sigh of relief

くたくたな1日の終わりに、
熱いコーヒーと、
甘いドーナツと、
友達からの手紙にほっとする、感じ。

読書会:わたしを離さないで

2016-02-29 | 本とか
この本は以前、本も読んで映画も見て→短い感想を書いたのですが
今回、もう一度読み直して読書会に行ってきました。
今テレビでこのドラマをやってるので、この本が選ばれたのでしょうが
読書会にこられた方は映画を見た方は多かったけど
ドラマにはほとんど言及されなくて、
わたしのように、テレビを見ない人が多い会だったのかも。
以前から何度かお邪魔している会ですが、今回は1年ぶりくらいでした。

読書会では、やはりこの小説の設定の雑さが指摘されて、
受け付けにくかったと言う人が多かったです。
人間をクローンできる技術の進歩と、生きた人間切り売りの臓器売買合法という
人命軽視や(普通に判断してこのクローンを人間でないと考えるのは無理がある)
人権的更新性が共存している矛盾・・・なんか不自然で無理な感じがある設定です。
作家に筆力があるのでディテールや人の書き方は読ませるし、
映画は原作世界を壊さない、儚い美しい映像で見せましたが、
ドラマにはこの無理な設定だけしかないなら見るのはしんどいかもしれないなぁ。

小説の中に主人公の子ども時代の寄宿学校で作品交換会というのがあって、
そこでは絵画などのアート作品と同様に詩も出品されてたという場面で、
前に考えた→「詩の自動販売機」を思い出し、その話をしました。
わたしはこのアイデアが、本当に好きなんです。
本をたくさん読む人たちには共感されたのではないかと思う。

読んだあとに、沈んでしまう気が滅入るという感想も多かったです。
この小説の中の人たちが哀しいのは、生まれて死ぬまでの使命が決まってて
選択の自由がないことが考えられますが、
寿命の短さに関しては、単に短い人生が不幸なのではなく
他の人生と比較して可能性が限りなくないことの方かなと思ったりしました。
恵まれた、幸せと言える子供時代を過ごしてもなお、哀しいのはそれかなぁと。
あと彼らに関しては「死ぬ」という言葉は使われず、使命を終える、
提供を終えるみたいな言い方を必ずされてたことで
やはり同じ人間として扱われてなかったことがわかるなぁとか。

好きなシーンは、上記した映画の感想でも書いた、
なくし物が流れ着く場所のエピソードの他に、
「突然全ての雲が吹き払われ、楽しさと笑いだけが残った」瞬間が
書かれている場面があります。
「思い出すと懐かしさと暖かさがこみ上げてくる」瞬間。
「世界の手触りが優しくなった」瞬間。
そういう特別な瞬間って、わたしもいくつか思い出せる。
このエピソード読むと、わかるわかる!ってすごく思います。

逆に胸が痛いのは、終わり間近の部分で、希望をなくした主人公が
裏道ばかり選んで運転しているところ。
裏道は自分たちのようなもののためだけにあるという気持ちになって、
他の普通の人は明るい道を行けばいい、
自分たちは「世界の裏側のとりわけ暗いどこか」を走るしかないのだと
そういう気持ちになって運転しているところ。
これに近い気分というのも、やはり覚えがあります。
自分だけがついてない、つらい人生であるような、寂しいながらも
どこか自嘲気味な気分の時。
小説の主人公の場合は、わたしのような勝手に落ち込んだ状態とは別で、
本当に「普通の」人とは同じになれない中での哀しさですが。

じっくり読み返した本だけど、いろんな人の話を聞いていると
こまごましたことも、大きなことも、新たに気づくことが必ずあって、
真面目な読書会は堅苦しい気がするけど、それでもやっぱり楽しいのです。
人の話をよく聞くということが、せっかちでうっかりもののわたしにも
少しだけできるようになってきた、と思う。
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てばなす感じで描く

2016-02-28 | 芸術、とか
銀塩カメラのシャッター切るときの話を昨日書いたけど、
いろいろ思い返すと日本画描いてた時も同じ感じだったと気づいた。
時間をかけて細密な写生をして下図を描くのに、本画の段になると、
絵の具なんか、あ、この色残ってるからこれ塗っとこう、くらいのゆるさだった。
ある程度やるだけやったら、あとは何でもふっと手放しちゃう。
息子を育てるのも同じかもしれないなぁ。
さほど真面目に育ててませんでしたが、大学生になって家を出たら
すうっと、離れてあげた。
それが親の仕事かなぁと。

