羽を休める鳥のように

きっとまた訪れる薄紫の夕暮れを待ちながら

慣れない

2011年03月04日 | Weblog
パソコンの調子が悪くてブログも開けない。
携帯でも投稿できるし、きっと文字を打つのは携帯のほうが早い。
でも、携帯からブログを投稿することに慣れていない。
思ったことを書き表すのは、昔は必ず紙とペンだった。
それがワープロになり、パソコンになった。
携帯は左手だけ活躍する。メールを手早く打つのは左手親指の特技。
きっと、大きな全体が見える画面で右手主体がつれづれなる思考を請け負ってくれる習慣なのだろう。

慣れる、ということ。
昨夜、考えた。
猫がいなくなって1ヶ月。さびしい。
本当に死んでしまったんだ、、もう、永遠に逢えないんだ、ということがようやく浸透してきて、そこからまた新たな涙が滲んでくる。
不在に慣れるだろう、と思っていた。
寝坊しても起こされない、夜遅くなっても餌の心配をしなくていい。トイレの砂は散らからないし、布団についた毛を取る必要もない。
居間は少し片付いた。末っ子の巣立ちに合わせるように、駿はわたしに自由な時間をくれたのかもしれない。

でも、やっぱり嫌だ、と思う。駿がいないのは嫌だ。
いつも一緒にいた。わたしが一階から上がってくるのを階段の真ん中で待っていた。
あの毛並み、手触りと重み、鳴き声。。 やっぱりまだ慣れない。
掃除をしていたらストーブの後ろから丸めた銀紙が出てきた。くわえて転がして遊んでいた駿のオモチャだった。