教育史研究と邦楽作曲の生活

一人の教育学者(日本教育史専門)が日々の動向と思索をつづる、個人的 な表現の場

大正自由教育

2005年07月31日 22時01分59秒 | Weblog
 今日は、中野光『大正自由教育の研究』(黎明書房、1968年)を読み切りました。今さら何と基本的な本を読んでいるんだ、とお叱りを受けそうですが…
 この本は、戦前日本の教育の中でひときわ輝いて見える、大正自由教育の思想・実践を批判的に分析し、その特徴のみならず限界をも明らかにした研究書です。いつかは本気で読まねばならぬと思っていた名著であり、読んでみてやはり名著たるに適した研究書だと思いました。なぜそう思ったかというと、やはり実証の上に立脚した中野先生の教育史観が明確に提示されていたからでしょう。すなわち、大正自由教育とは、第一次世界大戦開戦と共に勃興してきたブルジョワジー階級に支えられた教育方法の改革運動であり、その意味で農民・労働者階級の要求には答えられず、教育内容の改革には及ばなかったという限界を持ったという像です。この本を読んで、私の中で大正自由教育像が明確化されたとともに、教育史研究の分析方法にも大いに示唆を受けました。私もこんな本書けたらいいな… ともかく、有益な読書でした。
 さて、明日より東京に行って参ります。まだ出発の準備してないよ… 
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東京出張前

2005年07月30日 21時17分10秒 | Weblog
 今日の午前中は、ぐるーぷ樹のミーティング、続けて合奏練習(8/11徳島公演のための)でした。いつも通り一時間かけて東広島市から広島市に車で移動したのですが、どうも最近軽度ヘルニアの腰が痛い… 長時間座りっぱなしはきついです。
 長時間移動といえば、資料調査・収集を目的とした東京出張が近づいてきました。8/1の早朝に新幹線で出発し、8/5の夜中に帰ってくるという日程です。以前はゆるゆるのスケジュールで余裕だったんですが、直前になってトントン拍子に人に会うことになって、一気に大忙しのスケジュールになってしまいました。その人とは、現R大学教授のM先生と、元R大学教授のN先生です。両先生とも以前、帝国教育会を研究されていたことがあり、その縁で訪問を依頼したところ許可をいただきました。研究進展にとって、先達の知識蓄積に触れることは重要なことです。自分の先行研究である論文を読むことは当然ですが、その著者に実際に会って対話することも大事です。その際、ちゃんと質問とか疑問をはっきりさせておくと、充実した面談となるはずです。今回の面談はかなり突然に決まったので、ちょっと準備が不十分… まあ、両先生とも初めてお会いするので、顔合わせという意味が一番大きいかな。
 ちなみに写真は、花火の写真です。夜、この記事を書いていたら、ポン、ポン、という音がするのでベランダに出てみたら、まっすぐ前の方向に花火が上がっていたので撮ってみました。遠すぎたみたいで、小さくしか見えませんでし、写真も小さすぎてどれが花火かわからない? だいたい、なんのための花火かもわかりませんし(笑)。
 
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「三味線音楽の現在」

2005年07月29日 23時52分26秒 | Weblog
 今日は、大学では月末なので本を返却したり、読書したりしていました。そう、たいしたことはやってません。今日の目玉は別にありました。

