「20センチュリーウーマン」の監督マイク・ミルズの、前の映画を家でみました。
予告編見て、なんかドタバタしながら結局は親子愛の話かと思ってたので
褒めてる友達がいたのに見る気にならずスルーしてたんだけど、
(邦題もひどいしねぇ)
なんやこれは!(いい意味で)
今年は映画館で60本くらい見て、DVDで30本くらい見たけど
その中でトップ5に入ります。下手したらこれが一番好きかもしれません。
でもこの映画の良さを説明するのは難しいなと思う。
母が亡くなった後、75歳の父がとつぜんゲイだとカミングアウト。
それからは欲望に忠実に、ネットの出会い系に「恋人求む」みたいな広告は出すし
若い恋人ができたらいつでもいちゃついているし、好きな服を着てクラブに出かけ
「弾けている」という表現がぴったりの毎日を過ごします。
でも癌でまもなく亡くなる。そのあとの回想と現実の出来事で
映画は進んでいきます・
息子は別にお堅い男ではないのです。
ゲイ宣言も普通に受け入れるし、父親の行動も批判したりしない。
でも、心の中にはいろんな葛藤はモヤモヤがあるんですね。
母はずっと不幸だったみたいだ。父母に愛はあったんだろうか?
そして自分は・・・と。
ユアン・マクレガーの演じる主人公は、監督自身がモデルのようで
この映画は監督の実際の経験が元になっているようです。
主人公は、人と深く関わる勇気が持てない上に、
父の死も中々受け入れることができない。
存分に悲しみを悲しむということができないんです。
そんな状態のときに知り合った女性と恋に落ちるけど、
やっぱり自分の殻を破ることができず・・・
カミングアウトや自分らしく生きるという話だとみんな言うけど
わたしはこれはむしろ、喪失感の話だなーと思った。
「シングルマン」にあるような、大事なものをなくした人の喪失感の話。
母を亡くし、父を亡くし、寄る辺ない主人公がそれらを受け入れるまでの話。
喪失感は素敵。
喪失感って、以前はあった、一度はあったってことだから、
とても贅沢なものだと思うんです。
最初から与えられなかった者や、持っていなかった者には味わえないんだもの。
大事なものを無くした悲しさは、まっすぐで誰にでもよく届き理解される。
家族や愛するひと、こと、ものを、持っていたことのある人って多いんだなぁ。
自分は大事な家族は持っていなかったし(今は息子がいるけど)
喪失の痛みとは、あまり関わりなく、
代わりにあらかじめ与えられた空虚を抱えて生きてきました。
だから、喪失を悲しめる人を羨ましく思うことが多いです。
つらいだろうけど、贅沢なつらさだ。
一度は、大事なものを持てたわけだから。
・・・と、いじけて寂しい感想を持ちました。でもそれはそれとして
この映画の良さは別で、やっぱりこの監督の映画はみずみずしいんだなと思う。
主人公の恋愛の、相手の女性がすごくチャーミングで魅力的で、
ふたりの出会いや、おずおずと距離を縮めて行く様子や
ふたりのデートの様子など、もうどれもすごくきらきらきゅんきゅんします。
この監督は、みずみずしさの魔法を持っているのかなと思う。
わんこ映画でもある。猫はいつもほしいけど、初めて犬を欲しくなったぞ。
わんこも話をするんだけど、字幕だけで声はないのがいいし、
人間には通じないのもいい。
サックスで吹かれた、バッハの無伴奏チェロの曲がなんども使われてて、
(クレジットには出てなかったからわたしの気のせい?)
わたしも清水靖晃のCDを持っているんだけど、それかな?
喪失感を消化できない主人公のぽつんとした悲しさに、とても合います。
(バッハ無伴奏チェロ組曲第1番テナーサックス版.wmv)
おまけ:映画の特別映像