教育史研究と邦楽作曲の生活

一人の教育学者(日本教育史専門)が日々の動向と思索をつづる、個人的 な表現の場

「エビデンスに基づく教育」の閾を探る

2019年11月26日 23時55分55秒 | 教育研究メモ

 9月26日に、杉田浩崇・熊井将太編『「エビデンスに基づく教育」の閾を探る―教育学における規範と事実をめぐって』(春風社、2019年)が発行され、拙稿を第10章として載せていただきました。今回は、杉田・熊井著の紹介をさせてもらいます。私の関心からまとめていますので、そこはご注意を。もう少し編者の意図に沿って理解したい人は、同著の「はじめに」と「おわりに」で内容が手際よくまとめられていますので、読んでみて下さい。

 さて、日本で「エビデンスに基づく教育」(Evidence-Based Education: EBE)が主張されるようになったのは、2000年代末頃からです(イギリスでは1990年代以降)。教育学では、2015年の日本教育学会編『教育学研究』第82巻第2号の特集「教育研究にとってのエビデンス」によって議論が始まったばかりと言っても良い状態です。EBEに対して、おおまかに推進派と反対派とがいますが、両者の議論はかみ合っていないことが多いようです。本書は、このような研究の現状を踏まえて、EBE推進・反対両派の対話を促進するプラットフォームをつくることを目指しています。そのための観点が「閾(いき)」です。本書は、自然科学史における非自然科学と自然科学との境界画定において「客観性」や「透明性」などを自然科学特有のものとして区分してきた過程と重ね合わせ、EBEをめぐる議論を境界線を引こうとする過程として捉え、その「閾」(境目)に注目することで何が排除、または強調されるようになるかを批判的に明らかにしようとしています。
 本書は3部構成、全10章+はじめに・おわりにで構成されています。章構成は以下の通りです。

はじめに
 第1章 「エビデンスに基づく教育」という問題圏―科学思想史からその磁場を問う(杉田浩崇)
第1部 教育政策・制度と「エビデンス」とのあいだ
 第2章 教育政策においてエビデンスを「つかう」とはどういうことか(佐藤仁)
 第3章 エビデンスを「つくる」ことと「つかう」こと(長谷川祐介)
 第4章 教育政策・制度の中で教師はどのように「エビデンス」に応答しているか(熊井将太・杉田浩崇)
第2部 教育実践と「エビデンス」とのあいだ
 第5章 EBEを実践で語ろう(森俊郎)
 第6章 現象学的教育学を基盤とした教師教育における確信形成への省察の契機(宮原順寛)
 第7章 エビデンスは幼児教育に何をもたらすのか(岡花祈一郎)
第3部 教育研究と「エビデンス」とのあいだ
 第8章 「エビデンス」は中立的か? ―英米圏における批判的脳科学の射程(杉田浩崇)
 第9章 「エビデンス・ベース」時代の教育実践研究 ―ジョン・ハッティのVisible Learningをめぐる議論から(熊井将太)
 第10章 明治日本における教育研究 ―教育に関するエビデンス追究の起源を探る(白石崇人)
おわりに 「エビデンスに基づく教育」の展望 ―対話のプラットフォームをひらく

