sigh of relief

くたくたな1日を今日も生き延びて
冷たいシャンパンとチーズと生ハム、
届いた本と手紙に気持ちが緩む、
感じ。

月記:2012年10月

2012-10-31 | 月記
涼しくなってやれやれ、な月なんだけど
この10月はいつも以上に地味だった気が。後半風邪で。
でも、わたしにとっての一大イベント、東京大同窓会があった月。
同時に、ものすごく小さいどうでもいいことも記録します(笑)。


10月
・パティシエの友達のモンブランがすごくおいしかった。
・高い方の栗羊羹を買ってちびちび食べてる。秋は栗!
・ニットカフェが今までで一番の参加者数でにぎやかだった。
・津田大介さん講演会、懇親会でお話しできた。
・修理中のカメラが直って戻ってきた。
・初めてリバーサルフィルムで写真を撮ってみて、
 現像したフィルムのきれいさにうっとり。
・最近離婚した友達とランチ。すっきりした顔してた。
・フォイル代表竹内正和さん講演会。すごく面白い人。
・デイケアセンターへ絵の先生のボランティア。
・何十年かぶりに東京へ、マレーシア時代の友達とお泊まり同窓会。
・東京切手の博物館。
・息子とイタリアンディナー。
・風邪をひく。
・治ったと思ったらまた風邪をひく。
・映画2本しか見に行けなかった。
 「カルメン故郷に帰る」
 「雨情」
・この冬のブランケット編み始める。
・ホンマタカシ「たのしい写真」
・ハーブ・リッツの豪華な写真集。
・何度も上田義彦の写真集「at home」を見た。
・すごい夕焼けの中のきれいな虹を見た。

9月の呟き:後半

2012-10-30 | つぶやき
息子がジェイク島袋に突然ハマってるので、リビングがハワイな感じである。
高3の息子ですが、この一年ほどで、ジュリー、小田和正、
何とかという世界一?の口笛奏者、マットビアンコ、
そしてジェイク島袋、の順にハマっております。よくわからんー

明日の朝、中々起きなかったら、それはぼくがハワイにいるからだから、
無理に起こさないでね、と、
さっきまでジェイク島袋を聴いてた息子に言われた。
・・・もちろん、叩き起こすぜ。w


味だけでいうと、キウイは大好物ではない。おいしいけど、
ちょっと刺激のある果物だよね。優しい味ではない。
でも、半分に切ってスプーンですくって食べる食べ方が、簡単なのがいい。
あと色がきれい。きれいな黄緑よねぇ。
桃はおいしいけど、皮剥くのはめんどう。
スイカは長らく一番好きな果物だったけど、
大きくてゴミもたくさんでるし、扱いがめんどう。
でも、果物はどれも好きだな。


うさぎのケージの横のソファにいると、
たまに、うさぎが、じゃーっておしっこする音が聞こえる。
ちゃんとトイレにしたかな?といつも焦って見ます。


なんか、今日の紛糾は、わたしは心情的には若い方の意見だし
理屈もそっちの方が通ってると思ったんだけど、
年齢的には年配の方に近いのよなぁ。
自分の少し年上くらいの男の人のかなり多くが、
わたしにはすごいおじさんに思えるんだけど、
自分もそう思われてるのかもなぁ。パソコン使えないし(笑)

自分と同じくらいのごく普通に見える独身サラリーマンの人と話しても、
五分くらいで、なんだこの人、とびっくりしたことが、結構ある。
結婚したら家にいてほしいですねぇ、とか家庭的な人がいいです、とか、
今だにそんなこという男がいるんだ!と驚いたよ。
こんな男の人が、案外いるわけだから、若い専業主婦願望の女の子も、
まだ希望を捨てないでいいと思うよ。わたしはごめんですが。

でも、家庭的ではあるとは思うけど、自分。(笑)
友達少ないし、引きこもりだし、料理できるし、地味だし、
顔もクラシックだし。
いや、マジで。(笑)


>カロリーを採る以上に使えば痩せるのに
>ダイエットできないなんてマジわかんない。
>痩せたくないだけじゃないの
と書いてた人がいたけど、
こんなにわかってない人もいるのねぇと驚く。
ダイエットを頭の問題としか思ってない。
そりゃ計算は誰でもできるでしょうよ。
わかっていても、できない心の問題が大きいものなのにねぇ。
これ書いた人は、先生やってる人のようだけど、
勉強すれば誰だって成績良くなれるのに、勉強できないなんてマジわかんない。
成績良くなりたくないだけじゃないの、って生徒に言ったりしてないよね(笑)
頭が一人一人違うように心も、体質だって一人一人違うんだけどね。


