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sigh of relief

くたくたな1日を今日も生き延びて
冷たいシャンパンとチーズと生ハム、
届いた本と手紙に気持ちが緩む、
感じ。

ネオ狂言

2025-06-07 | 芸術、とか
1年ちょっと前に見た、ネオ狂言?赤塚不二夫?イタリア仮面劇?
一体何かよくわからないままお誘いを受けて見に行ったけど、
どう言うものなのかのお話のあと、前半は古典の狂言で「茸(くさびら)」。
これはとても賑やかな話ですごく楽しくカラフルな狂言ですが、
後半を見た後で古典の洗練がよくわかった。笑


後半は狂言「茸」から設定だけを残し、登場人物は漫画のキャラで「ネオ狂言ポルチーニ」
漫画やアニメを知る人たちにはたまらないくすぐりの数々だったけど、ちょっと盛り込みすぎかな。
せっかく狂言師がやっているのだからもう少し狂言の要素を残してもよかったのにと思いました。
解説で洗練によって失くしたもののことを話されていて、
あえて洗練から遠く離れたのだということはわかったけど、
でも失くしたものを取り戻すために「洗練」を全部捨てなくても良いのではと思ってしまう。
わたしは古典が好きだなと思う。
とっつきにくくても、わかればわかるほど面白くなるもんね。
でも大変意欲的な取り組みだとは思うので、また見たいものです。

東洋陶磁美術館「中国陶磁・至宝の競艶」

2025-01-23 | 芸術、とか

というわけで、こちらがおなじみの行きつけの国宝さんになります。笑
国宝 油滴天目茶碗、いつ見ても美しくかわいい。
かなり工夫を凝らした展示で、ガラス張りの真ん中、鏡の上にあってとても見やすいのです。

さて、今やってるのは大阪市・上海市友好都市提携50周年記念 特別展
「中国陶磁・至宝の競艶―上海博物館×大阪市立東洋陶磁美術館」

2024年は大阪市と上海市の友好都市提携50周年にあたり、これを記念して大阪市立東洋陶磁美術館では上海博物館との主催による特別展「中国陶磁・至宝の競艶―上海博物館×大阪市立東洋陶磁美術館」を開催します。
1952年に開館した上海博物館は、中国を代表する世界的な博物館の一つとして知られ、青銅器、陶磁器、絵画、書、彫刻、玉器、貨幣など中国文物の宝庫です。なかでも陶磁器コレクションはその白眉です。大阪市立東洋陶磁美術館は、これまで展覧会協力や学術交流を通じて上海博物館との交流を積み重ね、友好を深めてきました。
今回、両市の友好の節目を記念し、上海博物館から日本初公開作品22件(うち海外初公開19件)を含む計50件の中国陶磁の名品が出品されます。中国陶磁の世界的な殿堂である上海博物館と大阪市立東洋陶磁美術館の至高のコレクションが一堂に会し、「競艶(きょうえん)」する本展を通して、悠久の歴史を誇る中国陶磁の真髄に触れるとともに、現在においても斬新さや新たな美の発見をもたらすその魅力に迫る機会となれば幸いです。
(公式サイトより)


これは上海博物館のもので、1600年前後の景徳鎮窯。
洗面器らしいんだけど、中には麒麟をはじめとした瑞獣がいっぱい!
中国の主な瑞獣は龍、鳳凰、麒麟、亀の4種類ということだけど、他にもいるかな?


日本初公開のものや今まであまり作品が無かったとされる時代のものなどが展示されてる中、
面白いのはやはり東洋陶磁美術館収蔵品との共演というか、競演というか、競艶。
これなどは色以外あまりにそっくりでびっくりしたけど、
青い方が東洋陶磁美術館蔵でもう一つは上海博物館蔵。
遠くの博物館のものが並べて展示されてて比べながら見られるのって面白いですね。


これも上海博物館のもので似た感じの東洋陶磁美術館のものと並べてあったけど
この取手のとこ見てると、むぐぐっとならない?
喉に突っ込まれてるのか、喉から出てるのか、見てるだけで顎が外れそうだし
喉の奥がムングぐぐって詰まりそうな気分になる。笑

お馴染みの東洋陶磁美術館の収蔵品では

この絵のデザイン力の高さに改めて感心。めちゃおしゃれよね。


雲のデザイン?を見ると、日本の平等院とかの飛天の乗ってる雲を思い出します。
踊ったり歌ったり楽器を演奏したりしている飛天は大好き。



わたしの年間パスはここの所蔵品の蔦をよじのぼる童子の写真で、なんかかわいい。


この人巫女さんらしいです。ええっ?巫女感あんまりない・・・ 

と、年間パスがあると欲張らず気楽に楽しい見方をすることができますね、
また来よう。

東洋陶磁美術館のカフェ

2025-01-22 | 芸術、とか
この美術館のことはすでに何度も書いてるのだけど
「行きつけの国宝」と呼べるものが欲しかった時に
うちから近いところには大きな美術館はなくて好みの国宝が見当たらず
結局ここの2代スターの国宝が、わたしの行きつけの国宝ということになるのかな。
11月に年間パスを買ったのでますます愛着のわく美術館になりました。

