いろはに踊る

 シルバー社交ダンス風景・娘のエッセイ・心に留めた言葉を中心にキーボード上で気の向くままに踊ってみたい。

自民党議員のコメントに落胆!

2009年06月30日 08時45分54秒 | 兎に角書きたいの!
 先日の古賀幹事長との会談で宮崎県の東国原知事の発言に色々なことが報道されている。特に落胆したのは自民党議員のコメントである!

 @ アホらシー!

 @ 顔を洗ってこい!

 @ 輸血は血液型が合わないと頓死する!

 @ 人気におぼれている!

 @ 芸能界ではない!

 @ 政治も軽くなった!などなどである。

 この人達のこのコメントに私は自民党で新たな道に進むのは難しいのではないかとと思ってしまった。このようなコメントには、国を思う気持ちは微塵もない。特権階級意識のみで利己的メンツのコメントしか言えないこの現状!唯一人の発言に!情けない。

 この人達こそ世間の状況を知らず利権にしがみつき古い体質だな~と。自己保身であり自分達は偉いんだ、芸人ごときがなんだと言わんばかりに自分達は特権階級にいるんだという意識には驚いた。

 地方の人達が声を上げる!その現状を知らない国会議員!やはり国会議員の定数が多すぎるのである。小泉チルドレンと言われている人達も自己保身が前面に出ている。国を思って当選してきたのではなかったか。

 地方の声!私は明治維新に次ぐような一大変革、マグマが動き出そうとしているのではなかろうかと思っている。

 私はこの東国原知事の言動そして行動に大いなる関心と一つの塊として政界を変革して行くことを願っている。尚言えば、上記のようなコメントしか言えない人達の落選を願う。日本を変革して行くための障害になるからである。

 東国原知事の今後の活躍に期待している年金受給者である。甘いアメで国民を釣ってはならないし餌だけを口にするその知恵は十分に持っている。
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株主優待と株主総会

2009年06月25日 08時19分53秒 | 兎に角書きたいの!
 明日、6月26日は3月決算企業の株主総会がピークだと言われている。東京証券取引所に上場する3月決算企業の約半数876社が開催を予定している。報道によれば、「過去最悪の決算を受け、株主は経営陣への不満を強めており、例年以上に厳しい質疑が飛び交いそうだ」と。

 今回の総会で「議決権を行使する」と答えた個人株主の8割近くが「反対する議案がある」と答えているそうだ(野村金融研究所調査)。

 株主優待制度が曲がり角を迎えているそうだ。株主優待実施企業は、1043社と、平成20年9月末の1064社から減少。業績悪化や上場廃止が主因で、1992年の調査以来初の減少だという。

 私が株式を保有する目的の一つは株主優待制度にある。先日、株式保有会社から「株主優待制度の廃止に関するお知らせ」の文書が届いた。この企業からは、年2回優待品の送付があった。

 しかし、業績の悪化を理由に優待制度を全廃するとの内容である。おりしも「株主総会議決権行使用用紙」が送られてきた。

 通常は白紙のまま委任状を送付していた。しかしこの会社に対しては、議案1号から5号議案に対して賛否表示欄の全てを「否」に○印を付けた。

 株主のせめてもの鬱憤晴らしであり意思表示である。いずれこの会社の株式はころ合いを見て手放してこの会社とは縁を切る予定である。
 優待のための株式保有数を上げてそれに応じたにもかかわらず時を置かずして優待制度の全廃である。企業家としての経営感覚が麻痺しているのではないか。

 日刊紙は「会社議案に反対票を投じる個人株主の比率は例年より多い」と報じている。私が「否」と表示したのはこの1社だけである。
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ホトトギスの鳴き声

2009年06月19日 07時57分16秒 | 兎に角書きたいの!
 先日鹿島神宮に参拝した折に色々なものを検分し体験した。その一つに「鹿島神宮の七不思議」なるものがある。

 1 要石……その根底ふかく図り知れずという。土中から見える石は20センチ  ほどの円形が顔を出している。

 2 御手洗…池の深さ大人、小人によらず乳を過ぎずという。池には鳥居が鎮座  している。

 3 末無川…川の水流れ行くほど追々かれて行末知らず。

 4 藤の花…御山の藤の花の多少によりその年の豊凶を予知すること。

 5 海の音…浪の響が上(北)の方に聞えれば日和下(北)に響けば雨降るとい  う。

 6 根上りの松…すべて御山の内の松幾度伐れども伐り跡に芽出てかれることな  し。

 7 松の箸…鹿島の松で作る箸は松脂の出たことないという。

 と宮の案内板に記されている。「要石」と「御手洗」は確認したがそのほかの点については確認には至らなかった。宮内は多くの樹木に覆われ千年近い大杉も数多く重厚な雰囲気を醸し出している。

 その様な環境の中から鳥の鳴き声が聞こえてくる。静寂を破っての鳴き声!その鳥はホトトギスでありウグイスである。ホトトギスの鳴き声はおもしろい。

 「トッキョキョカキョクトッキョキョカキョク」
 
 「テッペンカケタカ」

 「キヨッキヨッキョキョキョキョ」

 「キヨッキョキョキョキョ」

 「ホッチョンカケタカ」などで人によって聞こえ方が違ってくる。私は「トッキョキョカキョクトッキョキョカキョク」と聞こえる。所謂「特許許可局」と。鬱蒼とした木々の間から何十回とこの鳴き声を聞くことが出来た。私には初めての経験であった。

 ホトトギスは自分からは巣を作らずに、ウグイスなどの巣に産卵し、抱卵・育雛を他の鳥に任せてしまう。和歌によく詠われ、あやなしどり、くつてどり、うづきどり、しでのたおさ、たまむかえどりなどの名があるようだ。

 ホトトギスの鳴き声あなたはどのように聞こえますか。人の聴覚はおもしろいものである。これが外国人であったら何と聞くだろうか。
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蝶ネクタイのラーメン屋さん!