>How are you? は今の日本語で言うと
>ご機嫌いかがでござる?みたいなもんで
>外国では誰も使わないよ。
>学校教育は古くて使えない。
というようなことを書いてたツイートがたくさんRTされてたけど、
いやいや、ごく普通に言うよ、How are you? って。言います!
英語コンプレックスのある人は、こういう、
自分の習った学校などの英語を否定するデマに、すぐ飛びついて広めるから困る。
こういうデマを信じる人、多すぎ。
学校の英語、しっかりやりましょう。
足りないものもあるけど、きちんとやると悪くないから。役に立つから。


バス、滅多に乗らないので、結構好き。田中小実昌になりたい。


元ヤンキーというのが、本当にわかんないんだなー、わたし。
一度でもヤンキーになる感性の人というのがすでに
完全にわからない存在なので、
そんなわからない存在が、わかる存在に変るというのが、
もうわかんなすぎるのだ。
なんのこっちゃ。
だからつまり、元々わかんないのはヤンキーというものなのですが、
わからなすぎて、それが後に、ヤンキーでない普通の、
あるいはかっこいい人種になったりするのもわからんということです。
わたしの心が狭くて、一度でもヤンキーだった人を認められない、
ということではないです。
いや、そうなのか?
ネトウヨとかも同じだなぁ~。わからん~
ヤンキーの感性って、矯正可能には思えないんだもん。
TL中のヤンキーと元ヤンキーを敵に回したかも?
でも、わたしのTLにヤンキーっている??
いたらごめん。


>在日の人が嫌われるのは
>ときに日本人の顔ときに外国人の顔を使い分けてるからだよね。
>まぁ日本人になっても叩く人はいるだろうけどさ、
>民族の帰属意識は半島にあるだろうから
と書いてた大学生へ返信。
親も自分もほとんど行ったこともない言葉も知らない国に
帰属意識???


この前、家事いやいやスイッチが入った時に
息子を食器&お弁当箱洗い大臣に任命したのが効いて、
なんだかラクである。いえい。


何着ようかなと、ぼんやり裸でいたら(パジャマは洗濯機に入れちゃった)
ホントに寒いね、もう。
そうなると、秋の温かい服、ではなく、
この夏に着そびれた服はないかな、と思う。
着残した服を一度着ておかなくてはと思う。
常に、前より後ろを振り返りがちな性格なのよね。
そして、やたら涼しい服を着て、なんか寒いです(笑)


>男が自殺しやすいのは
>男からも女からも無職に極めて厳しい社会的風潮があるからだろう。
>女はそうではないからな。
と書いてた人がいて、
まあそれもあると思うけど自立度が違うんだと思うなぁ。
子どもの親権で元夫と話したとき、
専業主婦だったわたしは元夫に
「お前に何ができる?何もできない。無理にきまってる」
と言われたけど、十分な定収入を得る、という一点以外は、
ほぼ全部わたしの方が何でもできたんだけどね。
仕事だけできたら、他のことが何もできなくても、
自立していて何でもできる気になるという男性は、何なんでしょうね。
や、定収入があるのはすごいことだけど、
それひとつ失えば生活の工夫の一つも知らない昔の男は
生きてくの難しいでしょと思うけどね。
自殺者が多いのは50代男性って聞くしね。


帰る前にちょっとホッとしたいのに行く場所がなくてドーナツ屋、というのが
絵や物語になるのは、若いうちだけだな。

フレンチクルーラーもぐもぐ。
せめて日が暮れてれば飲みに行くんだけど。
あ、駅向こうの立ち飲みという手があったか!
しかし、すでにドーナツもぐもぐ中。


今日みた映画「昼下がり、ローマの恋」でのモニカ・ベルッチの体形、
特に胴体について、けっこう無理!という声が聞こえたけど、
イタリア美人はあれくらいアリだと思う。
あれだけのゴージャスな美貌とボリュームがあれば、
ウエストのくびれが足りなくても文句言わせない迫力もあるし。

わたしの顔と体形であの胴体なら、ドラえもんだけど・・・

モニカ・ベルッチ無理、とかいう日本男児は、
どうせあんな美貌が目の前に現れてもびびって何もできない、干し草食ってろ、
な草食な者どもでしょうし。(笑)


今、ニットカフェについて、なんか
失礼な感じのお問い合わせ電話があって、ちょっとなぁ。
編み物教室探してるんですけど、というので、教室ではないのですと説明。
教室ではないので授業料もいだいておりませんし、
きちんと教えている場所ではなく、
サークルのような感じで楽しんでます、と説明。
でも、全くの初心者の方には基本が編めるようお手伝いはしています。
というと、「材料はもってるんですよ、それに
授業料とかお金のことじゃないんですよ」とキツい感じで言われる。
こちらだって別にお金の話してるわけじゃないよ。
無料だから、教室とは言えないのだと言っているのに、通じてない。
「じゃあ、他のお客さんに教えてもらうってわけなんですか?」と言うので、
だから教室じゃないんだから、先生もいないし、
お互いわからないところは気楽に聞ける場所なんだと言っているのに。
根気よくもう一度説明すると、
「うーん、そちら見学行ってもいいんですけどぉ~、
じゃ、他の教室知りませんか?」
行ってもいい、って、別にお願いしてもないのに、すごい上から目線・・・。
それに何度も言ってるように、うちは編み物教室じゃないんだから、
同業者でもない他の教室知らないってば。
「教室やってるわけではないので、よそのことはちょっと」と答えると、
「え、他の教室知らないんですか?」知らんわい・・・
「ですから、うちは元々カフェですので編み物教室のことは」ともう一度答えると、
えー、じゃ、もういいです、と電話を切られた。
いや、うちのニットカフェでも十分教えられると思うんだけど、
(常連の方でプロ級の人も何人かいらっしゃるし)
こういう態度の人がくると他の参加者の方にも申し訳ないし、結構です。
来ないで下さい、と思ってしまった。言わないけど。