さて、1月の初めに、歌舞伎のチケットを取っていてウキウキと出かけたんだけど、
松竹座の入り口で「お客さま、こちらは12日のチケットで、本日は11日でございます」と、
ああ、日にちを間違えてた・・・。
でも逆じゃなくてよかった、昨日のチケットですと言われたら泣くしかないもんね。
まあ、翌日またくればいいかと思いはしたけど、
大阪ミナミまで来たのにまっすぐ帰るのはつまらない。
あ、地下鉄2駅で東洋陶磁美術館に行けばいいか!と思い出したのでした。
年パスのカードは財布に入ってるし、この前見たのと同じ展示だけど
前は急足で見たので今日はゆっくり楽しもう、
そして美術館のカフェで限定のお菓子を食べよう!といそいそと地下鉄に。

喉も乾いてたので、まずカフェへ。
ここでずっと食べたいと思ってるのは陶片クッキーというもので
美術館の展示品の模様をクッキーにアイシングで描いたもの。

(↑写真はカフェのサイトより)
その時々の展示により限定柄もあるようで、それを楽しみに行ったのに、なんと売り切れ…
仕方ない、と選んだのがこちら。きれいで美味しかった。



このあと展示品の中から探しました。
お目当ての陶片クッキーではないけど、こういうコラボ楽しい。好き。


カフェはシンプルでモダンな雰囲気ですが、四面ガラス張りで明るく、

正面に見える木(クスノキかな)が素敵で、次はあのおじさまの座ってた席に座りたいな。
帰りにこの木を外から見たら、なんとも登りやすそうな木。いい木だなぁ。

年パス

2024-11-09 | 芸術、とか
2つの予定の間に1時間強の余裕があって、淀屋橋のあたりにいたので
大好きな東洋陶磁美術館にでもいくかと思ったのですが、
前回からてんじが変わってるのに1時間くらいしか見られないのはもったいない気がして
そうだ、年間パスポートというのがあったではないか!と思いついた。
入館料はだいたい1800円くらいで、年パスは5000円なので3回いけば元は取れる。
東洋陶磁美術館のある中之島は、他にも国立国際美術館や中之島美術館があって
そっちにも年に2回くらいは行ってるし
フェスティバルホールにも年に1、2回行ってるし、今月もまたこの近くに用事があって
その度に東洋陶磁美術館でお目当てのもの一つ二つ見るためだけにでも
ちょいと気楽に入館できるのはとてもいいかも。

東大阪の私市の植物園の年間パスポートは持ってことがあるけど
他に年間パスポートって持ってたことあったかな?
なんかちょっとうれしいです。
東洋陶磁美術館の馴染みの器たちにもっと気楽に会いに行こう。
そしてあんまり馴染みじゃない器たちとも親しくなろう。

アンドリュー・ワイエス展

2024-10-20 | 芸術、とか
大山崎山荘美術館へワイエスを見に。
この美術館はいつ行っても素晴らしく、コレクション展のモネの部屋も、
バーナード・リーチも河井寛次郎も場所と作品がこの上なく合っていて相変わらず良い。



でもワイエスの作品は水彩画とデッサン中心で、テンペラは1枚、
屋根の煙突を描いたものだけで、少し物足りない感じはした。
有名な「クリスティーナの世界」の下絵の素描や水彩をいくら見せてもらっても、
その絵自体がないのは、なんだかいろんな予告編だけを見せられて
本編は見られないような歯痒い、じらされたような気分になる。
このあと展示替えはありますが、後期も同じような感じでテンペラはなくて、
水彩と素描ばかりのようです。物足りない・・・

でもちょっと曇りの寒い日にこの素晴らしい美術館で見るワイエスは悪くはないと思う。
結局この美術館は美術館の素敵さで何をやってもいいのだった。笑


二階カフェのテラスで、クリスティーナが作ったブルーベリーのパイと
ワイエスが好んで飲んだウォッカを、イメージしたというものをいただく。
ウオッカはね、画家の言葉からウオッカタイムと名付けられて素敵なんだけど、
作ってるのはカフェの方なので味は物足りないかな。同じものでもわたしが作るともっと美味しくできる。
ウォッカとオレンジジュースはスクリュードライバーという有名なカクテルだけど
ジュースなしで、生のオレンジのスライスとウォッカとソーダだけでも十分いいカクテルになるね。