 上記の通り、本書は、教育政策・制度と教育実践、教育研究それぞれについて、「エビデンス」との「閾」をさぐっています。第1章では、主にビースタ(G. Biesta)の理論と科学社会史(というよりも科学史理論にかかわる科学哲学)、そしてアクターネットワーク理論をもって、EBEの「閾」を問うことの重要性を主張しています。例えば、ビースタのいう「教育の学習化(learnification)」や「中断の教育学」などの理論から、「エビデンス」による境界画定によって、学習に対する効果的な介入ばかりに注目が集まり、教育の目的が問われなくなってしまったり、教師が教育的に望ましくないと判断したときにエビデンスに従って行動しないという権利を奪われてしまったりすることを指摘しています。また、境界画定過程や「閾」に注目する意義については、科学社会史・アクターネットワーク理論から導かれています。
 第1部では、教育のエビデンスの「つかう」「つくる」「つたえる」場面の仕組みをそれぞれ検討して、それぞれの場面におけるエビデンスの性質や課題を明らかにしています。第2章では、政策科学の知見を踏まえて、教育政策においてエビデンスを「つかう」ことの意味を検討しています。まず、教育政策におけるエビデンスの役割は、政策の非合理性という文脈の中の合理性を高めることにありますが、政策過程の合理性を高めること自体が複雑であり、そもそも政策決定のモデルは多様であって合理性モデルはそのうちの一つにすぎないことを指摘します。また、他の要素と比べる時のエビデンスの優位性は、政策目標や政策決定・評価過程の種類によって決まるのであり、どのような教育が望ましいかという教育的価値や規範をめぐる議論を通してこそ高まっていくだろう、と主張しています。第3章では、量的研究、特に社会学や統計学の文脈で計量分析に従事する研究者が教育のエビデンスをどのように「つくる」か、その実態や課題を検討しています。計量分析においては、多様な現象から計量化可能な変数のみを取り出し、因果関係を想定してそのメカニズムを解明しようとして、因果関係を正しく証明できる良質な調査データを入手することに腐心することになります。データ収集を行うには、反実仮想やRCTなどの因果推論の分析方法によって、研究上の介入がなければ存在しなかった状況や個体群を作り出します。また、学校研究の場合、調査に協力する学校や教師に対して「なぜ調査を行うのか」という説明責任に応答する必要があるので、今後の量的研究は、教師の実践知と研究者の因果推論の知見とをあわせながら、学校現場にとって意味のある物語としてのエビデンスを作り出すことが求められると述べています。第4章では、エビデンスを「つたえる」現場をおさえるために、インタビュー調査を分析して、実際の学校教員がエビデンスをどのような文脈で位置づけているか検討しています。そして、エビデンスは、実際の学校・学級の文脈の中で育てたい児童生徒の姿や目指したい教師像、そして教師自身の達成感と結びつくことで広がっていくことを明らかにしています。また、目の前の子どもをよくするための教育実践を実現する主体として教師自身が意識している場合にはエビデンスを相対化することができますが、教師になった時からエビデンスの重要性を強調されている若手教員や、自分の実践に困難や不安を抱えている教員にとっては、エビデンスは正しいものとしてストレートに受け止めてしまって、エビデンスとの応答を自分なりの授業観を確立する出発点にできない可能性があると指摘しています。
 第2部では、EBE推進派とEBE反対派(または慎重派)の立場から具体的にすべきことをそれぞれ検討しています。第5章では、学校でEBEを推進する立場から、EBEを推進するには具体的に何をすべきかについて検討しています。段階的な情報処理のための「5ステップ」と、効果的な介入のための思考形式である「SICO」(Student, Intervention, Comparison, Outcome)とを前提におきながら、読みの学習と対人関係に課題のあった中学一年生に対する実践(個別生徒に対するEBE実践)と、エビデンス・リテラシーの育成および学校改善サイクルの活用を進めた実践(校内研究におけるEBE実践)とを解説しています。第6章では、現象学の立場から、エピソード記述の重要性や「正しい判断」と「正しいと確信する判断」との違いなどを指摘し、教師教育においてエピソード(鯨岡峻)を協働的に省察することを通して「正しいと確信する判断」に近づくことを主張しています。第7章では、海外の就学前教育におけるエビデンス研究を通して、幼児教育に与えるエビデンスの影響について検討しています。特に、OECDやヘックマンなどが強調している社会情動的スキルについては、脳科学や経済学、心理学の知見と結びつくことでより強固に支持されるようになっており、この能力をより正確に測定しようとする研究や、産出されたスコアのみを問題にしてスコアが高くなるような活動や指導・支援を良いとする動向を生み出していると述べます。これが進むと、可視的な保育行為のみを評価して教師の自律性や専門職性が考慮されなくなるおそれがあると、著者は警鐘を鳴らしています。また、心理学・経済学は、教育をあくまで「介入」や「訓練」と見なしてエビデンスを産出しており、虐待やいじめなどの社会問題の原因を個人の情動を統制する能力不足に結びつけて、個人の感情などをも能力と見なしてそれらを外部から介入してコントロールすることを教育に求めてきているため、幼児教育では、目の前の子ども一人ひとりの中に育ちつつあるものを丁寧に読み取り、言語化していく作業が一層求められるようになっている、と述べています。
 第3部では、エビデンスの受容・批判や科学的知見の研究などの観点から、EBEに対する向き合い方について教育哲学・教授学・教育史の立場からそれぞれ検討しています。第8章では、脳科学の受容をEBEの潮流の一つとして捉え、批判的脳科学の知見を踏まえて、脳科学の知見が埋め込まれている政治的・社会的文脈を問い、教育研究・実践に受容されるときの社会的な次元を検討しています。科学は、客観的・価値中立的な「自然」を明らかにするものというよりも自らを非科学と対置させながら「自然」なものとして規定するものであり、脳科学も同様です。脳科学の知見を批判するには、可視化されて「自然」なものと見なされる(自然化)と規範性を帯び、それをもとにして「正常/異常」という区分が設けられ、異常な脳に「介入」が要請されていくことなどを視野に入れる必要があると述べています。また、脳画像化技術の捉え方は脳科学者と患者とでは異なります。特に患者とってはそのエビデンスは、自分の過去を再構成し将来をイメージするように用いられ、新たなナラティブをもたらしています。これらのことを踏まえて、教育学は、脳科学が特定の理論的前提を伴っていることを前提にして、脳科学の「自然化」とその規範性との関係について反省的に捉ええるとともに、教師や親がどのような文脈で脳科学のエビデンスを位置づけて新たなナラティブを語り紡いでいるかを明らかにする必要がある、と提言しています。第9章では、ハッティのVisibule Learningをめぐるドイツ語圏における議論を通して、エビデンスベースの普及・浸透の進む時代における教育実践研究の課題やリスク、展望を検討しています。ドイツ語圏では、ハッティの研究方法とその確率的言明、教育目標・内容論の欠如について批判が行われています。ハッティへの批判はそのまま批判者側に返ってくる性質のもので、拠って立つ学問の固有性や社会的意味を問われていることを指摘しました。そこから、実証的研究を教授学の外にすえて対立的に捉えるのではなく、構成要因の一つとして、その発展が教授学概念のさらなる変容を促すものとして捉え、これまでの問い方・答え方を吟味していかなる枠組みで対応しようとしているか見極めることが大事であると結論づけています。第10章では、日本における教育に関するエビデンス追究の起源をたどるために、日本の教育研究の歴史において科学性を追究する動きがいつどのように始まったかを明らかにしています。日本の教育研究における科学性の追究は、早くは1880・1890年代、本格的には1900年代に始まっており、それは教育学の世界だけでなく、教師の専門職性の形成や教育政策過程とも関連しながら進んでいましたことを指摘しています。1900年代には、科学的根拠に基づく教育実践の追究が学者よりも教師に期待されるようになり、教師たちは科学的根拠の受け手や使い手ではなく、作り手として教育学の中に位置づけられる事態も発生しました。また、教師たちの教育研究はすでに教育学の意図を超えて独自に発展しており、科学的根拠を生産するだけではない意義(力量向上や問題解決、アイデンティティ形成にわたる意義)をもって多様化していたことも指摘しています。教育研究における科学性の追究の事実が1880〜1900年代の日本に認めることができるならば、今後、今回対象外にした1910年代以降から現代のEBE論争に至るまでの歴史を、教育研究における科学性追究の延長線上に位置づけてみる必要があると主張しています。

