長屋茶房・天真庵

「押上」にある築60年の長屋を改装して
「長屋茶房・天真庵」を建築。
一階がカフェ、2階がギャラリー。

らしく

2010-11-30 08:16:12 | Weblog
「あなた・らしく・生きてますか?」という時代のキーワード
みたいなフリーペーパーのスタッフが、「順受の会」を取材にきた。
毎月いろいろなテーマをきめて、ものつくりをしているひとや、
輝いている人を取材して、カフェなんかに置いているらしい。
若い女性のライターとカメラマンが夕方やってきた。「ほぼぶらじる」
を飲みながら、松田先生のインタビューから始まる。順受の会に参加される
人たちは、半分は15年くらい毎月こられる常連さんだ。たぶん死ぬまで
毎月1回は「儒学バーの日」にくると思う。みんな「らしく」生きてきた人であり、
まだまだ一仕事が待ってる人であり、居場所と出番がある人だ、いやであってほしい
ものだ。せっかく1度しかない人生。「らしく」生きたいと誰もが思う。

今日で今月も終わり、明日からいよいよ師走。
本来なら、明日からお休みをとって、陶芸家の友人や木工の友人や、
愛媛の南條画伯なんかを訪ねる予定にしていたけど、今年は
家族の健康問題があり、長い休みは中止。
でも明日は、休み。来週は火曜・水曜・木曜を休みにします。
「らしく」生きていくためには、アウトプットではなく、インプット
の方にも力を入れないといけないと思うけど、なかなかバランスが
むずかしい。

今日は「クラリネットとピアノのコンサート」
題名は「MUSICA LIBERA TOKYO LIVE at 天真庵」
N響の山根さんが企画するこのライブも8回目になった。
猛暑の夏、8月14日の演奏会につながる流れの音楽会。
松岡美絵さんのピアノ、渡辺佳代子さんのオーボエも楽しみ。
12月の13日にもかよちゃんたちの「クラシックコンサート」があり、
21日、赤松林太郎くんたちのクリスマスに向けて「いけめん3人衆のコンサート」も
ある。いろいろ楽しみな師走。




蕎麦包丁のケーキカット

2010-11-29 07:58:05 | Weblog
昨日の夕方は、「祝ホールインワン」の貸切パーティーだった。
蕎麦の弟子でもある「きなこぼうさん」が、二回目の快挙をした。
しかも昨日は墨田区のテニス大会で、優勝するという祝い事が
ひとつ加わった。じょうきげんな彼を祝う酒は、やはり「上喜元」
。それぞれが選んだ久保さんの酒器で、乾杯する。
ちょっとお酒が入り、いい気持ちになった時、きなこぼうさんの
家族たちが、記念のケーキを持ってきた。喜びが、三重になった。
真ん中には、キュウイのソース?かなんかでつくられたグリーンが
あり、旗がたっている。まわりはチョコレートでつくったゴルフクラブ
がとてもおしゃれだった。大きなケーキだったので、思わず
蕎麦包丁でケーキカット。ぼくらも、美味い
と思ったけど、本人は格別だったろうと思う。
ゆかりの友だちたちも、喜びを分かち合えて、楽しいパーティーだった。
途中参加した文庫くんも、酩酊しながらショパンを弾いてくれた。
素面でひくよりも上手い?と思ったのは、ぼくだけじゃなさそうだ。
来月いよいよ「押上文庫」がオープンする。この街にまた不思議な店が
でき、きっとまた不思議な人たちが、たくさん押し寄せてくる。

今日は「順受の会」(論語の会)。
いろいろな勉強会のスケジュールをホワイトボードに青いマジック
で書いている。
ホワイトボードの字が微妙に消えたりすると、「受」が「愛」
を連想するひとが多く、「ジュンアイの会って、なんですか?」
とよく質問される。きっかけはフジテレビ、みたいに、どこで
ひっかかったか知らないけど、この会には、不思議な人たちが、
無駄のない縁にからまるように、集まってくる。

