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sigh of relief

くたくたな1日を今日も生き延びて
冷たいシャンパンとチーズと生ハム、
届いた本と手紙に気持ちが緩む、
感じ。

音の情報量

2021-03-28 | 音楽
音があまり拾えなくて音楽がわからないんだと思ってたけど
多彩な音を全部拾ってしまうと情報量の多さに脳が固まってしまうから
そうなる前にブロックしてしまってるのかもしれない、と気付きました。
音楽に対して情報量のキャパがすごく低いのだと思う。
ずっと聴いてるとすぐいっぱいになって処理できなくなって、
処理できないと音楽の判断もできないし、音楽としての自分の判断も持てない。
そうして40歳くらいにはもう新しい音楽が聴けなくなってた。
鬱や年をとったことも関係あると思うけど、情報処理にはエネルギーが必要で
それがかなり足りなくなってたんですね。
それで音楽の中身を把握するのが苦手。
音が入ってこないと聴こえてるんだけど、なんかよくわからなくなるのです。
でも数日ぶりとか数週間ぶりに音楽を聴くと、特に好きなわけじゃない曲でも、
なんて美しいんだと聴き入ってしまう。

今聞いてるのはモーツァルトのヴァイオリンソナタ。
この時代のソナタはピアノが主でバイオリンは伴奏程度のものだったと言われても、
バイオリンを美しいなぁと聴いてしまう。
ピアノよりバイオリンやチェロの方がわたしの耳に入りやすいのはピアノの音の多さや広さが、
わたしの音楽に弱い脳では処理がついて行けないのよね多分。
音楽のわからない人です。
もうすっかりあきらめて、今はほぼクラシックしか聴きません。
クラシックはわからないものもその気になるまで待ってくれるし
その気になったらじっくり聴いて、何年もかけてもわかるようになれる。

アルバムの中の曲のタイトル

2020-03-28 | 音楽
昔から聴いてる古い香港ポップスのアルバムの中の曲のタイトルを改めて眺めて、
「半分」というタイトルの曲の歌詞を想像してみる。
曲は「曖昧」ー「半分」ー「あなたとの約束」という並びなので、
ラブソングだとは思うのですが、広東語は全くわからないままテキトーに想像。

ストリーミングで音楽を聴く習慣がいまだになくて、昔ながらのアルバム単位で聴いてると
曲ごとのタイトルを見ずになんとなく続けて1枚聴くことが多くて、
結局最後まで曲名を知らないまま聴いてるものが多いのよね。
それでたまにiTunes開いて、曲のタイトル見て全く知らないタイトルだったりすると、
内容はどんなんなんだろう?と思って想像する。
全くわからない言語の曲だと、そういう聞き方もおもしろい。

テノール

2019-10-27 | 音楽
いただいたチケットで聴いたのですが、ものすごく良かった。
40歳くらいでちょうど今が脂の乗ってる時期と言われる、素晴らしい声。
豊かで強く勢いもあるのに押し付けがましさがなく品があって、
ホール中の空気を隅々まで声で満たし震わせ色付ける。
昔から男声より女声が好きで、ジャズもクラシックも女性の声ばかり聴いてて
テノールもあまり聴くことがなかったのですが、これからはもっと聴きたくなりました。
アンコールでは、ピアノとテノールだけのはずなのに
歌手の背後にカラフルなオケの音色が立ち上がって聴こえたように思って、
目を見張って歌手の後ろの空間をじっと見てしまった。いいものを聴いたなぁ。
最近疲れ気味だったんだけど、なんか元気が出た気がしました。

しかし、わたしの斜め後ろでずっと寝てた高学年くらいの男子の寝息とイビキは
ずっとつらかった。
両側に連れらしき年配女性がいたけど、どちらも何もせずで、
せめていびきは、鼻つまむとか口閉じさせるとか、なんかして欲しかったわ。
寝るのは勝手だけど静かに寝てくれ。
アンコールに「誰も寝てはならぬ」が来た時は、
きみのことやで!と振り返って言いたいのを必死で我慢しました。笑
しかしこのアンコールもまた素晴らしかったわ〜。」