 以上のように、本書は、エビデンスを「つかう」「つくる」「つたえる」の各場面や、EBE推進・反対・慎重の各立場、教育哲学、教授学、教育史、それから教育制度・政策学、教育社会学、幼児教育学、教師教育学の各分野から、EBEの性質や課題について詳しく明らかにしています。残された課題も山積していますが、本書は、EBEの規範性を明らかにして、教育政策・実践・研究の場それぞれでエビデンスやEBEにどのように向き合うべきか提言しようとした本と言えると思います。
 本書の意義はこれから研究が進んでいく中ではっきりしてくるでしょう。個人的には、第10章はまだ研究の序章にしかたどりついていないと思っています。今後は、1910年代以降の教育研究の歴史的研究を進め、EBEの歴史性について明らかにし、EBEの歴史的意義を見極めたいところです。もちろん、自分一人でできることとは思っていませんので、関心をもつ人はいないかなあと思っています。EBE論争で交わされる言明、例えば「教育はエビデンスを軽視してきた」という言明はある意味で正しく、ある意味では間違っているし、「EBMのように、EBEこそ教師の専門職性や教育政策の確実性を確立させる」という言明も歴史的に必要な言い方であると同時に、使い古された言い方でもあります。EBEとは何なのか、教育学はどう受け止めて今後につなげていくべきかについては、1990・2000年代を出発点にして語ることでは、十分に明らかにならないことがあると思っています。EBEの意味を追究することは、教育学史研究、とくに狭義の教育学を超えた教育研究の歴史の研究が必要であり、教育学・教育研究の現在地と行き方を考えていくために欠かせないことだろうと思っています。
コメント

授業は教師みんなの力で高めあう

2019年11月15日 19時13分49秒 | 教育者・保育者のための名言
 日本教育学史研究のため、時間を見つけて先行研究の読書をしています。日本教育方法学会編『日本の授業研究』上巻(学文社、2009年)の豊田ひさき氏の論文を読んでいて、昭和の小学校教師・東井義雄(1912~1991)の名言に出会えたのでメモ。出典はまだちゃんと調べられていない孫引きなので注意。著作集に入っているか今度確認してみよう。

―――
「授業は教師みんなのものとして、みんなの力で高めあわなければならぬ。」

東井義雄「研究授業と授業研究はどう違うか」『授業研究』No.21、明治図書、1965年より。
コメント

教育を受ける時の心構えについて

2019年11月11日 23時55分55秒 | 教育研究メモ
 教育の成果は、君たちの中で生じる。つまり、誰あろう君たちが、教育の成果を得るのだ。教育の成果とは、知識技能や資質能力、意欲態度、人格形成、いずれにしても自分の生き方を変えることである。
 教育を受けるためには、自分を変える覚悟を!

 教育は教育的関係を通して行われる。教育的関係においては、教育者だけでなく、教育を受ける者もまた主体である。今の自分を変えたくない者は、そのまま自由に生きればいいので、教育を受ける必要はないだろう。
 「なぜ教育を受けるか」という問いは、「今の自分をなぜ変えたいか」という問いであり、「どう教育を受けるか」という問いは、「今の自分をどう変えたいか」という問いである。「○○になりたい」とか、「○○の資格免許を取りたい、卒業したい」では、回答としては不十分である。「○○になる、○○の資格免許を取るために、自分はどう変わらなければならないか」という問いに回答しなければならない。一人の主体者として、この問いに答えようとすることが、本当に教育を受けることにつながる。教育を受ける権利や学習する権利を行使するということは、そういう姿勢をもった上ではじめてできることではないか。
 なお、教育を受ける前に答えを出している必要はないし、もし答えを出すとしても、その答えは流動的な答えであってほしい。教育を受ける中で、答えを出すための支援やヒントを得て、答えの質をより的確に、より深くすることが大事だからだ。教育を受けるには、「問いに答えようとすること」、そういう学問する姿勢があれば十分である。むしろそういう学問する姿勢がなければ、教育を受けようとしても苦痛なだけ、時間のムダである。
 学問する姿勢をもつことは自然にできることではなく、簡単ではない。教師は、教育的関係を結ぶ時に、学習者が学問する姿勢をとれるよう、適切に支援する必要がある。教師として責任をもって、学習者の問いに応答する必要がある。

 教育は、本当の意味で相互行為になる必要がある。話し合う、対話する、という意味だけでなく、問いかけ、応答するという意味において。


キーワード:教育的関係、主体性、他者性、教育を受ける権利、学習権
コメント

道徳授業は難しい

2019年11月09日 23時55分55秒 | 教育研究メモ
 「道徳授業は難しい」
 その通り。難しいと思ってもらわなければ、考えもなしにやられてしまってはよくない。子ども達にとってむしろ害になる授業になってしまうことだってある。授業者は、大いに悩むべきだ。

