いろはに踊る

 シルバー社交ダンス風景・娘のエッセイ・心に留めた言葉を中心にキーボード上で気の向くままに踊ってみたい。

不倫の香り 38編

2005年08月08日 08時07分21秒 | 娘のエッセイ
 ”甘く危険な香り”などというと、なんとも食指をそそられる気分になる。しか
し、実際、不倫はムスクの香水のように、怪しい香りを放っているわけではない。

 我社のY専務、彼が現在まとっている香りが、まさにその不倫という名の香水な
のだ。彼は会社でのふとした言動から、また営業回り中の不信な空白の時間か
ら、その他さまざまなところから不倫の臭いをプンプンさせている。そのあまりの
臭さは、『カンベンして』という感じだ。彼の香りが臭いのには、わけがある。

 それは、恋をしているのではなく、恐らくただ単に欲情しているだけだからだろ
う。「俺はまだ(恋愛の)現役」などと言っているが、彼からは恋の香りはしてこ
ない。不倫の恋をしている男の香りはしてこないのだ。

 私が初めて、恋をしている男の香りを男の全身から感じたのは、もう何年も前…
私が二十五歳くらいの時だったろうか。

その男性Aさんは、四十歳前後だったと思う。Aさんは、私が以前勤務していた
会社に出入りしていた会社の課長だった。

 会社主催の「安全大会」で、私は彼と初めて会った。宴会が終わり、ロビーで
お茶を飲みながら、私達の話題は仕事の話から男女の話へと変わっていった。
そこでAさんから、終わったばかりの恋の話を聞いたのである。

すると、彼が急に言った。「彼女の声が聞きたくなってしまった」と。幸いなこと
に近くに緑の電話がある。

 私は彼から電話番号を教えてもらい、偽名を使って電話をかけた。一度目、
彼女は入浴中とのこと。そして、二度目。電話はつながった。私は、ソファー
に座っているAさんに合図をし、Aさんに受話器を渡すと、ソファーへ戻った。

 Aさんは嬉しそうだった。けれど、悲しそうであり、淋しそうだった。これから
結婚するという彼女への想いを断ち切れていない心のうちが、全身から濃密な
香水のように立ち昇っていた。ちなみに、その香りは決して甘くはなかった。
コメント (1)
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