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sigh of relief

くたくたな1日を今日も生き延びて
冷たいシャンパンとチーズと生ハム、
届いた本と手紙に気持ちが緩む、
感じ。

ワイングラス

2018-07-31 | 小さいもの
時々飲む千円代のワインに足のないグラスが付いてた。かわいい。
足がなくて小ぶりだと持ち運びにとても良いので
(紙コップやプラコップでお酒を飲むのがすごく嫌な人です)お外で飲みたいな。

最近ちょっといいワイン(小売で1万円くらいまでだけど)を飲む機会が続いたので
千円くらいのワインを飲むの久しぶりだったけど、
このグラスの付いてたワインは前から割と好きなワインで、やっぱり飲みやすい。
ぶどうはシラーやグルナシュなどですが、
いい感じにまとまったブレンドになってると思う。

家で飲むのは、せいぜい月に2、3本くらいなので(1本を3日くらいかけて飲む)
もうちょっといいワインを飲んでもいいかなぁと、
この頃は2〜3千円台のワインを飲んでいるのです。
そうすると、せっかくなので、グラスももう少しいいのがほしくなる。
震災でほとんど割ってからは、まともなワイン用のグラスがなかったけど、
去年くらいから、ちゃんとしたグラスがほしくなって
シャンパーニュ地方で作られてるグラスで、
リーデルより安いよと勧めてもらったグラスなどを見ています。
ワイングラスは種類が多くて選ぶの難しいけど、楽しいなぁ。









落語で宝塚(エリザベート!)

2018-07-30 | 芸術、とか
神戸は新開地に出来たばかりの喜楽館に行ってきました。
今回は、宝塚がテーマの夜席。いろんなものがあるなぁ。





前半の、宝塚歌劇に関する落語はよかった。
たまに歌劇に詳しくないとよくわからないところもあったけど、かなり笑えた。
特に、宝塚大歌劇場への行き方の説明を落語にしたのが、地元民としては楽しかった。
客層も、普段の落語の寄席とはちがって、さほど年配じゃない女性も多かったので
宝塚ファンの方で来られてる人も多かったのかも。

でもエリザベート名場面集は、も少し工夫が必要。
このものすごい下手な素人芝居に90分は長すぎ(^_^;)
よく頑張ってるのはわかるけど。w

あんまり美しくないエリザベートやトート・・・。



最初と途中、ナレーションを浪曲と生の三味線で語る演出はとてもよかったので
基本的にそれで話を回すことにして、
歌と踊りは有名な場面と面白い場面だけを選んで、うんと減らして、
60分弱の尺にすると、いい感じになるんじゃないかなぁ。
幼稚園並みの舞台で笑えるのは30分くらいよねぇ。

とはいえ、なんかほんと、変なもんを見た面白さはある。
古典落語が好きなんですけど、たまにはこういうのもいいかもしれません。笑

ペンキ塗り:和室編

2018-07-29 | Weblog
冬の終わりにピアノの部屋の壁を塗ったことは書きましたが、
今度は、息子の部屋だった洋室を和室にリノベした部屋を塗りました。
4畳ちょっとくらいの小さい部屋なので、ピアノの部屋より早くできるかなと
じっと壁を見ていたんだけど、なんか前と違うことしたくなったのと、
脚立に乗って塗るのが大変だったことを思い出して、上の方は塗らないことにした。
 
クロゼットの壁の面は塗らないけど、ドアと窓の壁の両端と、普通の壁との三面を
床から180センチの高さで区切って塗ることにしてみました。
つまりツートーンね。脚立に乗らないで、腕を伸ばせば濡れる範囲なのはラクだった。



去年のリフォームで張り替えた壁のクロスがすこし浮いて?
3ミリくらいの隙間ができてるところあるけど、塗っちゃえば目立たないかなあと強行。
 
多分これ、リフォーム屋さんに言ったら絶対補修するレベルの隙間なんだけど、
また連絡して約束して予定組むのめんどくさいし、まあいいや、と塗ったら
案外目だたくなったので、これでいいか(テキトー)。

今回塗った和室は、玄関すぐ横のエアコンのない部屋。
リビングのエアコンひとつで、ときどき廊下開け放して間接的に冷やしてるんだけど、
2週間くらいエアコン24時間付けっ放しなので、エアコンひとつでも、
エアコンのない部屋まで、家の中はそんなに暑くない。動くと汗かくけど。
(首にかけたタオル3枚ぐっしょり。翌日なぜか足腰が筋肉痛に)
ペンキは2度塗りしますが、冬に、ピアノの部屋のペンキ塗った時は、
1度目と2度目の間に4時間くらいはおいたけど、今の季節は1時間で十分みたい。
2度丁寧に塗って完成。
養生はいつやってもめんどくさいけど、ペンキ塗るのは楽しいなぁ。
 

翌朝見たら、ツートーンは、思ってた以上にカジュアルになりすぎたし
天井が低く見えて圧迫感がある気がするし、普通に一面だけ塗ればよかったかなぁと
少し後悔があるけど、またいつか塗ればいいや。
ツートーンの上の白いところをグレイやクリーム色に塗ったりしたらどうだろう?
他の部屋も終わったら、いつかやってみよう。

そして、次は寝室の壁を塗る予定です。
今まではブルー系だったけど、ここはピンク系にします。
グレイッシュな淡い色にしようかな。

ペンキ塗りって、恋人とやったらものすごく楽しいだろうなぁと思うけど、
夏の今、よれよれの古いTシャツで首にタオル巻いて(汗だくで、もう3枚目)
スッピンで汗流しながらの肉体労働なので、
やっぱり一人でやるしかない気がしました。まあ、いないんだけど。
とにかく、今年は、もう2部屋塗ったし、ピアノの調律も13年ぶりにやったし、
もうこの1年でやるべきことは全部した感。
あとは、痩せさえすれば悔いはないけど、このあとすぐにビール飲みました。
1日がかりで、ペンキ2度塗りして、マスキングも外して、道具もか片付けた後の、
冷えたビールおいしいし、ペンキ塗りはやめられないなぁ〜

ディック・ブルーナ展と棺桶

2018-07-28 | 芸術、とか
ミッフィーちゃんじゃなく、主にペーパーバックの装丁デザインの展示。
原画はほんの少しだけだで、ほとんどが装丁などのデザインの模写展示で、
こじんまりしてるけど、さすがのセンス、ディック・ブルーナはいいなー。