 道徳授業が難しいのは、道徳授業が生き方を問う時間であり、授業者の人生が問われる時間だからである。道徳授業では、授業者がこれまでどれだけ真剣に生きてきたかが問われてしまう。「おまえはこれまで、自分の生き方から目を背けず、ちゃんと生きてきたのか」と、子ども達に、そして自分自身に問われてしまう。そんな風に詰め寄られたら、誰でも困るだろう。普通の人なら、答えにくいから、「それは…難しいですね…」とお茶を濁そうとするかもしれない。しかし、授業者はこの問いから逃げられない。
 道徳授業は確かに難しい。道徳授業で取り扱う価値には、友情、信頼、協力、礼儀、マナーなどがある。人は、当たり前のようにこれらの価値を基準にして生きているが、これらの価値にきちんと向き合って生きている人は少ない。当たり前のことを問い直すことは極めて難しいことだから、しかたないことである。しかし、道徳授業ではそれを問い直すから難しいのである。
 道徳的価値の問題について、自分なりの答えをもつことは簡単ではない。一生かかっても無理かもしれない。しかし、調べ続け、考え続け、言葉にしていくことはできる。よりよい人生について考え続けるならば、その点で子どもと大人(授業者)との間に違いはない。よりよい人生について考え続ける者同士が、よりよい人生について考える時間を共有するのが、道徳授業であると考えたらどうだろうか。ただし、授業者が子どもと同じレベルの思考で止まっていたら、とうてい授業を始められない。今何を主題にすべきか、どのように考えれば少しでも考えが進むのか、授業者がわかっていなければ意味のある授業にはならない。授業者は今の自分の到達点をさらして、授業をつくるのである。
 道徳授業の難しさを少しでも実感したならば、授業者は、子ども達よりも、少しでも一歩思考を先に進めるための努力をしてほしい。考え続けることに一生を捧げた古今東西の哲学者ですら答えを持つことは容易ではないのだから、普通の教師がすばらしい答えを持つことに焦る必要はない。しかし、これだけは言える。道徳授業をする教師は、自分の生き方から目を背けず、他から学ぶ姿勢を保ち、考え続けなければならない。
コメント

研究論文業績一覧(単著)

2019年11月02日 18時02分32秒 | 研究業績情報

 学術雑誌掲載の論文に関する研究業績情報。増え次第、ここに順次追加しています。卒論と修論は普通挙げませんが、参考までに。
 PDF公開されている論文には、ウェブリンクをつけておきました。
 レフェリー付き論文には、文末に「」を付けています。 