だから、何かを作る人としてはダメだったのかなぁと思う。
わたしの知ってる、モノを作る人たちには妥協というものがあまりない。
自分のこれが妥協なのか、別の何かなのかわからない。
でも、妥協なら妥協でいいいと思いたい。
それくらいの気持ちなら、また絵が描けるかもなぁ。
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てばなす感じで撮る

2016-02-27 | 写真
撮るときにはピント合わせようとするけど、
撮った後は合ってなくてもあんまり気にしない。
フィルムで撮った写真はわりと撮りっぱなしで、ほとんどレタッチしないです。
いらないものが写ってたり、いるものがぼけてたりぶれてたりすると、
それが本当にあったものだという気がする。

たまにAFのない古いカメラで写真撮ると、これくらいピントが合ってるのは、
半分くらい、というゆるさ・・・

もっと絞ればましになるんでしょうが、開放で撮りたいものが多いので。
カメラによりかもなぁ・・・
GRD2はモノクロで、絞って撮ることが多い。
デジイチは、いろいろだけど、
銀塩一眼レフは、だいたい35ミリか50ミリのレンズで、ほとんど開放。


ピント合わせる時、集中はするんですけどね、続かないの。
必死でピント探って、わかんなくなって集中が途切れる直前くらいに、
ふっと、あ、いいや、もう、と手放す感じが来た時にシャッター押します。
わたしはフィルムの写真は撮る時に、自分のものにした感じとは逆の、
ほいって手放す感じで撮ってる気がします。
デジタルとはぜんぜん違う。デジタルは撮った時は、取り込んだ感じがする。
なんでだろう?自分でフィルム現像しないからかなぁ?
結局データにしてもらって、後でレタッチとかするのは、同じなんだけどねぇ、
でも、やっぱりフィルムの写真のシャッター押す時は、すごく楽しいし
その写真への気持ちも違う。
気のせいかな?なんでだろうな。
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1月のつぶやき:前半

2016-02-26 | つぶやき
2015年というのに慣れた頃に2016年になる。
そして平成何年なのか、いつもわからない。


なんか歌、歌いたい。髪乾かしながら歌って、アイス食べてから寝ます。


神様にお願いしても今まで聞いてくれたことがないので、もう神頼みしない。
初詣行きません。寒いし。映画館行くほうがいい(不信心者)

・・・いや、嘘です神様すみません(やっぱり謝っとく小心者)

だって神様、息子の受験も、わたしのダイエットも、世界平和も、
どれも叶えてくれなかったし。。。
(息子は、その後神頼みやめたら全部受かりました)
神頼みやめても、わたしが痩せないのは理屈に合わないけど


何が原因かわからないけど、なんか不満らしい、って
猫とかうさぎには時々あると思う。
猫とかうさぎになって、
よくわからない不満を撒き散らしても嫌がられないモノになりたい。


その場しのぎに美味しいもの食べたり飲んだりして忘れる。
その場しのぎのなにが悪いのか、わかんない。


元旦は実家に挨拶に行ったんだけど、それで人に、
実家の居心地良くなかったの?と聞かれて、
実家で居心地が良かったことなんて人生で一度もないわい、と思う。


息子が中学生くらいになって、もうサンタさんが来なくなってから、
うちはクリスマスプレゼントなしで、その分を寄付するということにしてて、
息子は家を出て一人暮らしになってからもやってたみたいなんだけど、
今回は何しろバタバタしててそれどころじゃなかっただろうから、
今回はわたしがやっといた。


新春から自分のお酒は自分で払うこの運命に逆らえない逆らいたい。


個人でも集団でも民族でも国でも、
見下したりバカにしたりして嘲笑うというのは強力な武器だ。
なんでも嘲笑うという姿勢は強くて、真面目さは大体小さくみっともなく見える。
でも単に自分を上に置くためだけに面白がってそれをするのは、
卑しいことだと思う。


元旦の新聞に一面、わたしの日本画卒制の担当先生の絵が。
「写生は大事。「何千枚何万枚。「そっくりに描くためじゃない。
「描けば描くほど自由になる。」今も熱い男前のままやね。
ますます活躍されると思う。