ちょっとお茶しない?と近所の友達とお茶をする、ってこと、
すごく珍しいので、なんか楽しい。
市内の人、もっとお茶とか誘おうかなぁ。
みんなわたしみたいにお気楽じゃないか


弟に借りてる押すだけのコンパクトカメラ、コンタックスの
写真をフィルム1本現像してもらったけど、今回はイマイチ。
前のときはもう少しいい感じに撮れたのに、よくも悪くもフィルムっぽくないなぁ。
やっぱり一眼レフの写真の方がずっときれいに撮れてる。
一眼レフに慣れちゃったからかな(とうほど慣れてないけどw)


3ヶ月くらい。こわいくらいの抜け毛が続いてたのに、
昨日から、ぱたっと、マシになった。
何だったんだろう。そして今日一日苦しんだひどい頭痛も今収まってきた。
元気出てきた。


二十歳くらいの学生の子の孤独なんて、
時代がどうのこうのというものではないんじゃ?
「共同体の解体」「孤立した若者」なんて後付けっぽいとわたしも思うな。
本質的な孤独の問題は、人間が生きているということに内包されているもので、
現代の若者云々と言ってしまうのは「デマ」だよねぇ。


阿呆な暴走族(って今も言うの?いるの?)が、
うちの前の国道上りをパトカーに追いかけられながら通り過ぎた十数分後、
今度はパトカーなしで同じ爆音轟かせながら下ってった。
パトカー、ふがいないなぁ。


↓まさに。うちの子、下僕は必要だけど孤独にはすごく強いヤツですよ。
> うさぎはさみしいと死ぬみたいな言葉あるけど
>あれ寂しがらせる=ちゃんと世話してない
>=繊細なうさぎはすぐ死ぬ ってことだからね 
>実際世話だけして一人にしておくとあいつらめっちゃ楽しそうだから


手を繋いで歩き回るのに、ちょうど丁度いい、
絶妙な肌寒さの夜なんだけど。

ボローニャ国際絵本原画展2012

2012-10-29 | 芸術、とか
毎夏行ってる西宮大谷記念美術館の、ボローニャ国際絵本原画展。
このブログでも2005年から毎年感想書いてますね。
いつも真夏で汗だくになって行くのだけど、
今回(9月半ば)は案外涼しくて、
こんな涼しい中行ったのは初めてかもしれない。
涼しいと行っても暑いけど(笑)、
毎年、最初の方に行っても、終わりギリギリの日に行っても
いつもだくだくに汗をかいてた記憶しかないので
それに比べれば、ラクだった気がしました。
今年の夏も暑かったけどね。

絵はねぇ、CG全盛期は過ぎたのかなぁと思う、
数年前が全盛だった気がする。
数年前まではほとんどの絵がなんらかのデジタル処理をしてた。
それが数年前から、エッチングなど版画が増えたりして、
今年は鉛筆、色鉛筆、水彩絵の具、といった、かなりカジュアルな、
身近な画材の絵が増えていた気がする。
コンピュータ処理を一切していない手仕事が、
数年前に比べると増えてるのでは?
気のせいかな・・・。

もちろん、入賞作にはすべてパソコンで描いたというものもあり、
それはそれでとても素晴らしいものでした。
パソコン使おうがどうしようが、絵本を見る子どもにとって
(大人にとっても)表現方法に是非はないのです。
できた絵が、よければいいのです。

でも、それを重々承知の上でわたしは、
やっぱり色鉛筆や水彩絵の具の揺らぎのある原画が好きだなぁと思うのです。
これはだから、是非ではなく単なる好み。
それと、デジタル使えないダメ人間のえこひいきです(笑)

最近は、絵本も、このセンス日本人っぽいと思ってもトルコ人だったり、
これはイタリアっぽいなぁと思ったら日本人だったりします。
そしていつも、こんなことまでしていいんだ、こんな発想があるんだ、と
大人の本では中々ないイマジネーションの豊かさに感心します。
暑いのが何より嫌いなのに
毎年見に行くのは、年に一度頭のどこかを
柔らかくもみほぐすためなのです。

