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sigh of relief

くたくたな1日を今日も生き延びて
冷たいシャンパンとチーズと生ハム、
届いた本と手紙に気持ちが緩む、
感じ。

映画:フィリップ、君を愛してる

2011-03-31 | 映画
ジム・キャリーとユアン・マクレガー主演。

ジム・キャリーは
最初は女性と結婚し子供も作り嘘で固めた生活をしてたけど
交通事故で死にそうになり正直に生きようと考え
ゲイの恋人とリッチでハッピーな暮らしをするのですが
ゲイでいるのはお金がかかる、と詐欺師になるのです。
でも、結局つかまり投獄。
刑務所で出会ったユアン・マクレガーと愛し合うようになるが
ジム・キャリーがあまりに調子のいい詐欺師で
嘘で嘘を塗り固めていたことを知ったユアンは
本当の君はどこなの?と去ってしまう。
ユアンに、愛してるといいたくて
ジム・キャリーは何度も何度も何度も何度も脱獄を企てて・・・
というお話。

ジム・キャリーのイイカゲンな詐欺師振りが痛快です。
要領がよく悪運が強く、
大企業の財務担当重役にいきなりなっても切り抜けちゃって
しかも横領までたくみにしちゃう頭のよさ。
こういう詐欺師って映画で見ると本当に愉快です。
「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」でも同じこと思ったな。

これ実話って映画でも公式HPにも書いてあるけど
ホントかなぁ~(笑)
と思って調べたら実話みたいです。
今服役中のIQ160を超える天才詐欺師に取材して作られたようです。
そして、ユアン・マクレガーが演じたフィリップは
なんと本人がちょろっと出演しているとのこと!
また、ゲイの脱獄映画ということで
かなりの低予算で作られ公開も難航したそうです。

そう言うエピソードも含めて、楽しい映画です。

映画:マンデラの名もなき看守

2011-03-30 | 映画
ネット見てると無駄に不安になるので
5本1000円のDVDを借りる。
フルタイムで仕事してると一週間で5本消化は中々大変ですが
まあ、映画に追われるのもいいかもしれない。

これはネルソン・マンデラ投獄中に
彼らの言葉がわかるということで抜擢された看守と
マンデラとの交流の物語。

看守は美しい妻と子供二人を持つ真面目な男。
「恋に落ちたシェイクスピア」のジョセフ・ファインズが看守役。
「恋に落ちた」のときは、わたしはそう思わなかったけど
この映画の中では中々セクシーでいい男に見えました。

彼は最初、当時の多くの南アフリカ白人が信じていたように
黒人はみんなテロリストでコミュニストで
自分たちと同じ人間とは思ってなかったのですが
それがマンデラとの付き合いの中で少しずつ真実を知り
かわっていくのです。
とはいえ、最初は厳しい管理体制の管理側として
問答無用に黒人たちを憎んでいたし
私語を交わす機会もほとんどなかったのだけど
それでもマンデラの少ない言葉から、真実を知ろうと動き出します。
結局、元々彼は誤った情報を信じていただけで
根本的に差別的な人ではなく
心の柔らかい人だったのでしょうね。
そして知れば知る程、自分の持っていた考えが
差別と偏見からきたものにすぎないと気付いて行きます。
政府側のスパイとしてマンデラの情報を伝えることで
マンデラの仲間や子どもを死に追いやったかもしれないと悩み
辞職を願いながらも受け付けてもらえず
結局マンデラ解放の日まで
彼の担当をすることになるのです。

後半は、世界からの非難や国内で高まる圧力もあり
マンデラの待遇はどんどんよくなって
見ていて苦しいということはなくなります。

看守の奥さんは美人だけど、出世、昇進ばかり気にする人で
流れに逆らう夫に怒り泣き、どうなるかと思ったけど
結局最後は夫を受け入れ理解するようになって
こちらも、見ていて苦しくはなりません(笑)。

差別や偏見や不寛容、解決しようのない無理解だらけの世界を
見るのはかなり疲れます。
人が口論してるのみるだけでも疲れるわたしでも
後半は安心して見ることのできる映画でした。