2009年06月18日 08時12分10秒 | 兎に角書きたいの!
 横浜シルクセンター近くにラーメン屋さんがある。店舗を構えているわけではなくビニールなどで覆われた場所に12人が座れるスペースで外にもテーブルがセットされている。特に看板などは無くお店の名前も表示されていない。その女将に尋ねたところ「ザ・ラーメン」と言うそうだ。

 メニユーは種類が多く例えば「ラーメンと半チャーハン」「半ラーメンと半チャーハン」とその組み合わせは50種以上ののぼる。

 ここで特に美味いと思っているのは、チャーハンとラーメンである。チャーハンは夢のような美味と宣伝しているように兎に角美味い。ラーメンは所謂中華ラーメンでこれも昔の味で美味い。オススメである。

 変わったところではカレーライスである。以前、カレーライスを注文したところ激辛で普通のお客さんには無理ですよと言われ以後注文したことがない。インド人も褒めるカレーだと女将は自慢している。

 昼食時にはサラリーマンが来店するので、一般客が来店しお酒を注文されたときには「ドンペリ」一丁と言いながら注文を受けているとのことである。サラリーマンは勤務中であり遠慮してこのような呼称でお酒を呼んでいるとか。

 ご夫婦での営業でご主人はジャズが大好きで週1回は仲間達と演奏をしているとのことである。その関係もあるのだろうかご亭主は蝶ネクタイを着用して調理している。ここの店の味付けは私好みで妻もおいしいと言っている。

 お店の入り口には犬・パグ3歳が箱の中に寝そべっている。犬仲間も時々訪れるそうだ。横浜のかくれたお店である。機会があったら試食をオススメする。女将は愛嬌よく語りかけると色々なことを話してくれる。

 私達夫婦は、ラーメン+半チヤーハン+ドンペリが私・妻は半ラーメン+半チャーハンを数多く注文している。兎に角美味い!美味いですよ!一度試食をオススメします。
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ダンスバス旅行!

2009年06月17日 10時12分28秒 | シルバー社交ダンス風景
 昨日一泊のダンス旅行に出かけた。ホテルは「鹿島セントラルホテル」参加者28名。行きにあやめ祭り、400年続く愛友酒造に寄りタンクから注がれるお酒をを求めホテルで味わった。大吟醸でこの酒蔵一番の美酒であろう。

 ホテルに到着ご2時間ほどのフリーダンスタイム。お決まりの宴会、カラオケと続きダンスタイム。色とりどりの衣装が舞う中で「ふれあいダンスタイム」を設けての交流!

 二次会はそれぞれの部屋で行われ午前2時まで歓談が続いた部屋もあった。翌日は観光タイム。犬吠埼、地球が丸く見える丘展望館、ヒゲタ正油では「生卵かけご飯用正油を購入」、鹿島神宮と観光地をめぐるごとに手荷物が増えていく。

 幸い両日とも曇りで最適な天候であった。鹿島神宮では見るものが多く1時間半の余裕を持った。鹿島神宮は神武天皇元年に社殿を造立されたとあり格式のあるお宮である。
 境内の博物館には、日本最古で最大(704年・全長3m)「直刀」国宝は見ものである。またお宮には「御手洗池」があり神職の禊の場とされ鹿島の七不思議のひとつとされている。池の中に鳥居があり両面から何百年の大木が池を覆う。幻想的な風景である。

 大鳥居を入った左側に万葉歌碑(巻20)がある。
「あらふれり鹿島の神を祈りつつ皇御軍(すめらみくさ)にわれは来にしを」

 この歌は、755年常陸国から派遣される防人(大陸から侵攻に備えて、筑紫、壱岐嶋、対馬嶋、を守った兵士)の那珂郡上丁大舎人部千文(かみつよぼろおおとねりべのちふみ)が詠んだ歌である。
 鹿島の神に武運の長久と、道中の平安を祈って鹿島立ちした防人の心を詠んだ歌として有名である。

 このため現在まで長途に発つことを「鹿島立ち」といって、前途を幸わう言葉として知られている。また宮内は何百年の大杉が立ち並び心静かに散策した。ダンスと観光の組み合わせは我々シルバーにとってとてもいい企画である。全てを企画立案運営された幹事さんに感謝する。我々のダンス旅行のモットーは「元気に出発して元気に戻る」である。横浜に着き雨がぱらぱらと降ってきたが満足のダンス旅行であった。

 

 
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独楽吟とクリントン元米大統領

2009年06月15日 08時08分30秒 | 兎に角書きたいの!
 オバマ米大統領は今年6月、エジプト・アラブ共和国の首都に於いて「私はキリスト教徒だ。だが私の父はケニアのイスラム教徒の家庭に生まれ、私は少年時代を数年間インドネシアで過ごし朝夕に、イスラム教の礼拝への呼びかけの声を耳にして育った。……」とイスラム教徒に向け演説を行った。

平成6年6月13日、天皇皇后陛下が訪米されその歓迎式典において米大統領は、「たのしみは 朝おきいでて 昨日まで 無かりし花の 咲ける見る時」をスピーチの中で江戸時代の和歌を引用された。

 引用された歌は、日常生活の小さな喜びを詠んだ橘曙覧(たちばなのあけみ)の歌集「独楽吟」の一首である。朝起きて昨日まで咲いていなかった花が開いているを発見した時の、浮き立つような気持ちを素朴に表現した庶民的な歌である。