良い年になりますようにと年賀状の返事に書いてるけど、
本当は自分にとって良い年ってどういうものか、全然わからなくなりました。
世界中の人が自分より賢く立派に見えすぎてしんどい日が、少なくなるといいなぁ、
という程度の消極的希望はあります。

ほしい「しあわせ」というものが思い浮かばない。
どこも痛くなくて、清潔で暖かい寝床があれば、十分幸せなはずですけど。


ずいぶんましになったんだけど、今年は何か褒められたら、
照れたり謙遜したりしないで、ありがとうと、余裕の微笑みを返せる人になろう。
あんまり謙遜する方ではないけど、いつもなんか照れて焦るから。

何か褒められたら、当たり前やん、くらいの余裕で婉然と微笑みたい。


すっきりと見晴らしのいい孤独に紛れこみたい。


大晦日から毎日1キロずつ太り続けてるんですけどこれ戻るのか?
しかも今お腹が空いてる。
ほんま腹立つ。今日の一食が、多少過ぎても、
なんで毎日一キロずつ太らなあかんのか、神さまなんてないわ!笑

神様が、どれだけのことしてくれたか、考えてみるといい、
ただねぇ、信心が、誰か個人の心を強くしてくれたなら、
それは、まあ、いいやと思うよ。神様でなく、その人の力なんだけど、


「メイジーの瞳」と言う映画。秘密は負わせる方が悪い。
秘密なんて無い人生の方が良い。モノを作ったり書いたりする人以外ね。


そのままでいいよと言ってくれる殿方が3人いるより何より、痩せたいわ。


一人で行ってもいいんだけど、興味ありそうな人が複数いそうなイベントって
誰と行くかいつも考え込んで、結局行き損なう。


オバマが54歳なのには何の不思議もないけど、
ミシェルが自分と1歳しか違わないのはなんだか不思議なままである。
全然大人になれないままおばーさんになるんだなわたし、と思う。


さて、ダメな自分をごまかすビールから。


心地よい暖かさに、飲み込まれるな、わたし。


ひんやりとした関係で、周りを埋めて、それで満足しろわたし。


縛りだいなら縛ればいいのに、どう縛ってもわたしは勝手にすり抜けるのに。


「サウンド・オブ・ノイズ」スウェーデン映画?
ワゴン車でメトロノームならしながらドラムを演奏する男の音に合わせて
エンジン音やタイヤの摩擦音などかぶせる運転手の女。ちょっとおもしろい。
そして天才や神童のものすごい音楽一家にただ一人音痴に生まれついた男が事件を追う?
音の映画は面白いなぁ。ドラマー6人が、その場にあるものを使って音楽する
音楽テロ集団という雑な話だけど、こういうノリ好きだなぁ。


>「密やかな恋愛はこれっぽっちも非難しないけれど、迂闊なのはだめだ。」
騙された被害者なら気の毒で同情が集まるけど、
それ以外はなんでも同じように責められる感じ。
騙した悪質なのも単に迂闊なのも幼いのも甘いのも。
馬鹿なのと悪いのとが、同じように責められる。


もろもろ生活用品の小物を買いにスーパーへ行って幾つか買った後、
デパ地下横の百円均一に行ったら、どれも売ってて、ああそうだったと思い出した。
海外に8年住んで帰国した時に、どこで何を買えばいいかわからん!とぼやくわたしに、
何でもとにかく百均に行くべし!と言われたんだった。

いいのか悪いのかともかく、どんなものでも
まずは百円ショップを覗くべしというのは、今も生きてるなぁ・・・
買ったのは爪切りと洗濯の小物干しとコットンと
排水口ネットと木しゃもじとか、そういうものです。


アマゾンのばかー!と叫びながらブログをとりあえず書いて
トレーラのリンクを貼ろうとしたらYouTubeからログアウトなってて、
ログインしたら、なぜかプライム・ビデオも見られるようになった。
なんでー?アマゾンのビデオ見るのにグーグルアカウント関係あるの?

もしかしてわたしまた、ものすごく初心者なばかなこと聞いてる?