彼はもともと親の会社を継ぐことになってて経営を期待されてたけど
絶対無理と思ってデザインをやるようになった、とかそういうことらしい。
ディック・ブルーナ晩年の、すごく機嫌のいいかわいいおじいさん姿には品があって
なるほど元々ぼっちゃんなのね〜と思った。
そういう風に思われるのが、きっとすごく嫌だったかもしれないけど。
二十歳そこそこのときの、室内かなんかの線描が2、3枚あったけど、
その頃から、すごい清潔でセンスのある線を描く人だったのがわかって驚いた。

以下3枚は、ディック・ブルーナへのオマージュ作品の展示より。






美術館に行くと、チラシで封筒を作る趣味があるのですが、
ディック・ブルーナのデザイン展では、本が好きすぎて読みすぎて
目が赤くなってるブラックベアの小さい封筒ができました。

今回のポスターもブラックベアですね。

そして、ディック・ブルーナ展で買った手ぬぐいは、ミッフィーちゃんにみえるけど、
どうやらミッフィーのお婆さんらしいうさぎが棺桶の中?で眠る姿の絵。

ん?と、二度見して、買ってしまった。
でも。全体の雰囲気は、いつものミッフィーとなんら変わりがなくかわいいので、
すごいシュール。

気に入って、もうハンカチ代わりに使ってます。

続・ホットサンド

2018-07-27 | お弁当や食べ物
そういうわけで、ホットサンドを時々作っています。
こんな風にサンドイッチにしたら網を上からもかぶせて金具を留める。

そのままオーブントースターに入れて5分くらい焼いて、網を外すとこんな感じ。
(これは別の時の違うパンだけど)

半分に切るとトップの写真のようになります。
これの中身はサラダチキンとレタス、紫たまねぎと薄焼き卵かな。

ホットサンドは、出来立ての、中身がとろーりなってる時がおいしいけど、
お弁当にも持って行きやすいです。

これは、息子が小さいころ使ってたサンドイッチ袋の残り。まだあった。
懐かしいな。楽しいな。
ホットサンドが冷めたらペーパータオルで包んで、これに入れて
切らずに持っていけばこぼれないし汚れないし、冷めてもおいしかった。
パンは、これはあんまり美味しい高いパンでなくてもいい気がする。
いや、そりゃいいパンの方が美味いだろうけど、いろんなパンで試してみます。

これは目玉焼きと、キャベツソーセージ炒め。


これは甘酢生姜と、キャベツの甘酢漬けとツナ。甘酢好き。

ゆで卵つぶしたマヨ和えと紫玉ねぎを和えたものも作ったけど
とろりとした卵のフィリングはホットサンドのベーシックかな。
生まれて初めて食べたホットサンド(30年くらい前、大阪の喫茶店だったと思う)の
中身がこういうので、とろりと熱くなった中身が美味しくて
感激したことを思い出します。
わたしの世代だと、子供時代にはなかったもので、
もう少し大きくなってから初めて食べたようなものの記憶はたくさんある。
チーズケーキ、クリームチーズ、ティラミス、たらこスパゲティ、
スパゲティ以外のパスタ、薄いピザ、どれも中学以降に、初めて食べたなぁ。

そういえば、子供の頃は「よその国」は遠かったなぁ。
気楽に行くようになったのはバブルくらいからでしょうか。
わたしの大学時代くらいからで、それまでは本当に遠かった。
洋行という言葉の響きが、まだほんの少しだけど残ってた頃。
そういう頃に初めて喫茶店で食べたホットサンドを思い出します。

ホットサンド始めました

2018-07-26 | お弁当や食べ物
わたしはパンより断然米派として半世紀以上ぶれることなく生きてきたけど、
ホットサンドを作って食べたい欲が限界を超えそうで、作ってみることにした。
良いパン屋があるのは文化度の高い街だと思うけど、
うちの界隈は残念ながらそうじゃないので、ホットサンドも作るしかないのである。
いいパン屋があったら、自分であれこれ作らなくてもいいもんな。
とはいえ、ホットサンドを食べたいだけでもないのよ。
作ってみたいの、作って食べたいの。
(でも米への愛が減ったわけではありません)

まずはホットサンドメーカーを買わねば、ということでググってみたら
おおまかに3つのタイプがあるようです。
まず、古典的なバウルーと呼ばれるもの。
四角いフライパンのような2枚の鉄板的なものでパンを挟み、直火で焼くタイプ。
今はIH対応のもあるのかな。(うちはIHじゃないので関係ないけど)
それから、家電タイプ。電気バウルーとでもいうか。
うちにある、ワッフルメーカーは、このタイプ。仕組みはバウルーですが。
最後に網タイプ。鉄板ではなく網で挟んで、グリルやオーブントースターで焼く。

最初は電気タイプのこじんまりとしたかわいいやつに心が動いたんです。
でも電気タイプの手ごろな価格のものは、
電源スイッチがなくコンセントにつないだらオンになるとか、
鉄板を外して洗えないとか、いくつか不自由なところがあって却下。
そしてバウルーはガスの前にいないといけないし、案外場所をとりそうだから
結局網タイプのものにした。
2枚が蝶番のようなものでくっついてるのではなく、完全に外れるやつに。
なんでも構造はシンプルなものが好きなので。値段も安い、二千円弱でした。

食パンは一人暮らしだと余るし、冷凍しようにも冷凍庫のスペースは少ないし
何より米を愛しすぎてて、そんなに毎日パンを食べたくないので
あまり買わないのですが、
サンドイッチは好きで、それのために12枚切りを買うことは時々あります。
でも、ホットサンドで12枚切りってあまり聞かないのよね。
調べてみたら8枚切りがスタンダードみたいで、6枚切りだとやや厚めらしいけど
8枚切りってあんまり見たことない。関西だから?
結局、よくホットサンドを作られてる人の勧めに従って4枚切りを半分に。
どうせ真ん中辺は押されて薄くなるので、薄いパンでやってもいい気がして、
こんど12枚切りで試してみようと思いますが、とりあえずは安全な方を選びました。

具は、最初はシンプルにハム、レタス、卵焼き、カマンベール少し、で作ったけど、
玉ねぎとかシャキシャキするものも欲しかったかな。
すごく簡単に完璧に(自分比)できて、おいしかった。大変満足。

ネット上のレビューでは、焼いた後、パンを外す時にパンが網にくっついて、
ボロボロになったとか、網の掃除がすごく大変だったとか
そうならないために油をよくひいてとか書いてあったけど、
何も塗らずにそのまま焼いても、全くそんなことなくきれいにこんがり。
オーブントースターで1000ワットで5分。簡単、完璧。
その間にゆっくりコーヒーを入れます。大変満足。

その後、何度か作ってみたとき、一度だけパンが網にかるくひっついてたことがあったけど
少し間をおいたら、やっぱり簡単にすっと外れて、問題なかった。
パンが網にくっつくという人は何をどうしたんだろうな?
パンを外した後も、網は水気も油気もなく、パンパンと軽くはたけば洗う必要もない。
すごく楽しいし美味しいし気に入りました。買ってよかった。

