「あなたは他の土地からここにやってきたの?」と彼女はふと思い出したように僕に訊ねた。
「そうだよ」と僕は言った。
・
・
・
「僕に思い出せることはふたつしかない。
僕の住んでいた街は壁に囲まれてはいなかったし、我々はみんな影をひきずって歩いていた」
そう、我々は影を引きずって歩いていた。この街にやってきたとき、
僕は門番に自分の影を預けなければならなかった。
「それを身につけたまま街に入ることはできんよ」と門番は言った。
「影を捨てるか、中に入るのをあきらめるか、どちらかだ」
僕は影を捨てた。
~世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド
村上春樹~
「そうだよ」と僕は言った。
・
・
・
「僕に思い出せることはふたつしかない。
僕の住んでいた街は壁に囲まれてはいなかったし、我々はみんな影をひきずって歩いていた」
そう、我々は影を引きずって歩いていた。この街にやってきたとき、
僕は門番に自分の影を預けなければならなかった。
「それを身につけたまま街に入ることはできんよ」と門番は言った。
「影を捨てるか、中に入るのをあきらめるか、どちらかだ」
僕は影を捨てた。
~世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド
村上春樹~
あなたは私。
私はあなた。
「ここは知っている」と呟くと、影は黙って微笑んだ。ふたりで歩いているのに足音もしない。
いつの間にか世界の果てに迷い込んでしまったようで、ふと心細くなる。「ひとりなのだろうか?」違う。言葉たちは退屈して黙り込んでいるだけだ。そう、影のように・・・。
記憶の中に足を踏み入れながら、わたしは再びあの夕焼けを待とうと思う。