”甘く危険な香り”などというと、なんとも食指をそそられる気分になる。しか
し、実際、不倫はムスクの香水のように、怪しい香りを放っているわけではない。
我社のY専務、彼が現在まとっている香りが、まさにその不倫という名の香水な
のだ。彼は会社でのふとした言動から、また営業回り中の不信な空白の時間か
ら、その他さまざまなところから不倫の臭いをプンプンさせている。そのあまりの
臭さは、『カンベンして』という感じだ。彼の香りが臭いのには、わけがある。
それは、恋をしているのではなく、恐らくただ単に欲情しているだけだからだろ
う。「俺はまだ(恋愛の)現役」などと言っているが、彼からは恋の香りはしてこ
ない。不倫の恋をしている男の香りはしてこないのだ。
私が初めて、恋をしている男の香りを男の全身から感じたのは、もう何年も前…
私が二十五歳くらいの時だったろうか。
その男性Aさんは、四十歳前後だったと思う。Aさんは、私が以前勤務していた
会社に出入りしていた会社の課長だった。
会社主催の「安全大会」で、私は彼と初めて会った。宴会が終わり、ロビーで
お茶を飲みながら、私達の話題は仕事の話から男女の話へと変わっていった。
そこでAさんから、終わったばかりの恋の話を聞いたのである。
すると、彼が急に言った。「彼女の声が聞きたくなってしまった」と。幸いなこと
に近くに緑の電話がある。
私は彼から電話番号を教えてもらい、偽名を使って電話をかけた。一度目、
彼女は入浴中とのこと。そして、二度目。電話はつながった。私は、ソファー
に座っているAさんに合図をし、Aさんに受話器を渡すと、ソファーへ戻った。
Aさんは嬉しそうだった。けれど、悲しそうであり、淋しそうだった。これから
結婚するという彼女への想いを断ち切れていない心のうちが、全身から濃密な
香水のように立ち昇っていた。ちなみに、その香りは決して甘くはなかった。
し、実際、不倫はムスクの香水のように、怪しい香りを放っているわけではない。
我社のY専務、彼が現在まとっている香りが、まさにその不倫という名の香水な
のだ。彼は会社でのふとした言動から、また営業回り中の不信な空白の時間か
ら、その他さまざまなところから不倫の臭いをプンプンさせている。そのあまりの
臭さは、『カンベンして』という感じだ。彼の香りが臭いのには、わけがある。
それは、恋をしているのではなく、恐らくただ単に欲情しているだけだからだろ
う。「俺はまだ(恋愛の)現役」などと言っているが、彼からは恋の香りはしてこ
ない。不倫の恋をしている男の香りはしてこないのだ。
私が初めて、恋をしている男の香りを男の全身から感じたのは、もう何年も前…
私が二十五歳くらいの時だったろうか。
その男性Aさんは、四十歳前後だったと思う。Aさんは、私が以前勤務していた
会社に出入りしていた会社の課長だった。
会社主催の「安全大会」で、私は彼と初めて会った。宴会が終わり、ロビーで
お茶を飲みながら、私達の話題は仕事の話から男女の話へと変わっていった。
そこでAさんから、終わったばかりの恋の話を聞いたのである。
すると、彼が急に言った。「彼女の声が聞きたくなってしまった」と。幸いなこと
に近くに緑の電話がある。
私は彼から電話番号を教えてもらい、偽名を使って電話をかけた。一度目、
彼女は入浴中とのこと。そして、二度目。電話はつながった。私は、ソファー
に座っているAさんに合図をし、Aさんに受話器を渡すと、ソファーへ戻った。
Aさんは嬉しそうだった。けれど、悲しそうであり、淋しそうだった。これから
結婚するという彼女への想いを断ち切れていない心のうちが、全身から濃密な
香水のように立ち昇っていた。ちなみに、その香りは決して甘くはなかった。