飲むと軽く口説かれて、軽く断る。こういう相手が何人かいると楽しい。


昨夜お風呂で読んでた池波正太郎の随筆で、
縞のスーツに縞のシャツを合わせるなという箇所があって、
特に何も思わず読み飛ばしたのに、なぜか夢で
ストライプの紺スーツにストライプの水色シャツ、
ストライプの紺ネクタイの男性が出てきて、
それあかんってよ、って話しかけてた。誰だったか覚えてない。

特に印象にないはずのことが、結構夢に出てきて起きてから驚く。でもすぐに忘れる。



友達夫婦の写真を撮りに行く日。人の写真を撮ることはたまにあるけど、
カップルの写真をちゃんと撮ったことがないので、
どういう風に撮ればいいかわからないけど、とりあえず気楽にいきます。
デジイチ35ミリ(換算50)1本で行くつもりだけど、一応ズームも持って行っとこ。

写真は、いつも撮る前は全然うまく撮れる気がしなくて、はらはら不安だけど、
撮ってみるとカメラがかしこいのでなんとかなる。
今日もそれだといいなー。とてもいい感じの夫婦の写真を撮らせてもらった。


>デビッド・ボウイでも死ぬとは。
この前も、この人死なないんじゃないかと思ってた水木しげるが死んで、
やっぱりみんな死ぬんや~と感慨。

人が死ぬと。驚いたり寂しかったりするけど、
自分はわりと人は死ぬものと思ってるので、じたばたはしない。
有名人とかでも、身近な見知ってる人でも。
でもそういう姿勢は冷たい人と見られるのもわかってるので、
人が悲しんでとりみだしてるときは、合わせておく。わたし冷たい人だろうか。

自分が死んでも、へーって思われるくらいでいい。泣かれなくていいし、
ましてや取り乱したりしないでいい。
ちょっとびっくりしてから、へぇ~、楽しそうな人だったのに死ぬんだねぇ、
ってにこにこと言って貰えばいい。



生活空間に誰かがいるというのは、なんか不思議なものだなぁ。
息子がいるとうるさいしめんどくさいけど、気持ちは落ち着く。
息子と生活してた時期が長いもんなあ。

自分では自覚はないしなにも感じてないと思うんだけど、
よく考えたら、わたしは、もしかしたらさびしいのかもという疑惑が。


終電直前に帰ってきて夜中にバタバタ用意して、先ほど出発した息子。
いつも通りの呑気な感じで、出発直前に(日本の)大学に留学届けフォームを送信してた。
交換留学なので、それって多分数ヶ月前、留学許可が出た時に
出しとくべきものだったと思うんだけど、本人は「間に合ったな~」とにこにこ。

成田ーシカゴ便が、フルブッキングでビジネスにアップグレードしちゃった、と
息子よりLINE。運のいいやつ・・・

ずっと息子に会わなくてもなんともないんだけど、
見送った人その次の日くらいは、いつもちょっとさびしい。


お金に支配されるのは本当に嫌だけど、株や投資の世界はやっぱり
他人のふんどしで相撲を取る場所だもんなぁ。どんなきれいなやり方でも。
リーマンショックの時もそうだったけど、空売りしてる人たちは
もっと下がれ下がれと大喜びで、
株や投資というものに元々ある卑しさが表出した時に思った。

わたし自身、円安がいいと思ってるわけではなくても、
ドルを持っているので、円安になるとちょっとうれしくなる。
意識してなくても自分が得することが誰かを損させる世界だからなぁ。
人の不幸を願う世界。無自覚でも結果的にそうだと思う。
まあそれが大人の世界ということでしょうが。


甘やかすなら責任もって甘やかしてほしい。
そうでないならほっといてほしい。


植物とか育てるの、異常に下手でなんでも枯らせてしまうんだけど、
去年気まぐれに種まいてみたマツバボタンが案外楽しかったので、何か植えたくて、
ずっと好きだったシロタエギクを植えたいんだけど(丈夫で虫もつきにくそう)
どこにも売ってない。ネットでもあんまりなくて、つい、出来心が・・・
近くの道端の植え込みにあるシロタエギクの茂みから、10センチほど、
先っちょを折ってもらってきてしまった・・・。
丈夫で、茎挿しとくだけで根付いて増えると聞いたので。
か、借りただけで、増えたら返します・・・じゃダメかな。


自分が生きてる限り、自分以外の人は死ぬんだなぁ。
と当たり前のことを考えました。
それで自分が死ぬ時は自分が死ぬ。
何を言ってるんだろうわたしはと思うけど、なんかそういう感じのこと。