写真が今より特別だった時代

2011-03-29 | 写真


デジカメがこんな普及する前って、
写真は、もうちょっとだけ特別なものでしたよね。
今よりもっと個人的なものだった。

今はデジタルで、ウェブ上で自分の写真を公開するのも簡単だし
人に配るのもメールにデータ添付するだけで簡単。
簡単だから、そう言う写真の多くは
パソコンのどこかのフォルダの中で
すっかり忘れられたりする。

でも昔は、写真は現像してもらって
焼き増ししてもらって
もらった写真は今より大事にしたと思う。
何度も見るけど
自分や近しい人以外に見せる機会は少なく
自分だけの宝物みたいな大事な写真もあったんじゃないかな。

アナログな考え方かもしれないけど、
やはり手にとってさわって見るというのはいいもんです。
アルバムに貼ってある写真や本が
何度も見たり読んだりするうちに角が折れたり
陽にやけたりするのも、悪くない。

先日言った万博公園内の民族博物館で
アフリカの写真屋さんの展示物があった。

これ、実際には
オープンな戸外に床と壁だけ描いてあるセットなのか
一応屋根はあるのか両側の壁はあるのか、
よくわからないですけど
こういう書き割りのようなものがあって
そこに人間を入れて撮影するわけです。
絵が、ちゃちすぎて全然だまし絵効果ないのがおかしいけど
そうして撮影した写真を飾ったり
家族や友達に見せたりして笑いあうんだろうなぁと思うと
なんか温かい気持ちになるじゃないですか。
今は、写真が趣味でさえないタダの素人のわたしでも
ちょっと出かけると何百枚も撮るし
どこにも行かなくても毎月100枚200枚の写真は
パソコンの中に残していってるけど、
写真は何かあるときに数枚撮るくらいだった
ひと昔、いやふた昔くらい前の自分たちを思い浮かべます。

デジカメはいくらでも撮れるので
数うちゃ当たる方式で、時には
そこそこきれいな写真も撮れたりするけど
きれいじゃなく、かっこよくもない写真でも
フィルムの頃の写真は、大事さが違ったなぁと
ちょっとだけ懐古主義者になってしまったのでした。

トップの写真と下の写真は
EXPO'70の記念館の展示です。
家にあったような懐かしいカメラ。

1970年の満面の笑顔

2011-03-28 | Weblog
大阪万博  Osaka Expo'70


この震災が起こる前でも、今の若者を
いい時代を知らなくてかわいそうだという論調は多かった。
未来のない時代。
未来を信じられない、澱んで希望のない時代。
頑張っても報われない時代。
右肩上がりの時代とは違う、
閉塞感、窮屈さ。生きにくさ。

なんとなく、わたしもそういう論調を疑わなかった。
今の時代は大変だ。
今の時代の若者は気の毒だ。
失業率などの統計を見ても
あるいはそう言う時代を描くブログや本を読んでも
その通りに見える。
年間自殺者3万人、
あるいは自分は自殺しなくても
戦争でも起こって何もかも一度メチャクチャになればいい、と
自分勝手に考える人もいるほど
どうしようもない最低の時代。

でも、ほんとうにそうなんだろうか。

万博公園の万博記念館に行って
その希望にあふれた時代の展示を見ながら
逆に
いや、違うかも、と思ったのです。
万博の時代には希望ばかりがある。
この先に明るい光があると信じて疑わない明るさがある。
でも、今の若者が思うような
いいことばかりの時代だったんだろうか。

そんなことないと思う。
いいことばかりの時代なんてないよ。
時代の気分としてはあったかもしれない。
でもひとりひとりの単位の人生では
絶対それだけのはずがないに決まってる。
上の動画で満面の笑顔で
楽しくて仕方ない様子の幸せそうな大人達の多くは
戦争の記憶のある人達だろう。
それがどんなに苦しく辛い記憶か
この動画には写っていないだけで、
きっと大変なマイナスから再出発したのだろう。
それを、右肩上がりで仕事があって働けたから幸せだったなんて
戦後、復興後だから言えるようになっただけで
大変なこともすごくたくさんあったに決まってる。
生きにくいとか窮屈だとか言ってるヒマもなく
馬車馬のように働いたんじゃないのか。
働ける幸せって、今仕事のない人は思うだろうけど
そんな甘い物じゃない状況だってあったと思う。