嫌うのはエネルギーがいるからね

2018-07-25 | Weblog
母の日に、母親との大切な思い出を語り、母がどんなに大事か述べる文章を
Facebookなどでいくつも見て、母親も嫌いなわたしには、ほのかにつらかった。
ほんの、ほんの、ほのかにですけど。

母のことは嫌いだったけど、今はもう、好きではないにしてもそんなに嫌えない。
死ねばいいと思うほど嫌いだった人や物も、
長い間にそんなに嫌っていられなくなる自分が、嫌だし悔しいけど、仕方ない。
嫌ったり憎んだりするのはエネルギーがいるし、
ほんと自分にはエネルギーが全然足りない。
たまに、むかっとくることもあるけど、半日経つと、
相手が物を知らないんだから仕方ないなぁと思ったり、
悪気はないんだよなぁと思ったり。
エネルギーが、足りないのよねぇ。
そもそも、もう人をそんなに嫌いになるということがあまりできない。
気持ち悪くて我慢できない人や不快な人はいるけど、
それぞれの事情を考えると、その不快さもわたしの一方的で一時的な思いで、
相手には相手の世界があることだし。
そういうぼんやりした中で本気で憎んだのは親くらいなのに、それもうやむやだ。

何でも許してしまうって、優しい人のように思われるかもしれないけど、
許したくて許すわけではなく、自分の中では、気持ち悪いんですよ。
許したくないし、できることならずっと憎んで呪っていたい。
なのに、エネルギーが足りない。
もういいやって思って助けてしまう。
昔の自分に申し訳ない。
30年前の自分を思い出すと、いつでもどこでもすぐに、
おんおん泣けるくらいに、つらかったのに、
それを思い出の中にしまえるサイズにしちゃえる自分が悔しくて仕方ない。
30年前の自分がかわいそうで仕方ない。なんとかならんかなぁ。
なんともならんまま、目の前の快適と幸せでその日その日生きていくんだけど。
ごめんなー、死んでも死にきれないだろうなぁ、20代のわたし。
ほんまごめん。と思う。

好きな名前で

2018-07-24 | Weblog
>むかしのことだが、ある人からこんなことを言われた。
>「教会に来ると、名前を呼んでもらえるから嬉しい」。
>独居生活で社会的に孤立していると、人格として名前を呼ばれることが
>ほとんどないのである。
>ザアカイはなぜ、ただちにイエスに従ったのか。
>名前を呼ばれたからではないか。

わたしの若い時代は、〜さんのお嬢さんから、〜さんの奥さん、その後、
〜くんのお母さん、と呼ばれ、
自分の名前を呼ばれることがほとんどないというような女性が多かった。
今の若い人でもそういう人はいるかしらん。
そして差別のために本名を使えない人や、
本名を使って差別を受けている在日外国人も、今、まだいますね。
呼ばれたい自分の名前を呼んでもらえない人。呼んでもらいにくい人。

逆に、本名が嫌いで使いたくない人や、結婚後も別姓にしていたい人が、
何かの手続きの折に、呼ばれたくない名前(書類上の本名?)で呼ばれることも
まだたくさんあります。

みんな呼ばれたい名前で呼んでもらいたいだけなのにねぇ。

映画:レディ・バード

2018-07-23 | 映画


ああー、これって、「フランシス・ハ」みたいな自意識過剰のイタい女の話よねと
わかった時点で、ちょっとうんざりして近寄るまいと思ったのに、見てしまった。
「フランシス・ハ」の主演・共同脚本のグレタ・ガーウィグがここでは脚本・監督。
もう少し若ければ彼女が演じたらよかったような役。主演の子はグレタに重なって見える。
ヒロインは「ブルックリン」のシアーシャ・ローナン。
まだ24歳だけど、ややクラシックな顔立ちなので、ちょっと高校生は無理があったかな。
なんか、ドスドスした感じのイタい女子高生をやるには、美人すぎるし。
でも、微妙なセンスとか、美人を台無しにする髪とか、悪くなかった気はする。

ストーリーは、公式サイトにはあっさりとこれだけしか書いてない。
2002年、カリフォルニア州サクラメント。閉塞感溢れる片田舎のカトリック系高校から、大都会ニューヨークへの大学進学を夢見るクリスティン(自称“レディ・バード”)。高校生活最後の1年、友達や彼氏や家族について、そして自分の将来について、悩める17歳の少女の揺れ動く心情を瑞々しくユーモアたっぷりに描いた超話題作!
いろいろなことは起こるんだけど、日常の話なのでこういう説明になるのは仕方ない。

ヒロインは、自分の名前が嫌で、レディ・バードと呼んでくれといつも主張してるけど
あまり誰もそう呼んでくれない。これだけで、かなり恥ずかしい思春期臭満載。
都会やセレブに憧れて、出身地や家について嘘ついたり、
大人ぶって知ってかぶりをしたり、そういうのがばれて恥かいたりもします。
自意識過剰で、自分は人と違うと思いたい気持ちと
コンプレックスが入り混じっているところもああ、なんか恥ずかしい、ほんと思春期。

100分以下と短めな作りの映画なんですけど、中身はぎっしりしています。
少女が大人になるときの、初めての恋人、次の恋人、タバコ、お酒、パーティ、進路、
それぞれの問題が結構な濃度で描かれていて見ごたえはあります。
中でも、母親と娘の物語としての面は大きい。
とても強いパーソナリティのワーキングウーマンの母は、娘を否定ばかりして傷つける。
頭ごなしの否定が多く、遠慮のない厳しい言葉でずけずけ批判してくる。
娘も負けずに、反抗し、自立しようともがき、喧嘩に次ぐ喧嘩。
でもこれ、どちらも相手に愛されたいんですよね。
母は心の奥では娘の自立も受け入れているのに、なんか支配的になってしまう。
こういう母娘にはさまれた父親は、優しい優しい男で、鬱で失業中。
このお父さんは救いかもしれないけど、あんまり大きな役割は果たしてないです。
結局母娘の物語だな。

『君の名前で僕を呼んで』のティモシー・シャラメくんが、キモいナルシスト男の役で
ほんまキモい。美形って、ひとつ違えばこんなにキモくなれるのねぇ。となんか感心。
その彼と付き合うようになって、その周りの派手な人気者グループに媚びるため、
人の家(豪邸)を自分の家だと嘘つくのは、まあかわいいけど、
自分によくしてくれる先生を裏切ったり、親友を軽く扱ったりするところは嫌だったなぁ。
ここで、主人公を好きでなくなっちゃった。
先生(カトリックの学校なので修道女のおばあさんです)も親友も暖かく許してくれて
また笑いあえるようになるので、関係ない観客のわたしも許せばいいのに、
わたしの心は狭い・・・。
保身や媚びのために、人を平気で傷つけられる人には、中々寛容になれないんだなぁ。

