sigh of relief

くたくたな1日の終わりに、
熱いコーヒーと、
甘いドーナツと、
友達からの手紙にほっとする、感じ。

10月のつぶやき:後半

2017-11-30 | つぶやき
リアルの友達の友達だけど、わたしはあったことのない人が夢に出てきて、
なにかで寝込んでたわたしの手を握ってくれた。
すごいふんわり柔らかい手でした。手だけそっと握って、すぐ無言で出てったけど。


台北のホテルで、WiFiのマークの横に、
「有線インターネット接続あり」と書いてあって、どういうことなんだろ。


春や秋は、窓を開けてて、国道沿い、駅近で非常にうるさくて
音楽をじっくり聴ける感じじゃないんだけど、
これくらい寒くなると窓閉めっぱなしだし、
静かな音楽を聴けるようになる。秋だなぁ。

日当たりのいい場所の桜の葉っぱが黄葉してきた。
日差しもやわらかくなってきて、きれいだよ。


差別される側の人の弱さを責めるのは間違ってる。
強くないといけない状況の方が間違ってる。
もちろん強く乗り越えられる人はそうしたらいいけど、
自分以外の人にも強くなれと強要するのは、
体力のない子供に根性が足りんと、
無理な運動をさせて怪我させる前時代的教師みたいよ。


京都住みの息子に言わせると台北は京都くらいの規模の街で、
故宮博物院は長岡京くらいのとこにあると。ほんまかな?笑
京都に何百回行っても(200回くらいは行ってる)、
いまだに東西南北間違えるわたしには、
京都くらいの規模のこじんまりした規模の街だから大丈夫と言われても、
全然大丈夫感がない。


台湾の郵政博物館を楽しみにしてると、切手友達が、
そこには日本統治時代の敗戦直前の、どんどん質が低下して
数字だけで目打ちもない切手があって、興味深いですよと教えてくれた。
切手は近代の国際情勢を表していて、そういう点も面白いのです。
単に可愛いデザインの切手も大好きなんだけどね。


旅行は確かに、パスポートとクレジットカード、
あとスマホさえあればどこでも行けるように思うけど、
快適さは大事なので、快適に過ごせるようあれこれ用意するんだよね。


旅先などででかいカメラもってると、
なんか自由感がなくなる気がして好きじゃないんだけど、
友達で旅人のカメラ女子はいつでもどこでもでかいカメラ持ち歩いてても
とても自由なので、憧れて、わたしもがんばる。
重いもの持って歩く体力がすでにないんだけど。


ネットに繋がってないと何か食べても、写真すぐにアップできない、
というのがなんだかすでに新鮮だなー。
でも旅先の人のリアルタイムのつぶやきや写真も面白いけど、
大好きな旅人女子のでかいカメラでの旅行写真記をあとで読むのも好きなのよ。
なーんか落ち着かなくバタバタして、わたし旅行に向いてないと思いつつ
そろそろ出かけます。カーディガンと大判のストールは機内が寒いとき用。
首の周りのスカーフは喉の保護用。マスクも持ってる。(喉弱い)


心細くもなんともないのに、なんか悲しいなー。
さびしいのはよりどりみどりいろいろあるけど、なんか悲しいのはたまにしかない。


入国のとき、入管で在日韓国人はいつもどこに並ぶか迷う。
外国人のところに並んでたら、日本人のところは特別永住者も並べるのを思い出し、
そっちかと思ったら、再入国用の列もあって。どれも一応当てはまるんだけど…

そして、トイレでもコンビニのレジでもなんでも、
なぜか一番遅い列に並んでしまうという呪いをかけられているわたし。笑


台湾でいろいろ食べ損なったけど、御粥を食べなかったので、
夕ご飯は鶏肉と小さい玉ねぎ(なんか中途半端な大きさの甘くて柔らかい玉ねぎ)
ごろごろとニンニクを蒸してからスープにしてもので、
米からお粥にして刻んだ青梗菜入れたのを食べた。
でも和風になってしまって台湾っぽくならない。


お風呂って素晴らしいな。運動よりも楽に気分が変わる。
(気分転換が絶望的に下手な人)


「一献」って、おっさん言葉かなぁ。女子で使う人ほとんど見たことないけど、
気取ったおっさんはほぼみんな日常的に使う。(個人的感想です)
若い男子もあんまり使わない。
わたしが「また今度一献」って言われる相手は、みんな年上の男性。
若い子は、丁寧に話す相手なら、また今度お酒でもご一緒させてください、とかだし、
砕けた相手ならまた飲みましょうよ〜だし。
でも年上のおっさんだけは「一献」って言う。(個人の感想です)


今日も晴れ。積極的選択日和。いや洗濯だけど。これは良い積極。


明日は仕事の帰りに、走れる運動靴を買います。
運動靴って言わないのか?スポーツやアウトドアわかんないので、
そういう靴をなんと呼ぶのか知らないけど、
なんしか、毎日のように走ってるかっこいい友達に触発されて、
久しぶりに外を走ったりしようかと。いや、3分も走れないけど、歩くとこから。