戦争じゃないけど
この震災でたくさんの方がなくなり
もっとたくさんの方の人生がメチャクチャになった。
震災前の、閉塞した日本に文句を言ってばかりだった人は、
この悲劇の方がマシだというんだろうか。
わたしには、そんなこと全然認められない。
こんなことにでもならないと
時代にも世の中にも感謝できず
不満ばかりだった人は悲しい人だと思う。

でも、こんな状況下でも希望を持って復興に向かう人も多いだろう。
それが救いです。
悲観は気分だけど希望は意志だって誰かが書いてた。
意志だよ。
震災が起こっても起こらなくても。
その意志はなくしちゃいけないと思う。
それを
わたしのようなお気楽な人間が言っていのかどうかはわからないけど。

べべチオライブ:キャッチ&リリース

2011-03-27 | 音楽


万博公園博物館総ざらいのあと
体力の限界で
足も、足の付け根から腰まで痛くなりながら
梅田まで出て、テキトウに夕食を済ませ
べべチオライブの会場のMANBOカフェへ。
わりと前の方に並べて入場。
カフェはほどよい広さで
前の方に木のスツールとパイプ椅子が並び
真ん中から後ろはソファや肘掛け椅子。

どこに座ろう、と一瞬友達と相談するけど
やっぱソファでしょ、とほぼ即決。
この日の疲れ方には、スツールは無理だし
べべチオかぶりつきは、いつも堪能してるので、
大人のお姉さんたちは
ガツガツしないのだ(笑)。

不思議なもので、ソファにゆったり腰掛け
カクテルを飲んでいると
急速に元気回復し
べべチオが登場する頃にはすっかりフレッシュな気分に。

今回はスライド写真を見ながらのトークをはさんだライブ。
少し若いべべチオ二人の写真がキュートでした。

べべチオの新しいアルバムは3月23日発売予定だったけど
震災の?いろいろな影響で遅れ
4月中には出せるように頑張ってます、とのこと。
もうひと月待つのか。
仕方ない、わくわく待っていましょう。

偏愛するべべチオについてはこちら→べべチオ関連日記
べべチオの新曲「キーワード」視聴はこちら→マイスペ

エゴイスト

2011-03-26 | Weblog
被災地の人のために元気でいよう、人生も楽しもう、って言う時、
わたしには何か後ろめたい感じがする。
だって震災がなくても、わたしは元気に楽しんで生きようとするもん。
被災地の方のためじゃない。
自分のために、そうしてるしそうしたいから、
被災地の人のために、とか復興のためにとか、
わたしが言うと言い訳がましい気がする。
もちろん、そうじゃなく本当に被災地の人のために
自分を奮い立たせている人も多いだろうけど、
わたしに限って言えば、それは言い訳のきれいごとだ。
わたしはラッキーなことに元気に生きてて、
楽しむということを知ってるし
それをしやすい環境にあるから楽しむ、そういうことだもん。
決して被災地の方や日本の経済のために
無理して楽しんでるんじゃなく
好きで、自分勝手に楽しんでいるのです。

わたしは自分の人生のすべて、あるいは多くの部分を
被災地の方のために捧げることはできないと自覚している。
世界のすべての人に責任を持つなんて無理だし
世界じゃなく、小さな日本の中の苦しんでいる人々だけにさえ
十分な責任を持つことなんてできない。
人生の多くの部分を、まず自分と
自分の大事な人達のために使いたいエゴイストです。
もちろん他の人のために一定の部分、捧げることならできるし、
できることはする。
でも、そんなエゴイストは
まわり見まわしてもわたしだけみたいに見える。
わたしだけ特別エゴイストなのかなぁ。

震災とペット

2011-03-25 | うさぎとねこ
うさぎを飼っているのだけど、今回つくづく考えてしまった。
こういう震災時、ペットは人間を助けると言う観点からは足手まといだ。
ひどい言い方だけど。
飼い主に取っては大事な家族だろうけど、他の人間に取っては
できれば人間(自分たち)を優先させてほしいだろう。
飼い主にしても、生きるか死ぬかの瀬戸際で、
もしペットを見捨てたらそれはいつまでも消えない傷になるだろう。
でもペットを見捨てるしかない状況もある。

