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【タックの放浪記】  思えば遠くへきたもんだ・・・     by Tack SHIMIZU

心に刻まれたその一瞬、心に響いたその一言、心が震えたその想いを徒然と書き記したい。この記憶から消え去る前に…

コロナワクチン接種完了〜

2021年08月01日 | 徒然日記
新型コロナが猛威を振るう中、昨夕ワクチン接種2回目を行なった。




一夜明けたけど腕に鈍痛が残るだけで発熱や倦怠感もなく良い感じだ。

昨日遂に東京では1日の感染者が4000人を超えた。全国的には12000人を超える新規感染者数となった。

もはや菅首相の会見は説得力もなければ求心力もない。

今、若者達が現状をきちんと認識し危機意識を保ち行動を慎まないとこの事態は収まらないと思う。

人々は身近な所にこのコロナの被害を受けないとわからないのだろうか。

これまでの日本は日本人としての誇りを持って一人一人の責任感ある行動で物事を解決してきた。

行政の提示するアルコール飲酒禁止期間を破る店、様々な事情でそうなのであろうがせめてそうであれば店内が密にならないように、決してその店からは感染が生まれないように徹底した感染対策を行なって営業する事はその店の責務だとつくづく思う。

僕はこのコロナのせいで最愛の親父との最期の7ヶ月間の時間を全く共有する事ができなかった。

もっと親父と話がしたかった。


名古屋くいだおれ旅計画

2021年07月12日 | 徒然日記
名古屋くいだおれ旅計画〜

AMEXより毎年贈られてくるフリーステイギフトが2枚あるので、家族協議の結果、名古屋プリンスホテルスカイタワーに泊まり名古屋飯を食い倒そうという久しぶりの家族旅を企画した。




個人的には一泊二日のどちらかの昼に『山本屋の味噌煮込みうどん』を食べたい。

サクは手羽先が食べたいらしい。マイ曰く、『風来坊』がオススメらしいが、可能であれば行きたかった『味仙』に行きたい。

8月下旬のその頃には、家族全員ともコロナワクチン接種完了の予定である。

家族揃っての旅行は香港チェンマイ旅以来なのでとても楽しみにしている。

思えば遠くへ来たもんだ…

2021年07月02日 | 徒然日記
振り返ると…

このブログ『タックの放浪記』を書き始めてから12年半の月日が経つ。またその前に書き残していた文もこの放浪記に貼り付けてあるのだが、それを合わせると2002年5月より20年間に渡り僕が思った事、気づいた事を記している事になる。

僕の33歳から現在までの記録である。

ここ暫くは書籍化していないが、それでも今までのところ8巻までは書籍化して置いてあるのだ。

そもそもこのブログはいつか僕が居なくなった時に娘2人に僕が何を思い、どんな場所を歩いてきたのかを知って欲しく書き始めたものなのだが、最近は自分の記憶の為に書くようになってきた気がする。

今読み返しても記憶から既に消えてしまっている事もあろう。

また寝る前にでも少しずつ読み返してみようかと思う。

今年になり親父や身近にいて下さった方々が他界される事が多くふとそう思った次第だ。





HABUさん、本当にありがとうございました!

2021年06月23日 | 徒然日記
僕がKODAKJAPANにてサラリーマン修行をしていた頃、当時の取締役事業部長であり、僕がビジネスマンとして最も尊敬する上司であったHABUさんが御逝去されたとの報をご家族からのSNSで知り只々落胆している。

その後に同事業部のアジア環太平洋地域の最高責任者という肩書にまで出世されても、早々に退職した僕如き男の結婚式に京都まで主賓として快く祝いに来て頂けた。

そんな心あるお方であった。

僕のビジネスマンとしてのベースはこの方にあると今でも断言出来る。

“ご無沙汰しています。最近体調が良くなく、現在は自宅で寝たきりになって療養しています。SNSも封印してこの3週間ほどは見ていません。体力が回復するように色々な治療を行なっていますが、いまのところ一進一退です。今年は桜花を全く見れていないのが少し寂しいです。体調が良くなって来たらまたSNSで皆さまにご挨拶するけどつもりです。清水さんは益々のご発展の事と推察しています。頑張って下さい。😊”