 大統領は、「一日一日新たな日と共に確実に新しい花が咲き、物事が進歩し、日米両国民の間の進歩をはぐくむものです」と続けた。

 「独楽吟」には52首の歌が収められている。何首かを紹介してみる。

@ たのしみは
   昼寝せしまに 庭ぬらし ふりたる雨を
                  さめてしる時

@ たのしみは
   三人の児ども すくすくと 大きくなれる
                  姿みる時

@ たのしみは
   そぞろ読みゆく 書の中に 我とひとしき
                  人をみし時

@ たのしみは
   ふと見てほしく おもふ物 辛くはかりて
                  手にいれしとき
  「一目見た途端、気に入ってしまった。どうしてもどうしても欲しい。しかし、私のふところにお金はない。さ、どうする。何ヶ月も苦労しながらお金を工面し、やっとの思いでそれを買い求め、自分のものにすることができた。ああ、こんな時なのだよ。なんともいえずうれく楽しい気分になるのは…。」

@ たのしみは
   心をおかぬ 友どちと 笑ひかたりて
                  腹をよるとき

@ たのしみは
   空暖かに うち晴れし 春秋の日に
                  出でありく時

@ たのしみは
   蝦夷(えみし)よろこぶ 世の中に 皇国忘れぬ
                  人を見るとき
  「世の中はこの頃、異民族の精神や外国の文化をやたらともてはやす風潮ではあるが、たまに、皇国である我が日本国の精神を忘れない気骨のある人物とであうことがある。ああ、こんな時だよ。心から嬉しく有難い気分になるのは…」

 故人は勿論だが国と国との交渉に相手国の文化を尊重し褒めることは一つの外交術である。
 昭憲皇太后が十二の徳目をテーマに詠まれた歌を是非知りたいものである。橘曙覧(1812~1868)は、1200首以上の和歌を残しているがこの「独楽吟」の特徴は「たのしみは…」で始まり、「……する時」で締める和歌である。

 これに対し天皇陛下は、明治天皇の皇后である昭憲皇太后が独立宣言起草委員の一人ベンジャミン・フランクリンの十二の徳目をテーマに和歌を詠んでいる事が紹介されている。

 十二の徳目とは、節制、沈黙、規律、決断、節約、勤勉、誠実、正義、中庸、清潔、平静、純潔で後に謙譲を加えて徳目十三になった。これを織り込んでの和歌はどのようなものか今のところ確認していない。

 今日は千葉方面へダンス仲間との旅行である。私の「たのしみは……華麗にダンスを踊る時」雨は大丈夫のようだ。
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桃太郎・子守唄

2009年06月12日 07時50分00秒 | 兎に角書きたいの!
          桃太郎

 柴の折戸の 賎(しず)が家に
 翁とおうなと 住まいけり
 翁は山へ 柴刈りに
 おうなは川へ 衣(きぬ)すすぎ
 日ごと日ごとの なりわいも
 いとあさましき 朝熊山(あさまやま)
 いといそがしき 五十鈴川
 流れ流るる 水の瀬に
 流れ寄りたる 桃の実の

 世に類なく 太ければ
 あな珍しと 持ち帰り
 折敷(おしき)にすえて 愛づるうち
 桃は我から 打ち割れて
 男の子一人(いちにん) 出でにけり
 老いの夫婦(めのと) おどろきつ
 また喜びつ 取り上げて
 桃の中より 出でたれば
 桃の太郎と 名づけつつ
 髪挿(かざし)の花と 愛でけるに

 次第に人と なるにつれ
 雄雄しくもまた 賢(さか)しくて
 翁とおうなの 高き恩
 深きめぐみに 報いんと
 かねて心に 誓ううち
 鬼はしばしば 人里に
 渡りて荒き ふるまいを
 憎しと常に 思うより
 黍の団子を 糧となし
 犬猿雉を 従えて
 鬼が島へと 打ち亘り渡り
 鬼を平らげ その島の
 黄金白金 種種(くさぐさ)の
 宝を収め 帰りきて
 翁とおうなに ささげつつ
 豊かに富める 身となりぬ

 親に仕うる 真実(まめ)ごころ
 げに有難き 例(ためし)なり
 鬼とう者は 世にあらず
 人たる道に そむきたる
 心の鬼の 醜鬼(しこおに)の
 邪人(よこしまびと)を 鬼と言う
 幼なごころに 善し悪しを
 知らせんために 伝えたる
 昔の人の教え草

 上記の歌は、児童文学研究家の上笙一郎氏が発見したもので「桃太郎」をうたった長編の子守唄である。
 日本には数え歌、子守唄、手毬歌など全国で歌われ歌詞も微妙に違って存在する。

 手毬歌でも「あんたがたどこさ」「一番はじめは一の宮」「京の手まり歌」などがある。また京都でタクシーに乗ると京都の地名を覚えるための「京都市内の通り」を歌って聞かせてくれたことがあった。

 日本独特の物語歌は思いのほか味がある。私が是非知りたいと思う手まり歌がある。それは百幾つまでつづき岡山県吉備郡で歌われているという。

 向こう通るは吉さんじやないか
 鉄砲かたいで山行き姿
 雉もほろほろ鳴くばかり
 私もほろほろ泣くばかり
 晩にゃ帰るが宿貸すか
 宿は貸せます、どちらが枕
 東枕の窓の下
 窓は切り窓あけ障子
 そろりそろりと手をやれば
 そこは膝折り股たぶら
 母さん父さん、起きなされ
 わたしが十五になったなら
 親に三貫、子に四貫
 ………と続くそうだ。是非とも全文を明らかにしたいものだ。私の研究課題としよう!




 
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特賞・ハワイ旅行!