写真は大谷記念美術館の庭にいるうさぎ。

小さいチョコ

2012-10-28 | 小さいもの
小さな粒チョコの入った
ゴディバのケースがかわいいので
中身を全部食べちゃったあとも
そのままチョコを入れようと
ちょうどいいチョコを探していました。

マーブルチョコはカラフルすぎる。
別にゴディバのフリをしなくていいけど(笑)
一瞬間違えるのが面白いからね。

チョコボールは、大きさは丁度いいけど
中がピーナツかキャラメルで、チョコだけの方が好きなので却下。

そして丁度良さそうなのが、コンビニで見つけた
ギャバというチョコ。
なにやら体に良さそうでもあるし
ちょっと粒が大きめだけど、ま、いいかと。

それを見たうちの18歳、笑って曰く、
ギャディバだね。(笑)



以下、上の文に全然関係ないけど自分記録用に貼っておきます。

こちらの写真は同じものを違うレンズ(35㎜f1.8)で
同じ画角になるように撮ったもの。
被写界深度が違うのでボケ方が違います。
こっちの方が明るいレンズなので開放だとよりボケが大きい。
トップの写真のは40㎜f2.8。

9月の呟き:前半

2012-10-27 | つぶやき
クンデラは大好きな作家ですが、わたしは短編の方が好きです。
長編は、なんか、倦怠のようなものが、
わたしの許容量より、ちょっと多い(^_^;)


いつもはベベチオのライブ行って生の声を聴いても、
ひとりになって静かに
CDの早瀬君の声をひとりじめしたい気持ちも同時にあるのに、
今日は何だかずっと、スピーカーから流れるギターの音に
ゆらゆら揺れていたかったなぁ。


息子が久しぶりに落語を聞きながら、
この出囃子の呑気な感じからいっても、落語って悪意がないよねぇと言う。
中学3年間1日欠かさず、落語を聞いて寝てた息子です。


どうなりたい、という自分が、全く思い描けなくなって何年だろうな。
来年の自分のことがもう考えられない。
いなくなっててもいい、というか、そうしようと
いつもどこかで思ってるかもなぁ。


ドライ表示でも、大体家で洗う。
学生時代、某ブランドのパジャマを買ったら
コットンなのにドライ表示で、
でも、それはそれは柔らかい生地で、その風合いをなくしたくないので、
指示通りドライクリーニングに出そうとしたら、母に怒られた。
まあ、そうよね、パジャマだもんね。結局家で手洗いしましたよ。(笑)
淡いピンクの、ゆったりした正統派開襟デザインのパジャマで、
ベージュのパイピングがついてた。
ソウルに留学してたとき、このパジャマのまま、上からコート着せられて、
寮の友達たちにディスコに連れて行かれたことがある。
クリスマスイブだった。
ひとりでパジャマ着て本読んでたかったのに。(笑)


涼しくて、虫の音と秋の予感が気持ちよすぎて、眠れん。


扇風機という日本語はよいね。fanより、ずっといい。


がーん!ショック!
フィルムの現像、駅前に二軒あって、
一軒は2日かかるけど、一軒は一時間でやってくれてたのに、
機械が壊れたから、これから2.3日かかるようになるって。
機械を直す気はないらしい。その時差はあんまりやー。・°°・(>_<)・°°・。
梅田のヨドバシでさえ翌日で、当日現像はしてくれない。
ひどいなーヽ(´o`;
これは大問題だわ。
あれか、白黒にして、自分で現像しなさいということですか?


夢でバス遠足に行って、わたしだけ自転車を持って行ってて、
何処かの路地に停めたまま忘れて帰ってきてから、わーっと焦っていた。
それをTwitterに書き込もうとしてた。
目が覚めて、こんな夢見た、とTwitterに呟いたら、それも夢だった。
今はこれ、夢じゃないよね?(^_^;)


雨だ。でも豪雨じゃなく、しとしと降ってます。
しとしと。
そして少し涼しい、真っ当な雨だね。


>「道に迷った人は、たいてい消息を絶った地点から
>およそ150メートルから300メートルの範囲で見つかる」
>(『イマココ』コリン・エラード/64ページ)
はぐれものだから、いつも迷うけど、
小心者だから、あまり遠くまで迷うことができない。


関西弁の「せやろ」(そうだろ)という呟きが、
「やせろ」に見えてしまう、この頃の食べっぷり(^_^;)


自分で考え実験する子たち。とても好感。
>「38℃の日は暑いのに38℃の風呂に入ると熱くないのはなぜか」
>「きっとこの人は自分では風呂にもぐってみないで、
> 頭で考えたのだと思いました」
(愛知県刈谷市立刈谷南中学校科学部)