しゃべるのがめんどくさい時があって、
相手のせいではなくて本当に自分が疲れてるだけなんだけど、
だいたいそうは思われないので、あとでめんどう。
でも最近本当にしゃべるのが面倒なことが多い。
黙って飲んでられる人と飲んでいたい時が多い。


エグザイル聴くような人、という言い方を時々してしまいますが、
一度もちゃんと聞いたことないわたしが言うのもなフェアじゃないか、
とちょっと思ったけど、そもそもちゃんと聴こうと思うような人ってところで、
やっぱりまあいいやと思う。

ヤンキーに厳しいですすみません。
良し悪しではなく、個人的好みですから。



電車のアナウンスで、なんとかの影響で大幅に遅れて、って何度も言ってるけど、
滑舌悪くて、なんとかがなんなのか、一回も聞き取れない。
電車に酔って吐きそうなのでとても凶暴な気分でして、ムカつく。

たいそう惨めな気分になってきた。


なんかもう、めんどくさいから、もういいや、ブクブク太ってやろうと思うけど、
もてないのはいいけど、ブクブク太って醜いのはやっぱりテンション下がるし、
これ以上下がったら危ないので、これ以上飲まずに帰ろう。


仲の良い姉妹なんかがいれば、何でも言えるんだろうなぁ。

母と折り合いが悪くて姉妹いなくて、
子どもは男子でめちゃ自立させて育ててしまったところで、
わたしに必要なのは、やっぱり猫でしょうか?
姉妹も母も娘もないって、ハズレやなぁ。


息子が台湾数ヶ月から帰ってきて家にいたほんの数日の間だけど、
むすこに何か言った時の返事が「トエ(対)」か「トエトエ」で、
なんかとぼけた感じ。バカにされてるような感じだけど、
慣れるとかわいい音。


自分は疲れている時やダメな時はひとりにして
そっとしておいてもらわないとダメみたいで、
死ぬかと思ったときでさえ
介抱されるより一人でなんとかする方を選ぶくらいだから、
ストレスでボロボロの時は、本当にそっとしといてほしい。

多分今がその時。
自分の問題だけでいっぱいやねん。他意はない。
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シロタエギク

2016-02-25 | 小さいもの
うちのベランダには小さめのプランターが3つあります。
植物を育てるのは苦手ですが、子どもが小さい頃はベランダでプチトマトを育てた。
息子は、すごくトマト好きだったので。
実がなって、赤く色づくのは楽しかったけど、さほど美味しくはならず、
2年ほどでやめました。
そのあと、ほうき草を3年ほど。こぼれた種で続けて育てましたが
だんだんしょぼくなっていき、やめました。
その後数年何もしなかったけど、去年はマツバボタンを種から植えました。
これは結構おもしろかった。
1年草だし、なんの期待もしないで育てたのがよかったかも。
そして今欲しいのは、シロタエギク。

葉っぱが白く肉厚で、なんともやさしく不思議な風情。
花は黄色いけど、あまり開かず、特に綺麗なわけではないけど
この葉っぱだけでもいい、と思う。
これは何年か前に撮った、とても気に入ってる写真。どっちもフィルム。
      
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SUGAR TOOTH cafe

2016-02-24 | Weblog
大阪梅田で曜日替わりのカフェを、月曜だけ(時々日曜も)やってたお友達が、
京都に自分のカフェをオープンしました。

  
もう7年ほども梅田でされてたのですが、彼女の家は京都で
毎回荷物を持っての往復大変だなぁ、頑張ってるなぁと思ってたら
今度は自分のおうちの近くにお店を作られたということで、
京都へ行く用事のある日にお邪魔してきました。
 
 

梅田のカフェは、オープン時にわたしの絵の小さい個展をした店。
かわいいお店で、オーナー夫婦もとても素敵な方です。
そしてそこで7年間、ずっと週一カフェをしてきた、この友達も
真面目でよく考え、しっかり行動する尊敬する友達。
ケーキもとてもおいしい。
京都は大阪より、わたしにはずっと遠くて、なかなか行けないので
焼き菓子もたくさん買いました。

普段あまり甘いもの食べないけど、ここのお菓子は大好きで、
その中でも一番好きなキャロットケーキを、イートインでいただきました。
お近くの方、京都へ行かれる方、温かくてかわいいお店です、ぜひ。
→シュガートゥースカフェ(SUGAR TOTH cafe)
(営業は金曜日~月曜日で、火水木はお休みですので気をつけて)



