sigh of relief

くたくたな1日の終わりに、
熱いコーヒーと、
甘いドーナツと、
友達からの手紙にほっとする、感じ。

息子の旅7:ロンドン、リバプール

2016-10-31 | こども
息子は中学生の頃、とてもビートルズが好きだったので、
リバプールも楽しみにしてたけど、やはり観光化で今ひとつだったみたいです。
やっぱりビートルズ売りで完璧に素人向け?観光地化してて、
地元の半日ツアーに入ってみたけど、なんだかなぁと言ってました。
でもロンドンは楽しそうだった。

ジョンの育った家?


ペニーレインの床屋。








ロンドン




ハリーポッターの、駅。観光客の記念撮影場所。
息子はハリーポッターにはかなりはまりました。
小学校低学年の頃は海外にいたので、英語で読んでました。
日本への帰国後、1、2年たつと日本語の方が読むのが早くなったのだけど
ハリーポッターだけは、英語を忘れないようにということもあって、
英語で全巻読ませました。
大好きだったので、英語を少しずつ忘れても、結局何とか読めたみたいです。
わたしはファンタジーが苦手であまり興味がないので、
この辺の好みとか、全然違いますね。




ビートルズの有名なアルバムジャケット写真の場所


息子が高校生時代、わたしがカフェをやってた時は、残り物のスコーンを
しょっちゅう朝ごはんに食べさせてたんだけど、
ロンドンでも食べてみたようです。
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たまたま

2016-10-30 | Weblog
自分は、ごく、たまたま、ここにこうして生まれてきたと思ってる。ほんのたまたま。
もしかしたら別の国の別の親から生まれてたかもしれないし、
別の国の別の親から生まれた知らない誰かが、本当はわたしだったかもしれない。
哲学的な意味ではなく、なんとなく実感としてそんな風に思う。
ほんのたまたま、日本で在日の子として生まれただけと。

日本に生まれた日本人の人がヘイトを繰り広げるのを見ると、何よりそこが不思議。
あなた、たまたま日本に生まれただけなんじゃないの?
なんで自分が日本人として日本で生まれたことを、
そんなに揺るぎなく、ずっと決まってたことのように思えるのか、謎。
ひょっとしたらアメリカの白人だったかもしれないし、
北極のイヌイットだったかもしれないし、アラブの王族だったかもしれないし、
ジャングルの中の少数民族だったかもしれないし、
中国人や韓国人だったかもしれない、とは考えないのね〜?

わたしには、そういうことを揺るぎなく信じられるのって不思議だわ。
なんの当てもないのに信じるって信仰のようなものなんだろうけど、
もし生き物が何度も生まれ変わるなら、自分はふわふわいろんなものになってきて、
これからもいろんなものになっていくように思うし(それも確かではないけど)、
もし人間が生まれ変わらないものだとしても、今自分がここにこうしているのは
一体どういう偶然の結果か?といつも思ってるからなぁ。

自分のルーツや民族が自分のアイデンティティにとってとても大事だという人は、
もちろん、それはそれでいいんですよ。大事にしたらいい。守っていけばいい。
それが運命として決まっていたことで、生まれ変わっても変わらないと
信じているならそれもまあいい。
でもそうじゃない人がそうじゃないまま生きる自由は否定しないでほしいし、
とにかく、排外差別主義者の信じている自分の日本人としてのアイデンティティって
ごくたまたまのものなんじゃないの?と、やっぱり不思議に思うのよ。
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息子の旅6:バルセロナ

2016-10-29 | こども
そのあと行ったスペインのバルセロナはかなり気に入った模様。

ガウディ。








このパンコントマト?はすごく気に入って、めちゃ美味しい!と言ってたけど
日本でやってみたらバルセロナで食べたみたいに美味しくないと言ってた。
日本のパンが良すぎるのかも、もっと雑なパンだと美味しいのかも?と。
パンを焼いてトマトをこすりつけてオリーブオイルかける、んだったかな。
簡単で、ポピュラーな食べ方みたいね。