ジャズとタンゴとジャズの日

2019-10-23 | 音楽
見逃した音楽ドキュメンタリー映画が近くのミニシアターに来てたので
慌てて見に行く。少し遅れていい映画を上映してくれるこの映画館は
本当に助かる。
映画館に顔なじみの方もいて、少し挨拶して映画の感想などを一言二言話すのも楽しい。
映画は「ビル・エヴァンス」
音楽家のドキュメンタリーもわりと見るようにしてるけど
ビル・エヴァンス自体さほどエキセントリックではない人だったようで
後年覚せい剤で苦しんだようですが、キャッチーなエピソードはあまりない。
でも当時の仲間がまだ存命なので、それぞれの思い出話は、リアルな感触がある。
ドキュメンタリー映画としてはまあまあだったけど、
家に帰ってビル・エヴァンスのCDを何かきこう!という気分になりました。

でもその前に、知り合いの方のタンゴのコンサートへ移動。
同じ電車の沿線ですが、ここは初めての場所で時間が余って
途中にあるカフェで休憩してから行きました。

個人病院の2階?のホールで、アルゼンチンからのタンゴピアニストと、
日本人のタンゴシンガーの方と、知り合いのタンゴデュオ(ギターとバンドネオン)。

映画もいいけど、やっぱり生の音楽はいいですね。
そのあと、帰り道の立ち飲みで2杯飲んだんだけど、まだまだ気分がいいので
また沿線の、新しいジャズバーに初めて行ってみる。

シンプルな内装でカジュアルな感じ、ウィスキーはあまりたくさん揃ってないけど
ラムは手頃なものがいくつかあって、ラムを飲みながら見てきた映画の話をしました。
初めて行く店って楽しい。初めてって、なんか楽しさがあるよね。
そのあと、調子に乗ってもう一軒。最近改装された人気店。

なかなか予約が取れなくて、2、3年行ってなかったけど遅い時間に一人で行くと入れる。
ほとんど食べてなかったので、お刺身と銀杏と、とても美味しい親子丼。
わがまま言ってどれも小さめに作ってもらって、お酒も少しいただきました。
一日ひとりで動き回ったのだけど、バランスよく充実した日でした。(ちょっと飲みすぎ)

サントラ

2019-05-06 | 音楽
映画や本やなどを見て楽しいことの一つは、
自分の好みや趣味と全然違うものの良さをわかった時の感じで、
やっぱり好みじゃないんだけど、それでも素晴らしいなあ、と思う時に、
自分の心が少し広がったような気持ちになるあのあの楽しさ。

→「ラ・ラ・ランド」のサントラを久しぶりに聴きながら仕事してた時に
いやこれホントいいないいな、と思ったのでした。
そもそもわたしはミュージカルが特別好きではないのです。
繊細な物語が好きなので、物語部分は割と大雑把だったりするミュージカルには
物足りない時もある。
「ラ・ラ・ランド」はいいけど、特に大好き!という映画ではなかったのに
改めて聞くと、すごく楽しい。楽しいぞ。
好きな音楽だから楽しいというのじゃないです。
特別好みじゃないのに、これいいなぁいいなぁと思えるのが楽しい。

ピアノの会:1回目

2018-09-08 | 音楽
家のリフォームをして、ピアノを13、4年ぶりに調律したら、
ピアノの会をしようとずっと思っていました。
ここにも書いてるけど→「こんまる日々3:ピアノの会」
みんな好きな曲をワンフレーズでいいから持ち寄って弾くのです。
弾けない人は音を3つ鳴らすだけでもいい、コードひとつでもいい、
猫踏んじゃったでもいい、右手だけでも人差し指1本だけでもいい。
弾ける人は華麗に弾いてもらえるといい。
それから、それぞれのピアノや音楽の話をする会。
子供の時の先生の話でも、好きなピアノ曲の話でも、
最近行ったコンサートの話でも、お気に入りのピアニストの話でも、なんでも。
おいしいものとワインと。