2009年06月11日 08時00分43秒 | 兎に角書きたいの!
 私の誕生祝にとダン用品のプレゼントを受けるために横浜西口で妻と待ち合わせお馴染みの店に赴いた。好きなものをと言うことで店員の方が出してくれた品をあれこれ見定めながらその内の1点を購入してもらった。

 今横浜西口商店街では「サマーフェア」が行われており抽選券8枚いただき4階の抽選会場へ向かった。抽選は4回ずつに分けてガラガラと回す取っ手を持って先ず私が回した。

 第一回目にポトリと白球がこぼれ落ちた。途端に5名いた担当者の方が「チりん!チりん!チりん!」大当たりとの大合唱に何事が起こったのかと一瞬ポカン!抽選者は私と妻の二人きり!

 担当者曰く。特賞の当たりです。特賞といわれても抽選のポスターは見ておらず何ですか!と問う。「ペアのハワイ旅行が当たりました!」に、ええ~ほんと!ぐらいのアクションしか出来なかった。いつもテイシュで終わっているので抽選に何の期待も持っていなかったからである。
 担当者に特賞の品をお渡しする取り扱い場所に案内されA4の封筒を手渡され説明を受けた。

           特賞旅行・渡航手続き案内の栞
「この度は、ジョイナス&ダイヤモンド『サマーフェア』におきまして『特賞』のご当選おめでとうございます。『特賞』は、出発日が選べるホノルル5日間の旅 ペアご招待の海外旅行です。……」と。

 妻は現役で勤めに出ている。妻の日程調整に合わせて旅行日程を決めることになる。私は毎日が自由時間であり特に支障はない。
 誕生祝がダブルで押し寄せしかも大物を釣り上げた。ありがとう!と感謝の気持ちで一杯である。

 ありがとうは「有り難う」と書く。あることが難しい。つまり奇跡をも意味する。私にはこの奇跡が起きたのである。本当に”ありがとう”
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ホームレスのテント住民登録OK?

2009年06月10日 09時46分58秒 | 兎に角書きたいの!
 大阪市北区の扇町公園にテントを設置し、野宿生活をする者が、同公園を住所とする転居届不受理に対する訴訟が提起されこの判決が言い渡された。

 平成18年1月27日、大阪地裁の西川知一郎裁判長は「テントは客観的に生活の本拠としての実体を備えており、住民基本台帳法上の住所」として、公園での住民登録を認める判決を下した。
 西川裁判長は判決で、「公園の占有許可を得ていないが、住民登録とは本来無関係で、生活の本拠がある限り、転居届の不受理は許されない」と述べている。

 平成20年10月3日最高裁判決
 公園を住所とした住民登録を認めた大阪地裁の判決を取り消し、原告敗訴とした大阪高裁の判決が確定した。
 判決は「都市公園内に不法に設置されたテントの所在地」について、「社会通念上、生活の本拠としての実体を備えているとはいえない」と判断し、公園に住所があるとはいえない、と結論づけた。

 一般常識から考えれば公園内に住所があるなんて考えられない。しかし法律を文理解釈すると住所ありとなるのだろう。最高裁の判決でそれが否定されたことはよかった。

 地裁の判決の中に何でこんな解釈になるんだと思われる判決が下されることがある。しかしこれは日本ばかりではないようだ。訴訟社会のアメリカにはこんな判決がある。

 1 自殺者が地下鉄の線路に飛び込んだが運転手の機転で自殺者の手前で停車し  た。これに対して精神的損害を受けたとして損害賠償訴訟を提起し自殺者の訴  えが認められ損害金を払うことになった。

 2 小学校に泥棒に入り屋根伝いにいくと天窓がありそこから墜落して骨折した  ことで損害賠償を提起した。建物の管理不十分と言うことで泥棒の勝訴となっ  た。

 3 教会への礼拝者がその敷地内に穴があり怪我をしたことに訴訟を提起した。  原告の勝訴となった。この事例では管理不十分というこが言えるけれども。

 アメリカの訴訟に対する考え方は、「目的を設定したら、その完対遂に向けてあらゆる材料を利用する。全体のバランスや、目的そのものの妥当性はもはや問わず、その帰結がより重要な関係を阻害することになろうともまずは個別の成果を優先させる」と言われている。契約社会の冷徹さを知る必要があると思う。

 過去にまことに変な訴訟があり妙な判決が出た事件があった。
「預けた漫画本を勝手に捨てた」の子供の訴えに親に20万円の賠償支払いを命じた判決である。

 「事件の概要」
 預けていた漫画本を祖母(故人)が勝手に捨てたのは不法行為に当たるとして、子供が祖母の相続人で債務を引き継いだ形となった実の母親を相手取り損害賠償を求めた。
 平成4年3月4日新潟簡易裁判所は、子供の請求を認め20万円の支払いを命じる判決を言い渡した。

 法律上は問題のない判決と言われているが、親に子供への賠償を命じるのはどう考えてもおかしい。恐らく裁判官は、文理解釈上或いは子供に味方する理屈を考えたのだろう。
 もし私が裁判官であれば、別の角度から子供の請求は訴訟に馴染まないとの理屈を考えた上で判決を出す。

 人が集まり何かをしようとすれば色々な考えの人が集まりその最大公約数で物事は進行する。政党政治がまさにそれに当てはまる。子供が親に難癖をつけ子供の権利だけを主張しまるで駄々っ子の鳩山邦夫総務大臣の姿が浮かんでくる。街頭に出て人事問題を訴える様は一体何なんだ。

 西川善文日本郵政社長には頑張ってもらいたい。応援している。辞任するのは鳩山邦夫総務大臣だ!私は、鳩山大臣のこの行動は解散後の位置取りであり自民党を離党するとだろうと推測している。

 西川社長は国との契約に基づき就任したのである。その契約を破ろうとする鳩山大臣の言い草は難癖である。出来ないことだが「かんぽの宿」をもう一度入札してみたらどうか。とても100億円での入札者はないだろうし入札応募者も現れないだろう。毎月4億円以上の赤字を累積している。それこそ鳩山大臣の責任を問うべきである。大臣辞任ですむ問題ではない!