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トーベ・ヤンソンのビデオ

2016-10-28 | 芸術、とか
毎月やってる映画の会の旧作課題映画で「イージーライダー」を見たけど
これはラストが少々辛いので、
口直しにやっぱりトーベ・ヤンソンの島の生活のビデオ見てる。
ここにはいつもトーベとトゥーティの「わたしたち」がある。
小さな子供のようにでたらめに踊るトーベ・ヤンソン。
多幸感。素敵すぎて涙が出そうになる。いつも。

20年間くらいの、夏の島暮らしをトゥーティが8ミリビデオで撮った
プライベートなフィルムを、晩年、編集してナレーションなど入れて作った作品。
でもやっぱり素人のホームムービーっぽい。そこがすごくいい。
退屈といえば退屈かもしれないけど、詩情とはこれのことかと思う。

中学生の時に、アン・モロー・リンドバーグの「海からの贈り物」を読んで以来、
海辺や島での、小屋の暮らしに恋い焦がれている。
アウトドア耐性ゼロなので、生まれ変わらないとできる気がしないけど。
トーベヤンソンの島は電気も水道もなく、わたしには難易度高すぎだし。
でもたまらなく好き。

島暮らしのビデオのあとは、ヨーロッパ旅行のビデオ見た。
これも同様に、20年ほどの間の、いくつもの旅行中に撮った
プライベート8ミリビデオを編集して作った作品。
8ミリビデオって、ほんと、異常にノスタルジーあるよねぇ。
古い8ミリの映像の中の笑顔とか、どんなものでも幸福感あふれて甘く切なくなる。
映画の中によくある、ホームムービーを再生するようなシーン、
あれも作り物とわかっていても泣かせる。

以前、個人のホームビデオを集めて上映する会をなんどか映画祭でやったけど、
あれも本当にいいものだった。
赤の他人が撮った、8ミリホームビデオの家族の様子なんか、なにも面白くないはず。
それが、なぜか、なかなかいいのよ。
なんか、すごく、生のリアルの人間がいて笑ってる、本物感がすごいのよ。
ぼんやりとした雑な写りの音もない不恰好な映像でも。
写真もそうだけど、きれいさで勝負しなくてもいいものもあるんだなと思う。
ぼんやりとしか写ってないピントも合ってないようなものでさえ、
そこから溢れるどうしようもないノスタルジーや幸福感は、
なかなか作れるものじゃない。

旅行の時は、トーベ・ヤンソンが荷ほどきをする係で、
パートナーのトゥーティは街に出て果物や花を買ってくる係。
一人旅だとどっちもひとりでやらないといけない。それもまあいいけど、でも、
荷物解いてる間に部屋にお花と果物とお酒がくるのは、なんて素敵なことだろ。
買い物して帰ってきたら荷物が片付いてるのってなんて素敵なことだろ。

最後の旅の頃のトーベヤンソンは、ずいぶんおばあさんなんだけど、
その20年前の旅の頃から全く印象が変わらないので(髪型もずっと同じ)、
なんというか妖精みたいなんだよ。おばあさんの妖精。
こういう風になりたい。生まれ変わったら、トーベ・ヤンソンになりたい。
いつも思う。いや、生まれ変わらなくてもなりたい
でも自分は、自分の容姿にとらわれすぎてると思う。
たとえば夏に自分でざっくり自分で髪を切ってぼさぼさだったけど、
結んでたのでどうせわかんないしと平気だったのを、
秋に向けて床屋で直してしまった。
ぼさぼさのバラバラの髪のまま生きる決心ができない。
つい、きれいになろうとしてしまう。笑
なかなか、彼女のような、妖精のようなおばあさんへの道は遠い。
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息子の旅5:パリ

2016-10-27 | こども
パリもさほど気に入らず(大雨で?直前まで水浸しの時期だったけど、
息子が行った時には、なんとか水はほぼはけてたようです)
息子はフランスとは相性が悪いのかな。わたしは大好きなんですけどね。
ヨーロッパの美術館は、写真オッケーのところが多いみたいですね。

エッフェル塔。の下。上ったのかどうか知りません。特に感想なかったみたい。w




ペタンク?