2年半経って、やっと一回目をやりました。相変わらずスローですね。笑
初めてのピアノの会は、地元近く、宝塚に住むお友達2人とわたしの3人だけで
こじんまりとやってみました。ちょっと練習兼ねて。
ごく、たまたまなんですが、3人とも同じ年頃の一人息子がいて、
親子関係も息子との距離も三者三様なんですが、どんなに違っても気持ち良く
話したり聞いたりできる、優しい人たちです。

ランチタイムにお誘いしたので、最初は、パエリヤとサラダの簡単なランチを。
いつも鍋やフライパンで作ってたパエリヤを初めてオーブンで作ってみたけど、
天板で作るのでとても楽。うまくできたので、また作りたい。




それからお土産にいただいたケーキをたくさん食べる。


それから順番にピアノを触りました。
お友達は二人とも特にピアノの経験がなくて、「猫ふんじゃった」を
何十年ぶりかしらと言いながら弾かれたのですが、小学校でピアノをやってて
楽譜がないと何も弾けないわたしには(あっても弾けないけど)
なんで猫ふんじゃった弾けるのか不思議、という話で盛り上がり。
猫ふんじゃったは、両手使うし、腕が交差したりするし
わたしはいまだに弾けないのです。今なら何度か練習したら弾けると思うけど
子供の頃は、楽譜のないものを見て覚える、聞いて覚えるというのが
とても苦手な子だったのです。
文字や楽譜で説明されないと、中々イメージも納得もできない
理屈先行の子供だったんだと思う。

でも二人とも、ピアノに触ること自体がものすごく久しぶりで
楽しんでくれたようでよかったです。
隔月くらいで、いろんな人を呼んで、やっていきたいなぁ。
おいしいご飯も作ろう。

一番上の写真はお友達の一人で、これはわたし。

そして、この日のピアノの会にはおまけがあって、この夜、お風呂で読んだ短編が、
まさにわたしの考えるピアノの会でお客さんにしてもらうお話のようなものだったので
もうひとり参加者がいたような気持ちになったのでした。
今は調律師になった人が少年時代、祖父宅に預けられていて、
そこからピアノの先生の家に通うようになったときの話。
先生はものすごく厳格で厳しく、でもそこに隠れるように同居していた
先生の妹さんはおどおどとしたところのある優しい人で、
少年と少しずつ親しくなっていろんな話をしてくれて、口笛も教えてくれる。
そういう、初老?の女性と中学生の少年との、淡く儚く寂しいような交流の話。
この主人公が、このピアノの会に来てたなら、先生の厳しさを苦笑しながら、
先生の妹との優しい関係を、ポツポツと思い出しながら語ってくれたかなぁ。
湯本香樹美の短編集「夜の木の下で」の中の「マジック・フルート」という話ね。

ピアノの調律

2018-08-19 | 音楽
13年ぶりくらいにほったらかしだったピアノの調律をお願いしたのですが、
うっかりしてて「家具スベール」を取り忘れてて焦った。
「家具スベール」というのは、リフォームの人が貸してくれたスキー板っぽい何かで
素材が何かわかりませんが、ピアノの4つの足を2本のこれに乗っけて動かすと
わたしひとりでも全力で押せば動く。床も傷つかない、というものです。
(小林製薬っぽいネーミングだな〜)
壁塗ったりしてたときに、これ使ってひとりで必死にピアノ動かしていました。
でも、もう壁は塗ってピアノは床につけて設置してあるし、
調律の前にこの「家具スベール」を取らないと、取ったあとまた音が変わってしまうかも。
(ガタガタ動かすとまた音が狂う・・・)
それで、なんとか取り外そうとがんばったのですが、
家具スベールの上にあるピアノを、すべらせて動かすことははできても、
ピアノの足を1本持ち上げるだけでも重すぎてできない・・・。
何度か試したけど、ひとりで持ち上げるのはどうやっても無理だったので焦りました。
(リフォームのおじさんも二人掛かりでやっとやってたし、できるはずがないか・・・)
結局お向かいの親戚の女性とその中3の息子にお願いして3人で頑張ってなんとかなった。
そういうわけで、調律師さんが来る前にへとへとになってたんだけど、
無事に来ていただいて調律していただきました。