写真というのは、
「芸術かどうかにかかわらず、住所不明なメディア」
「本物にたどり着かない芸術」


コントロールできないいらいらって、ほとんどなかったのに。
一人だとなんだか泣いて寝ちゃうし、
人と一緒にいる時はコントロールできる。
いい加減大人になってきた息子という存在が、
丁度あかんのかもしれないな。
自分より遠くて、他人より近い。
そしてほとんど大人だから守るべき存在でもない。
八つ当たりは自覚を持って、宣言してするので、
それで息子が傷つくことはないだろうけど不快ではあるでしょう。
向こうは今受験生で逃げられないので、
わたしの方が家出をします。ちょびっと。
つくづく、人と住むのに向いてない。w


あせもの上を蚊に食われるという拷問。痒い痛い痛い痒い(^_^;)


女性が生涯経験する月経期間の合計は平均6.9年。
男女の平均寿命の差は6.96年。
女性はちょうど生理に費やした時間分、男性より長生きをする。
命を貯蓄し、人生の後半に使ってるんだろうか。不思議。


某映画祭サイトに載せるわたしのスタッフ紹介用の顔写真を見て、
スタッフで年配のカメラマンさんが
「若い頃の写真?きれいに撮れてるねぇ~」と。
いや、この春に撮った写真です・・・。
写真は褒められてるのかもしれんが、
褒められてる気は、全くしなかったです・・・。


潔癖で清潔で凛として正しい強さに憧れるし近づきたいけど、
わたしの妙な弱さと頑固さはそうでないものを排除できない。
破滅型の無頼につい寄り添って、泥の中の純情的なものの方に共感してしまう。
ということをこの前映画見てた時にふと思ったんだけど。
正しいということに誇りを持ってまっすぐ生きる人はまぶしいけど、
ぐだぐだにダメになってだらしなく壊れてく人の中にばかリ叙情を見てしまう。
自分がそうならないように気をつけるだけで、精一杯になる時が来るかもなぁ。


わたしの場合はむしろ制度へのアレルギーではなく、
それを強制されることへのアレルギーが強いですね。
しきたりや制度自体は個人的には好ましいものもあるし、
好ましくなくても気にならないものも多いけど、
どんなに好きなことでも強制されるのが苦痛です。

とはいえ、人生の重要事のほとんどを、
人に決められ強制されてきたけど、数年前まで。
今もまあ、その後遺症というか後始末の中にいる感じだな。


うさぎが天寿を全うするまで数年、その頃には親があれだよなぁ。
介護をわたしが全面的に担うことにはならんだろうけど、
近所に住む気楽な独り者の娘ってことになるから、
ほっとくわけにはいかないだろう。
それで全部のしがらみ乗り越えた時に、
何か楽しめる気力体力が自分に残ってるとは思えない。
ま、いいや、その時に考えよう。
とりあえずあと半年呑気にしてよう。

というわけで、お出かける。


ものすごくお金に困る気もしないけど、
お金持ちになる気もしないなぁ。
息子は、いつか島でも何でも買ってあげるよ、とかいうけど、
信じていいのか、息子(笑)。
息子には、いつとは知れぬ未来のお手伝いさんつき豪邸の約束より、
今の皿洗い当番をちゃんとやってもらう方が確かなことであるよ。
頼むよ息子。


九月やから、そろそろ栗羊羹を買わんと。
高い方のを買うのに、毎年決意がいるし、
同じ値段でケーキ8回くらい買う方が得ちゃうん?と息子に言われるけど、
そうゆう問題とちゃうねん。
秋は栗羊羹食べなあかんやん。
栗の合間に羊羹があるような栗たっぷりなやつで、
ほくほくの和栗のやつを!
1000円のと3000円のがあるんだけど
ここはぜひ豪華な方を!
一度にたくさん食べられないので、ちびちび長く楽しめます(^-^)
そして、栗羊羹買うと、夏の間冷やした麦茶ばかりだったのが、
熱い煎茶の美味しさをおもいだすよのねー。


電車の中などで、することがなく、まじまじと持ってるカメラを見ていると、
キズやスレが見えるたびに、なんかきゅんとするのな。
もう30歳くらいの中古カメラだと思うんだけど、健気だなぁと。
ふらっと友達のいる中古カメラ屋で、本当にふらっと、
何も調べず考えず、選んでもらって買ったカメラだけど、
どんどんかわいくなってきた。

カメラほど、面白くてかわいい男性は、あんまりいない(~_~;)


そういえば、生まれて初めて、おはぎを買ったよ。
生まれて初めて、おはぎを買ったけど、
おはぎを食べるのは生まれて初めてではありません。


午前中から仕事の後のランチまで、
ずっと穏やかで温かい人ったちと一緒にいておしゃべりしてたのに、
猛烈にさびしいのはなんだろうなぁ。
家に帰らずに人ごみの中で、しらない人たちの声をずっと聞いていたい。