あとここの傘立ての鍵?の色が好き。こんな色の見たことない。
友達が民藝色?と言ってたけど、確かにそんな感じで
バーナード・リーチや河井寛次郎に合いますね。



国立国際美術館で梅津庸一

2024-10-08 | 芸術、とか
チケットを友達にもらったので、この作家をよく知らなかったのだけど見てきました。

中之島の国立国際美術館や中之島美術館、東洋陶磁美術館などは、梅田からは結構行きにくい。
歩くとまあまあな距離だし、地下鉄にひと駅乗っても乗り換えなどで結構歩く。
季節がいいと歩くけど真夏はタクシーです。
でも今回は初めて市バスで行ってみた。
なんとこの中之島美術館のすぐ前に停まるではないですか!素晴らしい。うれしい。
ところが、路線が一方通行で梅田に帰るバスはないので、帰りは歩くしかない。笑

さて、梅津庸一ですが、ぐぐってもあまりわかりやすい情報がなくて
「美術手帖」のサイトがまだわかりやすいかな。以下引用。
梅津庸一は1982年山形県生まれ。東京造形大学絵画科卒業。ラファエル・コランの代表作《フロレアル》を自らの裸像に置き換えた《フロレアル(わたし)》(2004〜07)や、同じく自身がモデルとなり、黒田清輝の《智・感・情》(1897〜90)を4枚の絵画で構成した《智・感・情・A》など日本の近代洋画の黎明期の作品を自らに憑依させた自画像をはじめとする絵画作品を発表。
 そのほか自身のパフォーマンスを記録した映像作品、ドローイング、陶芸、自宅で20歳前後の生徒5名とともに制作/生活を営む私塾「パープルーム予備校」(2014〜)の運営、自身が主宰する「パープルームギャラリー」の運営、テキストの執筆など活動領域は多岐にわたる。一貫して美術が生起する地点に関心を持ち、作品の内側とそれを取り巻く制度やインフラの両面からアプローチしている。


また、今回の大規模個展についても→「美術手帖」のサイトによるリポートがとても丁寧でわかりやすい。
詳しくはここをみてください。

この一人の美術家の多彩な作品をまとめて見るのはなかなか面白く
最初、自分の好みではないだろうとサクッと見るつもりが結構長居して楽しんでしまった。
現代美術や現代思想を語る言葉がわたしには足りないけど、少しは理解できたと思う。
ここでは記録として写真だけいくつか貼っておきます。
(この5年くらいで、写真OKの美術展が格段に増えました。いいことです)

入り口すぐのところにあったのがこの魚肉ソーセージの絵。
色といいマチエールといいモチーフといい、かなりツボで
よく知らないこの美術家に興味がムクムクと湧いてきた絵。


そこから最初の部屋の大きな壁がこれ。


これは電車ごっこをしながら街を練り歩いたパフォーマンスの写真。


その後の大量のドローイングはコピー用紙のような紙に描かれているもので
すごく大量にあるのでスルー。

パープルームという活動について展示しているコーナーとわたし。


ピンクのザルの絵の後に陶芸作品の部屋に同じ?ザルを模した?作品。




そして花粉漉し器のシリーズ




銅版画など小さい平面の作品はどれもかなり好きですね。
小さくて1枚1枚纏まっているけど全体で広がりのあるシリーズになってるようなものは好きだな。




















中之島美術館で塩田千春

2024-10-05 | 芸術、とか
2008年に中之島の国立国際美術館で→塩田千春「精神の呼吸」展を見たのは
ここにも書いたし、ずっと印象に残っていて、
2020年に岸和田に来ると聞いてトークを聴きに行ったのもここに書いた。
→塩田千春 in 岸和田

そして今2024年に、中之島美術館の展示「つながる私(アイ)」を見てきて
こうやって10年20年前の自分を改めて思い出せるのは面白いことだな。
ブログでなくても紙の日記でも思い出せるだろうけど、ブログ内検索ができて
自分で撮った写真もすぐに見られるのは楽しい。
中之島美術館の長いエスカレーターを上がるにつれ赤い糸の世界が近づいてくる。





エスカレーターを降りてたくさんの糸が垂れ下がっている中を通って展示室入り口に行くのだけど、
この簾のような赤い糸がすごくいい効果で、上を見てるとどこが通り道かさっぱりわからず
糸の中に突っ込んでしまいそうに惑うけど、足元を見ればちゃんと道がわかるのが面白くて
何度も上を見て迷い下を見て確かめる、ということをくりかえながらゆっくり歩いた。
こういうワクワクってテンションが上がりますね。