  1. 白石崇人「沢柳政太郎の教師論 ―教師の専門職性」卒業論文、広島大学教育学部、2002年。
  2. 白石崇人「大日本教育会における研究活動の展開」修士論文、広島大学大学院教育学研究科、2004年。
  3. 白石崇人「東京教育学会の研究」中国四国教育学会編『教育学研究紀要』第48巻第1部、2003年、50~55頁。
  4. 白石崇人「東京教育会の活動実態 ―東京府学務課・府師範学校との関係」全国地方教育史学会『地方教育史研究』25号、2004年、47~68頁。
  5. 白石崇人「明治二十年前後における大日本教育会の討議会に関する研究」『広島大学大学院教育学研究科紀要』第三部第53号、2004年、103~111頁。
  6. 白石崇人「明治三十年代前半の帝国教育会における研究活動の展開 ―学制調査部と国字改良部に注目して」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第50巻、2005年3月、42~47頁。
  7. 白石崇人「大日本教育会および帝国教育会における研究活動の主題 ―学校教育・初等教育・普通教育研究の重視」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第51巻、2006年3月、66~71頁。
  8. 白石崇人「大日本教育会および帝国教育会における広島県会員の特徴 ―明治16年の結成から大正4年の辻会長期まで」『広島大学大学院教育学研究科紀要』第三部第54号、2005年、87~95頁。
  9. 白石崇人「明治21年の大日本教育会における「研究」の事業化過程」『広島大学大学院教育学研究科紀要』第三部第55号、2006年、83~92頁。
  10. 白石崇人「明治32年・帝国教育会学制調査部の「国民学校」案 ―明治30年代における初等教育重視の学制改革案の原型」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第53巻、2008年3月、46~51頁。
  11. 白石崇人「1880年代における西村貞の理学観の社会的役割 ―大日本学術奨励会構想と大日本教育会改革に注目して」日本科学史学会編『科学史研究』第47巻No.246、岩波書店、2008年6月、65~73頁。
  12. 白石崇人「明治20年代後半における大日本教育会研究組合の成立」日本教育学会編『教育学研究』第75巻第3号、2008年9月、1~12頁。
  13. 白石崇人「日清・日露戦間期における帝国教育会の公徳養成問題 ―社会的道徳教育のための教材と教員資質」『広島大学大学院教育学研究科紀要』第三部第57号、2008年12月、11~20頁。
  14. 白石崇人「明治10年代後半の大日本教育会における教師像 ―不況期において小学校教員に求められた意識と態度」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第54巻、2009年3月、270~275頁。
  15. 白石崇人「小学校歴史教科書における寺子屋記述」『鳥取短期大学研究紀要』第60号、2009年12月、9~20頁。
  16. 白石崇人「明治後期の教育者論―教員改良のためのErzieher概念の受容と展開」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第55巻、2010年3月、314~319頁。
  17. 白石崇人「明治後期の保育者論―東京女子高等師範学校附属幼稚園の理論的系譜を事例として」『鳥取短期大学研究紀要』第61号、2010年6月、1~10頁。
  18. 白石崇人「明治30年代初頭の鳥取県倉吉における教員の問題意識―『東伯之教育』所収の小学校普及・中学校増設関係記事から」『鳥取短期大学研究紀要』第62号、2010年12月、11~23頁。
  19. 白石崇人「明治20年代初頭の大日本教育会における教師論―教職の社会的地位および資質向上の目標化」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第56巻、2011年3月、268~273頁。
  20. 白石崇人「明治30年代初頭の鳥取県倉吉における教員集団の組織化過程―地方小学校教員集団の質的変容に関する一実態」中国四国教育学会編『教育学研究ジャーナル』第9号、2011年、31~40頁。
  21. 白石崇人「明治20年代前半の大日本教育会における教師論―「教育者」としての共同意識の形成と教職意義の拡大・深化」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第57巻、2012年3月、233~238頁。
  22. 白石崇人「明治期における道府県教育会雑誌の交換・寄贈―教育会共同体の実態に関する一考察」広島大学教育学部日本東洋教育史研究室編『広島の教育史学』第3号、2012年3月、27~47頁。
  23. 白石崇人「大日本教育会夏季講習会の開始―明治20年代半ばの教員改良策」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第58巻、2013年3月、53~58頁。
  24. 白石崇人「1940年代日本における全国教育団体の変容と再編(年表解説)」教育情報回路研究会編『近代日本における教育情報回路と教育統制に関する総合的研究』日本学術振興会科学研究費助成事業(基盤研究(B))中間報告書(Ⅰ)、東北大学大学院教育学研究科内教育情報回路研究会、2013年3月、1~10頁。
  25. 白石崇人「明治期大日本教育会・帝国教育会の教員改良―資質向上への指導的教員の動員」学位論文(論文博士(教育学))、広島大学、2014年3月、全390頁。
  26. 白石崇人「明治期大日本教育会の教員講習事業の拡充―年間を通した学力向上機会の提供」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第59巻、2014年3月、533~538頁。
  27. 白石崇人「明治期鳥取県教育会の結成と幹部」『広島文教女子大学紀要』第49巻、2014年12月、27~40頁。
  28. 白石崇人「明治期帝国教育会における教員講習の展開―中等教員程度の学力向上機会の小学校教員に対する提供」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第60巻、2015年3月、37~42頁。
  29. 白石崇人「明治30~40年代における「教師が研究すること」の意義」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第61巻、2016年3月、174~179頁。
  30. 白石崇人「教員養成における教育史教育」広島文教女子大学高等教育研究センター編『広島文教女子大学高等教育研究』第2号、2016年3月、29~48頁。
  31. 白石崇人「日本の学校における道徳教育の展開―修身教育、教育活動全体、道徳の時間、特別の教科」『広島文教女子大学紀要』第51巻、2016年12月、47~57頁。
  32. 白石崇人「教育学術研究会編『教育辞書』における「研究」概念」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第62巻、2017年3月、370~375頁。
  33. 白石崇人「明治30年代半ばにおける教師の教育研究の位置づけ―大瀬甚太郎の「科学としての教育学」論と教育学術研究会の活動に注目して」教育史学会編『日本の教育史学』第60集、2017年10月、19~31頁。
  34. 白石崇人「『東京府教育会雑誌』解説」白石崇人編『『東京府教育会雑誌』解説・総目次・関連年表』不二出版、2017年11月、7~37頁。※目次・年表も元データを作成
  35. 白石崇人「現代日本の教育政策における学校・地域の連携協働構想―平成27年中央教育審議会答申以降に注目して」『広島文教女子大学紀要』第52巻、2017年12月、33~43頁。
  36. 白石崇人「現代日本の教育政策における教員養成の課題―平成27年中教審教員育成答申以降の諸施策に注目して」『広島文教女子大学教職センター年報』第6号、2018年2月、7~16頁。
  37. 白石崇人「明治期師範学校・小学校における授業批評会―明治20年代以降の東京府・鳥取県の事例」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第63巻、2018年3月、537~542頁。
  38. 白石崇人「教育史研究者が教員養成改革に向き合うには(教育学研究と実践志向の教員養成改革との関係性を問う(教育史の立場から))」佐藤仁編『教員養成における「エビデンス」の位置づけをめぐる学際的研究』2016・2017年度中国四国教育学会課題研究成果報告書、2018年3月、30~40頁。
  39. 白石崇人「「教育情報回路」概念の検討―2012年11月までの研究成果を整理して」教育情報回路研究会編『日本型教育行政システムの構造と史的展開に関する総合的研究』日本学術振興会科学研究費助成事業(基盤研究(B))中間報告書、教育情報回路研究会、2018年3月、21~42頁。
  40. 白石崇人「教職教養としての教育史」広島文教女子大学高等教育研究センター編『広島文教女子大学高等教育研究』第5号、2019年3月、1~13頁。
  41. 白石崇人「明治30~40年代の教育研究における教育展覧会」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第64巻、2019年3月、96~101頁。
  42. 白石崇人「岡山県後月郡教育会による地域教員の組織化と学習奨励―明治・大正初期(1893~1917年)を中心に」教育情報回路研究会編『近現代日本の地方教育行政と「教員育成コミュニティ」の特質に関する総合的研究』2018~2020年度科学研究費補助金(基盤研究(B))中間報告書(Ⅰ)、教育情報回路研究会、2019年4月、(1)~(23)頁。
  43. 白石崇人「明治日本における教育研究―教育に関するエビデンス追究の起源を探る」杉田浩崇・熊井将太編『「エビデンスに基づく教育」の閾を探る―教育学における規範と事実をめぐって』春風社、2019年9月、281~314頁。
  44. 白石崇人「教育史研究・教育の発展に寄与する教職教養の視点」教育史学会編『日本の教育史学』第62集、2019年10月、142~145頁。
コメント