 広島大学邦楽部の先輩に、伊藤多喜子さんという美人邦楽プロデューサーがいます。伊藤さんは「NOTEJAPAN」という活動主体を媒介して、1997年以来広島で邦楽関係のコンサートを企画しています。最近は、「邦楽ノート」という毎回テーマを掲げて邦楽関係の何かをクローズアップし、邦楽の様々な音・形を紹介する企画をたくさんやってます(くわしくはこちら)。
 で、今日はそのノートジャパンの邦楽ノートvol.3が、広島市文化財団東区民文化センター主催で開催されました。今回、クローズアップされたのは「三味線音楽の現在」。野澤哲也さんという、長唄三味線を得意とするプロの方を招いてのコンサートでした。私が三味線(正確には「地唄三絃」)および純邦楽曲の作曲をやっているのは、ご存知の方もご存知でない方もいらっしゃるでしょうが、三味線の現在と聞いて行かないわけがありません。東京出張前なので準備など忙しかったのですが、広島でプロの演奏が聴けることなどめったにないので、予定を繰り合わせて行ってきました。
 感想は、やっぱすげーや、です。三絃演奏を研究片手間にやっている自分とは比較にならないのは当然のことですが、世界でも長唄三味線を野澤さんほど弾ける人はそう多くはないでしょう。また、野澤さんは1974年生まれのまだお若い演奏者ですが(しかもイイ男で背も高いときた)、特に同じ年代の作曲者に委嘱して三味線の曲を作曲し、初演するという活動も行っているそうです。今回、当然初演曲はありませんでしたが、初めて聴く曲・作曲家もあり、「おお」と野澤さんの演奏力だけでなく曲として感嘆する曲もありました。三味線の曲(もしくは三味線が含まれる合奏曲)というのは、ただでさえ数少ない邦楽曲の中でも多くはありません。私は邦楽振興の鍵は「イイ曲」がたくさん増える、ということだと思っていますから(こちらを参照)、いい活動されてるなあと感嘆しました。
 コンサートを聴きに行っていつも思うことは、「自分の音楽の幅が広がったような気がするなあ」ということです。ストレスが解消されて癒される、という決まり文句のような効果も感じますが、やはり教育に関係しているからでしょうか、どうも演奏表現や作曲に役立つという実際的な効果ももちろん、心の受け皿が広がるというか感受性が増すというか、そういった教育的効果の方に関心がいきます。教育の観点からコンサートを捉えると、いわゆる社会教育・生涯教育、明治時代には「通俗教育」といった分野に入ります。帝国教育会では文部省から通俗教育振興のため補助金をもらい、通俗教育調査やコンサート・寄席・映画試写会などを大々的に主催していました(『帝国教育』によると観客が1,000人を超えることはザラだったようです)。そのコンサートでは、西洋音楽が半分、邦楽(箏曲・三曲など)が半分、だったように思います。明治の時代から、邦楽のコンサートも教育的意義を見いだされていたのです。
 最近仕事が忙しいという理由で、毎日が仕事場と家の往復になっている人はいませんか?(私はそうです) 教育的意義とかはほとんどの人には興味ないでしょうが、たまには癒され目的でコンサートなど行かれてみてはどうでしょうね。
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ルソー・ペスタロッチー・フレーベル