でもウェアとかは買わない。スポーツ系のウェアは多分ものすごく似合わないし、
興味がないので、ワンピースやミニスカートのハイヒールを運動靴に変えて、
そのまま歩いたり走ったりするだけ。笑



誰にも何も聞いたり予定合わせたりしないで、ふいと夜でも朝でも、
映画でも旅行でも行けるというのは、昔のわたしにとって
夢のまた夢のまた夢だったことなんだよなぁ、と夜のホームでしみじみ思う。
そしてまだ、大体のところへ自分の足でちゃんと行ける年で間に合ってよかった。

昔の自分に見せてあげたい。そうしたら、いつも死にたかった20年くらいが、
もう少し楽だったかもしれないし、こんなにダメにならなかったかもしれない。



今朝は久しぶりにお弁当作った。お弁当とか、毎日の料理って連続シリーズだから、
間が空くとやりにくいんだよね。昨夜のおかずとか、おとといの何かを
別の何かに作り変えたものとか、そういうのがないと、ちょっと手間。
連続シリーズに乗っかってると、大した手間じゃないんだけど。

今朝はご飯炊いて、青梗菜とハムのオイスターソース炒めと、
シンプルな卵焼きとサツマイモの素揚げを作って、
昨夜の残り物のトマトソースでイカを炊いた。
トマトソースは一昨日の鶏と玉ねぎのスープを昨夜トマトソースにしたもの。
数日外でランチしたけど、やっぱりお弁当の方がいいな〜


出社したら、上司(弟)が、街で夫婦ランチに行くのでと出て行きました。
親と同居で問題だらけの実家だけど弟夫婦が仲がいいのは良いこと。
親は、なんで夫婦でわざわざランチなんかと怒ったり嫌味を言ったりする
意味不明のダメ親で、嫁はひたすら家にいるものと思ってるからな。
意味わからん。
彼らは、たんに楽しそうに遊ぶ人が許せないだけなんだよな。
楽しむということを知らない人たちだから。
それを家族に押し付けるのは、ほんとやめるべき。
でも治らないのよ、80歳にもなると。
そして今も権力とお金を握ってるから、困った裸の王様なんだけどね。

わたしは、この家族の構造からは一応いち抜けたので、
豪邸も車もお金もありませんが、古い公団で、とても機嫌よく暮らしてる。


14センチでヘリが直角に上がってるとても小さいフライパンを買ってから、
お弁当に揚げ物を入れるのが劇的に気楽になった。
少しの油でお弁当サイズの揚げ物を少しだけ揚げるのにめちゃくちゃ都合良い。
何度か足しながら使った油を捨てるのも、少量なので、簡単だし気楽。
天ぷら鍋とか、いらない。


幸せな気分だったのに、怒りがこみ上げることがある。
ツイッタは甘い天国もどす黒い地獄も、ごちゃごちゃに流れてくるからなぁ。


ふんわりした袖にものすごく弱いんだけど、
自分史上1番か2番にふんわりした袖のブラウスを買ったので、
週末に着て出かけよう。

オリビア・ハッセーが「ロミオとジュリエット」の中で着てたような、
たっぷりの布のふんわりが、好きすぎるけど
わたしが着ると綿菓子か綿毛のお化けのように
真ん丸い白いものにしかならないのが問題。
痩せたい・・・


ずっとばたばたしてたのに、明日は急にぽこんと予定がなくて、のんびり。
台風も来ても良いよくらいの気分。


>友人が「太った」を「また日本狭くなったよな」って言うのポジティブすぎ。
・・・わーん、日本を狭くしてごめんなさいーーー!
いやいっそ、地球を狭くしてすみませんー!だわ。泣


部屋を片付けるのは、本当に精神衛生上よい。というほど片づいてないけど、
数日分の洗濯物をたたんで、しまって、数日分の新聞を読んで、
商工中金の天下り野郎達に怒ったりしながらまとめて捨てただけですが。笑
商工中金の不正の件、現場へのノルマが云々とか言うけど、
諸悪の大元は天下りなんじゃないかと思う。
天下り元の経産省が強く監査できるはずないし、ずぶずぶやん。
私腹をこやしたいひとたちの天下りがなくなるだけで、
どれだけ無駄な予算が浮くかと思うけど。


夏に行った美術展のブログを今頃書いてる。年取って出歩けなかった時用に、
思い出したいことは全部書いとこ、というブログなので
人が読んで面白いかどうかは全然わかんない。

自分のブログはレオ・レオニの絵本「フレデリック」で
フレデリックが春や夏に色や光を集めるようなものだなーと思う。
冬に備えて、いいものを全部頭の中に残しておくのだ。
わたしの頭はお粗末なので、ブログでクラウドにに残しておく。


わたしのまわりにいる数少ない余裕のあるエリートの大企業ビジネスマンは、
やっぱり今の景気はいいと言うんだよね。
会社儲かってると、エリート社員のお給料は案外高いんだね。
逆に消費税増税が一番堪えるのは所得の低い層なのに、
なんでみんないつまでも自民党なのか、謎だわぁ。