予告の中に出てくる、おかあさんのセリフは心にしみました。
I want you to be the very best version of yourself …
あなたの中の一番いいあなたになってほしいのよ、
あなた比最高のあなた、かな。
わたしも、それなりたいわ、と50歳過ぎても思うけど。笑

映画:羊と鋼の森

2018-07-22 | 映画


原作は少し甘いナイーブなところのある小説だけど好きでした。
そもそも、ピアノやバイオリンなどの楽器をめぐる話には、めっぽう弱いし、甘いです。
(「蜜蜂と遠雷」も映画化ならないかなぁと思ってます。
映画化になったら若手アイドル俳優映画にされる危険が高いにしても。)

映画の方は、まあ大体予想通りに普通にイマドキの邦画になってた。
安っぽい、のちょっと手前くらいかなー。
とはいえ、ああ今時のワカイコ向きお子様映画、というほどひどくないのは
恋愛要素がないせいかもしれません。
「恋愛」は素敵だけど、物語を安っぽくすることも多いですからねぇ。
これも、若い人の青春、成長物語ではあるけど、地味な世界の地味な子の話なので
チャラチャラ要素が出てこないのも、安心なところです。
(チャラチャラ要素も、盛大にやってくれてる映画は、わりと好きですけど)

印象的な音に森が見える気がした、みたいなシーンで
急に木の影がわさわさ大きくなったり
音を探して焦っているシーンで森の中を必死で彷徨うイメージがかぶさったり、
そういう、ベタというか安直なところは、演出もカメラもどちらにも多いけど、
キャスティングがかなりイメージ通りなところは、感心しました。
主人公も周りの人たちも、ピアノを弾く姉妹も、小説のイメージを壊すことなく
すんなり納得出来る俳優さんで、見るのが楽だった。

高校で、とある調律師の作る音を耳にして、自分も調律師になることを目指す青年。
北海道で育った彼は東京の専門学校を卒業した後、札幌の楽器店に勤めることになり
高校で出会った尊敬する調律師や先輩たちや様々な顧客の中、
調律を通して成長していく、というお話。

わたしは、目が良ければ修復士になりたかったし、
耳が良ければ調律師になりたかったし
自分の地味な性質には職人が向いてると思うけど、
若い頃にはそういうことがよくわかってなかったなぁ。
わかってても、どうしようもなかったけど。
いや、若い頃から自分が地味な人間なのはわかってたけど、
コツコツしたことができると思ってなかったのよね。
でも今やコツコツしかできないようになってしまった。
コツコツの楽しさもわかってきたけど、わかるのがちょっと遅かったな〜。

そして、映画見てると調律のあとでピアノの持ち主が華麗に何か弾いて、
これで良いと言ったり、音色を変えてと言ったりするのですが、
わたしはいきなり何か弾いたりできないし、
弾けてもソナチネポロンポロンレベルなので、いつもこの時が恥ずかしくて困る。
この映画見た時点で、家のピアノを10年以上ぶりに調律する予定があったのですが
なんか練習しとくべきか、悩みます。笑

映画:ジュリーと恋と靴工場

2018-07-21 | 映画


がっかり映画。
予告編はよくできてて、楽しそうだけど、予告編だけにしとけばよかった。。。

早起きしたので、ご飯炊いて食べてお弁当作ってコーヒー飲んで洗濯して身支度してから
まだ出勤まで1時間弱ある!と張り切って見たんだけど、ダメダメ映画でした。
フランス映画。
かわいい小粒のミュージカルかなと見たのに何から何までダメで、擁護できるところがない。
ヒロインのキャラも背景もできてないし、靴を大事に思う映画でもないし、
大雑把に言えば、職人がリストラ反対のデモをするという映画なんだけど
社会的メーッセージはなくて、それは別になきゃないでいいんだけど、
ストーリー的にも全体になんの一貫性もないし、つじつまが合わない。
女たちが助け合いながら権利獲得する戦う女の話かと思ったら全然そうでもなくて、
ヒロインは全く意思のない女で、職人の権利にも仕事の欲しさもうわべだけでさえなく
最後はぽいっと捨てて男と出て行くし、もう、結構呆然としたできの悪さ。
物語を見る映画ではなく歌と踊りとファッションや美術を見ればいいミュージカルもあるけど
これはそれでもなく、歌とダンスはヘタウマの、とっぽいかわいさが少しあるだけでしょぼい。
脱力系のとぼけた小粋さ、みたいなものもない。
せめて靴だけでも特別なかわいいものがいろいろ出て来れば許せたのになぁ・・・。

公式サイトのコメント欄には、褒め言葉がキラキラ並んでるんだけど
よくこの映画に、そういう中身のないおべんちゃら言えるなぁと呆れる。
下手な学芸会レベルにしか見えないと思うけど、
わたしがこの手の映画を見る見方がわかってないだけなのかもしれませんが。

こういうのに比べるとハリウッドはダメな映画のこけ方ももうちょっとマシなので、
ヨーロッパのダメ映画見るとハリウッドを見直してしまう。
とはいえ、ヨーロッパの素晴らしい映画はハリウッドが霞むので
まあ映画も、いろいろですねぇ。

映画:スイスアーミーマン

2018-07-20 | 映画


混乱している。
なんだこの映画。100本に1本級の変な映画。でもものすごく切ないなー。わー。

なんというか、衝撃。自分の痛いところをグイグイ突いてこられた感じ。
下ネタギャグは好きじゃないし死体のビジュアルが怖いし気味悪いし
あんまり見たくないけど、
なんか心の柔らかいところをぎゅーって掴まれたような。
好きか嫌いの判断にも困るけど、とにかく混乱させる映画だな。

無人島で孤独に耐えかね首を吊ろうとしたところで浜辺に死体を発見したハンク。
そのあと、その死体に乗って死体から出るガス(おなら?)でびゅーんと海を行くシーンで
(予告にありますね)、呆然。小学生の子供の想像か!というレベルの
おふざけのすぎた感じの、思いつきっぽいドタバタなブラックコメディが続きます。
で、口から水を出したり、硬直した体がナイフになったり銃になったりで、
一緒にサバイバルしながら、好きな子の話をしたり思い出を再現してみたり。
この辺は、へんてこだけど、優しく暖かい感じはあるんですよ、でも
そのあとラストに向かってすごい増殖していく甘くない切なさに、かなり衝撃受けました。
「死体から学ぶ人生の意味」みたいな、ハートウォーミングのいい話にしてしまうか、
あるいは「全部ハンクの妄想」という、とりあえず辻褄合わないところは妄想にする作戦か
どっちかのレビューが多そうだけど、そんな簡単な映画じゃないですよねぇ。
(振り返ってよく考えると確かに全部妄想だったというのが一番確からしくはあるけど)
屍体は怖いのでもう一回見たくはないけど、しばらく考えたい。ああ驚いた。