でも疲れて体が動かないので、ちょっと横になる。

みんなみんな、かしこいし、やさしいし、元気で朗らかだし、
いい感じに呑気だし、センスが良くて、ばりばりやってて、
ああ、自分以外みんなすごい!状態、に、またずぽっとハマってます。
ずっぽり。ああ。
自分より無駄に年をとってて、自分より何もできない人は、見たことない。


ものすごく食の細い人とランチした。
もちろん彼女は食べきれないので、手伝った。
お昼自体、普段は食べないらしい。
夜もほとんど食べないで、ビスコをアテに赤ワインを飲んでいるらしい。
ビスコとワイン・・・わからん・・・(笑)
昼は食べない、夜はビスコとワイン、で、朝もあんまり食べないらしい。
すごく痩せてるけど元気そうで、毎朝1時間以上走っている。
拒食症とかには見えない、単に食の細い人。
外国人より異星人より、遠いぞ、わたしには。


ボタン付けは、わりと好き。糸と針とボタンの関係に無駄がなく、
仕組みがうまく出来てるなぁと思う。気持ちいい。


眠れん眠れんと毎晩、いつまでもベッドの中でぼやいていますが、
午前中に仕事がない日は、眠れないのも苦じゃないのです。
治ろうとしない患者のようなものです。
でも、そういう日には案外早く眠れる。
おやすみなさいー。今日は2時には寝ていたい。


川西市に楽天が新拠点。東京ドーム1.7個分の巨大物流拠点と。
川西のどこに作るのかなぁ。ううーん。


子供の絵の教室をずっとやってると、
子どもの目のデリカシーのなさと、乱暴さ、美意識や感性のなさに、
時々つくづく疲れる。子どもの線のすごさは認めるけど。
そして、月に一度の大人の教室で、
普通の主婦という世間で評価もされなければ
何の可能性も見てもらえない人たちの、
気持ちの柔らかさ、感動する気持ちの柔軟さ、
どんどん開いて行く感性に、ほっとする。
だからといって、いい絵を描くとは限らないんだけど。
どちらも、そういうもので、どっちが悪いと言ってるわけじゃないんだけど、
世間では子どもの感性信仰がすごいので、
それ違うよと言い続けている。
中には、綺麗なものが好きで、絵が好きで、
こちらの言うことがすぐにしみ込む子どももいるけど、多くはない。
たいがいの子どもは何年も言い続けても、
ほんの少し、注意深く見るということさえ、できないままなのが、普通。


苦労はいいけど、徒労が嫌なんだなぁ


髪型がうまくキマるか、五キロ痩せるか、
お金が降ってくれば(湧いてきてもよい)
なくなるくらいの憂鬱だと思うんだけど、どれも難しいんだよ。


虫の声を数えてみる。静かに聴いていると、
案外たくさんの種類の声が聞こえる。
私鉄とJRに挟まれた国道沿いマンションの三階の窓からでも。静かに!

空雨のあと、きれいな音しか聴こえない
車のタイヤの音も、仄かに聞こえる電車のアナウンスも、
iPhoneの文字入力のコツコツいう音も、
風や虫の音と同じくらいきれい。
静かで素敵な夜中だなぁ。

月の光の音も聴こえそう。

真っ暗で静かで涼しくて虫が鳴いてると、
こんなに落ち着いて悲しくもさびしくもなく
ゆったりした気持ちになれるのに、
そういう時間はちょっとしかないからなぁ。
大抵、明るすぎるか暑すぎるか寒すぎるかうるさすぎるか、だもんな。
扇風機は、寒いくらいで必要ないんだけど、
寒い感じが嬉しいので、ゆるく、回している。


セアカゴケグモこわいなぁ
大人しい攻撃的でない蜘蛛だけど毒は持ってるって。
それ、まあ正しい気はする。
護身用の毒ってことよね。
わたしも毒ほしいなぁ。
噛むと出る毒。
大人しいし攻撃的じゃないから、わたしにもあってもいいのに。


昔何かで読んだ、スタイリストの人が書いてたこと。
自分のセンスと違って全然好きじゃないものでも、
他の人がいいと思える所をいいと思えることが大事。
これは前によそのギャラリーで働いた時に痛感した。
全く自分の趣味と違うものでも、
いいところを認めて、それなりに好きにならないと売れない。


ちなみにわたし自身は、実はインテリアにあまりこだわりがないのだと思う。
いや、あるけど、妥協して暮らしてこれたってことは、
ないってことと同じよね、と。
たいがいのことは、まあいいやと思ってしまう
妥協だらけのわたしの美意識は大変ゆるゆるのヘタレ美意識です。
だから絵描きになれんかったw


そして部活(オケ部)引退後の息子は、バイオリンを弾けなくなって今、
口笛に凝ってます。
実は彼は昔から口笛の練習には熱心で、
口笛日本一や口笛プロミュージシャンの演奏を聴いては闘志を燃やしている。