スパイの話は、よくわからなくて疲れる(^_^;)
でも、スパイのシャーリーズセロンに比べたら、
わたしの問題なんかお気楽なもんやわ。


タクシーだけでなく、今や日本はもう物価の高い国ではなくなってきてる。
アジア行っても、安いけどランチなんか日本の方がコスパいい気がすることも多い。
それでも昔と変わらぬサービスを求める、いばったおっさんって、
いるんだよなぁ(いばらないおじさまたちすみません)


焼売もずっと、外で食べるものと思ってたけど、初めて作ってみる。
長い間料理してきてるのに、作ったことのないものって、あんがいあるな。
ひき肉解凍中。

焼売は、蒸し器でなく、フライパンに白菜を敷き詰めて
少量のお酒と水で蒸してる。うまく蒸せるかな。

今回は、とてもオーソドックスな焼売にしたけど、感じはわかったので、
次は干し椎茸や青梗菜やパクチーや、なんか混ぜた味のんを作ってみよ。
豚ひき肉がなくて、合挽き肉で作ったんで、
中華風蒸しハンバーグになるかな?と心配したけど、紛れもない焼売になった。
焼売、なかなかに懐の深いやつ。


すごく楽しく忙しくしてる時も、ふと立ち止まってしんとした気持ちで考えてみると、
やっぱり自分はいつも寂しいのだ。
なんで寂しいのかなぁと不思議だけど寂しい。
一方、寂しくて仕方ない時も落ち着いてよく考えてみると
自分は結構楽し暮らしてると思う。どっちかに飲み込まれることはもうないかなぁ。


上司(弟)にアマゾンから何か来て、また何か買ったん?と聞くと、
いや、あの、メモリを・・・ともごもご言う。
メモリにしては箱が大きいというと、いや、あの、大きいメモリで、
ディスプレイが付いてて・・・ともごもご。それ、普通はタブレットと言う。。。
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10月のつぶやき:前半

2017-11-29 | つぶやき
「踊るディスコ!室町」のライブ、1年ぶり2回目なのにギターの人が顔を覚えててくれて
髪型変わりましたねって言われて、一度会って少し喋っただけの客の顔覚えてるの、
すごいなーと感心して、ビールでもなんでも飲んでいいよ!といいそうになったけど、
おとなしく帰りました。あー楽しかった。

ベイビー、ドンチュウノウ、という歌詞がへび年のー、と聞こえて、
勝手に親近感を持ってた。巳年です。


基本的には、コワモテな人になってツンツンしていたいし
強くなりたいと思っているんだけど、
たまに、とろけるような甘いやさしい女になりたい気持ちの時もある。
矛盾せずに、両立できないものかと思うけど、そもそもどっちも難しい。


ワカモノの歌の、女子の歌う「きみ」という言葉が、ときどきいい。

よいおまじないを、かけられたい。


巻頭で川上未映子は、「古くて白けて今さらフェミ、どうせそんなものだろう、
まだそんなことを言ってるのか、と言って背を向ける人たちに、
これは一度きりのわたしの人生のほんとうの問題なのだと表明する勇気を!」
と書いていて、とても良いと思う。
今村夏子も多和田葉子も津村記久子もイーユン・リーもイ・ランもあの人もあの人も
そして過去の有名なひとたちもいる。
中途半端な大きさと紙と印刷が気に入ったので重いけど買ってみた
早稲田文学の女性特集。

買った本の多和田葉子さんの文章は、彼女らしく日本語の一人称についてで、
いつも日本語の二人称の使いにくさに文句を言ってるわたしには
馴染み深い問題についてだった。
ドイツ語の一人称は一つだけで性別による違いはないという話、
それがどんなにラクかという話。


自分はわりと印象の薄い声の小さい(比喩です)人間だと思うんだけど、
あまりに人前に出なさすぎる仕事になって、
ますます印象の薄い人になってきてる気がする。
何十年も続いてたピアスをつける習慣がなくなりそうな地味な日々・・・


調子のいい、勝手な女だなぁと、自分のことを思うけど、仕方ないやんなー。


カズオイシグロもそうだけど、イーユンリーやジュンパラヒリなど、
ルーツや生まれた国と違う言葉で素晴らしい作品を書く作家が
もっと注目されるといいなぁと思う。いい作品もどんどん出てきてると思うし。



あまりに不快な人や馬鹿な人を見ると、つい嘲笑ってしまいたくなるけど、
怒るのや悲しむのはいいけど嘲笑うのはあまりよくないと決めたんだった。
でもすぐ忘れて、嘲笑ったり皮肉を言ったりしてしまう。
いちにちいちにちと、
明日は誰のことも嘲笑ったり馬鹿にしたり意地悪なことを想わない日にしよう。