でも、どっちにしろ、孤独に関する映画であることは間違いない。
それもきれいなかっこいいような孤独じゃなくて、
人付き合いの苦手な、不器用でいじめられっ子だったような人には
痛くてイタくて、つらくてしみる映画です。(わたしにとってもそうだなー)

5月のつぶやき:後半

2018-07-19 | つぶやき
隣の和室に行ったら、母と息子が同じ形で寝てて、写真撮ろうとしても
ボケて撮れない夢も見た。息子は10歳くらいだったかな。
そのあと、夢の中で夢とわかってベッドに戻ったら、
ベッドが動いて金縛りになる夢。怖かった。
それからまた、隣の和室に行ったら、今度はぼとぼとと天井から水漏れ、の夢。
これも怖かった。
それからまた別の和室で、また息子がいて、
今度は今の姿で一人でいて、ああ、やっと本物だと思った夢。
夢から何度も冷めてまた別の夢の中だった。


帽子ハンガー的なものが届いたので、組み立てた。
ネジ十箇所締めるだけなのに、指が赤い。労働に向かない。
遊んでるのに少し向いてる。だらだら休んでるのに一番向いてる。


金魚の小説を読む。夢に出てきそうだなぁ。絢爛の金魚。岡本かの子ね。


混んでる電車に座れて、前におしゃれな?花柄の杖を持った中年女性が立ったのだけど、
顔はマスクと帽子で年齢はわからず、元気に歩いてらしたので
譲るほうがいいか迷ってるところへ、妊婦さんがきて、ほっと安心して譲る。
妊婦さんや赤ちゃん抱っこは分かりやすく譲りやすいけど、年配の人は難しいな。


サンドイッチは好きなのに、作るのが下手。ほんま下手。何度も試すけど下手。


塊と魂、よく読み間違えるけど、魂って結構真面目な文脈で出てくる言葉なので、
ときどき文章が変なことになる。


プロフィールに右でも左でもないというようなこと書いてある人あるあるだなぁ。
そういう人は大体体制寄り。マジョリティ側にいて自分が痛くもかゆくもなければ、
体制側で、中立ぶってるのが安全だからな。


新聞小説では、けっこう江戸や昭和の芝居の話や歌舞伎役者の話を読んだ気がする。
宮尾登美子の「きのね」は11代團十郎と家族の話。
皆川博子の「恋紅」は旅役者や芝居小屋の周りの話。どっちもすっごく面白かった。


さよなら僕のマンハッタンはいい映画だけど、
さよなら歌舞伎町は、いいとこもあるのに微妙な映画だった。
タイトルにさよなら何とかってつけるの、やめれ。


想像力の一番の仕事は、想像力の限界を想像することかな。


セックスというものは支配や搾取に陥りやすいし、
人権というか、対等な関係がないといけないでしょう。
売買であっても、対等な立場での売買でないといけないし、
いわゆる自由恋愛でもスポーツでも純愛でも夫婦の間でもそうだよね。
今日新聞で妻の飲み物に睡眠薬を盛る夫の話が載ってて一体なにそれ?
妻を眠らせて性的暴行を働いたり、写真を撮ったりする夫たちがいて、
そういう人たちのやりとりをネットで見て自分もやってみた、って。
夫婦だから、犯罪ではないと思ってたらしい。
馬鹿か。ちょん切ってしまえ。と思いましたですよ。


「孤狼の血」ヤクザ映画
血も涙もないのがええんじゃけど、この映画は血も涙もあるけん、
いろいろ甘い話じゃのー、と思った。

はうー。うさぎ映画が見たかった。今度見るけど。
うさぎかわいいし、多分生首も腐乱死体も出てこないし。


好きな友達はたくさんいるけど、自分の場合、だいすきー!って感じじゃなく、
じわじわっと深く好きな感じで、
自分は強い感情でも外側に広がる感じじゃなく内側に積もる感じなんだなぁと思う。
嫌いな人についても同じかもしれないけど、
嫌いな人はあんまりないかな。父と比べたらみんないい人。


5時前に仕事が終わると、家に帰ってハイボール飲んで肴つまんで、
パタリと寝落ちして充電してから、レイトの映画を見に行くということが、
あまり無理なくできるのだな。
会社が徒歩数分、駅も徒歩数分という便利さのおかげだけど。
今の仕事でなくなっても、これからも5時以降まで働いたりしないようにしたい。


日本語で言うとき、どこにアクセントを置いたらいいのかよくわからない言葉:
グラノーラ(グラノラ)、ジャクージ(ジャグシー)、
ティーコージー(ティーコゼー)。
ジャクージはセロテープやクレパスと同じ商標名だそうだけど、
日本ではジェットバス全般をこう言うねぇ。


ヤクザ映画では、おっさんって結構みんな真珠入れてるんやけど、
あれ実際どうなの?


ヘイト本というのはまともな日本の人にとって、正しくない、だめな本、
でしかないかもしれないけど、わたしにとっては自分を攻撃してくる本なわけで、
嘘やデマや狭量で自分勝手な論理で、
わたしを侮辱し差別し攻撃してくる本が大きな顔をしている本屋には近寄れないわ。


今日会社にきた某証券会社の支店長さんが女性で、女性の支店長さんって初めてだな。
映画に出てくるようなシュッとしたエリート感はなく、
普通の、近所のおばちゃんっぽい感じで、帯同してたのも女性。
大体、男の支店長が女性の部下を連れてくることが多いんだけど、
弟が以前、形としては、上司に女性部下が付いてきてる形だけど、
実際は仕事してるのは女性で年取った上司の男性というのは
会社で仕事ないから女性について行かせてるだけ、みたいなことを言ってた。
そういうのもあるだろう。


スポーツやスポーツ界に興味なさすぎて、日大ラグビー部の件、
全然追えてないんだけど」と言ったら、納得された。
あ、あれ・・・ラグビー部ではなかったのか・・・。


知らない国で、知らない人を接待してて、
一度別れたけどある場所で合流しないといけなくて、
タクシー捕まらないし夜だし言葉わからないし、まごまごしてる夢。
昔の恋人が出てきて、相変わらずすごい酔っ払ってるのに
車運転しようとするので逃げて、駅を探して夜中の崖道を降りる。夢。


