羽を休める鳥のように

きっとまた訪れる薄紫の夕暮れを待ちながら

母と娘(再び)

2013年05月10日 | Weblog

母の日には「新茶」といつも決めていた。
今年は母の部屋におくカーネーションの鉢植えを買ってきた。
すぐには持っていけないので蕾のたくさんあるピンク。
この鉢植えを抱えて帰ったところピンポンと赤いカーネーションが届いた。
長女からわたしにだった。
ピンポンにはもうひとつ老舗の和菓子があり父の教え子さんからだった。
「お母さまにどうぞよろしく」とあった。

ふたつのカーネーションを並べて、受け皿を探し日なたにおいて
水をあげた。


母は福島県の実家とここの三鷹がいつも混同してわからなくなる。
同じように四人の妹弟たちと、じぶんが産んだ子供も混同する。
わたしの顔も名前もよくわかっているが、
わたしは母にとっては「妹」であることが多い。
母はいつもメモを書いて記憶をとどめようとする。
「○○ちゃんがきてくれた。ドラヤキおいしかった。またきてね、姉より。」
というメモも何枚もある。
兄のことはたまにしかこないので名前も忘れるが紛れもなく「わが息子」。
それでは母が産んだもうひとりの子供、ムスメ、という存在は
どうなってしまったのか。。。と、時々考える。

以前にも書いたがわたしと母は仲が良くなかった。
正直にいえば「母はわたしが嫌いなのではないか」と思ったことも何度かある。

数年前、母が病気になってから「わたしはあんたに冷たくしたかもしれない、
だけどいまこんなによくしてくれて、、、」とぽつりと言ったことがあった。

なにか、がそのとき雲の間からあらわれそして微笑んで消えた。

ムスメを妹と思い込むことによって母にもあった葛藤が吸収され、
やさしく穏やかに転化したのだったらそれでいいのかもしれない。
そう思うけれど、実際はそうそうカンタンではない。
こころのなかにあるモヤモヤを時々見つめあの時の母のひとことを思い出す。

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