だって自分も馬鹿だもん、というだけではなく、
やっぱり自分は善良な人になりたいんだなぁ。

せめて一日だけでも善良ぶるところから。



走る友達が颯爽として素敵なので、
わたしも15年ぶりくらいに走ってみようかなぁと思い立つ。運動不足だしなぁ。
お散歩に毛が生えたくらいでいいや。秋が深まってから、冬の間だけね。
靴を買わなきゃ。
あまりに体力がなくて、筋力もなくて、ダンスの時にフラフラしてばかりなので、
体幹鍛えたいんだけど、まずは久しぶりに歩いたり走ったりしよう。


若い頃の自分より今の自分の方がずっとマシだけど、ずいぶんマシになったのに、
もう何にも間に合わないんだなぁと思うと、うまくいかないものだ。


ただの不機嫌が悪いのではなく、不機嫌を理不尽にぶつけられるのが悪いんですよ。
不機嫌と理不尽はセットになってることが多いと思う。
自分に関係ないことで不機嫌になられて、理由も言わずに八つ当たりされて、
わけわからないまま怒鳴られるとか。


国のトップを批判するのも非難するのもありと思うけど、
どんなにひどい人でも事実でも、不必要な悪意を込めた貶め方には賛同できないなぁ。
女性政治家の容姿や年齢を嘲笑うのを不愉快に思うのと同じで。
こんなのばかりじゃ、まともな批判者まで、危険扱いされてしまう。
過度の悪意や無用の貶め方は、国が腐る前に自分自身が腐ってしまう。。。


スープカレー、おいしい。思った味にするにはスパイスをもっと知らないと無理だけど
テキトーでも、毎回違う味でも、とりあえず美味しかったらいいや。
というか、基本のスパイス、どう組み合わせても、不味くなることはないんだな、
カレーって偉いなー。


壁に塗るペンキの色、カタログやネット上の色ではない、
実際の色味サンプルを請求しました。
1回で10色までなので、10色選ぶのが優柔不断なわたしにはすでに大変。
はっきりした色もおしゃれと思うけど、
ずっといる部屋だから淡いスモーキーな色を選んだ。水色系と薄紫系かな。


ケージとゲージを間違える人と、ミラーレスを一眼レフと呼ぶ人を、
スルーできない心の狭いわたし。(うさぎや動物の小屋はケージです!)


長い小説はKindleがいいな。寝転んで読んでも手が疲れにくいし、
大きめの文字で読むと目が疲れにくい。
Kindleはおばあさんの味方だな。(おじいさんの味方でもある)


お弁当も朝の支度も、どうしようかなぁとぼーっと考えている時間が長い。
朝は特にぼーっとしてるし。着るものと、お弁当の中身が全部決まってたら、
6時半に起きて7時半には全部終わってる。
夜寝る前に、明日なに着ようかなぁと思いながら寝るけど、
朝に気分が変わってることがあるので難しい。

気分って強力で、前夜、着るつもりだった服が、朝起きてみると、
今日の気分はこれじゃないなぁーと思うことはとても多い。
わたし自分の気分を甘やかしすぎてるかしらん。



久しぶりにデジイチ持って歩いたら、やっぱり楽しい。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるけど、鉄砲持ってないとそもそも何も当たらんもんな。
iPhone、よく写るけど、撮りたいようには全然撮れないもんなー。

でもフォトショなどで丁寧に手をかけてきれいな1枚を仕上げるというのには
やっぱり興味がない。それは絵を描くときにするからかなぁ。
絵を描くときもイイカゲンだったけど。

きれいな写真好きだけど、自分はやっぱり感情や視線の流れとか
物語とかドラマとかが好きなんだと思う。
個展や写真集などの、組んである写真の方が好きだ。



バナナはコーヒーのお供にはイマイチだけど、バナナチップスはいける。


わたしに少しだけある強さは甘いし、優しさは厳しいし、
もう全然なりたいようになれないなー。


もたもたしてて人にぶつかったりしたときに、すごい怒鳴られたりすることは、
ときどきあって、相手はいつも男の人だけど、
この人わたしがデカイ男だったとしても同じように怒鳴るかしらん?と思って、
自分に非があってもそこには腹が立つ。
そもそも、怒鳴らなくてもわかります。なんですぐ怒鳴るかな?


わたしが何かをケチョンケチョンにけなしてても(たまにある、酷い映画とか・・・w)
迎合しないで、いや自分は面白胃と思ったよ!と言ってくれる人が好きです。

そう言い合える関係が好き、だな。



もやもやする物を読んだけど、そのもやもやって、
自分のコンプレックスが悪さをしてる部分が多いと思うので、
そうじゃない部分もあるのにうまく説明できそうにない。忘れとこ。


友達に何かもらうのはうれしい。なんでも自分で買えるけど(なんでもではないか)
友達がわたしのことを考えて選んで買って送ってくれるものは、
ずっとうれしいものになるよねぇ。
と、友達が送ってくれたチーズと、べつの友達がくれたワインが、
美味しくてすごくしあわせ。

