Chang! Blog

福岡のハングル検定準2級建築士、そして一児の父の[ちゃん]のブログです

[旅] 年末年始、東北へ【7】仙石線

2012年01月30日 | ■旅と鉄道
 常磐線とともに、「幹線」でありながら不通が続く路線が、仙台と石巻を結ぶ仙石線です。交流電化の路線が中心の東北地方にあって、直流電化で都市型ダイヤを組む珍しい路線で、震災前にも一度乗ったことがありました。

 震災では大きな被害を受け、特に野蒜駅付近を走っていた列車は流出。あの日のニュースでは列車そのものが「行方不明」と報じられ、とんでもない事態が起きていると思い知らされたものです。

 今も高城町~矢本間は不通で、バス代行が続いています。今後同じ被害を出さないように内陸移転の計画があり、数年間はバス代行の体制が続きそうです。それでも利用者の多い幹線だけに、可能な限り利便性に配慮した形の運行を行っています。

 12月31日、宿で出会った就活中の大学3年生君とともに、仙台から石巻を目指しました。


 仙台駅の仙石線ホームには、いしのまき行きマンガッタンライナーの案内が(別の時刻に撮影)。今のところ石巻までは行けませんが、看板を降ろさない所に、復旧への決意を感じます。




 マンガッタンライナーは、2編成が走っています。石ノ森章太郎の出身地ということで、マンガの街として売り出していた石巻市とのコラボで走り始めた電車です。今の終点は高城町ですが、いつかきっと、石巻へ戻れるはず。

 復旧区間でも沿線の被害は大きく、1階部分が流失したまま修理できていない家や、打ち上げられたボートが見られます。それでも7月に乗った時よりは、だいぶ片付けが進んでいるようにみえました。


 電車は高城町までですが、代行バスは駅前広場の広い松島海岸から発着します。7月には、GWに運航再開に漕ぎ付けた遊覧船で、松島の風景を楽しみました。

 代行バスは観光バスタイプで快適ですが、道路の段差が大きく、特に橋の前後では大きく揺さぶられます。


 陸前富山を過ぎると、バスは松島湾沿いに。鉄道は更に海側を走っていて、松島の小島が点々と浮かぶ風景は美しいものだったろうと思います。ただ、現状のまま復旧することが正解ではないことも、周囲の被害を見ていれば分かります。

 線路周辺のがれきは片付いていますが、JRは復旧工事に全力を投じているのか、復旧が未定の仙石線の線路や駅施設は手付かずのまま。架線駐は傾いたままです。


 多くの住宅が流された野蒜集落の中心・野蒜駅は、内陸移設の対象駅ですが、駅舎には現ルートでの早期復旧を求める旗や垂れ幕がかかっています。修繕を終え、「野蒜に住む」宣言を大きく掲げた家もあり、内陸移設が総意ではない様子が伝わってきました。


 石巻側の陸前小野駅までも津波で浸水したものの、こちらは現ルートでの復旧が決まっています。3月ダイヤ改定での復旧に向けて、工事が進んでいました。


 矢本駅着。代行バスの運行も長期に渡り、しっかりした案内が掲げられていました。


 矢本~石巻間は変電所が損傷したことから、通常は陸羽東線で使われている、新しいキハ110系気動車が応援に来ています。電車と同じ、4両編成を組んでいました。


 仙石線は電車用の高いホームなので、低いホーム向けのステップを埋めて使用中。


 石巻駅到着。浸水の被害を受けた電車が、そのまま残されていました。


 石巻駅前にそびえるピンク色のビルは、なんと石巻市役所。閉店に追い込まれた駅前デパートを、市役所に再活用したものです。1階部分はスーパーや土産屋になっており、浸水の被害から復旧して営業再開していました。


 街には津波被害の跡が残りますが、再開した商店も多く、年末でなければもっと賑わっていたものと思います。
 マンガ美術館までは「マンガロード」と呼ばれ、石ノ森マンガのキャラクターたちの像が並びます。すべて水没したはずですが、ピカピカに磨き上げられていました。


 サインの石板が納められた「マンガ家ギャラリー」は、ガラスが割れ、土砂が残っていましたが、盗難の被害に遭っていないことにほっとします。


 萬画館も休業中ですが、応援メッセージが掲げられ、多くの人が訪れているようです。2012年の早期に再開する計画のようで、観光客を呼び込めるようになれば、経済が回るきっかけにもなるはず。ファイトです!

 日和山に登ると、春のような穏やかな海に対して、陸側の大変な光景に言葉を失いました。

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