2005年07月28日 20時35分49秒 | Weblog
 とんでもなく巨大なタイトルを挙げましたが、特にしっかりした話ができるわけではありません。単に、今日の読書会(皇至道『西洋教育通史』)の範囲が、ルソー、ペスタロッチー(ペスタロッチ)、フレーベルだったのでタイトルに挙げただけです(おいおい~)。
 教育を勉強した人なら絶対に名前は知っている三大教育思想家、後ろの二人は大教育家でもありますが、私の知識はほとんど単語集に載っている程度でした。今日はその三人の思想等を学びました。ルソーまでは難なく理解できたのですが、ペスタロッチー・フレーベルとなると複雑化して難解。単語集程度の知識なら簡単なのですが、一歩踏み込むと、途端に難しくなる人物であることを体験しました。明治日本ではアメリカからペスタロッチーを受容したといわれてますが、受容したのは彼の教育思想の裏付けを持った教育方法ではなく、アメリカで形式的に変質した教授法であったことが言われています(中野光「明治初期における近代的教育方法の受容とゆがみ」『金沢大学教育学部紀要』第10号、1962年)。その後ヘルバルトも、ドイツのヘルバルト派学者によって形式化され、それのみを移入して満足していた時代があったことが言われています。
 方法と目的・思想は不可分のものです。形式化する、すなわち方法から目的・思想を抜いてしまうことと考えると、明治日本人はあまりに彼等の教育思想が理解しがたくて教授の技法のみを受容したのかな、などと思いました。フレーベルの教育思想・方法の根本である「神」という概念を、私なんぞは「じゃあ、そういうことにしておこう」とまるごと受け入れなくては理解できませんでした。まあ、この場合は「神」という訳語が適当でないのかもしれません。日本語の「神」とは八百万の神を指し、今の日本人には擬人化されている神しか思い浮かばないのですから。
 17:00に読書会を開始して、いつもは18:30ごろに終わるのですが、当然それくらいじゃ終わりません。後輩の院試のための勉強を兼ねていますから、投げっぱなしではまずいので相談しながら理解していました。そのため、今日の終了時間は20:00。よく勉強した、という感じです。まあ、一つのテキストと相談による理解ですので、いずれ研究書や本人の著書などを読んでフォローしなくてはなりませんが。
 上に訳語が適当ではないのでは、ということを挙げましたが、同様のことが今日別の面でもありました。上記の読書会に先だって、15:00から16:30まで教育史研究会例会に参加していました。今日のテキストはE・H・カー(清水幾太郎訳)「歴史と科学と道徳」『歴史とは何か』(岩波新書、1962年)でしたが、この中で、歴史が科学でないという議論は「英語特有の現象」であると訳されていますが、これは?(ハテナ?)という印象がします。そこで、これは「英国特有の現象」の誤訳ではないのか、と研究会会員の一人であるMさん(西洋教育史専攻)が発言しました。そう訳せば、この章は、歴史が科学でないという議論は教養層の保身的発言にすぎないという、一つの結論で貫かれるのです。原語と対照させてないので確かなことは言えませんが、ううむ、訳語って大事だなあ、とうならされました。
 まあ、私は外国語が大の苦手なので、批判できる立場にはございませんが
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られつ

2005年07月27日 21時31分45秒 | Weblog
 今日のできごと。
 1,読書(カー『歴史とは何か』、中野光『大正自由教育の研究』)。カーの読書は、明日の教育史研究会のため(性格には自分のためですが)。三章「歴史と科学と道徳」を読んでます。歴史は科学なんじゃないのー?という部分です。後者の読書は、私の弱点を補強するため。弱点とは、明治中期以降の日本教育史に弱いこと。そのため、後世と関連づけた歴史的意義づけが下手なのです。帝国教育会をやる限り、大正・昭和の教育史認識は必要ですし、中野先生は避けて通れない大家ですし。
 2,「大日本教育会・帝国教育会の群像」の資料収集。最近「群像」の更新が停滞してますが、それは資料不足のため。いままでの「群像」で使った資料は、実は5月の学会発表のため収集した資料でした。今までの「群像」で使った資料以外にも、学会発表のために調査していた時に利用できる資料はたくさんあったのですが、まあいいやー、と思ってメモしただけでコピーしなかった資料がたくさんあります。実はこの「使える」資料のほとんどは広大になく、住んでいるところから1時間かかる広島県立・広島市立図書館にあります。今日は広大の図書館を見回して、収集していなかった資料はなかったかな、と二度手間の作業をしていました。少しあるにはあったのですが、今までの記事ほど書ける資料がありませんでした。近々収集にいかないとなあ。ちなみに、今日は書く気がしない…
 3,例の博士論文第一次審査にて不可をつきつけてくださった先生との面談。7月1日の博士論文第一次審査からもう大方一ヶ月。ようやくご指導の時間をとってくださいました。指導は非常に厳しかったですが、厳しさは学問への真摯さの現れ、と思っておきます。特に、理論的な勉強不足を注意され、新たな勉強のテーマを与えられてしまいました。全部まともにやっってたら体がいくつあっても足りませんぜ。しかし、心当たりがあるので、素直に従いたいと思います
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東京出張の計画