フランス料理といえば、エスカルゴ。






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息子の旅4:ストラスブールとハウルの城

2016-10-26 | こども
アメリカやアジアやオーストラリアは、ちょこちょこと行ったことがある息子も
ヨーロッパには縁がなくて、今回一番行きたかったのはヨーロッパだったみたい。
ストラスブールは友達がたまたま留学してたので寄ったらしいけど
ストで電車が止まったりして少ししかいなかったみたいです。
でも可愛い街で、アニメの「ハウルの動く城」のモデルの街だそう。
その話をしたら、原作もとてもいいよと友達に勧められたので
すぐに買って読んでみた話は、前に書いた。→「ハウルの動く城」








この店のジャムを試食したら美味しかったと言ってひと瓶お土産にくれました。
グリオットという種類のチェリーのジャムで、
ダークチェリーよりも繊細だけど日本のさくらんぼよりは濃厚でおいしかった。

ニースは、あまりピンとこなかったみたいです。
わたしは昔、2泊くらいして、結構好きだったんだけどなぁ。











ラタトゥイユは、お母さんのと全然違って美味しかったと言われた。。。
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維新派「アマハラ」

2016-10-25 | 芸術、とか
音楽のライブは時々行くけど、こういう舞台にはあまり行かないのですが
今回は、舞台好きの友達がチケットとるけどいる?って聞いてくれたので、
それに甘え、見てきました。
奈良、平城宮跡地での、維新派の最後の公演「アマハラ」。

わたしのまわりでは、維新派見に行ってる人ってすごく多くて
誰でも知ってるものだと思ってたのに、
他の人と話すと案外「維新派?」と、きょとんとされるので、
あー世の中と自分の周りの世界との乖離を思い出し、認識を改める。笑
維新派(劇団維新派)は1970年、松本雄吉(大阪教育大学出身)を中心に旗揚げ。
劇団員総勢50名ほどが自らの手で1.5〜2ヶ月以上かけ巨大な野外劇場を建設し、公演が終れば自ら解体して撤収するという「scrap&build」の劇団として知られている。また公演時には様々なフードやドリンクを提供する屋台村を併設し、巨大劇場と併せ名物となっている。
作品は少年少女の青春群像劇を軸に、退廃的でノスタルジックな世界観を構築。会話によって語られることは少なく、セリフのほとんどを単語に解体し5拍子や7拍子のリズムに乗せて大阪弁で語られる独特の劇形態(「ヂャンヂャン☆オペラ」)を持つ。ヂャンヂャン☆オペラの名は大阪下町「新世界」にあるジャンジャン横丁から取ったものである。
日本以外に海外でも数多くの大規模公演を行っている。大規模公演の新作は基本的に年1回。まれに屋内での公演やプレ公演のような小規模公演を行うこともある。

(Wikipediaより。)
今回の「アマハラ」は、2010年に上演した「台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき」の
再演だそうですが、それも見た友達によると、
構成からかなり違うものになっていたようです。

20世紀初頭、アジアの島々を目指して出て行った移民たちの記憶や、
船、旅、航海、生活、などの断片が、繰り返しの多いシンプルな音楽と共に、
廃船の舞台上に散りばめられていきます。
なんだか夢を見ているような不思議な気持ちになる舞台ですね。
この動画で雰囲気は少しわかるかな。↓


せっかくだから奈良をぶらぶらしたかったのに、朝排水管清掃が来たりして、
早めに行くことができなかったのですが、
公演前に屋台村で軽くあれこれつまむことはできて、満足。


雨がたまにぱらぱらしたけど、公演中はほとんど降らず
落ち着いて観劇できました。
舞台は廃船を模して作ってある。海のない奈良に、船。

この写真の段々のところが観客席です。真ん中の真ん中へんでした。
そして、一番前の席よりこれくらいの俯瞰で見るのが良かったように思います。



夕方5時15分ぴったりに始まり、日が暮れていくのを計算しつくした照明に
とても気持ち良く乗せられました。
終わりの方では、気がつくと舞台の向こう側のすすき?キリンソウ?の草原が
すごくきれいにライトアップされ、
その手前の舞台にいる登場人物がシルエットになったり、消えたり、
草原との距離感もあやつられているようで見事だった。