うちのピアノはスタインウェイのコンソールタイプのピアノで、
仕組みもあまりポピュラーじゃないのか、開けるのに少し手間取っていらして、
どうやってももちあがらず外れないところもあったようですが(露の湿気のせい?)
なんとかそのままで調律は無事に終えて下さいました。

わたしは耳が全然良くなくて、音がずれててもあまり気づかないダメ耳なのですが
それでも調律したばかりのピアノの響きは心地いいです。
今は、朝9時半過ぎに家を出るのだけど、マンションでも9時くらいからは
音を出してもよさそうなので、少し弾いてから出勤することもあります。
ここ数年、あまり弾いてなかったので、前は弾けてた楽譜も、弾けなくなっていますが
間違った音を出しながらデタラメなテンポで(主に遅すぎる)弾くのも楽しい。
わたしのピアノのレベルは、バイエルに毛が生えたくらいです。
何しろバイエル終えるのに7年かかったくらい、下手なのです。

問題がひとつだけ、真ん中のEの音が、鍵盤を押すとキーッと軋む音がするところが
一瞬よくなってたのに、また数日で元に戻っちゃたのがあるんだけど、
夏の終わる頃にそこは直してもらおうかと思う。直るかな。

音楽ギョーカイ

2017-10-03 | 音楽
別にそれで食べていこうとか、極めようとか思わなくても、
ただ楽しもうと思う人が行く教室やカルチャーセンター的なものって、
見下されることが多いけど、何にもならなくても楽しむだけでいいんじゃないのと思う。
プロになれる人しか音楽やっちゃだめなの?そんなことない。
日本の音楽の衰退とかは別の話だしね。

英語を主婦の方に教えてた時、
別にいまさら何の役にも仕事にも一生ならないだろうけど、
とにかく学ぶことが楽しくて、
ご自身の受験生のお子さんの何倍も熱心にきらきらと好奇心満開で楽しく勉強されてて
ただ面白いからやる、ってちょうサイコーやん!と心から思いました。
面白いから、っていうより強い理由なんか、あんまり知らない、といっていいくらい。

アマチュア向けの教室がなくなっても日本の音楽は衰退しないよというような
大人の顔したブログを見かけたんだけど、
確かにヤマハだけじゃなく町の音楽教室がなくなっても
日本の音楽業界は衰退しないかもしれないけど、
日本の音楽業界なんか個人的にはどーでもいいです。
この人は日本の音楽っていう時にはプロの世界のことしか指してないようだけど、
音楽ってなんだよ?誰でもが、音を楽しむことじゃないの?

プロじゃない多くの人がそれぞれの音楽の楽しみを持てることが大事で、
それがなくなることこそ「日本の音楽の衰退」と言えるんじゃないかな。
ギョーカイと音楽自体は本当に別物だよね。
ギョーカイというのを、その世界の中心に考えるようなことはつい反発してしまう。
しかし音楽に限らず、ギョーカイって、ろくなもんないな。

雨が降ったら雨音とハミングする、そういう音楽を楽しみたい。

そういえば春頃に読んだ「蜜蜂と遠雷」は、天才ピアニストの少女が
雨の音の中に音楽を聴き、こんなに素敵な音楽があるのだから、もう
自分がピアノを弾く必要はないんじゃないかと考えている場面があったように思う。
その少女は結局音楽の世界に戻るけど、演奏しない人でも
趣味で演奏するだけの人でも、そんな風に楽しんでいいのが音楽だよね。

バッハの無伴奏全曲演奏会

2017-02-09 | 音楽
バッハの無伴奏ソナタ&パルティータはすごく好きで
わたしの無人島へ持っていく1枚を選ぶとしたらこれか、
やはりバッハの無伴奏チェロかどっちかと思うくらい好き。

バッハの無伴奏でわたしのiTunesに入っているのは
メニューイン、パールマン、ハイフェッツ、グリュミオー、ムローヴァ、
ベンジャミン・シュミット、レイチェル・ポッジャー、ヒラリー・ハーン。
チェロの無伴奏も8人くらい持ってる気がするけど、バイオリンも8人分。
この中で一番好きなのは、レイチェル・ポッジャーのもので、
結局は好みの問題ですが、優しく抑制も効いて控えめでありながら懐が深く、
ゆったり、たっぷりとしていながら繊細な演奏と思う。
音が一つ一つ全部みずみずしく生きている感じがする。
疲れている時に聴くと、気持ちがほぐれて涙が出る。