15年くらい前は、渋谷の「商工会館?」みたいな公の場所を
借りてやっていた。勉強が終わったら、近くの「がんこ親爺?」
という居酒屋で、薩摩白波を一升瓶で注文して、それが空く時が
お開き、というのが暗黙の約束事だった。ただそのお店が満席
だったりすると、近くに適当なお店もなく、自然な流れで、
天真庵でやるようになった。
今は、7時から8時まで、勉強。8時から10時までが飲み会。
ちょうどかっぽれの相方のイワジーが「そろそろ」といって立つ
と同時くらいに、お開きになる。会の常連たちも15年、年を
重ねた分、「おとな」か「としより」になった。


満天星

2010-11-28 07:53:34 | Weblog
昨日は午前中は、お花のお稽古だった。
苦手だけど、大好きな水仙を生けた。
水仙は、土台になる「くばり」を竹で井筒に
してつくる。「井筒くばり」という。青竹を
削っていく。寸胴の大きさ、生ける花の大きさに
あわせてつくる。

水仙は、いいのを選ぶ。ただし、そのまま生けるのではない。
根本の「袴」を指で、ぐちょぐちょといじくりながら、まずは
真ん中の花を抜く。その後に、「真」になる葉を内側からとる。
それを、ずんどうの1・5倍くらいの長さにし、対の葉をそれよりも
少し短くして、袴にもどす。次に、反対側の葉を同じように、左の
長さより、短くして、下のほうに鋏を入れて、袴にもどす。
最後に花をもどす。空気の入った茎を狭い場所にもどすのは、
少しコツと気力がいる。

12月はお花はおやすみなので、原田先生に玉露を久保さんの
焼締めの宝瓶(ほういん)で入れ、斑唐津の玉露茶碗に入れて
飲んでいただいた。「ずっしりしていて、いい茶碗ですね」
とおめられた。花のいけ方は、まだまだ初伝みもいかないが、
お茶はなんとか師範になることができた。でもお茶の世界
を命がけで遊ぶためには、お花を含めて、まだまだやることが
山のようにある。

夜は、貸切の祝結婚のパーティーだった。天真庵で一番多く
ライブをやってくれている「もにじん」さんたちが、祝ライブを
やってくれた。お店の前に、新婦のともちゃんが、「どうだんつつじ」
をいけてくれた。京都の骨董屋で見つけた釣瓶(つるべ)に投げ入れ
たら、シャッター通りに、満天の星が咲いたような華やいだ気分になった。
つつじ科の地味な木だけど、この季節に紅葉した姿に「満天星」という
漢字を使った古人の雅なこころが伝わってくる。
ギターの「じんじん」さんと、ハーモニカの「まつもにか」さんが
1日でアレンジしてくれた「長持唄」が、こころに染みた。
素晴らしい音楽家と、お客さんとお店が、互いに共鳴しながら
共に楽しんだり、感じたりたりできることの素晴らしさをあらためて
体感した。

今日はまたまた「貸切パティー」だ。150Mくらい先にある小さな
穴に、鉄のクラブを振って玉を打ち、そのまんま一発でいれたひと(
ぼくの蕎麦の弟子でもある)が、お祝いのパーティーをやる。ホールインワン
といって、これをやると、昔からやった本人が、友だちやゆかりの人たちを
招いて、本人の自腹を切って酒をふるまったり、記念の品を渡したりする。
今日は「竹細工」の日。竹の人たちもいっしょにお祝いする。
青竹を割ったような気持ちのいい人たちと、楽しい会ができそうだ。

明日は「順受の会」。通称、論語の会。
今は、やっぱり「歴史の活断層」みたいな激動の上を毎日生きて
いるのではなかろか。たまには、先人たちが生きた歴史や哲学を
覗き見するのも、こんなむずかしい時代を生き抜くヒントが
いっぱいあっていい、と思う。いろいろある勉強会の中で、一番
かたそうな会だけど、15年くらい続く、不思議な勉強会。

火曜日は、「クラシックコンサート」
やまねさんのクラリネット、松岡美絵さんのピアノ。

12月も13日に「オーボエコンサート」
21日が赤松っちゃんたち「つけめん三人衆」のクリスマスコンサートを
予定している。
12月の1日から、「はやめの冬休み」をとる予定だったけど、
義理の父親の様態が微妙になってきたので、今回は休みをやめて、
通常どおり営業。7日(火)は、休みにして、3連休になります。
年末は大晦日までやります。「年越し蕎麦ライブ」は、やめにして、
通常営業。年越し蕎麦を打ちたい方は、どうぞ遠慮なく申し込んで
くだされ。のし棒でのされるくらい厳しい特訓をさせていただきます。感謝。

結婚式プレライブ?