旅先から絵葉書を送ってくれる友達、すごく良くて泣きそう!と思った
音楽や画集や詩集を送ってくれる友達。
なんか、あんまり死にたくなくなっちゃうなぁ。

大人になってから、死にたくない時の方がずっと少ないし珍しい状態だったんだけど、
最近、一人でちんまりと働きちんまりと生きていると、
なんか死にたくない気がする時が出てきた。
そういうのに慣れてないから、困ったな。


岸本佐知子さんのエッセイというか短文がもうめちゃくちゃ好きだなぁ。
普通の世の中の不条理とか自分の運の無さやこだわりの話も面白いけど
(共感しすぎる)、彼女の真骨頂はやっぱり
途中からふらふらと異世界の幻想譚になるやつよね。好きだわー。


♪千年経てばみんな死ぬ〜という歌のサビが頭を離れない。
わりと威勢のいい明るいメロディ。


選挙権は納税に応じて、税金納めてない人には選挙権はやらないでいいと
書いてる人がいたんだけど、自分が何言ってるのか全くわかってないんだな。
貧乏人には社会の一員としての権利はやるなと言うのね。
極端に言えば貧乏人は死んでいいと。これが普通の人ですか。。。


自分のダメダメ人生のいろいろとうまくいかなかったことや恵まれなかったこと、
不公平だったこと、つらかったことなどを、
他の人と比べて妬んだりしない。八つ当たりしない。

油断するとすぐ、嫉妬でいっぱいになる。
うまくいかなかった人生への不満と自己憐憫でいっぱいになる。
そういう困った気持ちの逃がし方は、ずいぶんわかってきたから、するすると逃す。
いないフリもする。

そして、明日も機嫌よく楽しく生きていくんだもん。



超誰にでもできる仕事をやってるけど、
仕事は自分のアイデンティティになんの関係もないから
そういう意味で自分は以前と変わらず、なんにもないなんでもない人なんだけど、
とりあえず職業欄に会社員と迷わず選べるのは、ラクになったことかな。


主体的に仕事に関わっている経営者やクリエイティブの人は、
また別なんだろうけど、自分は超誰にでもできる仕事で、
就業時間相応のお給料をもらってぼんやりちんまり生きてて満足。


金木犀の匂い、濃くなってきたなぁ。


今日も今日とて、お出かけ先で会ったお友達の人に、
切手好きと聞いたからと、きれいなお魚さんの切手を数枚いただく。
やさしい。


>北朝鮮の雑誌『朝鮮文学』を最後に読んだのは2001年頃。
>南米のどこかが舞台で、ある人が偶然そこを訪れていた北朝鮮の人と出会い、
>主体思想を知り、人生に希望を見出し北朝鮮に行く短編が載ってた。 
>他は推して知るべし。
言論統制のひどい表現も思想の自由もない国では、文学は息も絶え絶えだろう。
>でも私は、ひそかに、誰かが、何かを書いてるのではないかと思い続けている。
というつぶやきを見かけて、少しほっとした。
体制にどんなに自由を奪われても、
枯れてない死んでない根っこがあるといいなぁ。ほんと。がんばれ。



息子の大学の授業料の請求書が久しぶりに来た(なんか休学とかしてたので)。
そしてこれが最後の払い込みです。
息子が18歳になるまで払ってた学資保険でちょうど学費の4年分まかなえて、助かった。
春には学生じゃなくなって、わたしも本当にもうおかあさんを卒業だなー。


どんな人混みでもすぐ探せるくらい、
たっぷりの布の真っ赤なワンピースで仕事に行きます。
上に水色のカーディガンも着るけど。


政治家でもその周りの人たちでも、ガラが悪いとか人相が悪いということでは、
わたしは非難したくないんだなぁ。個人的にはガラの悪い人怖いし、やだけど。
そして、人相が良く紳士淑女で品のいい人は好きだけど、
品のいいきれいな差別も、いくらでもあるからねぇ。

でも、ガラの悪さの中に威圧的で暴力的なものがあれは、そこは非難するかも。

とても聡明なのに人の中身は顔に出るということをよく言って
政治家の批判をする人がいるけど、そうかなあと、毎回思う。
天使のような容姿の悪魔なんていくらでもいるとやっぱり思うんだけど。
顔立ちではなく、表情のことだと言われても、
写真は恣意的に選ばれてるしあてにしてはいけないよね。

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昼休みの絵本:35〜38

2017-11-28 | 昼休みは絵本を見る
35:「天女かあさん」作:ペク・ヒナ

熱が出て小学校から家へ帰って来た子ども。
この子の名前が「ほほ」っていうの、かわいい音だな。
仕事中のお母さんは慌てて電話をかけて子どもの世話を頼むのですが、
それが間違い電話で、電話を受けたのは天女さん。
仕方ないなぁと子どもの家へ行き食べさせ寝かせるのですが、
この天女さん、こてこての大阪弁だし、この本はクレイ人形の絵本なので
白塗りの天女の顔はおてもやんっぽくて、どえらい、迫力のある天女です。
生活感にあふれごちゃごちゃした背景写真とかわいくないクレイ人形が
なんともなんともいいのです。
お母さんが帰ってくると盛大に散らかった台所に大きなオムライスという
「どえらいゆうはん」が用意してある。こちらはプロモーション動画。