 

 
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ビックリ新聞報道三題

2009年06月09日 08時25分46秒 | 兎に角書きたいの!
 昨日等の新聞報道で興味を引く記事内容があったので転記してみる。

1 住宅の権利は70年で失われる(21・6・8産経新聞)

  中国で住宅を購入する場合、「日本や欧米と決定的な違いが一つある。どんな に高価な家を購入しても所有権は最長70年なのだ。その後、家は国に無償で回収 されてしまう。例えば25歳で家を購入し、95歳まで長生きして自分の持ち家に住 んでいても、その先は我が家を追われる。……
  不動産取引に関する法律を制定する際、私有財産を認めるべきではないとの意 見はまだ強かった。そこで『人の平均寿命を越えない範囲であれば、私有財産  ととしてもいいだろう』という理屈で、最長70年の所有権を認めたらしい。…」

  この日本にいると思いもつかない法律制度が存在する。それでも年収の何倍にも相当するローンを組み、その返済のために何十年もあくせくと働くことは日本の現状と全く同じである。唯日本では私的所有権は最大限に尊重されている。


2 北朝鮮メディア(21・6・8産経新聞)

  「日本の政治も北朝鮮メディアによくとりあげられているが、『政治小国』  『政治未熟児』だそうだ。麻生内閣は『骨董内閣』『末期内閣』と表現してい  た。
  小沢一郎氏の民主党代表辞任には、こんな論評があった。
 『政権争奪のためなら、謀略や暗闘、処世術や変身術など、あらゆる醜悪な手段 にしがみついている日本政界のこうした実態は、日本の政治こそ腐り切った政  治、幻滅しか生み出さない低レベルの政治だということを改めてはっきりと示し ている』。」と日本の政治、政治家を論評しているそうだ。


3 紫陽花(21・6・7産経新聞)

  「日本生まれのアジサイを広く世界に紹介したのは、幕末に長崎にきていたド イツ人の医師、シーボルトである。ところがその時、アジサイではなく『オタク サ』の名をつけた。その意味は長い間ナゾだったが、後に彼の愛人『お滝さん』 であることがわかった。」と。紫陽花が日本原産とは知らなかった。

 紫陽花と言えば「横浜市浦舟コミニティハウス」建物の1階に、陶芸家加藤唐九郎作による紫陽花の陶壁画が大胆に二壁面に表現されている。

 加藤唐九郎1898~1985)陶芸家は、愛知県生まれで桃山時代の陶芸志野、黄瀬戸、織部などの研究をし再現した偉大な陶芸家である。人間国宝級加藤唐九郎陶芸家の作品が横浜市に残されていることは大変に貴重なことである。その保存に当たっては十分な管理を是非ともお願いしたい。

 青色から白みがかったり、紫をおびたりと、花の色をかえることから「七変化」とも言われている。今、街の路地、公園、家庭にその色の変化を人々に楽しさを提供している。
「人生いろいろ」「会社もいろいろ」「人もいろいろ」の名言が思い起こされる今日この頃である。
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子供の生命力!

2009年06月08日 09時04分53秒 | 兎に角書きたいの!
 先日、幼稚園児の変化に戸惑っている若いお母さん(32)の投稿を拝読した。

 「この春、入園した4歳の娘は、毎朝幼稚園のげた箱の前で『帰らないで』と私にしがみつく。先生が抱っこしてようやく門を後にする。……帰り道は『歩かない!抱っこして!』としゃがみ込む。食事は『食べさせて』とひざの上。トイレによんで『見ていてね』、用を足した後は『ふいて』。知人に聞けばみな同じとという。…入園したら少しは自分の時間ができるかと思っていたのに……」とi育児の悩みを発露されていた。

 子供さんが新たな世界へ踏み出しその不安と母親の戸惑いがよく分かる。丁度娘の孫娘が今年4歳で幼稚園に入園しその後の状況が写真とメールが送られてきて孫娘の幼稚園生活を望遠鏡で見ている。やはり幼稚園行きたくないと泣いた。娘のメールから孫娘の幼稚園生活を垣間見てみる。

@ 今日(4月8日)はついに入園式。
  式では一番前に座り、お歌の時には飛び跳ねたり、先生のお話に、大きな声で敬礼して返事をしたり、お友達とはしやぎまくったり、楽しくてしかたない様子の○○ちやん。一番元気で可愛いかったです!

@ 今日は初登園。
  幼稚園が終わっても、砂だらけになって遊んでいた○○ちゃんです。ママと離れていても寂しくなかったですって!

@ はりきって幼稚園へ。
  今日はお姉さんと、お教室を探検したそうです。月曜日はお外を探検するんだ!と、楽しそうに語る○○ちゃんです♪

@ 花祭りで白い象さんを引く○○ちゃん。

@ 4月13日・今朝は初めて幼稚園行きたくない~と大泣き。
  お迎えの時は笑顔でホッとしたけど、その後、男の子と滑り台の順番でケンカして泣いてしまった○○ちゃんです。(大泣き顔の写真)

@ 今朝は笑って歩いて登園しました。ママはひと安心。帰ってくると、最近は、前におじいちゃんがくれたモンチッチのお世話をしたりして遊んでいる○○ちゃんです。

@ 今朝は笑顔で登園した○○ちゃん。
  帰ってくると、幼稚園で謡った歌を振り付きでうたったりしてくれるけど、基本的にはママと一緒がいいみたいで、「幼稚園なんか大キライ!」明日は行かない!と言っています。

@ 今日も行きたくない!と言うものの、時間になるとニコニコで出る○○ちゃん。昨日は身体検査で、身長は102cm、16.8kgでした。明日はお誕生日で、ちゆど幼稚園でもお誕生会。ママも招かれているので、とても楽しみです!