最近意識的に料理をしてなかったんだけど、20日ぶりにご飯炊いて、
おかず作って汁物作って、あー料理しないのつらかったわわたし、と思ったのだった。
毎日きちんとじゃなく、すきな時に作るだけの料理は、やめられないなー。
すきな時って食いしん坊だからほぼ毎日だけど(^_^;)


カレーを作りながら、安い赤ワインでも飲もうと思ったら、
うちに安いワインがないことに気づく!
カレーでバカになる舌に5千円の柔和なブルゴーニュも、
5千円のオーストリアのピノももったいない。
安いのはスパークリングばっかりだった・・・冷えてないし、
一人で一本飲まないし。。。(たまに飲むけど)


美味しいご飯を作るのは、映画や文学や音楽と同じくらい
文化的で心癒されることだなぁ。


十分いい場所にいるように見える人が、まわりと比べて焦りまくり走りまくり
フラフラになってるのを見ながら、
自分のことは見えにくいということと、人と比べるということの組み合わせは、
変な方に行くんだなぁと思う。
ちょっと落ち着いた方がいいよと言うてみたけど、
そういうジタバタが、いい方に向くこともないとはいえないからなぁ。
でもやっぱり、もう少し落ち着いてもいいと思う。


かなりマメに家計簿をつけているんだけど、
お弁当を辞めてからコンビニによる回数が増えて、
コンビニ費が激増してる気がする。外食も増えてるのに。
これからは、氷予算とスイカ予算に結構かかるので、またお弁当作りに戻ります。


厭世的な意味ではなく、みんなもっと、
死ぬということを自然に考えたらいいんじゃないかと
日本では未承認の抗がん剤で、ひと月4700万円の薬の記事を見て考える。
年に5億円。ひとりに。
命はお金に変えられないというけど、何が何でも死にたくないという気持ちを
お金に変えているのがそういう薬なんだろうか。。。


丁寧なら良いというわけではないけど、丁寧さでしか出せない繊細さもあるからなー。
でも、丁寧なつもり、というのは繊細さに最も遠い。
絵の話ね。


10歳の甥っ子が学校で握力検査があった話をしてて、
右が幾つ、左がいくつ、と数字をいう。
そういえば聞き手の方が強かったよねーと思い出すわたしの横で、
母は、なにそれ、左が右の半分しかないの、と非難がましく言う。
昔からどんなことでも否定的な見方で何か見つけては非難する人だったなぁ。


ワインですが、このハーフボトルなんか大きいなぁと思って飲みほして、
よく見たら普通のボトルだったということがあったとFacebookが教えてくれた。
2年前ですが、今は1本飲むと、ちょっとしんどい。おばあさん化。


熟睡してて前に赤ちゃん抱っこの人がいたのに気がつかなかった。
目が覚めたら気がついたので、あと二駅だけだったけど座ってもらった。
今日は珍しく運動靴で、いくらでも立ってられるぞい。
でもわたしの横には若い人も前の若い人もいるのに誰も譲らなかったのねぇ。


ナッツ詰め合わせの中にピーナツがたくさん入ってるやつが嫌い。
ピーナツ、あんまり好きじゃない。ピーナツはなし、アーモンド少なめ、
くるみとカシューナッツとピスタチオメインでピーカンナッツとマカダミアも適当に
というのを女子会のために買った。チーズ3種類と。


意地悪な言い方かもしれないけど、彼女のような意識高いモーレツ女性は、
こういうマイノリティ性を自覚することで、
今までなかったタイプの柔軟さや寛容さを持つことができるのかもしれない。
自分がその立場にならないとわからない人って多いし。
わからないことだけでもわかってればいいんだけど。


人に知られずいいことをしたり、人を助けたり、泥をかぶったりする人って素敵だけど
知られないから素敵!と思われるチャンスも少ないのが残念。
誰にも知られずにいいことをしている人も、知らないだけでたくさんいるのだろうな、
と思って世界に希望を持たねば。


今週はケーキを久しぶりに焼こうと思ってる。
ケーキを焼いているときの幸せは、時々必要なのに、ずっと焼いてなかった。
ケーキを焼く、という言葉だけで、もう、
なんとも言えない幸せ感があるじゃないですか。


これ以上太ったら死ぬ病にかかってるし、痩せないと死ぬけど、
楽しい生活をしてないとやっぱり死ぬので、自分でおいしいもの作るしかない。
(おいしいもの買ってたら永遠に痩せない)


賢い人ならもっとシャープな言葉でサクサクっとわかりやすく書けるのだろうな。
自分の語彙は、本当に日常の生活語彙に限られるので、
難しい問題でもスープの作り方を話すようにしか書けない。


お友達のボサノバのCDを聴きながら作業してるけど、音楽をあまり聴かない
(聴く時はクラシックがほとんど)わたしですが、
音楽がかかるだけで部屋の空気って変わるんだなぁとこの頃しみじみ思う。
家がダメな感じに散らかってた昔は音楽くらいできれいになる空気ではなかったけど。


自分の家までの地図を書いてたんですけど、
15年も住んでるのに、あれ?この信号渡ったら
この店だっけ?その先だっけ?と、よくわからないのが方向音痴クオリティ。
いや、駅から数分の家なんですけどね。目と鼻の先なのに、わからん。


知り合いの不登校になり始めたお子さんについての悩みに、みんなが揃って、
どうすれば学校に行けるようになるかを考えてて、
学校嫌なら行かなくていいんじゃない?と、言い出せない雰囲気・・・


弟が、ここはめっちゃ美味しかったと言ってたイタリアンをググったら、
お客さんの平均単価2万円くらいの店だった。
うちの近所の一番いいイタリアンは値段は半分で、味は7割くらいは行ってると思う。
でも多分そこからの3割にお金がかかるんだろなぁ。
松屋の牛めしを食べながら、320円でも一食、2万円でも一食、なんだなー、と
いつも不思議な気持ちになる。


父母の世代は、なんの疑いもなく、
子供は親の世話を全部するのが当たり前と信じて主張できて、
そのためらいのなさが羨ましい。
結局わたしは親不孝と罵られながら最低限のことはさせられるのだろうなー。
でもわたしはそんなこと息子には言えないし、そもそもそんな風に考えられないから、
息子は自由で羨ましい。


2日間家にいたということが、多分もう何ヶ月もない。
休みに1日家にいたというのは、多分今年始まってから3回くらいか。
風邪で寝込んだのがもう2日くらいあるけど。
わたしは家で退屈するというのをもう少し、しばしばやらないといけない仕様なのに
土日が足りない。

