sigh of relief

くたくたな1日を今日も生き延びて
冷たいシャンパンとチーズと生ハム、
届いた本と手紙に気持ちが緩む、
感じ。

映画:火口のふたり

2019-09-22 | 映画


性愛を描くのは難しいね。
美男美女のロマンスではない、なんでもない、時に取るに足りない男女にもある切実さって
上手く描かないとこんな風に薄っぺらくなってしまうのよねぇ。
性愛から切実さのエッセンスを取り出して見せるのは難しいものなのかな。
物語も主人公の事情も全部セリフで説明されて、時々陳腐で苦笑。
したくてしたくてたまらない、という男女を書いているのですが
なんかそこにあるべき切実さの背景が、会話で説明されると鼻白むのよね。
小説が何人称で書かれているのか知らないけど、小説ならオーケーなことも多い。
でも映画で、説明を全部会話で喋らせる映画にろくなものはない。
例外的に、ひたすら会話だけで話が進むのにいい映画になっているものもあるけどね。
フランス映画には多いかも。「恋人たちのディスタンス」なんかもそれかな。
でも、とにかくこの映画は、そういう成功した会話映画ではないので、あかんかったわけです。

あとところどころにある、ポルノ映画っぽさ。
ロマンポルノではない性愛の描写にそれなりに挑んではいると思うけど、なんというか
数日でちゃっちゃっと撮ってしまう雑な脚本の映画の薄っぺらさみたいなのが、
ベッドシーンではなく、日常の会話シーンとかにすごくあるんです。
そういう映画よりいい俳優を使い時間もかけてるはずなのに、薄っぺらい作り物感が、
コーヒーのんでたり、ご飯作ってたりするシーンに結構出てるのです・・・。
セックスが気持ちよすぎるだけの男女から、それ以外のものをちゃんと見せる、
漂わせるのは、そんなに至難の技なのかな?

さらに、東日本大震災後の、どこか薄暗い世界観を背景に持ってきているんですけど
あの震災が、なんかただの材料にされて都合よく使われ消費されているような感じで
それもなんだかなぁと、がっかりしました。

母親を亡くした女はその従兄弟と兄妹のように育つんだけど、
その男女が大人になって東京に出て付き合うよういなるけど別れてしまったという過去。
その後何年も会ってない女が結婚するので式に出て欲しい、と知らされて男は帰省する。
再会後、女に激しく口説かれ結婚までの数日を一緒に過ごすことになり、
延々と愛し合う日々の果てに・・・というお話。

この映画を、ただの、我慢のできないだけの男女の話でしかないなーと思うのは、
これはこの男女が特にいい人でもなく個性的でもない普通の人だからか?
と考えた時に、全く逆の意味で思い出したのがフルーツ・チャンの「香港製造」という映画。
この主役も、つまらない小物のチンピラです。ハンサムでもなく頭も悪い。
そんな安っぽい虫けらのようなチンピラの馬鹿馬鹿しい短い人生の一瞬の恋愛を描きながら
その溢れ出る切実さたるや、とろけそうなのよ。ベッドシーンはなくて、ただその切なさに。

「火口のふたり」にちょっと面白いところがあるとすれば、ラストの設定です。
以下ネタバレなので見たくない人はここまでね。







火口というのは富士山の火口のことで、それの写真のポスターが重要な意味を持つのだけど
なんとラストで、その富士山が噴火する、東京はもう人が住めなくなる、みたいな
壮大なフィクションになっていくのです。
先月見たアニメ映画の「天気の子」も雨が何年も続いて東京が沈んでいくような話だったけど
フィクションとしては東京がなくなったりする話はちょっと面白い。
東京集中にはうんざりしているからなぁ。

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