羽を休める鳥のように

きっとまた訪れる薄紫の夕暮れを待ちながら

孤独

2009年04月25日 | Weblog
「人は孤独のうちに生まれてくる。恐らくは孤独のうちに死ぬだろう。
 僕等が意識していると否とに拘らず、人間は常に孤独である。
 それは人間の弱さでも何でもない、謂わば生きることの本質的な地盤である」

福永武彦のこの文庫本はあまりに何度も手にしたので、
もうだいぶ傷んでいる。
くりかえし開き、くりかえし読んだ。

好きな詩集を何度も読むように、
気がつくとふと手にしている。

そういえば、携帯電話は小さく固い決意をしたかのように、
ぷっつりと沈黙していることが多くなった。

沈黙しているのをいいことに、
わたしは気に留めなくなり、置き忘れたりしている。

だから活字をひろっている時間がすこし増えたようだ。

先日、珍しく携帯が点滅していた。
この点滅にすこしドキドキするようになった。
小さなピンク色の電話でも、充分にわたしを泣かせるから、
ちょっとだけこわい。

「今日、きみによく似た後ろ姿の女性が前を歩いていた」
と書いてあった。

わたしにどこか似ているそのひとはどこの誰で、
どんな人生を生きているのだろう。

どんなふうに孤独か、あるいはその孤独が見えないままにひとりで、
夕暮れの道を歩いていたのだろうか。

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