これは水を張った四角い池を覆うように白い糸が張り巡らされて、繭のよう。
その繭から水滴が落ちて水面を小さく揺らす作品。




最近の作品の他に初期の作品や、その頃を語るインタビューも見応えがあった。
今回は彼女自身が素材となって行われるパフフォーマンスなど、映像作品も多かった。
それらは、大きな作品とは違ってもっと生身の、個人的な問題がテーマにされているように思う。
個人的なことは普遍的なことですけどね。
昔の絵画作品や、最近のドイツの新聞小説の挿絵のドローイングは彼女をよく知る手掛かりになります。
そのドイツの新聞小説の著者の多和田葉子さんとの対談も面白く、
ふっくらして優しそうな塩田さんと、キリッとシャープな印象の多和田さんの
どちらもお顔は知っていたけど、本人を知る前の印象は逆だったなぁと思う。
塩田さんは硬質で怖い印象の作家なのかと、初めて作品を置いた時には思ったものです。
でも岸和田のトークですっかり印象をひっくり返されたことは、前に書きました。

今回も塩田さんのお母さまとお友達の作られたアクリルタワシがショップで売っていて、
世界的作家なのに田舎のお母さんというものがごく自然にそばにあるのが、塩田さんらしい。

とても優しく頼りないくらいふんわりした感じ人なのに、切実な緊張感ある作品を
時には重々しく、時にはスタイリッシュに作り上げる、
すごいエネルギーがあるんだなぁといつも不思議な人。

今回の展覧会のテーマ自体は、ごく凡庸に見える。
美術館のサイトの概要にはこう書かれている。
塩田千春(1972年生まれ)の出身地・大阪で、16年ぶりに開催する大規模な個展です。現在ベルリンを拠点として国際的に活躍する塩田は、「生と死」という人間の根源的な問題に向き合い、作品を通じて「生きることとは何か」、 「存在とは何か」を問い続けています。本展は、全世界的な感染症の蔓延を経験した私たちが、否応なしに意識した他者との「つながり」に、3つの【アイ】-「私/I」、「目/EYE」、「愛/ai」を通じてアプローチしようというものです。それぞれの要素はさまざまに作用し合いながら、わたしたちと周縁の存在をつないでいると考えます。インスタレーションを中心に絵画、ドローイングや立体作品、映像など多様な手法を用いた作品を通じて、本展が 「つながる私」との親密な対話の時間となることでしょう。

「アイ」に「私」「EYE」「愛」を当てるのは、他でも結構よく見るので
知らない作家だとスルーしてしまいそうな、ありがちすぎるアプローチだけど
彼女の作品自体はいつもそういう言葉や概念を軽々と遥かに超えています。
大きな作品は実際に目の前で見たりその下と歩いたりしないと、
写真や説明だけでは全然足りないなぁと思う。見たら、息を飲まずにいられないのだもの。

藤田美術館(後編:茶話会)

2024-08-26 | 芸術、とか
さて、藤田美術館で国宝曜変天目茶碗を堪能し、声の良い学芸員さんのお話も楽しんで
展示室を出たらそこはまた素敵な景色が。



綺麗なお庭に囲まれた小さな部屋から外に出てみたけど暑すぎてうろうろするのは無理か。





お庭を横目に入り口のロビーの方へ。

ガラス張りの広いロビーは、入って右手にはカフェのカウンターがあって、
そこでお抹茶やお団子を頼めるようなんだけど、
わたしはこの日は茶話会のようなイベントに申し込んでいたので反対側へ。
「あみじま茶話」というそれは(藤田美術館サイトより)
>茶文化ゆかりのこの網島で、美術館やお茶についての話を
>いつもより少しだけ背筋を伸ばして、抹茶を飲みながら聞いてみませんか。
>館長 藤田清と、あみじま茶屋亭主 藤田義人がお迎えします。

という趣旨のもので、この日の参加者はわたしを入れて4人でこじんまり始まりました。

藤田美術館館長はご挨拶の後、よもやま話をしながらゆっくりとお茶を立てて
一人ずついただいていきます。
お菓子は梅と紫蘇の味。暑い時期にはこのさっぱりした甘さが美味しかったです。