家飼いのうさぎは、平常時でも外に捨て置くと
一日と生きていけないと思う生き物。
うさぎは抱っこが嫌いでストレスに弱く
胃腸は犬猫の何倍もデリケートで決まった物しか食べたがらない。
ひもに繋いでおくこともできないし、災害時に連れて避難するのは難しいと思う。
でも見捨てて逃げたら、わたしは一生自分を責めるだろう。
猫ならもう少しましかな。
ひとりでも生きていける子もいるかも、と思えるし
連れて避難するのもうさぎほどは難しくない。
犬はその中間か。

それでも、自分が生きるのに精一杯の状況では
よそのペットを受け入れる余裕はなくても仕方ない。

うさぎを飼う時、飼育書を6冊、図書館で借りて読み、
本屋で最新の物を2冊買い、うさぎ飼いのブログもいくつもチェックして、
自分がちゃんと責任を持って飼えるか考え、
大きな決意で飼い始めた。
うさぎに限らず、生き物を飼う人はそれくらいの決意はするべきだと思う。
それで、大丈夫、寿命までちゃんと面倒を見られる、と思って
飼っていたのだけど、そんなことないのだと、この震災で思ったのでした。
想定外の震災が起きた時、自分はペットを守れないかもしれない。
そう思うと、自分にはペットを飼う資格なんか本当はないのだと思った。
責任を持って守れない物を飼ってはいけないと思ったのだった。
今家にいるうさぎは、何事もなく寿命をまっとうできるかもしれないけど、
もうその後はペットを飼うのは怖くてできない。
ペットを責任を持って飼えるなんて思い上がりだったと思ってしまうから。

万博公園、国立民族博物館と梅棹忠夫展

2011-03-24 | 芸術、とか


ここですよ、ここ。国立民族博物館。
友達が、まともに見て回ると
地球一周するくらい疲れると行った場所は(笑)

展示自体は、なんてことない
一見、安い土産屋さん風の感じだったりもするのだけど
それらをこれだけ網羅するのは大変なことなのでしょうね。
ただ、
今はこういうものを全部簡単にネットで検索して見られるし
世界が狭くなっちゃったので昔ほどのインパクトはなくなちゃったなぁ。


はじめ人間ギャートルズに出てくるようなお金(笑)。


屋台とか雑貨屋さんとかも再現してある。
バリ島ではこういうバーで飲んだなぁ。


南米あたりの人形?(すみません、写真撮りすぎて何が何やら・・・)


懐かしすぎるレコード。
若者よ、これがLPですぞよ(笑)。


こういうPSP端末を貸し出してくれて
美術館の音声ガイドのように使う。
でも無料で、動画付きで、しかもその量は膨大!
全部見ると1日以上かかると思う。
素晴らしい。
とはいえ、重いカメラ持って、写真撮りながら歩き回るうちに
首にかけているこれを見る元気もなくなっちゃったのですが(笑)

よれよれになって、その日たまたまやってた
梅棹忠夫展記念講演というのを聞きに行くも
疲れすぎてて半分寝てしまう。
でもそれで少し体力回復して梅棹忠夫展へ。

4つ目の博物館です。
ここでは梅棹忠夫の言葉があちこちに貼られていて
すごくよかったのに、写真を撮る気力がなかった・・・
梅棹忠夫に関しては、知の巨人、民俗学、文化人類学、
民族博物館の初代館長、という程度のキーワードしか浮かばない素人で、
昔学生時代「知的生産の技術」をすでに古典として読んだだけのわたしなのに
そんなわたしも楽しませ、なんだかわくわくさせる
中々面白い展示でした。やるなぁ。
気力のあるときに、ゆっくりかみ締めながら見れればよかったけど。

万博公園、民芸館

2011-03-23 | 芸術、とか


万博の記念館を出た後行ったのは大阪日本民芸館。







これが趣味のいい建物で
展示のケース休憩用の椅子まで素敵。

現在展示しているのは
染色家芹沢銈介(1895-1984)の作品を中心とした
民藝作家達の作品です。
芹沢銈介と民藝については以下。
民芸館ホームページより抜粋)
>大正時代末から昭和初期にかけて、
>柳宗悦や陶芸家浜田庄司、河井寛次郎らによって、
>民衆が伝統的に使ってきた日常の雑器に美が見出され、
>民藝と名付けられました。
>熟練した職人による堅実な造形や、
>無心の仕事から生み出される健康な美が柳らによって説かれ、
>同時代 の造形作家達にも多大な影響を与えました。
 