労働基準法と教員の働き方

2019年10月04日 19時57分32秒 | 教育研究メモ
 あれよあれよと言う間に10月に…
 さて、前回給特法を話題にしましたが、教員の多忙化問題・働き方改革に関して、基本的なことはもう少しあります。それは、教員の働き方と労働基準法との関係です。忙しいのですが、そろそろまとめておいた方が仕事上よいので以下のようにまとめておきます。

 さて、労働基準法は、労働者を対象とした法律です。国家公務員、つまり国立学校の教員には適用されません。地方公務員、つまり公立学校の教員には一部が適用されませんが、勤務時間などには適用されます。他方で、私立学校法人の設置する学校の教育職員、つまり私立学校の教員は適用対象です。私立学校も、教育基本法にあるように公教育の役割を果たすことが目的であって、営利的活動をする企業とは性質が異なります。とはいえ、そこでの勤務条件等は労働基準法に基づいていなければなりません。
 労働基準法には、公私立学校教員の働き方に関して、以下のような重要な条文があります。

第32条 使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない。
 2 使用者は、1週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を超えて、労働させてはならない。

第34条 使用者は、労働時間が6時間を超える場合においては少くとも45分、8時間を超える場合においては少くとも1時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない。
 2 前項の休憩時間は、一斉に与えなければならない。ただし、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定があるときは、この限りでない。
 3 使用者は、第1項の休憩時間を自由に利用させなければならない。

第35条 使用者は、労働者に対して、毎週少くとも1回の休日を与えなければならない。

第40条 別表第一第一号から第三号まで、第六号及び第七号に掲げる事業以外の事業で、公衆の不便を避けるために必要なものその他特殊の必要あるものについては、その必要避くべからざる限度で、第32条から第32条の五までの労働時間及び第34条の休憩に関する規定について、厚生労働省令で別段の定めをすることができる。
 2 前項の規定による別段の定めは、この法律で定める基準に近いものであつて、労働者の健康及び福祉を害しないものでなければならない。


 つまり、公私立学校教員は、1週間について40時間までの労働、1日8時間までの労働を原則として、1日の間に自由に使える45分または60分の休憩時間、1週間に1日休日を与えられるはずなのです。公立学校教員であっても、「公衆の不便」の中に子ども達や保護者の不便が入るとしても、労働時間や休憩は「労働者の健康及び福祉を害しないもの」である条件があります。
 以上のような勤務条件を整えることは、使用者(つまり自治体または学校法人)の責任です。しかもこの使用者の責任は次のような罰則つきです。

第119条 次の各号のいずれかに該当する者は、6箇月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。
一 [略]第32条、第34条、第35条、第36条第6項、第37条[略]の規定に違反した者
三 第40条の規定に基づいて発する厚生労働省令に違反した者


 なお、給特法で指示されていることの他に、労働基準法も次のような例外を定めています。

 第33条 災害その他避けることのできない事由によつて、臨時の必要がある場合においては、使用者は、行政官庁の許可を受けて、その必要の限度において第32条から前条まで若しくは第40条の労働時間を延長し、又は第35条の休日に労働させることができる。ただし、事態急迫のために行政官庁の許可を受ける暇がない場合においては、事後に遅滞なく届け出なければならない。
 2 [略]
 3 公務のために臨時の必要がある場合においては、第1項の規定にかかわらず、官公署の事業(別表第一に掲げる事業を除く。)に従事する国家公務員及び地方公務員については、第32条から前条まで若しくは第40条の労働時間を延長し、又は第35条の休日に労働させることができる。

第36条 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、厚生労働省令で定めるところによりこれを行政官庁に届け出た場合においては、第32条から第32条の五まで若しくは第40条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この条において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。

第37条 使用者が、第33条又は前条第1項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が1箇月について60時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の5割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。


 このように、公立学校はもちろんですが、私立学校法人も「臨時の必要がある場合」に労働時間の延長や休日労働をさせることができます。ただし、「行政官庁の許可を受けて、その必要の限度において」という条件付きであることは注意したいところです。それから、労働組合または労働者の過半数代表者との協定(いわゆる三六協定)を結んで、行政官庁に届け出た場合にも、労働時間延長と休日労働をさせることが可能です。ただし、私立学校教員に対しては、これらの場合の残業・休日出勤に対しては、25%から50%の割増賃金を支払い、延長時間が60時間を超えた場合には50%以上の割増賃金を支払わなければなりません(公立学校教員は給特法のためこの規定は適用されない)。
 つまり、公私立学校教員が残業や休日出勤をしなければならない場合というのは、基本的には、「臨時の必要がある場合」と三六協定の範囲内なのです。そのため、その仕事が本当に「臨時」なのかが重要ですし、労働組合や代表者と協定を結んだかどうかが重要です。もちろん公立学校教員については、先回紹介しました「限定4項目」も残業・休日出勤の基準です。

 以上のように、公立・私立によって若干の違いはありますが、教員も労働基準法の適用を受けて働くことになっています。使用者は何でもかんでも命令できるわけではないですし、「子どものため」「社会のため」といった理念も教員の健康・福祉を害しない範囲で扱われるべきものです。残業・休日出勤は使用者が命じるものです。教員の多くは残業・休日出勤を日常的に行っていますが、実際には特に命令されたわけではない場合も多く、「自主的」に行っているという風に処理されてます。その残業・休日出勤が本当に「自主的」かどうかは、多くの場合、疑問が残りますが、教育現場ではそういう実態が続いています。
 最近、働き方改革の呼びかけが浸透して、教育現場でも上記のような「自主的」残業・休日出勤が蔓延している実態を変えていこうと努力が続けられています。その成果はまだはっきりとは見えてきませんが、その努力は労働基準法の原則に基づいて進められることがまずもって大事でしょう。
コメント

