えもあるそ
「さよなら」だけが 人生だ