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御影公会堂

2016-02-23 | 写真
に、オムライスを食べに行ってきました。
じゃなくて、写真を撮りに行ったんだった。
いや、もちろんまずはオムライスを食べましたが。笑

もうすぐ大改装が始まって1年間お休みになるのです。
それで食堂で集合して、お昼を食べて、それから撮影会という段取りで
セッティングしてもらって、それに行ってきたのです。

お昼はオムライスが有名なので、いただきました。
オーソドックスなオムライスで懐かしい味でした。
他のみんなは、オムハヤシ(ハヤシライスのソースがかかってる)に
した人が多かったです。他のもおいしそうでしたよ。


それから公会堂内外を撮影。
この日はお天気のいい祝日で、コスプレの撮影の人たちが
ほぼ全ての部屋を借りて、あっちでもこっちでもモデルさん撮影されてて
公会堂内の写真を撮るのは難しかったです。
いや、他の友達はきれいに撮っていたので、わたしの集中力不足ですね。
コスプレというもののセンスがヤンキーくらい理解できないのですよ。
世の中の、アニメというか萌え絵とかも全然わかんない。
何もかもが安っぽく薄っぺらに見えるわたしは、
もう骨董品のような古い人間になっちゃってるのかも。

そしてお昼の営業時間が終わった頃から食堂を撮影させてもらいました。
貴重なお話もいろいろ聞くことができて、楽しかったです。
厨房やその奥の使われてないいくつもの部屋まで案内していただいて、
とても興味深く撮影しました。楽しいお休みだった。
 

 

 

 
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映画:ニューヨーク眺めのいい部屋売ります

2016-02-21 | 映画


ダイアン・キートンを見ると、しゅっとしてるなぁと思う。
モーガン・フリーマンと、もう70歳くらいの夫婦の役ですが、今も魅力的。
彼女のファッションをもっとみたいけど3日間くらいの間の話なので
3回くらいしか着替えてなくて、もっと見たいなぁ。笑

ブルックリンに住む老夫婦、ずっと住んでて気に入ってる部屋だけど
エレベータがなくて階段がつらくなってきて
今後のことを考えて、引越しをしようということになります。
それで、買いに来る人が見にきたり、
引越し先のアパートを探しに行ったりするのですが・・・というお話。

変な人や困った人が多くて、まともな人はいないのか?と思ってると
おしゃまな感じの眼鏡の女の子(10歳くらい?)が唯一まともな感じ。
どのアパートを見に行っても、そこにいて、モーガン・フリーマンと会話する。
この子がかわいいし、右往左往する大人たちの中で落ち着いてて、ほっとする。

主人公の住んでいる眺めのいい部屋、とてもいいです。
人んちって、案外見る機会がないので、映画で人の家見るのは好き。
「ハンナ・アーレント」みたいな映画でも、家が素敵だなぁ~とそこばかり見る。
この映画も、アパートの建物自体もいい感じに古くて、
部屋もたくさんのものがいい雰囲気を出してて、
長年住んできた、こなれた雰囲気のあるいい部屋でした。
特に屋上?テラスがすごく素敵。
そこで主人公たちと友達がパーティをするシーンがあって、憧れます。いいなぁ。
やっぱり眺めのいい部屋っていいですね。
うちは3階で国道に面してて、眺めはよくないんです。
日当たりはいいんだけど、面してるのが国道じゃなく、
古い町並みだったり、緑もさもさの公園だったりしたらいいなぁと思う。

しかしながら、この映画の感想は、家ではなく、主役カップルのことだなぁ。
いい夫婦の夫婦映画です。
恋愛映画的な若い夫婦の話ではなく、もっと大人の、人生のパートナー同士の話。
70歳くらいだけど、お年寄りって感じはなく、ずっと「大人」のままなんです。
二人の若い頃の出会いや試練、どんな風に一緒に生きてきたかが描かれていて、
多少の意見の違いはあっても、
お互いへの信頼と安心と愛情を何十年も積み重ねてきたふたりの日常に、
なんか、人生で一度も結婚に憧れたこともしたいと思ったこともないのに
こういうのいいなぁ、こういう人生もありだったのかなぁ、とか
もうやり直せない自分の人生を、ちょっと寂しく切なくなったりしました。
心温まる映画で、見終わった後も気持ちいい映画なんですけどね。