5月のつぶやき:前半

2018-07-18 | つぶやき
しっかり働いてからの、映画二本ハシゴは中々しんどい。
でも、ダイアン・キートン見るとおしゃれ意欲が湧くので映画がダメでも、良い。


横断歩道横、ほったらかし感満載で形がボサボサの薔薇ですが毎年よく咲く。
しゃがみこんで香りをくんくん、すーすー。
薔薇の香りは、しゃがみこんで信号3つ分遅れる価値があるよね。


昨日の映画二本とも、横に座った別々の男性が、靴も靴下も脱いでくつろいでて、
映画館で靴下脱ぐの流行ってるのか(^_^;)
一人はスーツにネクタイの中年、一人はカジュアルなワカモノ


セールスの人に、これ最近テレビCMでよく出てるんですけど、と言われたんだけど
いちいちテレビ持ってないっていうのも、もうめんどくさくなってきた。
テレビって冷蔵庫くらい、みんなが持ってること前提なのねぇ。
新聞はみんなが取ってる前提は、すっかりなくなったけど。
うちは新聞は取ってるけど、
逆に新聞の話をして、うち新聞とってないんで、と言われることはすごく多い。
CMやドラマやバラエティ番組の話を、みてなくても知ってる前提で話される時も、
テレビ持ってないって言いにくくてとりあえず黙ってる。
話に水を差すし、何かのアピールしてると思われることがあるから。
そういうのがすでにめんどくさいー。


夢の中で、多分マレーシアで、トコトコ歩いて懐かしい場所まで来る。
いつもタクシーや車で行ってたけど、うちから2、3時間歩けば着くんだ!って思いながら
なんとなく劇場のような所に迷い込んで、端っこで演劇を見る。夢。

うちで、数人でバイオリンのレッスンがあって、バイオリンを構えたものの
銀行が来たり(通帳がみつからなかった)、中断されながら終わって、
みんなで話してる時に、銀行が帰った後自分の受けたレッスンを全く覚えてなくて、
周りに心配される夢も見た。ぽこんと記憶が抜けてて自分でもこわくなった夢。


毒がわいてきたときに、毒を吐いても吐かなくても、自分の中身の汚れは同じはずだけど
吐いた時のほうが、そのあとの自己嫌悪がひどくなるので、
できるだけ毒を吐かないつまんない人間でいるしかない。でも中身は同じだよなぁ。
毒を吐くのも、上手に軽く面白くうまく吐けばいいように考えてたけど、
結局、中身は同じだから、元から断たなきゃダメ、
とはいえそれも難しい…ニンゲンダモノ。


電車で座ってる時、となりに、
膝の上に子どもを乗せて、横にもうひとり娘と並んで座っているおかあさんがいて、
おかーさんゴリラの顔やってー!と子どもたちが言う。
そのあと、ゴリラの白目はー?じゃ、チンパンジーの白目はー?と笑い声が聞こえて、
横向いて覗き込んで、どんな顔してるのか見たいけど、我慢した。笑
仲よしの人たちを見るのは、親子でもカップルでも友達でも、気持ちいいものだね。


息子の初任給でたこ焼きとハイボールをご馳走になる。
戸外で飲むのによい季節の夕方だし、安上がりにしといたった。
イタリアンのコースは、ボーナスの時に楽しみにしよう。
(帰ってこない気がするけど・・・)


人(息子)がいると、家事をする時間が少し増えるけど、
ついでにあれこれ動くので家は片付くし雑用も済む気がする。
とはいえ、ずっといるとちょっと疲れるんだけど。


依存心のかたまりなので、いつも誰かがどこかに連れてってくれないかなーと思ってるけど
誰も連れてってくれないので、仕方なくどこでも自分でいく。
でもまだ、息子がパリとかに連れてってくれんかなーとは、ひそかにちょびっと思ってる。


人にも自分にも厳しい真面目な友達を見ると、ストレスがたまりそうだなと思う。
自分はそういうとこはかなりゆるくなって楽になってきたけど、
あるべきものがなくなったり、するべきことの順番が変わったりするときのストレスは
年とともに増えてきてる。
たまるストレスの種類も変わるものねぇ。


知らない街の千円散髪なう。


竹の子天ぷら、柔らかく炊いてあっておいしい。
このボリュームで、ハイボール一杯と、630円なり。
まだ食べられるけど次行きます。


おっさんしかいない店にワンピースとかで入る時の、視線は中々すごいです。
どんな店でも入るけど、入る前には視線に備える気力は、いる。


レールっていろんな種類があって、レールに乗ってるって自覚なく乗ってる人もいる。
本当にそのレールに乗りたいのか、わからないままに速いやつに乗っちゃって、
必死で走ってる人を見ると、それでうまく行く人もダメな人もいるから、
ハラハラするなぁ。


詩はいいなー。詩を読む気持ちを取り戻させてくれる友達もいいなー。


有名な現代アーティストの子どもに、
父を見ていると創ることは苦しすぎるから自分にはできない、
自分は評論の方に行くと言われたことがあって、
それでも創ることの喜びの大きさは、格別だろうにと呑気に思ってたけど、
「お客さん」ということについて今ちょっと考えている。
自分はもうこの社会の、そして自分の人生でも、お客さんでしかないように思うから。


卓球の統一チーム。日本が勝ってよかったと思う。
文大統領が言う、賞はトランプに、平和を我々に、というのと同じことね。
平和や友好のためなら、勝利も名誉も喜んであげたらいい。
選手は複雑な心境かもしれないけど。


五月雲昨日も今日も赤い靴


情熱の総量について考えながら、次の店に行くぞ。


自分の写真は好きだし、それだけでいい。
それなりに褒めてもらったけど、それは他の写真とレールが違うから。
自分は人の多いところで戦わない癖がついてるし、それ以前に戦わないし、
戦わない人には誰も何も言わないものだから。


女子だからとか、方向音痴だから心配されるのはあれですけど、
おばあさんだから心配されるのはここちいい。
見た目がおばあさんに追いつかないのが問題だけど。


お弁当やり始めると、普段から料理しすぎて食べすぎるからやめたんだけど、
やっぱりお弁当好きだし作ろうかなぁ。と、久しぶりにお米を買った。


春雨やちょいと手ぶらで飲みに行く


初めて見るようなでかい傘だった。85センチって、ほんまでかい。
手ぶらでふらふら前を歩くわたしもあまり濡れないくらいでかいよ。


老人と若者は、今同じところにいても、違う時代を生きているのだし、
それは双方にとってどうしようもないことなのだから、
世代間対立を煽るようなことをしないで、うまく共存できるようにするべきなのに
老人は若者に厳しく、若者は老人を恨むという憎悪ツイートばかり流れてきて、
やだなーこの流れ。