>静岡市出身の芹沢は、昭和2年(1927)に発表された柳の論文
>「工藝の道」に感銘を受け、
>また沖縄の伝統的な染色である「紅型(びんが た)」に導かれ、
>独自の型絵染と呼ばれる世界を確立していきます。
>昭和31年(1956)には重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されました。
 
実は民藝というものに、さほど興味のなかったわたし。でも、
あちこちで見るけど、特に好きと思ったことのない河井寛次郎も、
なぜかここにあるものは心引かれるし
芹沢銈介の作品はすごく素敵で
特に小さな物、蔵書票や絵本などは身悶えする程かわいい。
これはドン・キホーテの絵本?で
日本の戦国武将の絵になってて、すごく楽しい。


センスがよく絵が上手く、線に味がある。
ここだけは内部写真は禁止だったので中の写真はないですが
素敵な場所だった。
秋の日にひとりゆっくりしたい感じの博物館ですよ。

万博公園、博物館4つ

2011-03-22 | 芸術、とか


お休みの日曜日に
万博公園内の博物館をめぐってきました。
4つ!
ふへー!
しかも民族博物館という、真面目に見て回ったら
世界一周くらい疲れる(友達談)博物館も入れて4つ!
しかもそのあと、夜は大阪でライブ聴きに行く。
わたし元気だなぁ(笑)。

順番に思い出します。

まずは入り口で太陽の塔に挨拶。
今テレビで岡本太郎のドラマやってるし
なんだか旬な感じですね。

まずは、太陽の塔の顔の実物を展示してある
EXPO'70パビリオン(万博記念館)へ。
1970年の日本万国博覧会当時の出展施設であった鉄鋼館を利用し、
博覧会の記念館として公開されています。
ここすごく楽しい。
鉄の時代のテクノロジーの変化は
ぱっと見てわかる楽しさとどきどきがあったんだろうなぁ。
何より、当時の人々がどんなにわくわく
楽しんだことだろうというのがじんじん伝わります。
経済右肩上がりの日本の息吹とやる気が感じられます。


太陽の塔の模型越しに岡本太郎の映像が。


1992年(平成4年)の太陽の塔改修の際、取り替えられた実物の
10メートルを超える大迫力の「黄金の顔」です。




コンパニオンさんのユニフォームはミニが基本。
これが全部、なんともかわいいのですー。


懐かしいレトロなグッズも展示。

・・・続く

映画:スープ・オペラ

2011-03-21 | 映画
映画『スープ・オペラ』予告編(90秒)


DVDの映画を1週間で14本見た映画マラソンで始まった今年
劇場でもたくさん見ますよ。
近所の小さな映画館は最新の映画はあまりないけど
少しだけ前のいい映画がいっぱいやってるので
そこで、どんどん見ようと思っています。

土曜日、仕事の帰りに見たのは「スープ・オペラ」
ああ、
わたしはスープという物にすごく弱い。
昨日の日記にも書いたけど
「石のスープ」の話が好きすぎるし
スープ自体も、スープと言う言葉のイメージも
とにかく好きですねぇ。

「スープ・オペラ」は阿川佐和子原作で
まあ、そういう感じの映画です(笑)。
ソープオペラにかけた題名だろうけど、そういう感じじゃなく
悪人は出てこないし、どことなくふんわり飄々とした
ファンタジーの世界みたい。
親代わりに育ててくれた叔母が、突然結婚するわと出て行き
独りぼっちになった主人公だけど
ひょんなことから男性二人と同居することになり・・・

叔母さんは加賀まりこで、その結婚相手が萩原聖人・・・。
映画中では年の差20歳くらいに描かれてたけど
萩原聖人が若く見えるだけにちょっと無理が・・・(笑)
でも、まあいいでしょう。
同居する変な伯父さん、トニーさんを藤竜也。
中々いい味です。
こういう変な人に、最近免疫のできてきたわたしなので
この人のへんてこ具合には違和感ないです(笑)。
いつも笑顔の草食系男子は西島隆弘。
主人公の坂井真紀と恋愛関係に発展しかけるのですが
どうも、あまりになよなよしたこの男子は
わたしには癒し系にさえ見えないので、ここは感情移入できないです。