この美術館は江戸時代に生まれ明治に実業家として財を成した藤田傳三郎と
その息子たちによるコレクションからなるそうですが、現館長は藤田家5代目とのことで、
若い頃は車好きで古典芸術には興味がなかったとのこと。
歴史にも関心が薄くて、平安時代っていつ?というレベルだったとか。
それが結局美術館の館長を継ぐことになって、何も知らないところから最初は
コレクションのお茶道具を入れる箱の紐の結び方から学んだそうです。
そして、展示されている茶碗や茶道具は小さいものが多いのだけど
それを入れる箱は巨大になっているという話になりました。
手のひらに乗るほどの茶入も、マトリョーシカのようにいくつもの箱に入れられて
何倍何十倍の大きさの箱になるのです。
所有者が変わるごとにひとまわり大きな箱にいれられていくそうなんだけど
藤田家では黒漆で面取りされそこに蒔絵で藤と鳥と蝶などが飾られた箱を作ると。
重要な美術品にはこの箱が作られ、これは藤田箱と呼ばれるようになったそうです。
この箱を守るために一回り大きな春慶塗の箱があり、その外側によくある桐の箱、なのかな。
動画を見つけたので貼っておきます。国宝を素手で気楽に?触りまくってる!笑
<藤田箱>と国宝<曜変天目茶碗>
箱付きの展示をいつか見たいですとどなたかが言うと、企画しましょうかねとおっしゃってらした。
うん、見たい。

お抹茶のお茶碗は現代作家のもので、どんな場所でもTシャツと半ズボンで行く
超有名老作家や若手の作家の話、仕覆はおまけじゃなく使われる古裂の反物がいくつかで
何千万いや何億という途方もない値段だったりする話、
展示にあった窯が、最初はなにが重要なのかさっぱり理解できなかった話、
美術館を新しくした時に照明を普通の美術館標準よりずいぶん赤みのあるものにした話など
とても興味深い話ばかり盛り沢山ですごく面白かった。
こじんまりとした美術館は大好きだし、なによりここ、駅から徒歩十歩くらいなので来やすい。
これからはもっとしばしば見にこようと思いました。

藤田美術館(前編:曜変天目茶碗)

2024-08-25 | 芸術、とか
先日、東洋陶磁美術館のスター、国宝油滴天目茶碗をじっくり見てきたので、
続いて藤田美術館のスター国宝、曜変天目茶碗を。

東洋陶磁のは何度も見てるけど、藤田美術館のスターは初めて見たのでとても面白かった。
油滴は、細かく油が飛び散っているような、小さな光るドットに銀色のグラデーションで、
曜変はまさに曜変という感じのなんとも怪しく美しく変化する色が華麗。
どちらもそれぞれ美しく、どっちかくれるならどうしようと決めかねて心乱れる。笑
天目茶碗は12〜3世紀の南宋時代に、建窯(現在の福建省北部建陽県)にあった名窯で作られたもので、
昨日書いたように、曜変天目の完全なのは3つしかなくて、どれも国宝。
(藤田美術館の他は大徳寺龍光院と藤田美術館と静嘉堂文庫美術館)
古釜の名前や時代について、全く素人なんだけど、
美術館で見るような陶磁器の好みが少しわかってくるのに10年かかったので、
次はそういうことを覚えるのにまた10年かかるのだろうな。でもそれも楽しいことです。

じっくり見ていると美術館の方が、もうすぐ学芸員の方の解説ツアーが始まりますよと知らせてくれた、
そして、団体さんが今来られたので、もし曜変天目をまだご覧になってなかったら
先に見た方がゆっくり見られますよと教えてくれる。
やっぱり曜変天目はスターだなと思うのと同時に、細やかな親切に嬉しくなった。
スターはしっかり愛でたので、安心して学芸員さんのお話を聞く。

30分ほどと聞いたので、小さな美術館だからざっと一回り全体的なお話で
あとはスターの説明をされる感じかな?と思ってたらなんとあえてのスター外しで、
茶入、水指、絵画の3点を選んで、それぞれについて丁寧にお話されててすごくよかった。
3、40代?の男性だったのだけど、声が良くて、標準語の中にたまに気がつかないほど
ほのかに混じる関西アクセントがとても心地よい方でした。
作品の背景や見どころ、見方などの話の中にほんの少し個人的な感想も付け加えられる
その加減が絶妙で、しっかりしていながらも温かい解説だったと思う。

カメラ不可、スマホのみ可、フラッシュ禁止、ということで、写真も撮れます。

このみかんの香合はみかんの形に作ってあると思ってたら
なんとほんまもんのみかんの皮を貼ってあるらしい。
みかんのミイラと美術の人たちは密かに呼んでいるそうです。この話は結構ツボ。

黒楽茶碗の横の文鎮みたいなやつは、多分レフ板的に光を当てて
茶碗の側面を見やすくするために置いてあるのかな?それにしては指紋が・・・笑

(後編に続く)

油滴天目(東洋陶磁美術館)

2024-08-24 | 芸術、とか
東洋陶磁美術館と安宅コレクションの話を7月に書いたけど
数年休んでリニューアルしたのがこの春で、数年ぶりに行ってきた。
何度も来ていた美術館なのにどの辺が新しくなってるのかよくわからなかったけど(記憶力…)、
入口すぐの二階に上がる階段は大きく変わった気がする。