2010-11-27 07:53:01 | Weblog
今日は、「英語で蕎麦会」の岩本先生のお祝いの「貸切ライブ」
をやることになった。ので、天真庵は4時で閉店します。

岩本さんは、最初ぼくが英語を教えてもらっていた。
その当時、天真庵は上池袋にあった。岩本さんの事務所は
渋谷の駅前にあった。埼京線で二週間に1回のペースで
1年くらい通った。なぜだか知らないけど、いく道すがら、
駅前のコンビニで、ガーナチャコレートを買って、通った。
いつもは、買わないのだが、英語の時だけ買って食べた。
「英語でガーナ」みたいなんが始まり。

もともとその前に、ビル・スメールという日本語が達者で、
下町が好きで、銭湯にいった後にビールを飲んで、その勢いで
カラオケにいって「北国の春」を歌うのが日課の友だちが
自分の名前をもじって、「ビールとスルメで英会話」というのを
天真庵でやっていたのが前身だ。この夏ひさしぶりに、日本に
きたので、京島のスナックにいって、「北国の春」を聞いた。
逆輸入みたいに、「日本はいいな」と思った。不思議な感慨。

2007年に天真庵が押上に結ばれ、岩本さんは、北区の
アパートから通ったり、帰宅したりしていた。でも少し
酒が飲めるようになって(しばらく下戸だった)、帰るのが
めんどうになったのか、ある日、「長屋に住みたい」と
いいだした。近くに、そりのあわない不動産屋がある。
そりがあわないけど、道でよくあったり、友だちの家が
そこの不動産屋の持ち物だったりして、縁はあった。
「そりより縁か」と思い直し、そこを紹介したら、
升さんのアトリエの近くに、長屋があり、昨年の夏に
その長屋に越してきた。

そして、その後、というか奥さんになる彼女が、夏の終わり
あたりに、天真庵のカウンターにとまった。
「私、長屋に住みたいんです」という。
なぜだか、その時に「英語の先生が近所の長屋に引っ越して
きたのですが、まだ引っ越したばかりなので、うじがわいたり
していないと思うので、見ますか?」というと「はい」というので、
電話して、いってもらった。どうも「!!!(ビビビ)ときたみたい。
で、とんとん拍子で、結婚するはめになった。めでたし、めでたし。

縁というものは、ほんとうに妙なものだ。
妙なものだから、おもしろい。

昨日まんまや 今日そば源

2010-11-26 08:29:31 | Weblog
二日休みがあるときは、だいたい温泉にいって、体を休める
のがならわしだけど、水曜日はトン・コープマンさんのチェンバロを
紀尾井ホールに聴きにいったので、石岡のまんまやで常陸秋そばを食べて、日帰り温泉にたちより、東京に帰ってきた。昨日は、うちの蕎麦の源流みたいな、そば源さん
にいってきた。お店の前の蕎麦畑は、すでに収穫されていて、メニューには、
「しもっ蕎麦」の説明がきちんと書いてあった。もちろん天真庵の蕎麦は、
「しもっこ蕎麦」だ。この源流みたいな源さんのお店にきて、これから蕎麦になる
蕎麦畑の移り変わりを見て、蕎麦を食べ、近くの農家にいき野菜や卵をわけてもらったりして、過ごすのは、ほんとうに至福の時間だ。