韓国の不思議な絵本です。同じ作者の「天女銭湯」という本は
韓国で15万部の大ヒットだったそうです。プロモーション動画。

こっちの方がインパクトは強い。笑


36:「のらねこルシファ」作:みなみもなみ

とりとめのない感じだし、簡単な絵で好みではないのですが、
猫が擬人化されていなくて、なんとなく気ままに街を歩くねこの視点と
この主人公の黒猫ちゃんが、野良猫の時に「はぐれ」って呼ばれてたってとこが好き。


37:「わたしはあかねこ」作:サトシン 絵:西村敏雄

自分だけみんなと違う色に生まれたあかねこ。
まわりはあかねこを「普通」にしてあげようとあれこれしてくれるけど
あかねこは別にそのままのあかねこの自分で満足している。

このあかねこが、怒ったり反抗したりする感じではないのに、淡々と自分を持ってて
わたしはわたしと素直に自分を認めていて、流されないところがとてもいいです。
クールな決断でさらっと行動に出るあかねこ、かっこいい。
ラストのカラフルな終わり方も楽しくて良いですね。


38:「ろくべえまってろよ」作:灰谷健次郎 絵:長新太

灰谷健次郎+長新太という安定の組み合わせで1975年の絵本だそうです。
子供達の関西弁がとてもいい。絵本の中の関西弁って、どれもいいな。
深い穴におっこちた犬のろくべえを助けようとする小学1年生たち。
まだペットブームなど来る前なので大人たちは犬の窮地に無関心。
「いぬのくせに あなにおちるなんて まぬけです」とか
「がんばれと さけぶだけでは、どうにもなりません。
だいいち、ろくべえは なにをがんばったら、いいのでしょう。」
とかいう地の文章のユーモアがいいし、
ろくべえをはげまそうとドングリコロコロを歌った子に
「もっと、けいきの ええ うたを うたわなあかん」という子がいたり、
一生懸命な子どもたちがとてもかわいい。
なんでもない出来事を書いている話なんだけど
文章のうまさと味わい、カラフルでいきおいのある絵のロングセラーです。
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いくつのとき?

2017-11-27 | Weblog
50歳をいくつか過ぎて振り返って、
自分が一番きれいだったと思うのは何歳のとき?と聞かれ、
改めて考えてみたけど、27歳と47歳かなと答えました。
27歳のときは若さになんとか間に合った感じできれいになった年だと思うし、
47歳のときはちょうどいい感じにこなれてきた頃。(あくまで自分比ですが)

45歳くらいでやっと、髪と肌と自分のイメージを
多少コントロールすることが分かった気がする。
そしてその頃はまだぎりぎり老化が老化と言うほどではなかった。
47歳のときの自分は、37歳のときの自分より絶対きれいだった。
(くりかえすけど、単に自分比ね。笑)
52歳の今は、さすがに老化だなーと思うことが増えてきて、
それを否定はしないけどもう、おばあさんになってきたなぁとは思う。
まあ仕方ない。でも何はなくても、どこでも行けてなんでも見られる
健康と体力は失くさないようにしたいな。

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秋のお弁当:後編

2017-11-26 | お弁当や食べ物
たまにはサンドイッチ。サンドイッチは好きなのに、どうもうまく作れない。
とりあえず、バターやマヨネーズは惜しみなく、
ということにしたら少しマシになったけど。


マカロニサラダ好きで、丼で食べたいけど我慢。
ご飯は段々の海苔弁。ウィンナーは揚げてみた。


焼肉弁当、目玉焼き乗っけ。成長期の男の子のお弁当っぽい。笑


卵焼きは、時々海苔を巻いたりもするけどおいしいけど
何も入ってないのが好きかなぁ。口当たりが一番ふんわり。


おいなりさん。冷凍できるとわかって、結構時々お弁当に入れてます。
色味の足りないお弁当だな。笑


安い明太子屋さんが来るのよときどき、近所のお店に。
すごい大盛りの切り子で千円なんだけど、安いスーパーの倍くらいありそう。
贅沢に巻き込んで卵焼きに。


明太子おにぎり。色がかわいいな〜。
小松菜の白和えと、タコのトマトソース煮。前夜の晩酌の残り。
カリフラワーとタンドリーチキンのサラダと。


実家の法事があったのでナムルをもらってきて混ぜビビンバ弁当。
お肉もたくさん入ってます。
あとは、鶏トマトソース煮にチーズかけたやつ。
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秋のお弁当:10月後半くらい

2017-11-24 | お弁当や食べ物
仕事の、ちょっとバタバタしてたのも終わって、慣れて落ち着いてきた頃。
上の写真は、青梗菜とハム炒め、イカのケチャップ炒め、サツマイモの素揚げ。
サツマイモは、息子が持ってきたやつでした。小さいけどおいしいやつと。