“HABUさん、桜は来年も見れます。先ずは体調回復に努めて下さい。早く元気なHABUさんのUPを楽しみにしております”

“ありがとうございます!回復に努めます。😊”

今年の4月のメッセンジャーでのこのやり取りが最後の会話となった。

心からご冥福をお祈り致します。

お世話になりました。心から感謝しています。







親父が他界してから暫く〜

2021年06月17日 | 徒然日記
親父が他界してから暫く〜 

今週末は家族のみで四十九日法要及び納骨を執り行う。これに合わせて昨年親父とオフクロの交互の入院により行えてなかった兄貴の七回忌も行なう。

亡くなってから今日までの間に何回か親父が夢に出てきた。ただそれが何か意味がある事かどうかは分からない。昨夜の夢も寝ている僕のところに来て海外留学した方が良いというアドバイスだった。留学は兎も角、もっと海外に出て見聞を深めよという事なのだろうか。

親父は生前、頑なに自分には戒名は不要と言っており現に先に亡くなった兄貴にも戒名を付けず、墓石には兄貴の俗名(本名)を彫った。そして今親父が亡くなりさて如何したものか悩み、オフクロや弟とも話したが、結局、親父の意向通りに兄貴同様の俗名でお位牌を作り墓石を彫った。

四十九日法要の日は雨になりそうで、オフクロがお寺の本堂までの長い階段が登れないのではと以前よりまして心配性で物事をネガティブに捉える傾向が目立つ。これはもちろん我々家族が出来得るサポートをしながらも本人自身がその気持ちを切り替えていってもらわなければならないと思っている。

一昨日、長年仕事で商品加工等お世話になってきたSUMAさんが逝去との報。僕がアリカで働き始めた頃は既にお世話になっており、我らが黎明期よりずっとお力添え頂いた方。

心の底から感謝している。

ありがとうございました。








2021年5月を振り返り〜

2021年05月31日 | 徒然日記
2021年5月…

本当に怒涛のひと月であった。

亡くなった親父の告別式に始まり、その対応及びオフクロの所用に何かと忙しいひと月となった。

身内が亡くなる事など慣れてる訳もなく分からないことだらけなのである。きっと誰もがそうなのであろう。

GW前から始まった緊急事態宣言の為に仕事はメタメタなのだが、逆に京都に滞在する時間が長く色々とした手続きに時間を費やす事が出来た。

僕なりにも酒を呑みながら亡き親父の生き様を振り返り、感謝し、そして自身のこれからに強い決意を持って歩んでいこうと考えるひと月となった。

今の50代の僕に出来る事。したい事。為すべき事。

今月半ばの健康診断が終わってからは体重を測る事はしなくなったが、早朝のJOG&WALKを続けている。毎月100kmを1つの目標にしている。

身体に良い運動だと思うし、朝身体を動かすと血流が良くなるようで頭も冴える気がするのだ。

検診結果は長年の高血圧症は変わる余地もないが、左眼の視力が0.9から0.5に落ちた事くらいだ。

これまた緊急事態宣言の良い副産物か、家にいる時間が多いマイサクとも取り立てて何を話す事もないのだが同じ屋根の下にいる時間が多い気がするひと月だった。

さだまさしの「親父の一番長い日」という曲を思い出したりした。

親父を失ってひと月で僕が一番考えた事…

それは 『家族愛』 である。
 
両親に対してのそれ、兄弟に対してのそれ、嫁や娘らに対してのそれである。

亡くなった親父が最も大切なその事を最後に教えてくれたのだと今ひしひしと感じている。



日帰り金沢での宇宙軒!