うちのうさこさんは、11年くらい元気に生きて、
具合が悪くなった日の夜中に5分くらい痙攣してぽっくり死んだので、
全然介護しないままだったけど、病気の時は手がかかるし、
犬猫のようなコミュニケーションは取れないし、
うさぎでもどんな動物でも、飼う時は覚悟はいると思います。
でも、ほんと、いいうさぎだった、うちの子。
最後まで抱っこ嫌いでさせてくれなかったけど、
最後までふわふわでかわいかった。


レディプレかアベンジャーズを見ようと思ってたんだけど、
見たらそれなりに面白いのはわかってるんだけど好みと違うものを見るのは、
ついめんどくさくなる。というか、好みじゃないのになぜ見るのか?
そこに映画がやってるからです仕方ないのよ。


謙遜ってほんの少々の形式的なとこ以外は大体鬱陶しいものと思ってたけど、
謙虚というのも傲慢と裏表やねんなあ。気をつけよう。
昔読んだ本に、自信がなくて発表できないアーティストは、
謙虚どころか、傲慢なのですと書いてあったことを思い出した。


今月まだ生理ないし、今のところ予兆もない。
52歳の終わりから周期が少し乱れて53歳で終わるとして、
考えてみるとほぼ40年、これと付き合って来たわけで、あー、えらかった。
40年で流れた血量をあとで計算して、さらに、あー、えらかった!と思った。


美人と言う時、多くの人が想像するのはいわゆる美人ではなく
美人の雰囲気のある人かなと思う。
そして美人の雰囲気というのは、顔の造作にあまり関係なく、
主に体型とセンスで決まる気がする。
現代においては、顔の造作は割とどうでもいいことだよなぁ。
かわいい、というもの同様かな。
これは男女問わずだと思う。何よりもまず体型とセンス。
顔は、まあ、ついてたらいいんじゃないくらいの役割なのでは。
どうとでもなるからなぁ。


短編小説は、ひとつひとつリセットして一から読むので、
同じ量なら長編より時間がかかるけど、
詩はもっと短い上に、もっと別々のものだったりするので、
とても時間がかかる。

磨かれた言葉を味わうのに、なんどもなんども目で文字をなぞり、
なんどもなんども頭にダウンロードし上書きして、やっとインストールする。
それから反芻する。



写真の話のできる人に詩の話ができないのはつまらないよねぇ。
わたしには、どっちも同じところにある。


映画「タクシー運転手」を見て、戦後、政治犯として逮捕されたような人が
後に大統領などになったりしてきた韓国の政治国民のことを考える。
日本にも激しい反共の時代はあったし多くの人が弾圧されたけど、
あんな風に政治がひっくり返ったことなんてなかったよなぁ。
揉まれていない国だなぁと思う。
自分は5歳くらいの1970頃から結婚する前の1990年くらいまで、ほぼ毎夏
韓国の田舎への家族の帰省に連れて行かれてた。
光州事件の頃にも、夏の帰省だけでなく
在日の子供達を集めた旅行にも無理やり放り込まれた。
ぼんやりしてバカな子供だったけど、なんとなく感じたことはあるかもしれない。


正しさを主張するのに、そこに公正さがすっぽり抜けてる人って、
思ってた以上に多いのなあ。


「胸キュン」の英語を調べたら「I have a butterfly in my stomach」が出てきて
そういう絵を描いた、という知り合いの絵がかわいい。
明るくて鮮やかな胸キュンのイメージ、いいな。


鋼のように強くなれないから、
綿のように雲のように水のように柔らかくなるしかない。
でも、鋼のように戦ったこともあるのよ。それで壊れて治らない。


真っ赤な、赤一色のワンピースを3枚持ってるけど、
今日は一番布の面積が大きそうなやつを着ている。体が泳ぐ。すごく赤い。
待ち合わせですぐに見つかるし、迷子にもなりにくい。幼児か。


おにぎりをふたつも食べてしまった。白米って美味しいなぁ。
白米の美味しさと、どう折り合っていくかだなぁ。
白米の旨さを否定することはできないもんな。


言いたいことを全部ぶっちゃけれる人がいるといいのになぁとたまに思うけど、
そういう人ってなんだろう。
好きな人に、そんな汚物をぶっちゃけたくないし、
好きでもない人に聞かれたくもないし、どっちにしろ、ないな、と思い直す。
いや、猫か!猫がいればいいのか!?


紙はいいよねぇ。
手紙自体もいいんだけど、手紙でつながっている関係というのは、
スピードやノリや場の空気や流行みたいなものに、
あまり左右されない静かな関係が多いのがいい。
紙の文字はゆっくり読む。


紙のことと音のことを始めたいんだけど、なにしろわたしはのろい。
のろさが問題でないことしか、もうできないな。


なんでわたしは、ソフィカルの才能には微妙に嫉妬するのに、
ミランダ・ジュライの才能には嫉妬しないんだろうか。


物語や映画は、気持ちが落ち着かないときでも、やがて没入できることが多いけど
詩はあかんねぇ。
落ち着いてるときじゃないと、文字は読めて意味はわかっても、
良さがすり抜けてしまう。
でも心の静かなときって、あんまりない。
今はイスラエルとトランプにプリプリ怒ってるし。


グラッペリがオーケストラと一緒に、
とてもポピュラー音楽っぽいやつを弾いているCDを聴きながら、
ふかふかのソファに寝転んで、小さなクッションを洗って頭の下に置き、
柔らかくてゆったりする清潔な部屋着を着て、暑くも寒くもなく、
どこも痛くもないので、つい知らずにっこり微笑んでいる夜。


ああ、わたしがされたのはそういうことだな、と
ずいぶんあとから納得することがあるけど、
その頃にはもうどうでもよくなっているというのはよくある。
納得するというのはすっきりすることだなぁ。
新しい言葉を知ったときや、旨い説明や例え話を聞いたときや、
昔のことを思い出したときに多い。

だいたい5時間おきに

2018-07-17 | Weblog
午後に眠くなるのって、前夜の睡眠関係なく眠くなるし、あれこれよく考えたら、
5時間以上続けて起きていられないんだと思う、わたし。
5時間ごとに15分〜20分のうたた寝が必要な仕様になってるんじゃないかな。

朝起きて、会社行く前に10分くらい倒れてるし、
2時過ぎに眠くて死にそうになるし、
夕方8時前にいったん寝落ちる。

だから、人と会うのに、ランチも夕食もと長時間一緒にいるとすごい消耗する。
どっちかにして、一旦家に帰って倒れたい。
あるいは、マッサージ屋か何かで20分のうたた寝休憩を挟みたい。

4時間ごとに授乳のいる赤ん坊よりは扱いやすいと思います。