いろはに踊る

 シルバー社交ダンス風景・娘のエッセイ・心に留めた言葉を中心にキーボード上で気の向くままに踊ってみたい。

片道切符 39編

2005年08月09日 08時30分38秒 | 娘のエッセイ
 ♪あなたの燃える手で、私を抱きしめて♪この歌を聞くと、私の胸は切なさでいっぱいになり、
じわっと涙が溢れてきてしまう。

 人は、しばしば歌に自分の身に起きた出来事を重ね合わせ、思い出の箱に閉じ込める。
しかし、私がこの歌を聴くとき、脳裏に浮かぶのは、私自身の思い出ではなく、
この歌を作り出したエディット・ピアフのことである。

 ある時、ニューヨークで講演をしていたピアフの元に、フランスから恋人が船で来ることになってい
た。「とても待てないわ、飛行機で来て」ピアフは、電話で彼に言った。そして、その恋人の乗った飛
行機が墜落……。そのような出来事があった後、この『愛の賛歌』を、ピアフはつくった。

 この歌に、そんな悲しい背景があったのだと知って以来、この歌はただの『愛の賛歌』ではなく、
『ピアフの愛の賛歌』として、私の心に強烈に焼きついたのだった。

 生きている間、人は何度不尽な不意の別れを経験しなければならないのだろう。そんな別れの中で
も、事故による愛する人との別れ、一番辛いことではないだろうか。

 二年程前のこと、私は彼と会う為に、約束の場所で待っていた。三十分経ち、
一時間経っても彼のバイクは現れなかった。まさか…私の心の中には『事故』の二文字が渦巻いていた。
(警察に問い合わせようか?)そんな思いも抱きつつ、私は待った。

 彼から家に連絡が入ったのは、二時間以上後のことだった。彼は、やはり事故に遭っていたのだ。
バイクの破損は酷かったが、幸いにも彼自身に傷はあまりなかった。「時間に遅刻しそうだったから」

と事故の理由を言う彼に、「遅刻しても怒らないから、安全運転をして」としおらしく、その時の私
はいったのだった。

 人生という旅路において、人は皆、片道切符しか持っていない。あの一言が、あの行動がなけれ
ば……後でそう思っても、決して始点まで引き返すことはできないのである。
コメント
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