2005年07月26日 22時08分38秒 | Weblog
 今日は、特研にて、中国四国教育学会第57回大会発表題目を決定しました。正式発表は発表が受理されてからですが、今回は大日本教育会・帝国教育会における研究活動の全体像を明らかにする研究発表になる予定。
 特研後、17:00過ぎてからぐるーぷ樹の仕事。私は先日のミーティングで来年のコンサートの企画責任者になってしまいましたので、今週土曜のミーティングの準備をしていました。昨年のミーティング報告を整理し、やるべきことをピックアップし、一年間の計画を立てる、そして次のミーティングの資料を作る、という作業をしていました。単なる実感ですが、以前に比べてこういう作業をする能力が向上している、と思いました。ここ数年私は研究ばかりしてきたのですが、事務能力(この場合、文書をまとめる能力)も成長しているようです。
 樹の仕事が終わった後、8月1日~5日の資料調査・収集のための東京出張の計画を立てていました。資料調査に行く場合、私の周りにも行き当たりばったりで行く人がいますが、やっぱり事前にどんな資料がどこにあるか調査して、この資料を取りに行く、と決めてから資料調査には行くべきです。ただでさえ時間が足りなくなる資料調査ですから、計画的に行くことが肝要です。

 ちなみに、「大日本教育会・帝国教育会の群像」ですが、今日はなぜか見られなくなってますね。やめたわけではないので、ご安心を。最近執筆が停滞しているのは事実ですが。明日には更新します。
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上げて落とす?

2005年07月23日 18時40分50秒 | Weblog
 昨夜、寝るときに意識的に呼吸しながら寝ました。結果、多少寝不足気味だが、寝起きがよく、すんなり起床できました。ちょっと呼吸に集中しなくてはならないので疲れるけれど、呼吸器がない間の代わり。AM7:00に起き、数日分溜まった洗い物をすませ(死)、朝飯を十分食べて学校へ行きました。理想的な朝だなあ。
 学校では、ずいぶん前から読みかけだった本、山田浩之『教師の教育社会学-戦前における中等教員の階層構造-』(晃洋書房、2002年)を読んでました。大正・昭和戦前期における師範学校・中学校・高等女学校の男性教員の階層構造を、出身階層・社会的地位・履歴形成によって統計的に分析している本です。数年前、ある研究誌にてずいぶん大変な批判(むしろ非難だった)をされた本ですが、山田先生が資料の都合上限定した分析対象・範囲を素直に受け入れて読めば、当時の中等教員の階層構造が明確に捉えることのできる書であると思います。山田先生は、現在私の所属する広島大学教育学教室の助教授(教育社会学研究室担当)で、私も大変お世話になっておりますが、別にゴマをすってるわけではなく(笑)、やっぱりしっかりした研究書だと思います。
 読書はスムーズに集中できて、午前中もなかなか満足いく時間を過ごせました。今日は、昼過ぎに友人に誘われていたコンサートへ行かなくてはならないので、12:00ごろ切り上げて帰宅。自転車でJRの駅まで行き、電車で移動(コンサート会場は車が停められないので)。ちょうどいい時間帯に着いて、コンサートを堪能しました。もちろん一人でボンヤリと(笑)。コンサートは、「くらしっく・ジョイントConcert」という題名で、安芸区民文化センター・ホールにて開催。小編成の曲ばかりで、楽器はピアノがずっと出ずっぱり、ソプラノ・テノール(おい、楽器か?)・フルート・ヴァイオリン・チェロと曲によってそれぞれ合奏する構成になってました。寝不足気味だったので途中一瞬オチましたが(笑)、全体的に満足できる内容でした。実は小編成のクラシックはあまり聴いたことがなかったので、音楽の幅を広げる良い機会になりました。楽器の入り方とか、合奏の絡め方などにずっと注目していたのは、あの会場ではたぶん私だけでしょうね(笑)。