@ プレゼントでもらったソフトクリームメーカーでアイスを作ってご満悦の○○ちゃん。幼稚園の父母会の間、お兄ちゃんにぶたれたり、しりもちついて大泣きしたり、散々な○○ちゃんでした。

@ 昨夜は幼稚園行かない!と言っていましたが、行くとちょうちよのハンコウがもらえるので、今朝園庭の遊具をひょいひよい登る○○ちゃんです。

@ 今日は、初めてパパだけでお迎えしてもらった○○ちゃん。今朝は、ニコニコで行くよ!とパパと手をつないで行きました。

@ 今日からいよいよお弁当が始まりました!
  休み中から、早く幼稚園に行きた~い!と言っていた○○ちゃん。お弁当とデザートのイチゴ、きれいに完食!
 明日も美味しいお弁当作ってね!と言って楽しみにしています。

 と孫娘の場合ほとんどてこらづに幼稚園に通うようになり娘は投稿者のような悩みをほとんど持つことなく孫娘は順調に生命力を育んでいることに感謝する。

 ところで若き頃の我が家の子供はどうだったか。母親が語る。長男の幼稚園生活に強い思いがあるとのこと。
 長男は幼稚園へ行く時には「行きたくない」とは言わなかったが母親と別れると泣いていたようで2ヶ月程その状態が続いたようだ。友達が出来てからは母親の迎えを心待ちにしなくなった。その長男も4人の子供に恵まれそれぞれにあった養育をしている。

 母親の子育て(幼稚園)の基本は、子供が要求することはなるべくその通りにしてやり、病気になったときには完治したら1日余計に休ませ十分に甘えさせたとのこと。上記の娘は健康であったので長男のその状態をみて私も病気になりたいと言って困らせていたとか。

 母親に言わせれば投稿者のような状態は誰もが通る道で心配することはないの!と。その後に私にお鉢が回ってきた。子育ての真っ最中にそのような気持ちが欲しかったわ!と。ギャフン!
 男は仕事をしっかりやっていればよいと思って現役中は過していたが…今頃になって子育ての大変さを悟ってもどうにもならないが息子と娘は子育てを立派に行っている。お蔭で安心していられる幸せを今味わっている。
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世襲制限より国会議員の定数を削減せよ!

2009年06月06日 08時06分53秒 | 兎に角書きたいの!
 現在、与野党とも「世襲制限」の議論が活発であるが、この議論は国民騙しのまやかしである。私は世襲制限には反対である。
 世襲制限論の根拠は、現在は「地盤・看板・かばん」がなければ国会議員になれないということだろうがその選択は国民が持っている。世襲で何故悪いのか。

 英国の保守政治思想家マイケル・オークショットは、政治とは技術的知識ではなく、実践的知識である。それは「教え、学習する」ものではなく、「伝え、獲得する」ものであるために、少なくとも3代かけなければ、まともな政治家は生まれないと論じている(ジャーナリスト 東谷 暁)。

 そして世襲によって承継される「老舗」は、濃密な人間関係によって技術を伝承し数百年以上にわたって継続されていく。
因みに創業100年以上の企業数は世界で日本がダントツである。そして日本で最古の企業は西暦575年発祥の「金剛組」でその技術が脈々と伝承されてきている。仕事は宮大工といわれる特殊な技術を持ち神社仏閣を主な仕事先としている。これが日本の伝統文化である事を見れば世襲が一概に悪とは言いがたい。時間を掛けて検討したらどうか。「世襲制限」は選挙目当てのアドバルーンと私には思えてならない。本質を覆い隠すための。

 それよりも国民に議員に緊張感を持たせる少数精鋭と言うことで国会議員の定数削減を今回の選挙の与野党対立軸の一つにして欲しい。

 現行の議員定数は、衆議院480名・参議院242名となっている。
 民主党は平成19年の参院選マニフェストに、衆院の比例代表定数を80削減して100にすることを明記した。鳩山由紀夫代表は次期衆院選でも同様の公約を掲げる考えを示している。

 一方自由民主党内における議員定数削減案がいろいろと出されている。
 1 衆院を300以下にする
 2 衆参両院で約4割削減(衆院300・参院144)
 3 衆院を300に
 4 10年後に、定数500の一院制に
 5 定数450の一院制に(今後4年間は衆参両院で3割削減)
以上は、自民党改革実行本部が自民党内の五つの議員連盟から聴取した内容とのことである。

 大阪府の橋本知事が言う「ぎょぇー」という改革を実行すべき削減案をまとめ今度の選挙の政権公約としてまとめていただきたい。
 民主党は参院選で勝利したにも関わらず参議院の定数削減についてはだんまりを決め込んだ。

 見せ掛けの「世襲制限」等と言わず堂々と正面から国会議員の定数削減を実施した方がよっぽど国家に益があり国民は議員の活動状況を真剣に見守ることになるだろう。とすれば、世襲議員は世襲議員としてではなく如何に国の為に国民の為に働いたかで自然に淘汰されていく。

 そうすれば世襲議員のうち何割か議員として存在することになる。ふるいにかけられ残った議員こそが国民の選んだ先生方となる。3親等以内の親族の立候補を禁止するなど日本の政治文化を破壊するものだ。

 世襲議員の誕生を阻止したいのなら「議員の定数削減」を実施すれば何回かの選挙によって無能な世襲議員は自然に消えていく。

 今回の選挙の政権公約を与野党がどのような形で掲げるか注意深く見守って生きたい。「世襲制限」の提言は止めて「議員定数削減」を明快に「ぎょぇ~」と言われるような政権公約を期待したい。

 それにしても三世代議員に当たる鳩山由紀夫民主党代表と鳩山邦夫総務相兄弟ののこの軽さは一体何に起因しているのだろうか。時代か!世相か!世襲か!生い立ちか!それとも日本の行く道を暗示しているのだろうか!
 