前半、少しずつ出来事が起こっていきながらも
主人公の日常をゆっくり描写している部分は
鶏がらと野菜のスープを作るシーンを中心に
すごく気持ちよく見てたんだけど
後半、人間関係などに盛り上がりが出てくるにつれて
なぜかわたしの気持ちは醒めていって
ラストは夢のような遊園地の楽しい場面なんだけど
なんだか学芸会を見てるような気持ちに・・・
ああ、何やかやとシニカルで楽しめない自分が残念(笑)。

何はともあれ、おいしいスープを作りたくなるのは確かで
この映画を見た夜中に、骨付きチキンと香味野菜少しで
くつくつ、くつくつと炊いてスープを作り出しました。
今朝はそれを野菜10種類入りのミネストローネの
スープストックに使って、
おいしい温かいスープにしました。

もう一度、石のスープ

2011-03-20 | Weblog
横浜の人のつぶやき。

>一人暮らししてる人集まって鍋したら
>それだけで節電&あったかいということで鍋しよう

>暖房つけないと寒い、というのと
>人と会わないとダメになりそうなので(^^;;

それ、いいと思うなぁ。
大好きな石のスープというお話を思い出す。
このお話のことは前にも書きました。
石のスープ
丁度1年前くらいのブログです。

一人暮らしの食事は不経済だし
人と話す機会が少ないのもよくないし
こんな寒くて厳しい時期には
集まって鍋をするのはすごくいいと思います。
友達同士で約束するハレの食事じゃなくて
普段の食事を何となく人とできるといいなぁと思う。
寮のキッチンみたいな感じがいいかな。
行くと誰か、仲のいい人や、ちょっと顔だけ知ってる人、
あるいは知らない人がいて、何となく同じテーブルで食べながらしゃべる。
メニューが鍋の日は、そこにいる何人かでつつく。
強制じゃなく、
適当にそれぞれの持ってる材料でおいしいものを作る。

1年だけしたことのある寮生活が
あまりに暖かい素敵な思い出なので
緩やかなつながりの他人同士が
いい距離感で仲良く一緒にいる、というのが
なんだかすごく好きなのです。
ああいう寮生活、またやってみたいなぁ。

今、大変な思いをされている方も、
そうじゃないけど、一人暮らしで心細くて寂しい人たちも
今夜も温かい食事を誰かとできますように。

写真はうちのお店のメニュー。
チープな手作り感満載。(笑)

絵の大きさ

2011-03-19 | 芸術、とか
小さい物が好きというより
大きな物が苦手なので、
日本画習ってる時、
デッサンなどの後
最初に岩絵の具使って描いた10号の絵でさえ
大きいなー、と思ったものだった。

それから20号、30号、50号
そして卒制の100号と、どんどん絵は大きくなり
その都度、大きいよー、と泣きそうになりながら描きました。
でも大学院生や助手の子に言わせると
50号くらいは「小さいなー」って感じらしいです。

卒業して
もう大きな絵を描かなくても良くなり
小さい絵を好きなように描こう!と思ったものの
いざ構図を考えると
わりと小さい物でも10号や20号では小さい気がする。
モチーフや主題にはそれに適した大きさがあるので
何でもそのまま小さく描けばいいというものではないのです。
描こうと思う内容に合った大きさを、と思うと
小さな花でさえ10号でもぎりぎりな感じ。
人とか描こうと思うと顔だけでも20号、30号はほしい。
・・・大きいもの苦手なのに~。
大きい絵には大きい絵の必然があるんだなぁと
しみじみ思い知らされています。

昨年末にスクエアサイズの小さいパネルをいくつか買ったので
それに入るモチーフを考えなきゃいけない。
たとえば、50センチ角程度のパネルに花をかくなら
写真のカラーの花のアップくらいになるかなぁと思う。
もちろん花束を全部描くこともできるわけだけど
それで表現しようと思うものには画面が小さすぎる。

ジョージア・オキーフの絵が大好きなのですが
最初に画集やポストカードで見た彼女の絵は花のアップで
なんとなく小さい絵のようにも思えるんだけど
でも本物の絵は、思ってたより大きいものが多かったりする。
小さな花の小さな部分をすごいアップで艶かしく描いているのですが
こういうものを描きたいなぁと思うと
小さな画面では、本当に小さなモチーフを選ばなくてはいけない。
でも、そういうやり方は自分に合ってると思います。
毎日の代わり映えしない淡々とした生活の中から
そういう小さいものを探してクローズアップするのは
わりと得意な気がする。
夏休みまで絵を描く余裕はないかもしれないけど
夏には小さいのを、
何枚か手をつけたいなぁ。