 以上がタイトルの「上げて」の内容。次は「落とす」の内容に移ってしまいます。
 さて、午前中とコンサートの内容に満足し、リフレッシュして東広島に帰ってくると、何かがおかしい。
 乗ってきた自転車が何度見回しても見つからないのです。
  こ、こりは、盗まれた? 
 おいおい、最近視力が落ちているので見落としているのではないかと、自転車置き場を3・4周ぐらいウロウロしていたので、はたから見るとさぞ怪しい人に見えたことでありましょう… やっぱり見あたらないのであきらめることにしました。数年前に安値で買った安物の自転車で、さらに最近一漕ぎするごとにガタガタいっていたので、改めて捜す気にはならないのですが、自転車がないと困ることがいっぱいあるので、少しヘコみながらフラフラ歩いて帰りました。うう、鍵もちゃんと掛けていたのに、他にもたくさん自転車あるのに…
 これだけならまだしも、さらに… これこそ「泣きっ面にハチ」というやつです。10分ぐらい歩いたころ、「ゴロゴロ…」という不吉な音が天空から聞こえてくる…。
  そう、夕立にやられました。
 カサは持ってません。雷がけっこう近くに落ちたので、むしろカサは持っていないでよかったかもしれませんが、あともう少しで家にたどり着くころに土砂降りになって、ずぶぬれに。自転車があったら濡れずにすんだのになぁ、と思うが後の祭りで。
 こんな波瀾万丈いらないよ!と思った日でした
 
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夏休みの課題

2005年07月21日 19時47分06秒 | Weblog
 今日はまず、大学健康保健管理センターへ。無呼吸治療の呼吸器について問い合わせてきました。近い内に新しいブツがとどくそうです。無呼吸治療を中断してから、寝起きが悪い、寝た気がしない、日中集中力がない、と元の状態に戻ったので、早く再開したいものです。
 次に、暑いし集中力がないので何もしたくなくなり、邦楽部へ行き、しばらく三絃(三味線)を弾く。二ヶ月ぐらいさわってなかったので、ぜんぜん弾けなくなっている… 8月のお盆前、ぐるーぷ樹として徳島でコンサートがあるので、ぼちぼち練習しないといけないなぁ…
 練習から戻ると、読書会が待っていた。すっかり忘れていたが、結果的に時間通りに研究室に戻っていたのでよかった。今度院試を受ける後輩のために、皇至道(すめらぎ しどう)先生の『西洋教育通史』を読んでいる。これは、当時の文化的宗教的背景から西洋の教育の歴史を描いているので、内容は興味深いのだが、基本的な知識が欠如していると理解できない部分もあり、結構難しい。いや、もしかしたら教育思想から西洋教育史を理解しようとしているから、皇先生の『通史』が理解できないのかもしれない。歴史は思想だけで構成されていないからである。わかったようなわからないようなことを考えて、今は納得しておこう(笑)。

 さて、タイトルだが、目標を明示すると仕事の効率が上がるそうなので、夏休みの課題を明示しておこう。
 <夏休みの課題>
 1,東京にて資料調査・収集。
   (用務先:立教大学、日本教育会館、国会図書館、東京大学の予定)
 2,「教育研究」概念の整理。
   (読書+文章化)
 3,教育史学会大会発表要項および発表用レジュメの作成。
   (題目「大日本教育会および帝国教育会に対する文部省諮問」)
 4,大日本教育会・帝国教育会年表を大正年間まで仕上げる。
   (帝国教育会であった出来事をことごとく表記する年表。現在大正8年まで完了)
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暑いのと眠いのと難しいのと