炊いたご飯を、スープなどでゆるめて作る食べ物は、リゾットではないー!
洋風おじや、またはスープご飯である。
リゾット原理主義的には。

大人のアートクラス

2012-10-26 | 芸術、とか
写真のクラスで数回ご一緒した方に頼まれて
大人のアートクラスを時々しています。
きちんとしたデッサンや技術的なことではなく
もっと気持ちを解放して楽しめる
楽しい教室がいいということで
子どものクラスでやってることを少々アレンジしてやってます。

これが、楽しくて仕方ない。
大人は感性も心の襞も豊かで
いいものを作るためには多少の忍耐力もあるし
発想も子どもに負けないし素晴らしい。
はっきり言って、大人が子どもに負ける所なんて
ほとんどない。
感性も自由さも純粋さも優しさも
どう考えても全部大人の方が上です。
個人差はあるし、わたしのまわりが
素敵な方ばかりのせいかもしれないけど。
子どもの純粋さ神話は信じていません。
無知から来る無垢はあるかもしれないけど
無垢にはいいものも悪いものも、すぐに積もって行くからね。

まあ、でもどうしても勝てないものがあって
それは子どもの引く線ですね。
あと、壊すことを恐れない、その不敵さ。
(これは個人差があって、子どもでも苦手な子もいるけど)

子どもの線にはもう、勝てないです、何をやっても。
ピカソは頑張ったし、頑張ったからあれだけの芸術家なんだけど
普通の子どもでも、低学年くらいまでの子どもの線は
何の努力もなしに、素晴らしいと思う。
なのに、幼稚園くらいになると
その、せっかくの線でプリキュアとかばかり描くようになるのが
もったいないなぁ~。

それはさておき、大人の教室。
これは今は出張講師として行ってるのですが
いずれ自分のお店でクラスを持ってみたいものです。
のびのびとした工作もしながら
きちんとした技術指導も(下手だけどw)たまにはする、と。
これは一つの小さい夢。

工作と道具と個性

2012-10-25 | 芸術、とか
工作についてなんだけど、モノ作る場面でこれはいい考え方と思う。

>『なにを作りたいか』が基本なんだけど、
>じつは、工作においては、『なにを作りたいか』よりも
>『なにを使いたいか』が大事なの」
>あ! わかった。オリジナリティーはね、
>工作そのものよりも世界観で出すの」(ほぼ日山口工務店)


創作という場面では、技術より何を作りたいか、
何を表現したいかが大事、みたいなことがよく言われるけど、
それにとらわれすぎなくていいと思うの。
面白い道具があって、これ使いたいなぁ~、
どういう風に使おうかなぁ、が出発点でも全然いいし。
まず表現ありき、でなくてもいいんじゃないかと。

個性ということにおいても、まず個性ありき、という方針は
作品も自分も、あざとく薄っぺらくすると思うの。
そういう時の個性って個性じゃなく単なる「差異」にすぎなくなっちゃう。
もっと好きにしたらいいんじゃないかな。
ホントに好きにしたら、自ずと個性は出てくるし。
大体個性ってそんなに大事か?
盗作とかコピーになると、オリジナルな作品としてどうかと思うけど、
自分を出し切って、それが何か誰かに似てても、
全然かまわないんじゃないのかな。
「差異」はあんまりなくても「個性」はあると思うな。
好きなことを好きなようにすればいいと思う。
わかりやすい「差異」がないと売れないし、
有名になりたい成功してお金持ちになりたい、ということであれば、
そこにはわかりやすい「個性」がいるんだろうし
それは別の方法論が必要でしょうが、
根源的な、モノを作りたい、創作したい、という問題であれば、
個性もテーマも、とらわれる必要はないものだと思うけどな。

子どものアート教室というのは、そういう意味で
純粋に作ることを楽しむ場だから、
個性という名の、単なる「差異」や、テーマや、
売れるためのいろんな雑音にかかわらずに済むのよね。
それでわたしは、ますますいわゆるアートの世界というかマーケットと遠くなり、
静かな極北に向かっちゃうんだな。

しょっちゅう言ってるけど、わたしはアンチ個性主義です。

落語が子守唄

2012-10-24 | Weblog
ぶあっはっはっはっはっー(爆笑)
ちょ、ちょっ、ちょっと面白いー!
朝の五時に、涙が出るほどバカ笑いして目が覚めるとは。
ぶぁっ、はっはっは~っ!