その畑の蕎麦は、下総農業高校とジョイントして運営している。土を耕し、
種を蒔き、収穫した後は、製粉もし、それを「蕎麦」にして、「ふるまう」
までの、すべての工程を学習していく、というのがねらいだ。とても
すばらしいことだと思う。これこそ、「食育」をも含めて、ともに
育っていく「共育」だと思う。
最近は、ちゃっとした店にいくと、「有機栽培で・・」「マクロビがなんじゃら・・」
「オーガニックなボリボリ・・・」みたいなことを、美辞麗句よろしく並べて
いるところが多いけど、羊頭狗肉みたいなものが多い。
日本人は、だいたい看板というか、肩書きや、雑誌の評価などに右往左往されやすい。
ゴムをつくっているフランスの会社が、星をくれたとか、何個ついたとかいって、
喜んでいるのだからおめでたいものだ。ゴム食っているようなものかも。


今日は「ねんど」
明日の営業は16時まで、夕方は「祝結婚披露貸切パーティー」
天真庵で出会って結婚をきめた「英語で蕎麦会」の先生たちのパーティー。
日曜日は「竹細工」の日。夜は「祝ホールインワン貸切パーティー」
二回目のホールインワンらしい。三度目は、お店を買ってもらおう!
月曜日は「順受の会」(月に一度の儒学バー) この会を取材にくる雑誌社
が手をあげた。奇人が多いお店だが、くる雑誌社やライターも、同じようなん
が集まってきた。
火曜日は「クラシックコンサート」(N響の山根さんのクラリネット&松岡美絵さん
のピアノ 満席御免なさい)
こないだnobieといっしょにやってくれたピアノの志宏くんが、美絵ねえさんと
尊敬するピアニスト。




まんまや

2010-11-25 08:46:42 | Weblog
こないだの「玄蕎麦の生粉打ち」をしてから、少し
蕎麦の神さまに憑依されている。たまには、神さん
と遊ぶのも楽しいものだけど。

昨日は、石岡の「まんまや」に、まんまを食べにいった。
話はややこしいが、珈琲用の石臼を真壁の石職人にお願い
したころから、界隈のお蕎麦やさんに通うようになった。
なんどいっても、空気や風や風景が、体にここちよくて、
天真庵をこの地にもってこよう、なんて本気で考えている。

「まんまや」は、その名のとおり、ごはんやだけど、お蕎麦も
供するお店。昨日は常陸秋そばの新そばをいただいた。まずは、
地酒をぬる燗にしてもらった。お通しの大根の煮付けが、よく
味がしみていて、おでんのように、練り芥子と、出汁昆布が
ちゃこんと添えられていて、これだけで、ぐびぐびと喉が
鳴るほど飲める。体中の細胞が「うまい」と合唱しているみたい。
〆の「蕎麦」も、主人の「人格」がのり移るみたいな感じの凛然と
したものだった。

このお店の嫡男の岡田くんは、クラリネットをやる。来月の13日には
かよちゃんのオーボエといっしょに、年末の「クラシックコンサート」
を天真庵で開催する。さながら「忘年会みたいなクラシックコンサート」。
空席が3席くらいしかないけど、縁ある人にきてほしいと思う。

昨日はその後、晩秋の界隈の里山などを歩いたりして石岡や
筑波山界隈の秋を堪能した。夜は、紀尾井ホールで、トン・コープマンの
チャンバロリサイタルにいく。乃木希典がオランダに生まれたら、こんな
風になる、みたいに武士みたいなオランダ生まれの音楽家で、チャンバロを
ひくだけでなく、指揮者としても世界屈指の人。
音楽だけでなく、たち方、歩き方、おじぎのしかた、すべてが無駄がなく、
お茶のお手前をみてるような清らかさがあった。
「ほんものはみんな簡素」なんだな、とつくづく思う。
今朝は彼の指揮したモーツァルトのレクレイムのCDを聴きながら
焙煎した。

金曜日は「ねんど」
土曜日の営業は16時まで、夕方は「祝結婚披露貸切パーティー」
日曜日は「竹細工」の日。夜は「祝ホールインワン貸切パーティー」
月曜日は「順受の会」(月に一度の儒学バー)
火曜日は「クラシックコンサート」(N響の山根さんのクラリネット&松岡美絵さん
のピアノ 満席御免なさい)