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城ヶ島の雨と万葉歌

2009年06月05日 07時57分17秒 | 兎に角書きたいの!
 一人でのんびりとしているとき或いは何となく気分が乗っているとき自然に口から出るメロディーが私にはある。全く意識せずに口から出てくる。それは「城ヶ島の雨」のメロディーである。何時ごろからは定かではないが初めて城ヶ島を訪れた50年ほど前の印象が潜在的にあるのだろうと思う。

 平成21年1月から教育テレビで「日めくり万葉集」を放映している。1ケ月に20首ほどの解説が行われていく。歴史的な面を含み内容の濃い解説がなされている。自分の最も好きな万葉歌を作家、和太鼓演奏者、歌人、桜守、管主、映画監督、考古学者、漫画家動物行動学者、歌手、学長、教授、書道家…とその道の一流の方が選者となって詠われた万葉歌をその人の思いを語る。

 その中に選者である林 望(作家、書誌学者)氏が次の万葉歌を挙げていろいろとその思いを考えを披露されている。「城ヶ島の雨」とのかかわりを。

 朝床に        あさどこに
 聞けば遥けし     きけばはるけし
 射水川        いみづかわ
 朝漕ぎしつつ     あさこぎしつつ
 唱ふ舟ひと      うたふふなびと   巻19・4150 大友家持

朝の寝床で聞くと遥かに聞こえる射水川を朝漕ぎながら謡っている舟人の声が

 この歌は、大友家持が、国守として、いまの富山県高岡市に赴任したときに詠んだ歌だとされている。

 林 望氏の解説
まず、「朝床に聞けば遥けし」というイメージがはっきりとしていますね。何を聞くかというと「射水川朝漕ぎしつつ唱ふ舟人」なんですが、どういう情景かがありありと浮かんでくる。実際に描写しているんじゃなくて、遠くから聞こえてくる声から、舟人が船を漕いでいる姿を想像している。…

 そして家持の上記の歌は、明治以降の近代詩にもつながるものがあると林氏は説く。鋭い感性と洞察力の鋭さに思いが至る。

 「城ヶ島の雨」(北原白秋)

 雨はふるふる 城ヶ島の磯に
 利休鼠の 雨がふる
   ▽
「ええ 舟は櫓でやる 
 櫓は唄でやる
 唄は船頭さんの 心意気

 雨はふるふる~」 この歌の「~」内の歌詞部分が家持の上記の歌を近代詩に展開したような内容だと説くのである。

 北原白秋はなぜ「城ヶ島の雨」を書いたのだろうか。大友家持のこの歌が潜在的にあったのだろうか。当時北原白秋は三浦三崎に住み城ヶ島を望みながら暮らしていたことは案内文に見られるし海岸に近いところに住まいはあった。当然生活の本拠地であったから雨の日、晴れ渡った日など様々な顔の城ヶ島を見ていたことだろう。

 私は北原白秋が大友家持のこの歌を念頭に作詩されたとは思えない。確かに詠われた状況は心境は同じように見られる。しかし北原白秋は、城ヶ島の景色、海のうねり対岸からの四季折々の変化を心に刻んでいたのではなかろうか。

 その結果が大友家持と合い通じる歌の内容になったのではなかろうか。川と海と舟そして漕ぎ手の歌声情景に変わるところはない。詠み人の感性が大友家持と北原白秋は同じものであったとも考えられる。

 私には北海道の湖「阿寒湖」の遊覧船から流れた「まりもの歌」が忘れられない。詩的才能は全くないがこの唄を聴くとその情景が鮮明に浮かび上がり自然にメロディーが口元を離れ流れゆく。

 芸術的才能のある方が大友家持と北原白秋を結びつけて万葉歌を解説される。とてもおもしろいしビックリした。これが切っ掛けで私の中に大友家持の歌が頭に残りいろいろと想像する楽しさを与えていただいた。

 音を聞いて、そこから目に見えない情景を想像する。朝方寝床にあって、人が歩く音、犬の鳴き声、スズメのさえずり、話し声などを聞きながら想像する事はある。床を離れる前の脳の運動として結構なものである。私は目を瞑り外からの音をまじえながら想像する!一日の始まりを!
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顔・顔・顔・あなたの顔は!

2009年06月04日 08時31分43秒 | 兎に角書きたいの!
 「顔」とは一体どの部分を言うのだろう。手持ちの国語辞典には、頭の前の部分で、まゆ・目・鼻・口のある部分と説明され耳は顔に含まれないようである。

 「愛さえあれば言葉は要らない」という言葉があるように、心が顔に表れ、また顔が心を語ってくれる。そこで「人にとって顔とは」(成田令博著)から心情を表す顔の表現語を引用してみる。

 にこにこ顔、恵比須顔、機嫌顔、嬉し顔、打ち解け顔、慰め顔、仏顔、地蔵顔、得意顔、自慢顔、手柄顔、誇り顔、忠義顔、見よかし顔、我が物顔、物知り顔、心得顔、仔細顔、分別顔、事有顔、勿体顔、浮かぬ顔、案じ顔、思案顔、憂い顔、不興顔、憚り顔、むっと顔、渋い顔、しかめ顔、仏頂顔、つれなし顔、恨み顔、あきれ顔、無礼顔、挑み顔、知らぬ顔、とぼけ顔、寝惚け顔、人待ち顔、甘い顔…と喜怒哀楽の心情が自然に顔に表れると。

