この映画を見たあとに、オーストラリアで17歳の少年が
白人至上の差別主義者フレーザー・アニング上院議員に卵をぶつけて逮捕されたが
その後処罰なしで釈放されたというニュースを見かけました。
オーストラリアの首相は、オーストラリアに差別主義者はいらない、と
少年を擁護するコメントをしたということでした。
この17歳の少年のような人が、この映画の主人公です。
でも、映画の中のアイスランドでは、オーストラリアとは違って、
政府によりこの主人公のほうがテロリスト扱いされてしまうのです。
環境問題への抵抗活動(誰も傷つけてない)をたった一人でやり続ける女性が、
政府による世論操作で「ISと同じテロだ」という烙印を押されるのです。
と書くと、政治的なシリアスな映画と思われそうだけど、
いや、そんな一言では言葉では言い表せない、すごく面白い映画。
個人的には、ほんと好き好き大好きめっちゃ好き。
ひとりで生きている人、ひとりで戦う人というのがそもそも好きで、
この女性が目の前にいたら、恋に落ちると思うくらい、惹かれます。
広い荒野でひとり何かの作業をする女性のシーンから始まりますが
このシーンの景色も素晴らしい。
見渡す限りの草原は美しくどこか空虚で、アイスランドの空の色も独特に見える。
映像は広々として清潔でありながら充実していて、
その後に突然出てくる音楽家たちと彼らの奏でる音楽が、またどこか可笑しく素晴らしい。
この突然出現する音楽家たちの使われ方は、クストリツァを思い出したけど、
クストリツァのようなロマ音楽っぽい熱や騒々しさはなく、でもユーモアや情感はある。
そして物語は上述したように政治的な主題も主人公の運命も決して甘くはないのに、
厳しい中にもどこかユーモアというか抜け感、不思議な風通りの良さがあるし
そのユーモアには抑制が効いていて、でもセンスがよくてなんどもうまさに唸りました。
いやもう全てにおいて絶妙なバランスとセンス!
そして原題は「Woman at War」ですが、たちあがる女という邦題が、珍しく悪くない。
まあ、たちあがる女、戦う女というタイトルで見に来る人は多くないかもしれないけど。
主人公を助けるおじさんと、そのわんこも最高。
おじさんの青い車の色がまた素敵。
この車が花にまみれるシーンがあるのですが、これもまた印象に残る
きれいでユーモアがあって、しかもハラハラドキドキもある良いシーン。
あと室内のシーンでは主人公の家の壁に、ガンジーやマンデラの肖像写真があるのも
その仕組んだわかりやすさが、なんとなくユーモラスなんですよね。
ストーリーは、上述した抗議活動を密かに一人で続ける49歳の女性が主人公。
彼女は合唱団のの指揮、指導の仕事をしていて、ヨガの講師をしている双子の姉がいる。
(これ、一人二役と思うけど同じ顔なのに別人に見える演技のうまさ)
抗議活動が厳重な警戒や追跡により困難になってきた中、
何年も前に申請していた養子縁組の話が来て
状況が変わった今、お母さんになるという長年の夢を叶えていいのか迷いながら
それでも前に進む主人公。でも・・・
この養子対象の女の子は、ウクライナの紛争で親を亡くした4歳の少女。
写真の中の、きりっとした表情に、主人公は自分を見たのかもしれませんね。
そして、驚きと緊張のあと、一見ハッピーエンドっぽく終わりかけるけど、
結局主人公の活動は相手を助けただけだったかもしれないという苦さを
あのラストシーンが暗示しているのかな。
でもきっと主人公はまた、たちあがるだろうと思いたい。
アイスランドの映画は
「ひつじ村の兄弟」や
「ハートストーン」など何本か見ているけど
寒い国らしい自然の厳しさの中に、どこか不思議なユーモアがあるところが似てる。
人口35万人の世界最小の島国だそうだけど、
そして、アイスランドの政治はどんな感じなのかな。
オーストラリアのようなのか、
あるいは日本のようなのか。
映画では
政府や企業は抵抗勢力をテロリスト扱いすることによって、さらなる利権へ突っ走り、
愚かな国民は政府やテレビを信じて疑わない人が増えていきましたが、
ヘイトを扇動するようなことばかりしているくせに自分がさも正義の側に、
大義の側にいるように語るこの日本の首相を見ながら、
見たばかりの映画を反芻しています。
主人公と同じ49歳の監督インタビューより
「環境問題をテーマにした、私なりのアクション映画でおとぎ話です」
「そこに民主的なシステムの脆弱(ぜいじゃく)さが表れています。政治の世界では、ストーリーが重視されます。敵対した相手が国家の場合、“国家の敵”というシナリオが作り出される。公共の利益のために選ばれたはずの民主主義のリーダーが、自らの利益のために権力を操作することが、さまざまな国で起きています」
ジュディ・フォスター監督主演でハリウッドリメイクが決まってるそうだけど
絶対オリジナルの方がいいという自信があるくらい、好き。