カメラ、その後

2011-03-18 | 写真
開店前のお店の雰囲気です。

でも、こんな青い光は、ちょっと嘘(笑)。
写真は嘘つくからなぁ。

カメラ、ところどころマニュアルを読みながら使っています。
重いので毎日は持ち歩けない。
平日はお店に置いてて
店内の様子などを撮っているけど
小さい店で、そんなに撮るものはないので
代わり映えしない写真ばかりになります。

週末は家に持って帰ります。
でも、あれこれ忙しくて写真を撮るヒマが中々ない。
景色のいいところに行って、きれいな風景を撮りたいわけじゃなく
どちらかというと、面白い町並みや古い町並み、
自然と半々くらいの街っぽさの場所や
人を撮るほうが楽しいです。
でも、そんな場所にも、中々行けないしなぁ。
やっぱり重さはネックで
写真撮るかどうかわからないけど一応、って気軽さで
かばんに放り込んでおくには難しい重さ。
でもそういう制約があっても
全然後悔はしてなくて
持って構えてるだけで楽しいです。
まだ慣れなくて失敗も多いけど
コンデジに比べるとずっと、思ったように撮れて
欲求不満が少ないです。
仲良くなれると思う。

やっぱりカメラは大事な鎧で、お守りなのです。

イケム・キラー

2011-03-17 | お弁当や食べ物
De Bortoli Wines - Music Video


貴腐ワインという
甘~い飲み物があります。
その最高峰がフランスのワイン
シャトーディケム(Chaetau d'Yquem)。
ボルドーはソーテルヌのシャトーのワインで
グラスで原価5千円くらいしたのを一度飲んで
衝撃を受けて以来の、憧れのお酒です。
甘いお酒はあんまり好きじゃないけど
これは別格。
蜂蜜のようにとろりと甘いのだけど
甘さがそのまま幸せに換算されるような
完璧な甘さ。
こんなに甘いのに、こんなにおいしいなんて
ありえない奇跡のおいしさです。
他にも貴腐ワインはいくつか飲んだけど
わたしの乏しい経験の中でもイケムは別格でした。

お店を開店した時に、友達がソーテルヌのワインを贈ってくれて
すごくおいしくいただいたけど
このソーテルヌでさえも普段飲める値段ではなく
中々自分で買えるお酒ではありません。

ところが先日、某所で
イケムをしのぐといわれることもあるワイン、というのを見つけ
ハーフボトルで3500円と、買えないことはない値段だったので
あまり期待しないで買ってみました。
(普段はボトル1000円くらいのワインを飲んでますが・・・)

それはオーストラリアの、デ・ボルトリというワイナリーの
ノーブル・ワン、いうもの。
デ・ボルトリというワイナリー、
オーストラリアに何度か旅行した時に
行ったことがある気がする。
(上の動画はこのワイナリーのものです)
でも、オーストラリアで貴腐ワインが作られていることも知らなかったし
このハーフボトル、コルク栓じゃなくスクリューキャップなのです。
まともなワインにスクリューキャップというのはあまり見ないし
ノーブル・ワンと言う名前も、
何か安直で安っぽい気が・・・
でもまあ、普通においしい貴腐ワイン程度でもいいや、と
確定申告の終わった友達と
お疲れさま~と、開けてみたのです。
一口飲んで、え?お!と顔をあげるわたしたち。
お、おいしいやん、これー!

イケムには及ばないけど
この値段でこの味は、すごい!
よく味わって飲もうね、と
ブルーチーズやクルミと
ちびちび、おいしくいただきました。
幸せー!

今検索してみたら
>この20年あまりの間に国内外のコンクールで
>98個のトロフィーと320個のゴールドメダルを獲得している程の実力。
>ソーテルヌの最高貴腐ワインを押しのけて、
>最優秀貴腐ワインに選ばれたことも一度だけではありません。

というワインで、イケム・キラーと呼ばれたりするらしい。
イケム・キラー、
疑っててごめん。またいいことあったら買います!