交通事業者による利用者の不利益になる方向での施策を批判すると、あれこれ理屈を並び立てて擁護する連中を「事業者無謬」と呼んできましたが。交通の世界以外にもこの手のトンデモがいるんですね。
ネットにコンビニのサンドイッチが「上げ底」(表面にはぎっしり具材があるように見せて、三角形の頂点側は早々にバター類すらない「パンだけ」の商品)という外国人からの批判を紹介し、円安ガー、物価高ガー、というお決まりの言い訳を鵜呑みにせず、もともと日本ではそういう「騙し」が一般的だった、という批判記事がありました。
すると湧いてきたのがコンビニを擁護する「事業者無謬」の数々で、まあさすがに全肯定は出来ないのでしょうね、コンビニの商品に多くを求めるほうがおかしい、というはぐらかしが大半ですが。
まあこの手の手合いは読解力も無いようで、こうした「上げ底」文化の根底に旧軍に顕著だった「員数主義」を挙げていた筆者に対し、そもそも「員数主義」が理解できていないから左翼お得意の旧軍批判と勘違いしたコメントが氾濫していましたね。そもそもオリジナルは保守系の論客である山本七平(イザヤ・ペンダサン)なんですが。(ただし本論で「員数主義」を持ち出すのはちょっと違う気もします)
結局本論で指摘されているように、日本がまだ貧しかったころどころか1980年代、1990年代といった先進国入りして世界一、二位を争うようになっても跋扈していた悪弊だったわけです。客を騙してでも儲けを確保することに何の呵責も感じないのが業者の常です。個人的な経験としては、今世紀に入ってからですよ、実家に家族で帰省した際、老親が特に孫のためにと、スーパーで「なんとか肉」とブランドを誇らしげに書いた牛肉をすき焼き用に買ったら、丁寧に折り返した陰の側は総て脂身という「上げ底」だったわけで、まあこっちはこのスーパー(某大手チェーン)ならやりかねない、と苦笑して終わったのに対し、老親はせっかくのおもてなしが台無しになったと気の毒なくらいに恐縮していましたが、そういう結果を招こうが何だろうがお構いなしの風潮が景気や為替とは無関係に常に続いていたわけです。
その意味では交通事業者は騙さなくても独占事業者として利用者からふんだくれますが、それに呵責を覚えることが無いという点では相似形ですし、批判すると擁護一辺倒の「事業者無謬」が湧いてくるのですから、このあたりは一般論化できそうな宿痾ですね。
こうした「実質値上げ」は、いわゆるステルス値上げのように量目を変えてくるケースが多いのですが、この場合は表示された重量や個数で分かります。しかし「上げ底」はそうではないわけで、完全な「騙し」であり、禁じ手として厳しく取り締まるくらいの対応が必要です。今回の発端は外国人からの指摘だったようですが、急激な為替変動で自国通貨が目減りしてしまい緊縮に転じたというインバウンドも少なくないなか、節約しようとコンビニで買ったら「上げ底」だったというのでは泣きっ面に蜂ですから日本の印象を大いに下げる国辱ものの事態です。
ちなみにこういう落とし穴があるから、スーパーなどでもきちんと商品を確認しないと安心できません。ネットなどで注文、配達するサービスもありますが、本来一品一品微妙な差異がある生鮮品をどうセレクトしているのか。見ていないことをいいことに対面では手に取ってもらえないようなスカを掴まされるのでは、という懸念がありますからね。海外のスーパーのように「おつとめ品」だと高い確率で痛んでいる、と言うことはさすがにないでしょうが、「上げ底」が撲滅されていない、いや、横行している我が国では現物を確認しないと危ないです。その意味ではCovid19で商品を触ることをマナー違反という人もいますが、「上げ底」リスクを受け容れるわけにはいきませんからね。実際昨今の物価高の流れにおいては「トンデモ商品」も目につきますから。
ネットにコンビニのサンドイッチが「上げ底」(表面にはぎっしり具材があるように見せて、三角形の頂点側は早々にバター類すらない「パンだけ」の商品)という外国人からの批判を紹介し、円安ガー、物価高ガー、というお決まりの言い訳を鵜呑みにせず、もともと日本ではそういう「騙し」が一般的だった、という批判記事がありました。
すると湧いてきたのがコンビニを擁護する「事業者無謬」の数々で、まあさすがに全肯定は出来ないのでしょうね、コンビニの商品に多くを求めるほうがおかしい、というはぐらかしが大半ですが。
まあこの手の手合いは読解力も無いようで、こうした「上げ底」文化の根底に旧軍に顕著だった「員数主義」を挙げていた筆者に対し、そもそも「員数主義」が理解できていないから左翼お得意の旧軍批判と勘違いしたコメントが氾濫していましたね。そもそもオリジナルは保守系の論客である山本七平(イザヤ・ペンダサン)なんですが。(ただし本論で「員数主義」を持ち出すのはちょっと違う気もします)
結局本論で指摘されているように、日本がまだ貧しかったころどころか1980年代、1990年代といった先進国入りして世界一、二位を争うようになっても跋扈していた悪弊だったわけです。客を騙してでも儲けを確保することに何の呵責も感じないのが業者の常です。個人的な経験としては、今世紀に入ってからですよ、実家に家族で帰省した際、老親が特に孫のためにと、スーパーで「なんとか肉」とブランドを誇らしげに書いた牛肉をすき焼き用に買ったら、丁寧に折り返した陰の側は総て脂身という「上げ底」だったわけで、まあこっちはこのスーパー(某大手チェーン)ならやりかねない、と苦笑して終わったのに対し、老親はせっかくのおもてなしが台無しになったと気の毒なくらいに恐縮していましたが、そういう結果を招こうが何だろうがお構いなしの風潮が景気や為替とは無関係に常に続いていたわけです。
その意味では交通事業者は騙さなくても独占事業者として利用者からふんだくれますが、それに呵責を覚えることが無いという点では相似形ですし、批判すると擁護一辺倒の「事業者無謬」が湧いてくるのですから、このあたりは一般論化できそうな宿痾ですね。
こうした「実質値上げ」は、いわゆるステルス値上げのように量目を変えてくるケースが多いのですが、この場合は表示された重量や個数で分かります。しかし「上げ底」はそうではないわけで、完全な「騙し」であり、禁じ手として厳しく取り締まるくらいの対応が必要です。今回の発端は外国人からの指摘だったようですが、急激な為替変動で自国通貨が目減りしてしまい緊縮に転じたというインバウンドも少なくないなか、節約しようとコンビニで買ったら「上げ底」だったというのでは泣きっ面に蜂ですから日本の印象を大いに下げる国辱ものの事態です。
ちなみにこういう落とし穴があるから、スーパーなどでもきちんと商品を確認しないと安心できません。ネットなどで注文、配達するサービスもありますが、本来一品一品微妙な差異がある生鮮品をどうセレクトしているのか。見ていないことをいいことに対面では手に取ってもらえないようなスカを掴まされるのでは、という懸念がありますからね。海外のスーパーのように「おつとめ品」だと高い確率で痛んでいる、と言うことはさすがにないでしょうが、「上げ底」が撲滅されていない、いや、横行している我が国では現物を確認しないと危ないです。その意味ではCovid19で商品を触ることをマナー違反という人もいますが、「上げ底」リスクを受け容れるわけにはいきませんからね。実際昨今の物価高の流れにおいては「トンデモ商品」も目につきますから。
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