その大好きなバッハの無伴奏ですが、
ソナタなどのアンコールにシャコンヌを弾く奏者は多いけど、
中々全曲演奏を聴く機会はなくて、
一度も生での全曲演奏を聴いたことがなかったのですが、
今回、初めてチョン・キョンファの演奏で全曲聴くことができました。
大阪のシンフォニーホールです。

チョン・キョンファはシベリウスだったか、協奏曲のCDは1枚持ってる。
一番好き!な奏者だったことはないけど、やっぱり好きで時々聴いてました。
エモーショナルながら緊張感の高い張り詰めた演奏の人かなと思ってたので、
どんなバッハになるのかドキドキしながら聴いてきました。

最初に、大事な人が前日に亡くなった話をされ、その人に捧げると言われた。
2回の休憩を挟んでの全曲演奏は渾身の演奏だったと思います。
そりゃ後半疲れるよね、集中切れるよね、って場面も含めて堪能しました。
ダブルストップが苦手なのか、楽器の調子か、音程に関しては
微妙な箇所が多く、後半、途中でやめて弾き直す場面もあり。
でも無伴奏全曲演奏に必要な集中力を思うと、仕方ないよと応援したくなる。

演奏の印象は、わたしの知ってるバッハと全然違う!でした。
バッハなのに、ストイックで凛とした透明感のようなものはあまりなく、
なんだか演歌のようにドラマチックなバッハに驚いた。
でも音はとても美しく、
たとえば練達の書道家が、余裕綽々すぎてつい勢いで筆がすべったり、
力入りすぎて過剰になったり、小さいことを省略してしまったり、
ところどころ大げさに自分の解釈で書かれた華やかな書、のような演奏かな。
面白かったです。

それ以来、なんだかずっと頭の中を無伴奏の何かのメロディに占拠されてます。
また誰かの全曲演奏があったら聴きに行きたいなぁ。

斎藤徹コントラバス独奏会「音を見る」

2016-12-17 | 音楽
夏に行ったコンサートの話ですが、面白かったのでやっぱり書いておく。

どこかでもらって、なんとなく捨てられなかったコンサートのDMを見たら
その日だったので、当日券あるか電話したらあるということで、聴いてきた。
こんな風によく知らないところのよく知らないことに、
なんとなく気になって急に行くことは、わたしにはわりとよくある。
いつも大当たり、といえば野生の勘を自慢できるけど、ハズレも時々あります。
でもこれは、中々わたし向きのコンサートだったと思う。

コントラバスのソロ演奏を聴くのは今年2回目だった。
前のは外国の人が着物着て能楽堂で弾くジャズで、頭使って一生懸命聴いたけど
なかなか難しかった。面白かったですけどね。聞き方がまだわからない。
今回のはもっと現代音楽寄りでしたが、ショーロ、クラシック、タンゴ、
民謡、の他にオリジナル曲、即興演奏など幅広い選曲になっています。
結構実験的な作品もあったけど、
「効果だけを狙っていろんなことをしてた時期もありました、
すごく・・・よくなかったですね。」と今は、笑って話されていたので、
きっと昔よりは随分わかりやすくなったのだろう。
ジャズの難しさとは違う難しさがあって、現代音楽も慣れませんが
演奏者の魅力と相まって、楽しみました。

プログラムも素敵でした。例えばこれは、前半第一部。
・月の壺(斎藤徹)
・王女メディアのテーマ〜トルコマーチ風〜(斎藤徹)
・世界の民謡から:花祭り(アルゼンチン)、珍島アリラン(韓国)、
 四季の草原(モンゴル)、安里屋ユンタ(琉球)、最上川舟唄
・かひやぐら(即興)
・無伴奏チェロ第一番よりアルマンド(バッハ)