ここのキャラクターの虎のmocoちゃんがすごくかわゆい。
mocoちゃんの動画も上映されてて、壺から出てきて動き回るのがめっちゃキュートで猫っぽい。
同じ壺の、虎を見ている鳥(カササギ)の顔もちょっと狡そうなところがかわいかった。笑



小さな鼻煙壺(嗅ぎタバコ入れ?)に描かれている動物たちもかわいいなぁ。

虫の模様のものは、昆虫好きの友達にプレゼントしたくなった。
わたしは虫は苦手だけどこれはちょっとかわいい。

ルーシー・リーの器もひとつ展示されてた。

昔ここで見たルーシー・リー展すごく良かったなぁと調べたら
もう10年以上も前なのね、そんな昔だったのか〜。今も、一つだけ飾られてました。

さて、東洋陶磁美術館には国宝が二つある。



油滴天目と飛青磁花入。
2つのうち1番のスターはやっぱり油滴天目茶碗かと思うけど、
この油滴がわたしは全然好きじゃなくて、何度も見るうちに他の器を色々好きになっても
この油滴天目だけは20年以上なんとも思わなかった。
でもコロナ禍の間にわたしの何かが変わったのか、今回はきれいなーきれいなー!と思って何度も見た。

一緒に行った友達と、これは世界に3つしかなくて藤田美術館だっけ?という話をしてたので
改めてググってみると、東洋陶磁のは「油滴天目」で藤田美術館のは「曜変天目」だと知った!
油滴と曜変はちょっと違って、油滴の方が玉虫色に光るのが特色らしく(派手w)、
一般に「3つしかない」国宝と言われるのは曜変の方を指すみたい。

・曜変の完全なのは3つしかなくて、どれも国宝。大徳寺龍光院と藤田美術館と静嘉堂文庫美術館にある。
・油滴は国宝は東洋陶磁のこれだけで、あと九州国立博物館と京都大徳寺龍光院に重要文化財のものがある。
その中でも東洋陶磁では国宝なのに全然偉そうでなくわりといつでも惜しげもなく見せてくれて、
しかも全方位からじっくり見られるしほんとに素晴らしいなぁと思った。

藤田美術館の曜変天目も常設ではないけど、この8月末までは展示されてるそうなので見に行こう。
藤田美術館は池田の逸翁美術館と成り立ちは似てる気がするけど、所蔵品のレベルが違う。
藤田美術館や東洋陶磁美術館のコレクションは富豪の数奇者が自分の目で集めたとはいえ
資金的には、組織的にじゃんじゃん買った感じがするけど
阪急の逸翁、小林一三さんは個人コレクションとしてお小遣いの範囲でこつこつ買った感じがするのよね。
藤田美術館には国宝が9つ、重文が53点。すごっ。逸翁には国宝はないんだけど(重文は16点ある)
大阪と兵庫の違いもあるか。
池田も大阪府だけど、やっぱり阪急、阪神間ってあくまでもローカルなんだな。
わたしは阪急民なので愛着があるし、そもそも国宝とか重要文化財とかって、
美術品を好きになるのに関係ないものではあるけどね。
(と散々、国宝がどうこうと言ったあとですが、大事なことなので書いておく)

安宅コレクション(東洋陶磁美術館)

2024-07-22 | 芸術、とか
この春リニューアルした東洋陶磁美術館のカタログのような本(写真右側)を時々眺めるんだけど、
この美術館の作品紹介に丁度いいサイズで印刷も良くてすごく素敵な本です。
その本の巻頭の対談で、ここの収蔵品は安宅コレクションと呼ばれたもので、
安宅産業が破産?したときに貴重な骨董が散逸しないように住友が仲介をして?
大阪市に一括寄贈したというようなことが書かれていた。
この安宅コレクションを作った人が創業家の人なのは知ってたけど、それは創業者の長男で、
その創業者自身はわたしが10年通った女子校の創立者だということを初めて知った。
愛校心が無さすぎて創立者知らんかった…笑
安宅産業の倒産はかなり大きな問題だったようで、松本清張が小説に書いてる。
友達とそんな話をしてたら、友達はその本をすぐに読み出して、別の友達も読み出して、
結局わたしも読んで、今度一緒に東洋陶磁美術館に行って、
安宅コレクションと安宅親子について喋る会をしたいなと話している。