2005年07月20日 18時48分54秒 | Weblog
 今日は特別暑いです。湿気も高いのか、空気が重い感じがします。ちなみに昨日の犬の姿は見えません。どっか行ったかな。
 現在、無呼吸治療は休止中。お医者のところで呼吸器が調査・調整中のため、今は何もせずに普通に寝ています。何もせずに寝てみて数日経った感想は、やっぱりあの治療は効いていたのだな、に尽きます。睡眠中に頭痛がするのでそのまま使っているわけにはいかなかったのですが、なければないで、寝た気がしない。実際寝た時間と、眠ったという実感が一致しないのです。早く手元に呼吸器が戻ってくればいいのだけど…それはたぶん金曜以降。
 今日は読書のみ。今の私の研究テーマである、「教育研究と教育学研究」「教育の理論と実践」「教育行政における教育諮問機関の役割」「教員集団」、について勉強中。なんか、それぞれのテーマが大きすぎる…なぜこんなことに…
 ちなみに昨日の特研は、題目「教育会における研究活動の分析視点」を発表。戦後の概念である「教育研究団体」の類型とその期待された役割とを手がかりに、教育会における研究活動の分析視点を探りました。ただ、教育会における研究活動の効果・影響・役割を探る視点ははっきりしたのですが、肝心の研究活動の内容を探る視点はまだはっきりしませんでした。こいつを見いだすのが、今年の夏休みの課題の一つですね。
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救助された子犬。

2005年07月19日 18時56分33秒 | Weblog
 子犬はけっこう思ったより軽かった。足で押さえた時、捕まえた時も暴れなかった。子犬を持ったのってどれくらいぶりだろう、と考えながら、とにかく草茂る田んぼのあぜ道から抜け出して、ちょっと離れた普通の道路におろしてやる。手放すと初めて震え初め、触れようとするとまた逃げた。さみしくなったのでもう帰る。
 帰ると時は5:00近く。一時間くらい大捕物をしていたらしい。草にふれた手首と、用水路の水につかった足首が少しかゆいので、念入りに洗う。すぐ寝ようかと思ったが、のどが乾いたのでジュースを買いに外へ出ると、近くにあの子犬がいた。近づくと大慌てで車の下に隠れたので、放っておく。車の下にもぐるとき、ゴンッと何かぶつかる音がしたので、少し笑った。ドジな奴やなあ。体がぬれてよごれていた体を洗ってやれればなーと思ったが、近づいてこないので仕方ない。
 5:30ごろ、さらに近くに来ているのが「キューキュー」と鳴き声が近くなったのでわかる。食べさせてやるものも何もないし、なついても飼えないので、放っておくことにした。寝る。
 目が覚めたら12:30… 午前中の授業寝過ごした…
 お後がよろしいようで…
 この子犬のその後は不明。誰かに拾ってもらえればいいなぁと、無責任にならざるをえない自分がイタイ。
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大救出劇

2005年07月19日 18時55分30秒 | Weblog
 午前4:00ごろ、「キューキュー」という鳴き声でふと目が覚める。最初は無視していたが、あまりにずっと鳴いているので眠れない。眠いがこのままでも眠れないので、しかたなしに外へ出る。外はまだ暗かった。私の家はアパートで、出入りができる所は、玄関とその逆側に出入りできる窓がある。その窓側の外にすぐ壁があって、その壁の向こうに小さな用水路がある。すべてむき出しになっている、よくある田んぼの用水路である。
 で、壁の向こう側をのぞき込むと、用水路の底で子犬が「キューキュー」と鳴いている。用水路の深さはそこそこ深さがあって(1メートル足らず)、なるほど子犬では昇るのは無理である。しかたないので助けてやることにし、壁を乗り越えて、向こう側に降り立った。ちなみに向こう側は人の家の庭。草も足首ぐらいまで伸びている。
 ここから大救出劇の始まりである。子犬は私が近づくと逃げる。「おいおい、逃げたら助けられんだろ?」というが、言葉が通じるはずもなく、子犬は逃げる。しかし、一定の距離をを保ちながら完全に逃げないもんだから、見捨てられない。用水路の深さが浅くなって自力で出られるところはないかな、と思って、子犬を追いながら助けやすい場所を探す。しかし、行けば行くほど草も高くなり、用水路そのものも草に隠れるので、立ち止まった。それで、この辺りで助けるしかないなと覚悟を決めて、呼んでみたり、用水路にはだしになって降りたりして、子犬を助けるために努力をした。
 でも、こいつはやっぱり一定距離を保って近づかない。少し明るくなってきたので、もう放っておこうかと考えながらたたずんでいると、また「キューキュー」と鳴く。もー、助けて欲しいなら近づかないと助けられないだろ!と切れそうになるが、あまり音を立てたり、走ったりすると絶対近づかなくなりそうなので、感情を抑えてじっくりやることにした。次第に、一瞬だが触ることができるようになる。捕まえることはまだできないが、もう一押し、と思い、じっくりやる。
 そこで、用水路から上がって、左右どちらにも逃げられないように真上をおさえることに専念する作戦に変えた。なかなかうまいポジションがとれなかったが、手元にあったちょっと長い草でちょいちょいつつきながら、ようやくポジションが決まる。今だ、ということで、足で軽くおさえて用水路に降り立つ。そして、GET!(Catch?)
 ようやく、大捕物は終わった…
 写真は子犬が落ちてた用水路。捕まえたところより少し手前のところです。実際の時よりもちょっと明るくしておきました。
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気まぐれに