演奏者は人として純度の高い澄んだ人だと思う。なんというか、素敵だった。
お顔は高橋源一郎さんに少し似ている。
写真で見たより少し痩せていて内省的な学者さんのような雰囲気ですが
病気をされて痩せられたようで、今も闘病中のご様子。
学生時代は国際関係を専攻して韓国の歴史や文学を学んだが、
「文章を書いていると何か嘘をついている気がするんです。嘘をつけないものをと考え嘘をつきたくないから音楽を選んだ」
それからコントラバスを選び、クラシックとジャズを習得。
音楽とは何かを常に考え、自分を表現できるフリージャズや即興に没頭。
この頃が上に書いた「効果だけを狙っていろんなことをしてた時期」のようです。
その後、日本の伝統音楽を勉強し、韓国伝統音楽に触れた時に、
「音楽は自己表現の手段じゃなく、内なる問いかけだと」気づく。
自宅にはテレビがなく、夜はアントナン・アルトーを読み、朝はバッハを弾く。
哲学者のような佇まいで、でも話すときはそれほど不器用そうでもなく、
スルッと演奏に入る。孤高と言われる意味もわかるし、
なんか近所にいそうでもある、渋くてかっこいい人でした。

「アリランを聞くと、リズムって海をつないでいると思った」
「人の技術が入れば入るほど音は濁るので」
「拍手ってなんのためかという問題ですね」

無色透明な音楽

2016-08-29 | 音楽
真夏にやるフェス的なものが、なにその我慢大会?(暑いのが死ぬほど苦手)としか
思えなくて、意味わかんないので、関心はないんですけど。
真夏のバーベキューもわからん。みんな暑いの好きなんだなぁと思うだけですが、
音楽と政治の話が夏の初めごろに出てたので。

音楽を政治的でないファッションとしてしか聴かないのは全然構わないと思う。
着るファッションだって反体制や何かからの解放などの表現として関わる人もいれば
着心地よければどうでもいい人もいていいし、
赤い色が好きだから赤い色ばかり着る人がいてもいいし、どっちでもいいと思う。

でも、そこからさらに音楽に政治的であることをやめろ!と非難するのは
また違うことだよねと思う。
政治の話を他人事として忌み嫌うのはおかしいんじゃないかな。
関係ない人なんていないことなんだけど。
この社会の中で生きていて、政治的でないものなんてない。

でも気づかない、気を留めないことはできるし、していいときもあるかもなぁ。
無色透明の音楽なんてないと言われると、ないこともないでしょと思う。
草の上に寝っ転がって、風に吹かれながらモンシロチョウが舞う様子を見ながら、
浮かぶデタラメな鼻歌なんかはその時その場では、無色透明に見えるかもしれない。

わたしたちから政治を奪うな、と思うけど同時に、
常に政治を押し付けられるのも、やっぱりうんざりするもんな。

ライブの楽しみ

2016-03-03 | 音楽
この前、友達と知り合いの人と、そのお兄さんのライブを聴いてきたんだけど、
ギターとベースのジャズで、気持ちよかった~。
その前の月に、ベース一本のソロコンサートという超玄人好みのやつに行ったので、
それに比べると今回のはずっと聴きやすい、
大人のこなれた気持ちいいジャズ。楽しかったなー。

落ち着いてゆったりした店で、フードもドリンクもちゃんとしてておいしい。
ジャズライブって、ほんとに若い子いないけど、
無理してもたまに行くといいのになぁと思う。
でも、今の若い子、洋画も洋楽もあまり楽しんでないドメス志向が強い
みたいに言われてるので、そうだとしたらジャズは、もっと敷居が高いかもなぁ。
もったいないなぁ、いろんなところでいいライブあるだろうに。

演奏者のCDを買ってサインしてもらって少し話す。
家に帰ってそのサイン見ながら、それを聴いて、
いいライブだったなーと思うところまでが、ライブの楽しみですよね。

能楽堂でベース聴く

2016-02-06 | 音楽
今年に入って、クラシック、ジャズ、レゲエ?とコンサートやライブに行ってますが
その中で、先月ですが、大阪の山本能楽堂であったジャズベースのソロライブのこと。