休み

2010-11-24 08:30:34 | Weblog
最終の水曜日は、休みにして、連休にしている。
休み明けから、またハードなスケジュールになっているので、
今日と明日は都会を抜け出して、自然の中でゆっくりしたいと思う。

今朝の新聞をみたら、隣の国で、浮雲急を告げるような記事が。
日本も世界も、政治や経済ががたがたになって、みんな壊れて
しまいそうな気配。戦争にだけは、なってほしくないけど、
一触即発な場所がこの星にはたくさんあるのが、現実だ。

今日では「さきの戦争」といったら、応仁の乱のことをいう。
今の時代はひょっとしたら、同じような歴史の断層の地点に
私たちはたっているのかも。じっとしていては、戦火に巻き込まれるし、
運悪く時代のうねりの中で、1回くらいダウンさせられるかも知れない。
でも、そのままだまっていたら、10カウントをきき、負けてしまうわけで、
やはりダウンしたり、倒れたりした時は、誰の力も借りず、自分で立ち上がって
ファイティングポーズをとらないと、明日はない。
たいへんな時代だけど、21世紀の新しい時代というのは、自分で勉強したり、
挑戦して、混沌とした中から、手をつないだり、波動のあう人たちが横に連動して、
1歩1歩築いていくのが大事かもしれない。うまくいえないけど。

金曜日は「ねんど」
土曜日の営業は16時まで、夕方は「貸切パーティー」
日曜日は「竹細工」の日。
月曜日は「順受の会」
火曜日は「クラシックコンサート」

今月は、こんな感じで暮れていき、いよいよ12月。
新しい年は、いろいろな困難も伴いそうだけど、あと一ヶ月の間に
がんばって、基礎をつくっておかねば。


玄蕎麦の生粉打ち

2010-11-23 07:52:00 | Weblog
天真庵の蕎麦は、元気な蕎麦屋「そば源」さんから譲ってもらっている。
目白の有名な骨董屋のsさんが、隠れ家のような蕎麦屋を紹介してくれ、
その蕎麦屋の蕎麦にひとめぼれして、そば源さんに繋がった。
酒々井のお店の前には、蕎麦畑があって、白い花がさくころは、仕事が
手につかず、そわそわ、うきうきしながら、時間があれば、眺めているような
、蕎麦バカというか、キチというか、なかなかの奇人だ。

そば源さんは、弟子を含め、玄蕎麦の生粉打ちを得意にしている。
昨日のブログに書いたものだ。二度と打ちたくない、と思っていた。
昨日のダメ中の締めに、それを出した。勉強会の蕎麦は、久保さんの
伊賀の大皿に盛って、普茶料理(煎茶の世界の精進料理で、大きなお皿
に料理を盛りつけ、みんなで平等に命を分け合うようなスタイル。隠元
和尚が黄檗禅を宇治にもってきた時、煎茶と普茶料理も伝えた。いんげん豆
ももちろん隠元さんがもってきた。煎茶は中国の影響を多分にもっている)
のような格好でやるのがならわし。おそるおそる、玄そばをだしたら、
意外に好評だった。またいつか挑戦したいと思う。

そば源さんのお店には、主人が揮毫した書が、あちこちに飾ってある。
あまりうまい字ではないが、主人のこころいきが吐露されていて、
味わい深い。「蕎麦よ、おまえはぼくに石臼でひかれ、手でこねられ、
のし棒でのされ、最後に包丁で切られる。ああ、蕎麦よ・・・」
みたいな書がある。まるで、天塩にかけた娘を嫁に出す時に歌う
「長持歌」さながらだ。

♪蝶よ花よと 育てた娘
  今日は他人の 手に渡す

  故郷恋しと 思うな娘
  故郷当座の 仮の宿

アー ヤレヤレ という掛け声が、哀愁があっていい。

どんな人でも毎日、アー ヤレヤレ というようなことが多い
と思う。昔から日本人は、そうやって生きてきたのだ。

今日は「エリカ庵」だ。アーヤレヤレな体を、らくらくに
してくれる日。12時開店。


粒々皆辛苦の毎日

2010-11-22 08:01:24 | Weblog
粒々皆辛苦という言葉が好きだ。
中学のころから好きだった。大嫌いな数学の先生に
教えてもらった言葉。職員室によばれ、何か説教を
受けたときに、でてきた。先生の名前も顔も、何を
怒られたかも覚えていないけど、その言葉だけ脳裏に焼きついている。

