いろはに踊る

 シルバー社交ダンス風景・娘のエッセイ・心に留めた言葉を中心にキーボード上で気の向くままに踊ってみたい。

初夏の病 (第31編)

2005年08月01日 08時15分02秒 | 娘のエッセイ
 今年の春、歯科技工学校を卒業したばかりの新入社員のA君が、限りなく解雇
に近いい形で、先日退職した。

 A君が身体の調子が悪くて休んだ日の翌日に、彼の母親から電話があった。
「しばらく休ませます。仕事もきついようですし……」

 そして、A君は会社に来なくなった。二日経っても三日経っても、彼から会社に
連絡は入らなかった。最初は、何故、休んでいるのか、結局のところ誰も本当の
理由を知らなかった。

 そして、会社側が最終通告の電話を入れた翌日、A君の母親が会社にやってき
た。彼女は、濃く強烈な臭い(あれは香りとは言えない)を漂わせ、手土産に風月
堂のゴーフルを持ってきた。

ある病院の総婦長をしているという彼女は、「看護婦さん」というより「勇ましく、
気の強いママゴン」という感じの女性だった。その上、J君の母親が持ってきた
「退職届」は、どう見ても本人の字とは思えない女性的な字体をしていたのであっ
た。

 「あれは、母親が絶対的存在で、強すぎるんだな」。彼女が帰った後、専務が
言った。

 A君は、たぶん母親にとても可愛がられていたのだろう。今までその母に守られ
た家庭という温室と、学校という温室しか知らなかった。

そんな彼がその温室から放り出され、いきなり雑草ばかりで隙間風の入る技工所
に入ってきたわけだから、そのカルチャーショックは小さくなかったに違いない。

 五月病は昔からあった。でも、今の五月病は、昔とは症状が違うようだ。気持ち
のよい初夏の風が吹く頃、この季節、子離れできない母親と、親離れできない子
供にとって、ひとつの試練の季節なのかもしれない。

 A君は今、何もせずに家にいるようだ。彼の五月病はいつ、

                           治癒するのだろうか……。
コメント (1)
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