551の豚まんの店の甘酢肉団子。かぼちゃとくるみのサラダ。
ご飯はミョウガと薄揚げを炊き込んだもの。さっぱりとした風味でおいしい。


ビビンバ弁当。揚げ卵と、デパ地下で買った焼き豚。


挽肉そぼろ弁当。こういうお弁当を息子にはよく作ったなぁ。


スープカレーの具。お肉と糸コン炒めと春雨サラダ。春雨や糸こんにゃく好き。


おいなりさんと、冷凍シュウマイ。いろいろ炒り卵。


かやくご飯に、ほうれん草とハムの薄焼き卵ロール。お鍋の煮野菜の残り。
冷凍のコロッケ。冷凍食品も時々使います。
とても小さい(14センチ)フライパンを買って、揚げ物鍋にしたら
揚げ物がすごく楽になった。ちょっとの油で一人分あげるの楽しい。


家で初めてシュウマイを作ってみたら、すごくうまくできてご機嫌になった。
形はでこぼこですが。幾つか冷凍してお弁当に使いました。
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秋のお弁当:前編

2017-11-23 | お弁当や食べ物
半日出勤の日もあるのでお昼休みは週に4回くらい、月に16回くらい。
そのうちお弁当を作ってるのは12回くらいかなぁ。週に3回くらいの計算ですね。
今日は外で食べようと思っても、朝時間があると、やっぱり作ってしまう。
代わり映えしないお弁当だけど、自分のお弁当がは好きです。
お弁当箱が大好きだからだけど。
暑さが和らぐ頃から、ますますお弁当が楽しくなってきた。
9月後半くらいからのお弁当です。


これは焼きそば弁当。焼きそばしか入ってない。自分用だからこういう手抜きもする。
焼きそばは大体2玉3玉入ってるので、翌日も焼きそばなんだけど、
芸がないのでオムソバにしました。

オムソバって書かないと、オムライスかオムレツかわからないので書いてみた。


どんぶり弁当。親子丼ですね。かぼちゃの炊いたやつと。


これも手抜き。カリフラワーとウィンナー炒めたものだけ。
ご飯には野沢菜のふりかけ混ぜてあります。


スパイスから作るカレーというのを初めて作った翌日のお弁当。


大葉と梅干ご飯に、明太子卵焼き。舞茸とお肉炒めたやつ。


イカとしめじ炒め。揚げワンタンの中身は梅肉と潰したはんぺんだったと思う。


かやくご飯と揚げワンタン。しめじと卵炒め。


ちくわを甘辛く炊いたやつってお弁当にすごく合いますね。
明太子は時々すごく安い店が近くに来るのでたっぷり使います。
コメント

ペットショップ

2017-11-22 | うさぎ
動物の生体販売反対の立場で、ペットショップにも反対なんですけど、
そこにいる子はかわいくて仕方ない。近所のお店を毎日のぞいてしまう。
かわいい。じーっと見入ってしまう。
でも、現場のペットショップがいくら丁寧に動物のことを考えて
やさしく世話をしてあげているように見えても、
その動物たちの仕入れや遺棄処分のことを思うと、
かわいいと思った気持ちが暗くなる。
生き生きとしていられる環境で、
母体に無理のない自然な間隔と回数だけのお産で生まれた子だけを扱ってたら
こんな商売はなりたちませんから、やはり強制的な妊娠出産など無理な繁殖、
万全ではない環境で暮らしている動物がいるはずなのです。

前も「どこで買おうと勝手だ。ちゃんと最後まで面倒を見て可愛がる覚悟があれば
好きな種類のペットを買って何が悪い」という人を見かけたけど、
好きな種類のペットを飼うのはいいんですけど、
ペットショップの生体販売は、上記の無理な繁殖による被害動物が必ずいるし
売れずに大きくなった子の遺棄や殺処分につながることも多いし、
そこで買うことはそれに加担することになるのです。
ここにいる子たちに罪はないけど、それを買う人がいるから、
そういう仕組みがなくならない。。。

こういうペットショップの話は前にも書いたと思うけど
近所のお店に今いる子が本当にかわいくて、毎日昼休みに見に行ってしまうし、
こんなにかわいかったら、誰かいい人が飼って一生大事にしてあげて欲しいけど
一方で、そうやってここで買うことには問題があるんだということは知って欲しい。
動物好きな人は多いので、知れば、わかってくれるだろうし。
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二人のロバート:ロバート・フランク

2017-11-21 | 写真


2人のロバートの映画を見た。
どちらも世界的に有名な写真家で、ひとりはロバート・フランク。
もうひとりはパリのロベール・ドアノー(英語読みだとロバートになるよね)。
どっちもとても有名な写真家で、写真家のドキュメンタリーもいろいろあるけど
この2本は対照的ながら、それぞれ特徴のある良い映画になってたと思います。
2本続けてみたんだけど、全然違うタイプだからこそ、面白かった。