生まれ変わったら、一人の人とこうして積み重ねていく関係をいうのを
やってみたい気もします。やっぱり無理かな。笑
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歌舞伎絵看板展と大衆演劇

2016-02-20 | 芸術、とか
ひょんなことから、よく知らない知り合いの時間つぶしに付き合うことになり、
その日は近くの美術館に行く予定だったので、一緒に来る?はい行きます、と。

それでよく知らない人とぽかぽかいいお天気の午後にプラプラ歩いて美術館へ。
やっていたのは明治期の歌舞伎絵看板展。
上方の歌舞伎絵看板と、江戸の錦絵が中心です。
ここは上方浮世絵(主に役者絵)の立派なコレクションがあるし、
うちからも近いのでうれしい美術館です。

同行したのは美術館には、子どもの頃よく親に連れて行かれたせいで
あんまり行くのが好きじゃない、という若い男の子でしたが
見慣れない浮世絵の存在感と独自性に、結構ノリノリで楽しく見てくれたようです。
浮世絵はいろいろ見てきたけど、役者絵か、風景画が多くて、
こういう看板絵はあまり見たことがなかったので、わたしも楽しかった。
浮世絵を見はじめて、最初はやはり北斎展や歌麿展などを見たのですが
そのうち春画も面白いなぁと思うようになり
今回の歌舞伎絵看板という切り口もまた、とても興味深かったです。
明治期の物は洋装やざんばら髪の役者が出てきたり、背景が洋館だったり
部屋の調度が洋風だったりするハイカラな感じが楽しいです。

帰り道、昔映画館があって今は大衆演劇の小屋になっている建物があって、
そこにあるのは前から知ってたんだけど、特に興味もなく通り過ぎてきたそこに、
同行の子が、入ろう!見たい!と言うので、
時間もちょうどいい頃だったし、こういう行き当たりばったりの日もいいか、と
初体験しました。

最初は、歌と踊りのミニショー、いわゆるレビュー??
そのあとにお芝居があって、最後はまた歌と踊りの時間という3部構成。
お芝居以外は写真可ということでしたが、単焦点カメラしか持ってなかったので
あまりちゃんと撮れませんでした。
スターの人たちの華やかさ艶やかさうまさ、プロってプロだなぁと思った。
そしておひねりを帯に差し込むファンの人たちも見て、
こういうのって全然知らなかった世界なので、非常に興味深かった。
田舎の温泉とかでお年寄りしかいない世界と思ってたのに
見にきてる人はわたしと変わりない年頃の人や、もっと若い子もいて驚いた。
なんでも興味を持って体験してみるものですねぇ。
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二人の女性

2016-02-19 | Weblog
2年ほど前の話ですが、カフェで女性二人の会話が聞こえたんだけど、
こわーっ!と思ったこと。
共通の友人の話をしてたらしいんだけど
二人は独身でその友人は既婚子持ちの様子。
「子どもの写真とか、全然Facebookに載せないなんて、おかしいよね~。
普通はみんな載せてるよね~。子どもの話全然しないで、
読んだ本のこととか音楽のこととかばっかりアップしてるのよ。
素敵な自分っていうのを見せたいんやろか。いやね~。
結婚できて子どももいるんだから、普通に幸せな主婦らしくしてたらいいのに、
嫌味よね~。ホント我慢してつきあうの、大変よ~」

・・・歪んだねたみ、こわっ!
でももし、その友人という人が子どものことばかりアップしたら今度は、
「彼女子ども出来てから、子どものことしか話題なくてつまんないよね~」
とか陰口言いそう。
この二人は結婚したいしたいって言ってたけど、
そういう嫉妬丸出しのままでは難しいかも・・・っていうか、
こういう方たちとはお近づきになりたくないわぁ。
そのお友達の方がよっぽど魅力的なのでは・・・。

この手の話はネットやテレビでよく見かけるけど、
わたしの周りにそんな人って見たことないので、
こういう人たちって、テレビドラマの中に類型的に描かれている、
現実にはいないけど誇張された嫉妬深い女像でしかないんだろうと
思っていたのに、実際に耳にしてびっくりしました。
いるのねぇ、こういう人たちって・・・。

写真は別の時の写真で、上の話に関係ありません。
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