2005年07月18日 02時41分25秒 | Weblog
 写真は、私の住む東広島市の夜景です。田んぼのあぜ道の真ん中から、広島大学がある方向を撮りました。周りにはひとけも明かりもなく、夜目でうっすら道が見えるだけです(笑)。
 私は眠れないとき、いろいろ考え事をします。考え事をするといっても、考えようとして考えるわけではなく、自然に記憶というか妄想(笑)というか、そういったものがわき上がってきます。この状態は、止めようとしても止まるものではなく、寝不足になる原因にもなります。わき上がってくるテーマは、だいたい人間関係か研究のこと。まあ、これが今の私の最大の関心事なのでしょう。今日は何がわき上がっていたかというと、今まで書きためた論文の構想に関することでした。案外こういうときにひらめきます。あっそうか!とか、これいける!とか、ひらめいてしまうともう後は大変。絶対寝られなくなります。さて、今晩もこの状態になり、眠れなくなりました。
 ついに来た、という感じでしょうか。ここのところ長い間迷路に迷い込んだような状態で、ぱっとしませんでしたが、何だか突然やる気がわいてきました。横になっていたって明るくなるまでどうせ寝られない、と割り切って、午前1:00ごろ起きあがって学校へ行くことにしました。ちょっとした事情で一度徒歩で登校しなくてはならなかったし、ここのところの不調は運動不足も原因の一つだろうし、ちょうどいい、ということで、今日の交通手段は徒歩。登校途中で撮った写真が、今日の写真、というわけ。
 さて、このやる気はどこまで続くか。早ければ今日中だけ、ということもあるだろうし。
 できればこのままとぎれないで欲しいなぁ…

(20:57追加書込)
 今日のメニュー?は、読書、レポート作成、明日の特研レジュメの作成、でした。
 読書は、最近目で字を追っても意味が頭に入ってこないので、最後の切り札、音読してました(笑)。ちょうど夜中から早朝にかけて、同じ階に誰もいなかったので可能な芸当
 特研レジュメ、20:30ごろとりあえず完成。今日は2:00ごろから21:00まで大学に居っぱなし。でも、昨日2時間ぐらいしか横になっていないので、途中で眠くてしかたがなくなり、9:00ごろ椅子をならべて仮眠をとりました。ちょっとのつもりが4時間ぐらい寝てしまいました。が、あまり寝た気がしませんでした。椅子の幅が狭いので身動きができないし、身動きすると椅子から落ちてしまうので、おそらく睡眠中も緊張していたのでしょう。
 昔は夜通し起きていても翌日の夜まで保ったのに、最近は(前日に寝溜めていても)どうしても翌朝どうしようもなく眠くなってしまいます。まあ、仕方ないかな。
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休み

2005年07月17日 14時07分34秒 | Weblog
最近中途半端だったので、今日は休みとする。30℃超えてるし(+_+)。
ちょっと誇張入ってるような気もするけど、ヨーロッパのどこかの国では、25℃以上になると休校になるらしい(情報元:テレビ)。集中力が落ちるからだとか。よっぽど普段涼しい国なのでしょう。
いつも私が研究・勉強に使っている研究室は、扇風機のみ装備。だから夏は暑い、冬は寒い。日差しが入らない北向きなのが唯一の救い。
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風邪?