まずは、ロバート・フランク。
デジタル一眼レフを初めて買って、写真の講座などに少し通った頃
写真史の講座で知りましたが、写真やってる人なら誰でも知ってるはずの大家。
写真は今見てもかっこいいですが、今も全然陳腐化してない。現役感あります。
動画をたくさん作ってることとか、超有名な代表作『The Americans』のあと
最近までどんな写真を撮ってるか、あまり知らなかった。

彼に関しては、映画を見た少し後に神戸で個展があったので
それも見に行って、めちゃくちゃ面白かったです。

額縁に入った高価な作品としてではなく、
大きな新聞紙の紙に作品をプリントして天井からぶら下げる展示方法は
今の写真のマーケットへの反抗でしょうか。





天井の高い広い体育館のようなスペースは自然光の中、
たったったっと何度も何度も写真の間を走りながら見るのが楽しい。
走りながら会場中の動画も撮ったけど、このブログにはアップできなくて残念。



これは上から写真中が吊り下げてあって、自由に見ることができる。
天井からの光がきれいでフォトジェニックな空間になってました。

そして展示期間が終わったら、作品はみんな燃やしてしまうという
威勢のいいパフォーマンスつきです。↓神戸市のサイトより。

ものすごく独創的、とは思わないけど、彼くらいの巨匠がこういうことをするのは
軽やか出かっこいいと思いますね。
裾野も広がるし、新たなファンも増えたことでしょう。

行く前に友達がポスターをもらってきてくれたので、
それはうちの書棚の部屋のドアに貼ってあります。
これも新聞紙へのプリント。

新聞社の友達によると、かなりいい方の紙みたいですが、
新聞紙の質感が、作品にも合ってていい雰囲気です。
色あせてぼろぼろになるまで、貼っておこう。

ロバート・フランクはスイス系アメリカ人。
1955年にグッゲンハイム財団からの奨学金で、アメリカを記録するという旅で
27,000枚の写真を撮影。それをまとめて
1958年にまずフランスで、翌年アメリカで出版されたのが『The Americans』。
彼の色あせない代表作で、とっても有名で写真の教科書には必ず載ってます。
映画は、その彼のプライベートも交えて、写真家としての今の彼にも迫る。
映画としてもテンポも良く、音楽も合っていて、いい作品。
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名前とアイデンティティ

2017-11-20 | Weblog
映画館で、この前見てかなり長々と感想書いた→「サーミの血」がまだやってて、
ふと書き忘れたことを思い出した。
被差別民族のヒロインは自分なりの自由を求めて、
故郷を捨て家族を捨て出自を偽りながら生きてきて、
そのヒロインの少女時代が主に描かれてるけど、その後のことは描かれず、
映画では、老人になってからのシーンが最初と最後にわずかにあるだけで、
それまでの彼女がどう生きてきたのかは語られないままなんだけど、
今、思い出したのは彼女の名前。
故郷を捨てるときに名乗ったクリスティーヌという
被差別民族の自分の本名ではない、他人の名前を、
年を取ってもずっと名乗ってて、おそらく息子も彼女の本名は知らない。
つまり彼女は、ずっと他人の名前で生きてきたのだけど、
(学生時代の美しく厳しい差別者の教師の名前だった)
それで彼女を卑怯だと責めるのは酷なことなのです。
そうやって自分を偽ることでやっと差別から隠れることができたわけで、
本当に悪いのは、そういう社会の方だったのだから。

そんな風に、自分から名前を捨てた彼女を責められないのに、
植民地にされ、強制的に名前や言葉を変えられ、今も差別の中で
本名を名乗りにくい人が多くいるこの日本で
それを責める人がいまだにたくさんいるということを、連想したのでした。
でも最初見たときには、彼女がずっと別の名前を名乗り続けていることの
重要さには気づかず、名前のことは見落としてた。

自分たちで他民族の名前を奪っておいて、いまさら
通名は在日特権だと、理屈の通らない非難を声高にするおかしい人たちを
ネット上で見ない日は今、ありません。
在日特権などというありもしないことを言い立てて差別に使うような人がいる限り、
差別が怖くて本名を名乗れない人もなくならないのです。
名前を大事に思う人がみな、その大事な名前を名乗れるようになるのは
まだずっと先のことなのかなぁ。

名前を大事にする人は案外多い。
わたし自身は、名前を間違えられてもなんとも思わないし、
民族も名前も自分のアイデンティティには1パーセントくらいしか関わってない。
自分にとって大事なのは、自分個人が今なにを考えどう感じているか、ということばかりで
名前も民族も国籍も全部、かなりどうでもいいことなのです。
自分はそういう人間だから、名前のことで傷つくこともないし、
ただの記号だしどうでもいいくらいの気分なんだけど、
名前というのがアイデンティティの大きな一部になってる人もいるからなぁ、と、
クリスティーヌと名のり続けるヒロインの哀しさをを見て考えたのでした。
在日外国人の通名だけでなく、結婚に伴う夫婦別姓問題も同様。
名前を大事にして、ルーツを大事に思う人のその気持ちは、尊重されるべきですよね。
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