 産経新聞連載の「世界は俺が回している」なかにし礼著150回の小説に顔とは離れるが「悪女とは」と言うことで色々な言葉を列挙している。

 美貌、情熱、狂気、魔性、次々と技を繰り出す創造性と独創性、持続するエネルギー、聖母、観音のまなざしと、魔女・夜叉の鬼面を使い分ける演技力、富と力への野心、多情多感、策略、決断力、反抗心、自信、独断、猜疑心、用心深さ、政治力、実行力、闘争心、向上心、好奇心、愛情の山と憎悪の谷のその恐るべき高さと深さ、冷酷非情、残虐無残、絢爛たる美意識とその表現力と規模の大きさ、そして最後は、これが一番大事なのだが、既成の秩序や価値観にむかって敢然として闘う偉大な勇気と不屈の意志力。己の信念と理想への殉教の魂すなわち死。そして幸運の星。と定義されている。

 このように一つの事物についてありとあらゆる表現を列挙してみるのもおもしろい。その言葉によって様々な姿を表情を思い描くことが出来る。

 あるアンケート調査の結果では、「女性の顔の中で男性が最もセクシーだと感じるのは『目』よりも『唇』で、会話のときもつい口元や唇に視線がいってしまう」と。言っている。顔の中では、目と口が最も人を惹きつけるようだ。

 ほれてる相手に物を言うときは
  口見て話せ
 憎らしい相手のときは
  鼻を見て話せ

これは、歌舞伎の長老、中村勘三郎が六代目菊五郎から教わった芸の一つだと言われている。

 この世の中、人との関わりは避けては通れないし生きるための大切な触れ合いでもある。「人」の文字を分解するまでもなく人はお互い支えあって生きている。気持ちよくこの世を過すとすれば人との付き合い方を考えなければならない。

 付き合い上手の基本は「目を見てにっこり」。これができれば、相手に好印象を持たれること間違いなしである。

 人間、感情の動物であれば、不機嫌面よりニコニコしている顔の方が付き合っていて楽しいのが自然である。少なくとも「破顔一笑」の気持ちを持ってこの世を過したいものである。毎朝、鏡を見ながら「にこっ!」と笑顔を作って一日をスタートしたい。

笑顔は人を美しく見せる。そして、親しさをまし、人の心を和ませ、幸せにする大きな力を持っている。人間のみが可能な表情、表現である。一つ自分の笑顔を持つてみよう!個性ある笑顔を!
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足るを知る

2009年06月03日 09時20分29秒 | 兎に角書きたいの!
 財団法人・日本漢字能力検定協会(京都)が理事会の承認を得ずに関連企業に巨額の業務委託をしていた問題で5月19日に背任容疑で協会前理事長大久保昇容疑者(73)及び長男の協会前副理事長大久保浩容疑者(45)が逮捕された。

 あるTV局で前理事長大久保昇容疑者の叙勲祝賀会の模様が放映された。そのなかで長男大久保浩容疑者が挨拶をしていた。その挨拶の中で長男は「私達が今後最も気をつけなければならないことは『足るを知る』ことです」と挨拶していた。その時前理事長の大久保昇容疑は怪訝な表情をしていると私には写った。

 長男大久保浩容疑者は、自分達がやっていることのやましさを感じ取っていたから漢字能力検定協会の職員らしく「足るを知る」の言葉が出てきたのではなかろうか。

 一商人であった石田梅岩(1685~1744)は、知る者(自己)と知られるもの(事物)を一つにすることを説いていた。すなわち「足るを知る」。欲は必要だが欲におぼれ、それにより自分のみが生きることになることはいけないと。

 また映画監督の黒土三男(62)氏は、平成17年に監督作「蝉しぐれ」をハリウッドで一日限定上映会が行われた。その時のアメリカの観客はこの映画を賞賛した。監督は「あぁ、『静の世界』が通じるのだ」と不思議な気持ちになったと述べている。

 そして「欲張ってのし上がろうなんて考えない。自らを抑制し、身の丈で懸命に生き抜こうとする。『われ、ただ足るを知る』今の時代ににこそ必要なそんな心が、主人公の生き方に脈々とながれていると思うのです」とも語っている。

 「独楽吟」(たのしみは…」で始まり、「……する時」で締められる和歌を詠んだ橘曙覧(たちばなのあけみ・福井市にて誕生1812~1868年)は、歌人として国学者としての生涯を送った。

 橘曙覧は、三人の男の子に次のような遺訓を与えている。
     うそいふな、
     ものほしがるな、
     からだだわるな
「だわるな」とは、だらけるな、怠けるなということで「正直・知足・健康」の三っを残したのである。

 知足は「老子」に登場する。「足るを知れば、はずかしめられず、止まるを知れば、あやうからず」と。

 あらゆる欲望の誘惑からぬけ出し、精神の自由をとりもどしなさい。足ることを知りなさい。もっともっとと追いかけるのではなく、ほどほどに満足して生きなさい。ゆったりとおおらかに…(新井満著『自由訳 老子』

 背任容疑の大久保親子は、石田梅岩が説く「足るを知る」ことを知りながら金銭の欲望には勝てなかったようだ。しかし、日本漢字能力検定協会の前副理事長の長男が父親の叙勲祝賀会挨拶で「足るを知る」と述べたことは皮肉な巡り合わせである。

 権力や名声や地位や出世や財産などの全てを断念する生き方は出来ないであろう少なくとも凡人にとっては!やはり人には器と言うものがある。己の器の深さをどう自分で理解し納得し人生を送るかは全て自分次第である。

 己を知る!ことだと自分に言い聞かせながら努力もし目標を持って己の人生を設計し実行してきた。平凡であり中庸でることに!

 
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