その松本清張の小説は「空の城」(くうのしろ、と読むようです)という企業小説ですが、
財閥の話は面白いよね。ちょっと韓国ドラマみたい。
「空の城」の話はこの安定していたはずの大企業が、誰が何をどうして傾くことになったか、
石油ビジネスに関わる魔術師のような悪魔のような雰囲気の男に
どういいように騙されたかという駆け引きや社内政治の話が中心だけど、
そこで強烈な印象を残すのが安宅コレクションを作った長男(がモデルの社主)。
ひたすら音楽と骨董を愛した一方で、事業には全く関心がなく関わろうとせず、
でも人事権だけは独裁的に握ることで恐怖で役員を支配し、会社に君臨し、
自由にお金を使って自分の美への探求を続けていた様子が書かれています。
金持ちの道楽といえば道楽だったんだけど、ちょっと常軌を逸するほどの執着だったようですね。

過去の美術品など文化芸術は、結局富裕層あってのものだったので、今そういうものを見ても
その背後にある特権階級による搾取や略奪をすっかりなかったことにはできなくて、
それらを育て守り集めてきた支配者たちを手放しで褒め称えるわけにはいかないんだけど、
芸術作品自体はやはり素晴らしいと思ってしまうし、あってよかったと思うし、
人はパンのみにて生きるにあらずだし、気持ちの落ち着きどころが難しいなぁといつも思う。
ハプスブルク家の美術品のドキュメンタリーなど見るとありがたく、うっとりと見てしまうしね。
文化も文化財も、そうやって一部の支配者や特権階級が築き上げてきたものだけど、
誰でも見られる時代になってよかったということだけは、言えます。

(写真の左側の本は友達がこれも読んで〜!とくれた本)

言葉でできている

2024-07-21 | 芸術、とか
ネットで流れてきたある外国のアーティストの作品に目が止まった。
肌の上に一面に小さな文字で何かが書かれてるものだ。
日本の人なら耳なし芳一の話を思い浮かべるだろう。

>自分の言葉が自分の皮膚に現れるとしたら、
>何を言うかもっと慎重になる?
>汚い言葉は、言いたくないよね。
と、キャプション(和訳)がついていた。

人間は食べたものでできていると言うけど、使う言葉でもできているから
食べるものと同じくらい読む言葉、書く言葉、話す言葉には気をつけないといけない。
と思ったけど、
食べるものに無頓着な人もわたしが思ってたよりずっと多い気がするから、言葉はどうかな。

福田平八郎とモネ

2024-04-07 | 芸術、とか
大阪の中之島美術館での展示を二つ見た。福田平八郎とモネ。
元日本画学生なので福田平八郎はどこかで展示があるたびに何度も見てきたけど、
今回初めて見たものもいくつかあって、図録買わない派なのに買ってしまった。
天才である。好き。



鮎の鱗を数えると言ったのはこの画家だったか、
好きな日本画はやはり写生第一である。何よりまずそのものをよく見ることが大事。
徹底的な写生によるすばらしい作品の後、シンプルで装飾的な造形へと変わって行くけど、
装飾的なだけではいけない、問題は中身だ、と言う。
見るということを極めた画家ならではの言葉。
写真や資料だけを見てサラサラっとセンスの良い絵を描く人はいくらでもいるけど、
実物のリアルの世界と対峙してどこまでもじかに見つくす写生を極めることでしか
辿り着けないものがあると個人的には思ってます。
センスだけで描かれた線と、写実を極めた人が描く線は違うはず。
単純な造形に描かれたシンプルな鮎の線にも、凝視された一枚一枚の鱗が隠れていて
じっと見ていると、絵の余白が深くなる。ああ、宇宙。








福田平八郎展の最初のほう、初期の犬ころやロバやアヒルの絵の線が楽しくて
すごく愉快な気分になったけど、全部見終わったらもう目も心も満腹で、
そのあとについでに見たモネは味わう余裕がなくさらさらーっと見ました。こっちはずっと人多かったし。

モネも良かったんですけどね、極上の日本食をフルコースで味わったあとに、
また美味しいフランス料理をしっかり食べるだけの心のキャパはないわ。




この写真はモネ風写真を募集中して、その写真で作ったモネ風写真モザイクだそうです。
こういうお遊びは楽しいよね。知ってたらわたしも1枚応募したかも。


そしてこれは福田平八郎だけど遠目に見るとモネ的モヤモヤした緑の色合い。笑


しかし美術展も高くなったなー。
中之島美術館で普段一つの展示で2500円とかでもまあまあ高いと思ってたのに、
今回二つの展示で2500円と1800円、両方見ると割引(たった)100円で、4200円。
同じ美術館を半分に分けて展示してるんだから、千円くらい引いてほしい…

そうそう、よく見ることと写生の大切さは日本画やる時に最初に叩き込まれたけど、
もう写生にはつらい目になってしまいました。
円空もピカソも平八郎も、その他結構いろんな芸術家が円熟すると
シンプルになったり抽象的になったりしてデフォルメされた造形になっていくけど、
円熟だけじゃなく、ホントはみんな老眼になったからなのでは?と密かに思ってはいる…