2005年07月16日 13時43分35秒 | Weblog
 今日も登校。が、体調が悪くて、もはや帰りたい(笑)。風邪ひいたかな。しかし、「風邪」って、すごい字ですよね。
 体調が悪いといいながら、気がついたら夕方に。今日は、昨日の続きで「教育研究団体」の概念を整理していました。教育研究団体というワードは、『教育学大事典』(第一法規、1978年)には付録に載っているけど『新教育学大事典』(第一法規、1990年)には載っていません。代わりに、『現代学校教育大事典』(ぎょうせい、1993年)には載っています。『教育学大事典』『現代学校教育大事典』の記述は同一人物が書いたにもかかわらず、一貫していない部分が多いです。しかも、両事典の内容は矛盾する点があります。今日は、その矛盾のせいで、長い間ああでもないこうでもないと悩み、結局昨日からあんまり進みませんでした。今日は、教育研究団体に期待される役割を明らかにしようと思っていたのですが、そこまで進まなかった… ふぅ。
 うーん、なんだか熱っぽいなぁ。(加筆、18:49)
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文部省と大日本教育会・帝国教育会

2005年07月15日 18時49分49秒 | Weblog
 今日は特に蒸し暑い。おかげで今日は(も?)ダラダラです。
 今日は、無呼吸治療のための呼吸器を持って大学の健康管理センターへ相談に行きました。私に貸し出された呼吸器はオートシーパップといって、鼻に吹き込まれる空気の圧力を自動的に変える機械でした。頭痛がするんです、と先生に訴えると、呼吸器に蓄積されたデータを取って固定式の呼吸器に変えよう、と言って機械を持っていってしまいました。ということで、CPAP療法、しばらく休止です。

 後、研究室へ行き、いやいやながら研究をはじめました。今日は、「教育団体」概念の整理をしていました。特に今注目しているのは、「教育研究団体」という概念です。大日本教育会・帝国教育会における研究活動を意義づけるのに、大事な概念となる予定。
 あと、夏休みの資料調査計画を立てなくてはならないので、調査の見積もり。今年の教育史学会における発表の題目は、「大日本教育会および帝国教育会に対する文部省諮問」。両会側と文部省との関係はしばしば考察されていますが、文部省にとっての両会とは何だったのかという問題を明らかにした研究はありません。今回はそれを明らかにするつもりですが、肝心の文部省内部の資料が見つからない。関東大震災で文部省倉庫が炎上、戦後には種々の問題から公文書を焼いた、という話を聞いたことがあるのですが、とにかく現実に国立公文書館に所蔵されている戦前の文部省の内部資料は、極めて少ないのです。そのため、文部省は、たびたび両会へ教育問題を諮問していますが、諮問文書の現物確認すらできないのです。はたして、戦前文部省の資料が少ない、というのは、私の誤認でしょうか?
 はて、何を獲得しに行くか。今決まっているのは、

 1,立教大学の研究グループが作った資料集『帝国教育会の研究』1・2
    → 一ヶ月前、R大学の某先生に問い合わせのだが、未だに返事なし… しかたないので、日本教育会館に行ってコピーさせてもらうつもり。立教大学に調査へ行けたら今回の調査もずいぶん変わるのだろうが…
 2,帝国教育会編集の書籍
    → まだ手元にないものをコピーする。特に大正以降のもの。国立国会図書館中心。

 ううむ、行き先は東京ということはわかるが、二日で終わってしまふ。せっかく行くのだから、これだけじゃもったいないなぁ。
 あとは、東京大学の新聞雑誌文庫で雑誌記事をあさるぐらいだろうか。
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