給特法をめぐる法令について

2019年08月18日 20時03分32秒 | 教育研究メモ
 我が職場でも有給最低5日取得について指示がありました。授業期間中に取得するのはとても無理なので、夏季休暇中に無理やり申請しました。本当はこんなことではいけないとは思いますが、いきなり職場の体質を変えることはできませんので、今のところのベターだろうと思われます。少しずつ、しかし確実に働き方改革を進めていくための第一歩になればいいなと思います。
 さて、学校現場でも働き方改革が問題になっています。学生たちもいわゆる「ブラック学校」や多忙化の問題には関心が高く、後期の「教師論」や「教師・保育者論」で取り上げなければならないなと思っています。教員の多忙化問題・働き方改革においては、「給特法」が避けて通れない問題になります。今回はその基本的なところを整理しておきます。

 「給特法」とは、「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(昭和46(1971)年制定)のことです。正式名称の通り、公立教員の教育職員を対象とした法律です。そのため、私立学校の教員はこの法律とは本来関係なく、労働基準法等の法律を適用します。就業規則に「公立校に準ずる」と表記されていたり、暗黙のうちにそのような扱いをされていたりすることもありますが、世の中では就業規則より法律が優先されますので、法律違反は許されません。

 さて、「給特法」の問題となる条文は以下の通り。

第3条 教育職員(校長、副校長及び教頭を除く。以下この条において同じ。)には、その者の給料月額の百分の四に相当する額を基準として、条例で定めるところにより、教職調整額を支給しなければならない。

第6条 教育職員(管理職手当を受ける者を除く。以下この条において同じ。)を正規の勤務時間[略]を超えて勤務させる場合は、政令で定める基準に従い条例で定める場合に限るものとする。
2 前項の政令を定める場合においては、教育職員の健康と福祉を害することとならないよう勤務の実情について十分な配慮がされなければならない。


 第6条第1項の「正規の勤務時間を超えて勤務させる場合」は、「公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令」(平成15(2003)年)に定められています。この政令は、関連する項目も含め、以下の通りに定めています。

1 教育職員[略]については、正規の勤務時間[略]の割振りを適正に行い、原則として時間外勤務[略]を命じないものとすること。

2 教育職員に対し時間外勤務を命ずる場合は、次に掲げる業務に従事する場合であって臨時又は緊急のやむを得ない必要があるときに限るものとすること。
 イ 校外実習その他生徒の実習に関する業務
 ロ 修学旅行その他学校の行事に関する業務
 ハ 職員会議(設置者の定めるところにより学校に置かれるものをいう。)に関する業務
 ニ 非常災害の場合、児童又は生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合その他やむを得ない場合に必要な業務


 上記2のイ~ニはいわゆる「限定4項目」といわれるもので、教員はこの4項目に限って時間外勤務が命じられることになっています。部活動指導・引率や補習指導、PTAの会議、祭りや放課後の巡回などについては明記されていないことは一目瞭然です。また、上記1の通り、時間外勤務は原則として命じないものであって、正規の勤務時間の割り振りを適正に行うことが原則であることもわかります。
 以上のように、給特法をめぐる法令は、公立校の教員に限り月給の4%を支給することを決めていますが、それで無限定に時間外勤務を命じることができるようにはなっていません。教員の健康と福祉を害しない限りで実習・学校行事・職員会議・緊急時に時間外勤務を命じることを許しているだけで、これらを除く業務についての時間外勤務はほかの労働者と同様に労働基準法等を適用することになります。ここのところをあやふやにして教職を務めることはできません。

 まだまだ論じないといけないことはありますが、とりあえず今回はここまで。
コメント

歴史的に思考・判断しようとした学生の姿(教職教養ある姿)

2019年07月28日 23時55分55秒 | 教育研究メモ
 先日、学生の教職教養ある姿について少し触れました。その時のエピソードをもう少し具体的に紹介させてください。

 公教育制度は、教育・地位獲得の機会均等にかかわり、すべての子どもたちになるべく同じ教育を経験させて、国民(市民)として育てることを目指す一面をもっています。この場合は、公教育制度は、卒業後の格差をなるべく小さく、または入学時にすでに生じていた格差をなるべく埋めることを期待されています。
 本学の教育学部教育学科1年生の前期科目「教育学入門」では、「公教育・公立学校とは何か」というテーマで研究していた班がありました。そして、上記の点に注目してしっかり先行研究をまとめて発表してくれました。それ自体もすばらしかったのですが、加えて質疑応答時に質問した学生がまたすばらしかった。その学生は、「格差を生じさせないために公教育制度がある、というのはよく分かったが、そもそも公教育制度は格差を生じさせないために成立したのか?」という質問をしました。歴史的思考・判断を働かせようとして、発表内容だけでは判断できなかったために行われた質問だったと思われます。
 この質問した学生は、「教育に関する知識や技術(教職教養)とは何か」というテーマで研究していた班に所属していた学生でした。すでにこの学生は発表は終了しており、質疑応答時・発表後に私と「歴史的に思考・判断するとはどういうことか?」という議論をした後の出来事でした。以前の議論開始時には、この学生は、歴史的思考・判断について「具体的にはよくわからない」と答えていたのです。ちなみに同じ前期科目の「教育の思想と歴史」では、「義務教育とは何か」というテーマで、公教育制度に関わる義務教育の歴史の概要を学んでいます。まさに教育学入門の時の質問の姿は、それまでの学びを自分なりに生かし、別の場面で活用した姿ではないかと思いました。本当のところは本人に聞いてみないとわからないのですが、私としては教職教養の芽生えを感じた次第です。また、質問された班の学生の中にも、確かに…とこの問題についていろいろ考えを巡らしたようです。歴史的思考の姿が他の学生にも影響したとも言えます。
 歴史的事実に注目する姿勢、そしてその意義について学ぶことは、やはり歴史的に思考・判断する教職教養ある姿につながっていると実感しました。教育史は学生の成長に関われるのです。