2021年05月30日 | 徒然日記
日帰りでものすごく久しぶりに金沢を訪れた。

馴染みのお客様方らは皆さんお元気そうで何よりであった。

午前中、少し時間があったので車を停めて近江市場を覗いたが多くの店は閉まっていた。

お昼は前日から決めていた宇宙軒食堂の『豚バラ定食』だ!




コロナ禍にてお客さんらも少ない感じ。

今回も大変お世話になり感謝感謝。

日帰りの金沢出張であった。

緊急事態と健康診断と

2021年05月14日 | 徒然日記
親父が旅立った頃、何故か左上の前歯の角が少し欠けたのでそれを削ってもらうのと、ずっとサボっていたクリーニングの為に昨日、歯医者に行ってきた。

やはり毎月メンテに行かないとダメだな。しかし歯が欠けるという事は何やらスピリチュアルな意味合いがあるんだとかないんだとか…

緊急事態宣言発令により昨年同様、今月はこれまで全く仕事にならない。いや昨年より経費が通常通り掛かっているという点では大きなマイナスである。こんな環境下でも首都圏では外商は動いているという話にて来週から上京する事にする。

そして今日は定期検診という事で昨夜は年に一度の禁酒敢行であった。

本日の京都は30℃になるらしく5月半ばとしては聞いた事がない気がする。そしてもう梅雨が始まりそうである。

この5月半ばまでの2週間、出張もなく家で寝起きの生活だったが、我が家の生活スタイルがこの春より大きく変わっている事に気づいた。先ずはあんな寝坊助だった次女サクが朝5時に誰より早く起床してキチンと独り白飯を食べながら日経新聞に目を通して出勤していく。そして休日が極端に増えた長女マイが家にいる時は当たり前のように晩御飯作成担当になっている。

僕はというと変わらず飲兵衛である。最近は『かのか』という安いがレモンサワーを作ると他に決して負けない焼酎4リットルボトルを買ってきてレモンを絞って強炭酸で割って飲んでいる。ものすごく久しぶりに飲む角ハイボールレモン入りもそれはそれで確かに美味いと思うが、やはり個人的には焼酎に軍配が上がる。

などと脈略なく思うまま書き記しているのは検診前のベンチでの待ち時間が暇だからなのだ…

昨年はコロナ禍にて定期検診を休んだのだが、今日の内科検診では体重や腹回りといった身体的には一昨年と全く変わらないとの先生の話であった。ここ2か月続けたJOG&WALKの成果である。




体重も64.9kgと2か月前より3.6kg落としてベストの届いた。これからも続けようと思う。

その一方、少し気になっていた視力が左0.5、右0.9と以前より結構悪くなっていた。乱視&老用メガネは手離せそうにない。

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本日、現在我らが主力を投入している広島でも緊急事態宣言が発令され、その期間に広島一番店本店にて開催予定としていたアリカコレクション展が被る事となった。明日取締役会で流れが決まるようだ。

なせばなる なさねばならぬ何事も
ならぬは人の なさぬなりけり


12km

2021年05月08日 | 徒然日記
緊急事態宣言延長に伴い、今月もかなり厳しいひと月となる事が容易に想像出来る。

動ける所で営業スタッフらには尽力願いたいと思う。

休日としたGW明けの土曜日、早朝にクルマを洗い、往復12kmのサウナへのWALK。

サウナ6分→ 水風呂→ 露天寝→ サウナ10分→ 水風呂→ 露天寝→ サウナ10分→ 水風呂→ 露天寝

体重を測ると65.1kgであった。




落ち着きゆっくりすると自然と亡き親父の事を考える。

親父の告別式から1週間、親との別れは誰もが通る必然的なものと必死に心の痛みに折り合いをつけようとしている自分がいる。

明日は母の日、オフクロに花を届けようと思う。



久米島やらあれやこれや…

2021年05月04日 | 徒然日記
親父の急逝に際し、先のスレッドにも一部貼り付けたがFB、LINE、What’s Appらを通し本当に沢山の国内外の知人友人から温かいお言葉を頂き感謝している。