と休みの日の朝に、半分寝ながら、馬鹿笑いで起きることがあります。
最近寝る時に落語を聞くようになったので。
どうも眠れない時に音楽を聴いているのが
ますます眠れない原因なのかも、とふと気付いて。

寝る時はこの数年は何も聞かないことが多かった。
夜中の車の音や風邪の音、人の足音が
細く開けた窓の隙間から聞こえるのが好きだった。
でも眠れない夜は、退屈でつらくて
つい音楽を聴くことはあったのです。
だけど
聴けば聴くほど、いろんな考えで頭がいっぱいになって
眠れないことに、ふと気付いた。
音楽だと、わたしの頭の言語部分?が空いてるのか、
考えるのが止まらなくて眠れないんだけど、
落語だと聞いてても聞き流してても、
言語スペースが埋まってるので、
ふわんと眠れる、ということなのかなぁと自分では思ってます。

落語は人の話し声で
人の話し声はいい。
落語の声なんて賑やかでうるさいように思われるけど
基本的に1人の人が話している声だけです。
音楽より情報量は少ない。
ラジオと違って、基本的に知ってる内容だし
安心してリラックスできる。
うとうとできるし、
そして眠れなくてもあまりつらくない(笑)。

ある夜中、本当に眠れなくて

>子守唄がわりの落語が、すでに4つ目の噺。
>話してるのは二ツ目だけど(笑)。

なんてアホなダジャレをツイッターで呟きながら眠った朝方、
まだ流れているiPhoneの中の落語の切れ端に
笑いながら目を覚ました上記の馬鹿笑いは
某二つ目さんの新作落語でした。
ばかばかしくておかしくて優しいです、落語は。

切手の博物館

2012-10-23 | Weblog
今回の東京では、新宿のハイアットリージェンシーに泊まりました。
現地の友達の手配ですが、
何やら女子会プラン?的なお得なプランで安く泊まりましたよ。
お昼は、別の友達の大推薦で、そこのビュッフェでした。
中途半端なホテルのビュッフェは、
お腹ばかりいっぱいになって、味の方は?なことが多いのですが
ここは美味しかったですね。


お昼のあとはチェックインして、ひたすらしゃべり尽くす1日。
宿泊したのは6人だけど、近くの友達が入れ替わり立ち替わりきて
結局11人の友達と楽しく過ごしました。

4時頃まで起きていたので、朝は寝坊+ゆっくり支度して、
チェックアウトのあと、景色のいい高層階のレストランで食事をして
(スカイツリーも東京タワーも見えた!)
名残惜しみながら解散したのが3時頃。

すでに体調を崩してよれよれだったので
もう、まっすぐ家に帰ろうかとも思ったけど、
山手線目白駅近くにあって、新宿から行きやすい
切手の博物館にだけ、最後の力を振り絞って、寄ってみました。
20年以上行ってない間に、新しいものが山ほどできてる東京で
唯一訪ねて見たのが、切手の博物館という・・・
わたしって地味な人間だなぁと、再認識する旅行でした(笑)。
新しいものも流行のものもたくさんあるけど
興味がないし、たくさんありすぎて選べないし興味もないしね。


切手の博物館は、関西では有馬のものに行ったことがあります。
小さいけど職員の方が熱心で親切で感じのいい場所でしたが
ミュージアムショップがなく、そこが残念だった。
でも東京の切手の博物館はミュージアムショップもあるし
切手屋さんも3軒入ってて、楽しいですよと
切手好きの友人に教えてもらったので、一度訪ねてみたかったのです。
目白から線路沿いに数分歩いた分かりやすい場所にあって
ジュエリー切手の展示をしていました。
展示自体の規模は大きくなく、有馬の方が充実してたけど
ショップは楽しかったです。
オリジナルのハガキなどを買って
切手屋さんで額面切手を普段使い用に大雑把にたくさん購入。
(普段のハガキや手紙に貼ります。)
あと、少しだけ外国切手を買いました。
かなり疲れていて、あまりじっくり選ぶ力が残ってなかったのは残念です。
最近、あんまり切手を見てなかったけど
やっぱり切手は小さくてきれいでいいなぁ。


↑これは留守番してたうちの18歳へのお土産。
彼は切手には興味はないけどビートルズファンなので。

懐かしい大事な友達に会って存分にしゃべって、
小さい切手を買って帰る、わたしらしい旅行だったと思います。

10年ぶり

2012-10-22 | マレーシア
週末、東京に一泊だけ行ってきました。
何十年ぶりの東京で
十年ぶりの友達10人ほどと会って
うち6人はホテルでお泊まりで
同窓会というか修学旅行というか。
すごく楽しかったのに
夕方から体調を崩し
みんながしゃべってる後ろでマスクして横になって
珍しく?口数少ない人になってしまった。
相変わらず軟弱虚弱です。
あー、くやしい。

マレーシアに住んでた頃、同じコンドミニアムで
毎日のように顔をあわせ、合宿のように暮らした友達です。
みんな変ってなくて、
10年分の積もる話をすると思ってたのに
なんだか昨日も会ってた続きみたいに
普通のおしゃべりが止まらず、4時頃まで起きてた。
全然気を遣わず、家族のような感じでいられる貴重な友達です。
次はいっぱいしゃべりたいので
10年後と言わず、来年にでも!

それで、今も風邪で寝込んでますが
気候のいい時期なので、寝てるのも幸せです(笑)