山本能楽堂はこじんまりした能楽堂で、
市街地の住宅地の並びにあって、見落としてしまいそうなところです。
客席は舞台に近く、畳敷きですが床暖房になっていて
数年前に改修があったのか、とてもきれいで快適です。
最近は能狂言だけでなく、いろんなジャンルのものを上演しているようですね。
 
今回は、ジャズ。
とはいえベース1本のアコースティックソロです。

ジャズを聴いているとき思うんだけど、ベースがソロをとるところは
ちょっと耳をすます感じがあります。
他の楽器は、同じ姿勢、同じ気分のままソロパートも聴けるし、
ドラムなどは音が大きいので、ぼーっと聴いていても
耳にも体にも音が入ってくるけど、
ベースだけは、ちょっと耳をすませて、気持ちを集中して聴く感じです。
多分、音が低くて、響きがぱっと広がる楽器ではないからでしょう。
こちらから意識して音を取り込む感じで聴いてる気がする。

その、ベース1本、しかも生の音ですから
コンサートの間はかなり耳が前のめりな気分になりました。
演奏者のトーマス・モーガンは着物姿ででてきて
この着物が丈があってなくて、ちんちくりんで、
演奏とのミスマッチが、ちょっとかわいかったです。
真面目なベーシストだと思います。
そして、1時間、低い音の低い響きを聞き逃さないように耳をすませました。

交響曲第2番

2016-01-17 | 音楽
今日は、今年のクラシックコンサート初めでした。
西宮の芸術文化センターでのオケの定期講演会。ほぼ満席。
ベートーベンとラフマニノフのそれぞれ交響曲第2番を
佐渡裕さんの指揮で聴きました。

神戸にとって特別な今日の日ですが、
黙祷はせず、そのかわりにバッハのG戦場のアリアを
プログラム曲の前に、最初に演奏されました。
亡くなった方々、傷ついた方々へ捧げるもので
わたしたちも、黙祷の気持ちで聴かせてもらいました。

ベートーベンは、ランチの後のお腹いっぱいで気持ちよすぎて、
面白い交響曲なのについうとうとと、夢の狭間で聴きましたが
後半のラフマニノフは、長い曲ですがしっかり堪能しました。
甘く、物悲しく影のある、メランコリックにたゆたうような旋律が美しく
ラフマニノフだわぁ、とため息がでました。
長かったのでアンコールはもうないかと思ったのですが、
あっさりと、このラフマニノフの第3楽章をもう一度演奏。
とてもとても美しいメロディなので、うっとりうれしかったんだけど、
最後にもう一度震災のことを静かに思い出す時間になったように思います。

スコット・ハミルトン

2015-05-24 | 音楽
この前、息子とジャズのライブに行ってきました。

スコット・ハミルトンというサックスプレーヤーで
通しだとちょっと高かったけど、遅くなった息子への誕生日プレゼントとして。

お嬢さんがいらっしゃる方は、けっこう一緒に出かけたりされてるように思うけど
息子だと大学生にもなると、全くそういう機会はないです。
ジャズのライブとかで、年に一度あるかないか、ですかねぇ。
それもだいたい、それぞれ勝手に友達と行って現地で顔見る、くらい。
だから今回みたいに、二人でライブ行くようなことは本当に珍しい。

演奏はとても楽しかったです。
スコット・ハミルトンのサックスはとても安定した音で気持ちよく聴けて
とても陽気なベースがムードメーカーで
ピアノはもたもたしたところがないのにとても優しい音でした。
でも今回一番気になったのはボーカルの女の子、アンドレア・モティス。

ボーカルとトランペットとサックスも吹く若くてかわいいい女の子ということで
片手間な感じの演奏かボーカルなんだろうと疑りつつ聴いたら
思いのほかよかったのです。
陽気なベーシストが教えてる大学の教え子らしくて
まだ初々しいところもかわいいのですが
声がすごくいい。
かわいいんだけど甘ったるい感じじゃなくほんの少~しだけハスキー風味がある。
さらさらとした上質なお砂糖のようなかわいさがある。
表現的なことも、もっと良くなっていきそうだし、
ファンになりました。

ジャズのライブは、楽しいなぁ。
この頃、ほんの少し、音が聞こえるようになってきた気がするのです。
もっとマメにあれこれ聴きに行きたい。