今年のGW後半は忌中という事もあり、そして緊急事態宣言下という事もありその後は大人しくしている。

3月半ばより出来るだけ続けてきた早朝JOG&WALKだが、ひと月100kmを目標に当初68.5kgあった身体を目標とした65kgに手が届くところまでどうにかやってきた。






昨日の時点では2か月弱で3.4kg減である。

年に一度の定期検診は10日後、いい塩梅である。

親父が亡くなる直前、実は僕は久米島にマグロ釣りに出向いていたのだが、結局海に出る事なく飛んで帰る事となった。その時の途中までの記録をせっかくなのでココに貼り付けておく。

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小雨降る灰色濃霧の空、伊丹空港からANA761便が飛び立ってすぐに僕は電動リールのケーブルを忘れてきた事に気づいた。

やれやれ… である。

電動リールケーブルなど恐らく久米島では入手困難であろう。こうなったら電動に頼らずやってやる。しかしなんともダメな男である。反省

今回は緊急事態宣言下ではあるが、単身釣り旅という事で出発前の体調をキチンと把握調整しての出発となった。

この2か月、今回のマグロ釣行を1つの目標に弛んだカラダに鞭を入れるべく各月100kmほど早朝JOG&WALKを実施し2.5kg以上カラダを絞ってきた。

今回の釣行は4泊5日、往復各1日と3日間の釣行の内の2日間をマグロジギングチャーター船、1日をカヤックでの近海釣りとの考えだったが旅2日目が雨の予報でありカヤック釣りが困難となるかもとの久米島の親友ナカからの報告があった。

今回もナカは僕が滞在する3日間、仕事をオフにして付き合ってくれるのだ。また過去2回共に釣りに出ているリョーマが遂にジギングタックルを新調し参戦する事になっている。そして今回もトシヤ船長がビックリするようなチャーター友達価格で二日間付き合ってくれる事になっている。

那覇上空は変わらず群青色の大海原である。天候も関西圏とは異なり晴天だ。




今回は時間があるので那覇から久米島へはフェリーで渡る。よく考えたらフェリーで久米島に入島するのは30年ぶりであった。

とまりんにて荷物を預けて、時間があるのでナカに勧められ、タクシーに乗り栄町へ向かった。




なんともDEEPな感じである。




コロナ禍が理由であろう、人も居ないし店も開いてない。ようやく見つけた食堂で刺身とゴーヤチャンプルでオリオンビールの生を3杯だ。刺身はシチューマチ(アオダイ)とマグロとカンパチ。シチューマチが美味い!




とまりんへ戻るとフェリーが着いていたので乗船。まだ新しい船のようで綺麗だ。そして船内はガラガラであった。

久米島に降り立ち少し待つと軽自動車に乗ったナカがやってきた。相変わらずのようだ。再会が嬉しい。

明日は天気が悪くとてもカヤックで釣りも出来そうにないとの話。ナンクルナイサー。

そしてこの夜、ナカはイーフビーチでウェルカムBBQを準備してくれていた。リョーマ、ミサキ、ノラとともに。




海風が優しい…

泡盛が心地よく体内に入っていく…

最高だな… 最高だな…

砂浜に落ちたアダンの実にヤシガニがたくさん集まっていた。

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この翌日、悪天候にて釣りを諦め昼メシを食っている時に親父の病院から危篤の報が入りすぐに荷を纏めて空港に飛ぶ事に。

今回久米島滞在中に共に遊ぶべく時間を空けてくれていた面々に、僕が日本一美味いと思うシバ漬とちりめん山椒をさっき送っておいた。

近いうちに必ずまた久米島に渡るつもりだ。