さらにこういう広い場所なのに(奈良は空が広い)音響もすごくよかったので
大きな音がずーんと胸に響いても圧迫感はなく気持ち良い。そして
小さな音も耳まで澄んだまま届き、全くストレスなしで浸ることができました。
壁や天井や建物がないと、ぶつかる風に音を邪魔されることがなかったからかな。
それもこれも含めて
ずっと維新派の公演を観てきた友達が、今回のは最高だった!と言ってて、
いやほんと、よかった。近かったら何度も見たかった。

公演の後は屋台村で、少しつまみながら飲みながらライブやショウを見る。

この日はクロワッサンサーカス団。とても楽しい。

平城宮跡地って、駅から遠いんですが、帰りも駅まで戻ってから
近くのイワシ料理の店で、イワシ料理とカエルの唐揚げなど食べ、
終電前に帰宅しました。

古い維新派ファンの人たちは、今回は特別思い入れがあるようで、
本当に良い舞台だった。チケット取ってくれた友達に感謝です。
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息子の旅3:南米〜カナダ

2016-10-24 | こども
北米を南下して、キューバとメキシコに行ったようですが
なんでキューバとメキシコなのかは知りません。
まあキューバは、国交回復してアメリカナイズし始める前の姿を
見ておきたかったという人はわたしのまわりにもいるので
そういうことだったのかな。
南米は楽しかったようです。
人々が陽気で、食べ物が美味しく、リラックスできたみたい。
上の写真は、ハバナのようです。

このあとヨーロッパに行く前にロサンジェルスとトロントに行ったようですが
トロントの街がとても気に入ったみたいです。
自由でありながら、きれいで落ち着いた居心地のいい街だったらしい。

ロサンジェルス






タコス。

タコスおいしそうやな〜、いいな〜、というと、
タコの複数形がタコスやで、と偉そうに言うので
じゃあもうこれから君は、1枚のシャツはシャートゥ、靴はシュー、
靴下はソックと言えよ!と答えておいた。笑

トロント




トロントは、国外生まれの移民の数がマイアミに次いで世界で2番目に多いという
多民族多文化共生の街だそうで、息子はそういうところが気に入ったのかな。
ストリートカポエイラの周りの人々の多様な感じが素敵。
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息子の旅2:ニューオーリンズ

2016-10-23 | こども
ウィスコンシン州からニューヨークを通りニューオーリンズへ。
ジャズをやっているので、ニューオーリンズに寄ったようなのですが
もうここにはジャズはないなぁとぼやいていました。
観光客向けのポップな音楽しかないって。
きっとそうじゃない場所もあるんじゃないかなぁと思うけど、
でもニューヨーク行くほうがジャズにはたくさん触れられると言うのは
それはそうかもしれませんねぇ。

ちょうど、同じ頃わたしもニューオーリンズが出てくる映画を見てたんだけど
そこに出てくる店のベニエという甘い食べ物を息子が食べてました。
「シェフ三ツ星トラック始めました」という映画ですが
ベニエは揚げパンみたいなものかな。上の写真です。

ニューヨークの写真も送れと言って送ってきたのがこれ1枚だけ。笑
イマジン。息子は中学の頃ビートルズが大好きだった。


ニューオリンズの夜
ニューオリンズはアメリカでは食べ物が美味しい街だったと言ってた。



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映画:とうもろこしの島

2016-10-22 | 映画


「みかんの丘」とセットで公式サイトやチラシ、予告編はできてるし
映画館でも順番に上映してたので、2本続けてみました。こっちを先に見た。
セリフがほとんどない映画ですが、その少しだけのセリフは聞きなれない言語で
不思議な音です。何語なんだろう。
その聞きなれなさが、この映画をますます寓話的に見せている気がします。
いや、寓話的な話というより、絵本にありそうな感じだな。
映画を見ているときに思い出したのは核戦争の恐怖と愚かさを
やさしく純朴な老夫婦の姿を通して描いた絵本「風が吹くとき」です。