蕎麦も種の粒を植え、毎日水をあげ、雑草をぬいたり、肥料を
あげたりして、秋に収穫する。それを脱穀し、石臼で挽き、
それに水を入れ、捏ね、のし棒でのばし、たたんで、蕎麦包丁で切る。
簡単にいうと、そんな順番で蕎麦ができる。
そして、醤油屋さんも大豆の粒を、選りすぐり、温度管理や麹や菌を
つかったミクロの世界で、古式な製法を紡いできた。
みんな「粒々皆辛苦の世界」だ。
また、蕎麦の種(粒)も、大豆のそれも、風雪な世界的な異常気象
にめげず、がんばって生きて生きて生き抜こうとしている。これも
また粒々皆辛苦、だ。

便利さや、商業的なことから、いろいろな工程が機会化されたり、
簡略化されてきたけど、本来は、その工程も大事な自然な流れだと
思う。一物一体という言葉もある。すべてを受け入れたり、愛したり、
食べたりすることが自然だ、という意味だろう。

今朝は、一物一体「玄蕎麦」(殻ごと挽いた蕎麦粉100%)を、つなぎを使わず、打ってみた。
もう何万人という数の蕎麦を打ってきたけど、今朝の蕎麦打ちは、
打ち負かされた。1ラウンドからコーナーにつまり、サンドバック
のように殴られ、KO負けしたような気分。理想を実現するためには、
ときどき完敗するけど、それを乗り越えた時に、いい酒で乾杯する
喜びもいい。ひとりひとりが、小粒な存在で、毎日毎日は辛苦な
こともあるけど、それがまたいい。

今日は「ダメ中」
明日は「エリカ庵」
11月も最終コーナーにさしかかった。歳月人を待たず、
またうれしからずや。

くじけないでぱーと3

2010-11-21 08:10:07 | Weblog
昨日は、いい天気だった。シャッター通りになった
十間橋通りも、なんとなく人が歩いていて、開店から夕方まで満席で、表のプランターに座ってまっている人、もなか屋で、もなかを食べながら待っている人で、にぎわった。大恐慌の中にあって、ありがたいことだ。

夕方福島から友だちがやってきた。今、ガンと闘っている。
思ったより回復が順調で、帰り際に「100歳をめざして生きていきましょう」
と声をかけた。人生も、会社の経営も、お店の経営も、くじけたら、おしまい。
生死をさまよっている時に、ワカと元気が夢にでてきて、「まだはやい」と
いったらしい。ちゃんと、天国のコンシャルジュとして、活躍している。

一段落した後に、お坊さんが玉露を飲みにこられた。
道元禅師の曹洞宗の総本山、永平寺で修行中で、何度か天真庵に
こられた禅僧。普段着でお茶を飲んでいると、普通の人だが、
所作のところどころに無駄な動きがなく、静かな呼吸とオーラ
につつまれている。来年の夏、山から下りてくるので、月に一度
くらいのペースで、「座禅セッションin天真庵」をやりたいとのこと。
お遍路さん、座禅、ヨガ、論語・・、あまり陽のあたらなかった場所に
灯がともり始めた。一灯照隅、コツコツと道を歩いていると、必ず
報われる、そんな時代になったみたい。

明日は「ダメ中」こと、ダメから始める中国語。
中国と日本の関係は微妙になっているけど、
不思議な先生と愉快な生徒たちの絆が、だんだん
深まっている。
明後日は、「エリカ庵」。
エリさん、リカさんのパワーも、ますますアップされてきたみたい。
「くじけないで」 がんばって、というよりも、やさしくて、
自然な元気をいただくようだ。やさしい元気、自然な元気を拡げて
いける人が活躍する時代になってきた。