いろはに踊る

 シルバー社交ダンス風景・娘のエッセイ・心に留めた言葉を中心にキーボード上で気の向くままに踊ってみたい。

コンピューターの策略 56編

2005年08月26日 08時19分12秒 | 娘のエッセイ
 朝七時。部屋の真ん中に置いてあるコンピューターが、「起きて・起きて」と優
しい声で僕を起こしてくれる。僕は着替えて、食堂でひとりきりの朝食を食べる。
僕が部屋に戻ると、もうコンピュターの画面ではホームルームが始まっていた。

担任のH先生が少し怖い顔をしたが、直ちに一時限目の授業を始めた。今日
は金曜日なので、授業は午前中で終わりだ。授業が終わったら、太一君と会
おう。

 ママは、今日から温泉旅行に友達と行くのだそうだ。朝からカタカタとキー
ボードでお喋りをしていて、うるさい。休憩時間に、僕はちょっとママのネット
を覗いてみる。

どうやらママは、箱根のジャングル風呂に行くことにし、アレを着る。
『体感服』と呼ばれているアレは、実に世の中を便利に変えた。

それまでコンピューターでは感じることができなかった感覚、つまり味覚とか
触覚とかを、確実に、正確に感じることができるようにしてしまったのだから。

 授業を終えた僕は、太一君の家へ向かう。ベルを押すと、すぐ太一君が出
てきた。人はまばらにしかいない。いるのは僕達のような小学生か、ママや
パパが『前時代的仕事』と呼ぶ、肉体を使う仕事をしている大人だけだ。

 「なぁ、コンピューター全面撤廃法案はどうなっている?」僕が聞くと、太一
君が答える。「安心しろよ。ボスが根回しを上手くやっているからな。なんせ
ボスは頭がいい」

 「そうだよな、ボスは俺達小学生の優等生同士がつくったベイビィだもんな」
 「パパやママ達は馬鹿だよ。コンピューターに洗脳されちまって。コンピュー
  ターは便利だってすぐに信じ込んじゃったんだから」

 「今じゃ、すべてコンピューターの言いなりで、部屋の外に出ることも出来な
  い」

 僕は、多くの筋肉を失い、ただの肉の塊と化したママたち大人を少しだけ哀
れに思った。
コメント (2)
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