去年見た李禹煥展のこと

2024-01-18 | 芸術、とか
去年、兵庫県立美術館で見た李禹煥展のことを、下書きのまますっかり忘れてて
まだアップしてなかったことに気づいたので、少し書き直してアップしておく。








同じ頃に見た中之島の大きな美術館二つ分の→「具体」展には暴れん坊な勢いと覇気の瑞々しさがあって、
自分の日常とも地面が繋がってる気がしたけど
(実際阪神間に長く住んでいると「具体」の作品はじわじわと身近になっていく)
李禹煥はそういう荒々しさは見せない。洗練されているなぁと改めて思う。













作品はガシガシと泥臭く生身でぶつかって来たりはしなくて、
作品自体よりその空間にいて余白を味わうことがメインなので、
こんな風に写真をアップしても意味がない。(平日だけ写真オッケーみたいです)
彼の理論や思想自体は、わたしにはとてもしっくりとすんなり染み込んできて何も難しいことはないのだけど、
最近はこういう洗練を好きだった自分から少し変わってきた気がする。
洗練って結局権威に近づくからね(李禹煥は日本で受勲もしているのよね)
もちろん創作の現場の苦しさは同じだと思うし尊敬している芸術家なんだけどね。

30年以上前、ソウルに一年留学した時にこの作家の娘と同じ寮にいて結構ひどいことを言われた話
何度かしてるので繰り返さないけど(↑リンクから読めますが)
こんな素晴らしい父親を持っていても悩み苦しむのが青春というものだったのだろうなということも改めて思う。
あれだけひどい言葉をぶつけたわたしのことは覚えてもいないだろうけどねぇ。




作品は野外の円形ギャラリー?のやつが一番好きだった。
これは世界や人との関わり方がモノ派というよりオノヨーコ感があって、
ほかの作品の美しい孤高と少し違っているように思った。
(アーティストとしてのオノヨーコがかなり好きなのです)
あと、イヤフォンガイドが無料で自分のスマホで聴くんだけど、シンプルで良かった。
中谷美紀が話してる中で、作家本人の声も聞けて、
李禹煥の日本語はわたしの父の日本語を少し思い出させた。同じ慶州南道の人か。

「味わう舞台vol.5」

2023-10-22 | 芸術、とか
毎年聴いてる林英世さんの朗読の舞台。
伊丹のお食事のできる店(カフェやレストランやお寿司屋さんやうどん屋さんやいろいろ)で
まずお食事をしてから、朗読や一人芝居やダンスなどのパフォーマンスを楽しむという企画で
今までいろんなパフォーマーの方が出演されてきました。

2019年に初めて聴いたのだけど→向田邦子「鮒」
初めて聴いた林さんの朗読が素晴らしくてびっくりしてから、欠かさず来てます。
今年は白雪のブルワリーレストラン長寿蔵の2階でビュッフェをいただいてからの舞台でした。
今までで一番長い話で1時間を超えたと思うけど、引き込まれてあっという間でした。
よかったー!感動!

一人で朗読でこんなにまるまる世界を作ってしまえるのかといつも驚くけど、
今年の山本周五郎もますます良くて、真面目な人間が幸せになる暖かい話はやっぱりいいなぁ。
来年もその次も必ず聴きたい。
そういえば落語でも良い人間ばかり出てくる噺が結構好きです。

今までに見たもののメモをまとめておこうと思ったら、2021年はコロナで中止だったのかな?
・19年秋vol.2:お寿司屋さんで向田邦子の「鮒」
向田邦子らしいどことなく不穏な感じのする家庭内小説。

・20年秋vol.3:中華料理屋さんで、松本清張「遠くからの声」
この年はもう一度、別の方(蟷螂襲、丹下真寿美)の舞台も観ました。
お蕎麦屋さんで久保田万太郎の「三の酉」をお二人で読まれました。

・22年秋vol.4:会場はお茶のみどり園本店。おいしいお弁当と和菓子をいただいてから、
畳の部屋で藤沢周平の「驟り雨(はしりあめ)」良い話。なんという余韻。
30分ほどの掌編ですが、元々時代小説はあまり読まないのに
最近ちょっといいなと思うようになってきてたところだったので、
(江戸落語はよく聴くしね)すごく面白く聴きました。
邪魔がいたら殺さんばかりの殺気を持ち人の生き死にに何の感慨も持たないような男が
ほんのちょっとした事で昔の自分に戻る話で、その元の自分に戻るきっかけもベタなんだけど、
文章の力と朗読する人の演技力で十分説得力があって少し涙ぐみました。
ベタなものを斜に構えて認めないことも多いけど、年と共に何でも感動したもの勝ちだなぁと思います。