核が落とされた後、シェルターの中で、何もわからずに救援を待ちながら
衰弱していく老夫婦の悲しさ・・・。アニメ化もされている名作ですね。
「とうもろこしの島」で描かれているのは核ではないし、
戦争よりも自然の大きさの方が印象に残るんだけど、テイストはとても似てます。
どちらも真面目に正直に生きている素朴な人たちが、
核や戦争や自然といった人間個人より大きなものにに翻弄される様を描いたものです。

ジョージアとアブハジアの関係については昨日の→「みかんの丘」にも出てくるけど
ジョージアからの独立を主張して戦うアブハジア、というのもまた、
あまりに簡略化された一面的すぎる話で、ある国の中の独立問題だけではなく、
ここにも列強大国の思惑がありますね。ソ連から独立したジョージア。
そのジョージアから独立したいアブハジアを支援するのは今のロシア。
でもジョージアがソ連邦下にあったときは、アブハジアのグルジア化を進め
弾圧して時期もあるみたい・・・?
間違ってたら教えてください。ああ、もちょっと勉強しなくては、わたし。

映画の舞台は、
戦闘状態にあるジョージア側とアブハジア側にはさまれたエングリ川の中州。
雪解けとともにコーカサス山脈から肥沃な土が流れ込み中州ができるそうです。
そこに小舟で渡ってきたアブハズ人のおじいさんが、小屋を建て、土を耕し、
とうもろこしの種をまいて育てるのが、丁寧にゆっくり描かれます。
孫娘も一緒に来て、手伝ったり見ていたりする。
おじいさんの子供夫婦は亡くなってるようで、孫娘とふたりっきりみたい。
おじいさんは、ちょっと勝新太郎みたいな顔です。
若い頃は屈強な男だったのでしょう、厳しい顔だけど、笑うと愛嬌があります。
年を取っているので、仕事はそれなりにゆっくりのペースですが
まだまだ力仕事もひとりでどんどんやります。
孫娘は、印象的な目の少女。背は高いけど、まだまだ子供なのだけど、
映画の中で大人になっていく場面が少し描かれます。
この少女の無言のアップはとてもいいですが、楽しく笑うシーンの演技は
ちょっとぎこちない感じがしたかな。演技は素人の子だそうです。

川には、たまに兵士達の乗ったボートが行き来します。
通り過ぎるアブハジア兵にも、ジョージア兵にも、黙ってうなづくおじいさん。
この土地は彼らのものなの?誰のものなの?と聞く孫娘に、
土地は耕した者のものだと答えるおじいさんは、きっと、
どちらの側につくでもなく、戦争なんてばかばかしいと考えているのでしょう。
でも対岸では銃声が響き、緊迫した空気が流れるのも日常のひとつです。

とうもろこしの背が伸びてふさふさと育つ頃に、
その中に怪我をして倒れているジョージア兵を見つけます。
看病し匿うのですが、彼を探すアブハジア側の兵たちが上陸したり
緊迫感のある場面もあります。

悠々とした自然の描写はとても美しく、島を引きで撮ったシーンなどは
大きな空と大きな川、大きな自然の中の、この島のちっぽけさと、
そこを守る人の営みを見せて、なんとも愛おしさ、けなげさを感じさせます。
この島はちょうどいい島がなかったので、大きな貯水池を川に見立てて
そこに人工島をつくり撮影されたそうです。
春先から秋の収穫の頃までの映画ですが、その間に育つとうもろこしは
シーンに合わせて何度も植え替えをしたそうです。
またラストの台風と洪水のシーンもなんとCGはなく手作業だとか。

「みかんの丘」と違って、かわいいインテリアとかはないです。
質素で貧しく、かなり原始的な生活。少女の人形も、ボロボロどろどろ。
でもすがすがしさがあります。

歴史の流れや大国に翻弄される小国、その小国の戦争に翻弄される個人、
さらにもっと大きな自然の力にもかなわない、小さな人間。
それでもまた、新しい別の誰かが同じように、黙々とそこに種を蒔き
繰り返しそこを耕して生きて行くのだなぁ。
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