 なお、公教育制度の格差に対する機能は、まずは、やはり現代的課題としておさえておくことが肝要です。現代社会における格差の問題は、まずは、現代社会の文脈で検討しなければ、その本質を把握することはできないからです。ただ、その上で、さらに課題理解や解決策を深めるために、公教育制度の歴史を踏まえてその歴史的課題と現代的課題とを見比べることはとても有効です。たとえば公教育制度が向き合うべき格差の質について歴史的変遷をふまえることなどによって、何がどの点でつながっていて(何が古くからある課題で)、何が新しい課題なのかを追究することは可能ですし、極めて重要な問題が見つかる可能性は十分あります。もちろん、国際的や多元的な思考・判断をすることにも大きな意味があります。
コメント

教職教養ある姿

2019年07月12日 23時55分55秒 | 教育研究メモ
 この4月に入学した、教育学部教育学科1期生を育てております。教育1年チューター主任、かつ教育1年生全員の授業を2科目もっているため、関わる機会はかなり多いです。大学は学問をするところ、教育学部とは教育とは何かどうあるべきかを問うところ、といつも言い含めてきましたが、多くの学生に響いている様子。教育学入門という科目では、すでに自分たちなりの研究をさせています。個人差はありますが、研究にのめり込んでくれている学生も多く見受けられ、予想以上の盛り上がりを見せています。
 それで、先日、教職教養とは何かを研究テーマに選んだ学生と話していたところ、おもしろい議論になりましたので、そこで考えたことを紹介します。

 先日紹介した論文「教職教養としての教育史」では、現代日本において求められる教職教養について、次のように定義しました。

 教職教養とは、教職のための体系的な教育や学問、修養などを通して養われる、教職生活において国際的・歴史的・多元的に思考・判断するために必要な教職文化に関わる知識や、倫理的・主体的な資質、能力、態度、感性、価値観、ものの見方などの総体といえる。[略]教職教養は、教職を遂行する上で視野を広げ、倫理的・主体的な専門的思考・判断の知的基盤であり、その知的基盤に基づいて思考・判断する態度である。


 ここでいう「知的基盤」とは、「教職生活において国際的・歴史的・多元的に思考・判断するために必要な教職文化に関わる知識や……ものの見方」までを指しているつもりですが、このうち「国際的・歴史的・多元的に思考・判断する」とはどういう意味でしょうか。ここのところが具体的に理解できれば、教職教養の意義や有用性に関する理解をより確かなものにすることができると考えます。

 たとえば、「歴史的に思考・判断する」ということはどういうことか。もちろん、たとえば、最近学習指導要領が新しくなったのでそれに対応する、ということではありません。いうならば、これまでの学習指導要領の変遷や教育課程や教育方法に関する議論を踏まえて、学習指導要領の新しい内容を理解し、自分がどう対応すべきか判断することです。ここでいう「これまでの」というのは、10年前か、100年前か、というのは決まっていません。古ければよいというわけではありません。大事なのは歴史的事実の質であり、問題の本質にかかわる歴史を踏まえられるかどうかです。思考・判断に必要な歴史は、直近10年間の歴史であったり、100年間の歴史であったりで、問題によって異なります。適切な歴史を参照できないと、たとえば「主体的・対話的で深い学び」や「学校と地域との連携協働」などのキーワードが突然降ってわいた新奇なキーワードに聞こえてきて、参考にすべき先行実践や事前情報ゼロの状態で実践に取り組もうとしてしまうのです。歴史的に思考・判断しないと、何が本当に新しいものなのか評価できません。何が変わらず、何が変わったのか判断がつきません。その結果、実践の効果や意義を評価する基準を見いだせず、総括も発展もできずに泡沫のように消えていってしまう実践を多く生み出す事になります。
 その他に、「国際的に思考・判断する」ということは他国・他地域のことを踏まえて思考・判断することであり、「多元的に思考・判断する」ということは複数の立場から(複数の立場が出会う場の力学も踏まえて)思考・判断することです。つまり、「国際的・歴史的・多元的に思考・判断する」ということは、独断や偏見、狭い視野、自国や自分の生活・交流範囲だけの発想で思考・判断しないことを指します。今、目の前にある対象だけを見て判断したり、個人的な嗜好や偏見だけで判断したりする姿は、最も教養のない姿ではないでしょうか。
 教育史や外国の教育、教育学説・思想、教育政策・行政・制度・運動などの知識は、こうした「国際的・歴史的・多元的に思考・判断する」ような教職教養ある姿に資するものである必要があります。教育に関する知識がすべて自動的に教職教養ある姿に資するわけではありません。研究する時、学ぶ時に、この知識はどんな問題と関わるのかを意識して選び取らなければなりません。

 議論のあと、その場にいた学生が別の機会に発言した時、発言内容を聞いていると、「お、この問題を自分なりに考えているんじゃないかな?」と思ったので、少しうれしくなりました。
コメント

教職教養としての教育史

2019年06月17日 23時10分42秒 | 教育研究メモ
 せめて一月に一回は執筆しようという目標すら、ままならない状態が常態化しております。
 娘は順調に育っております。かわいいです。育児も妻ほどではありませんが、一人の命を育てるために頑張っています。仕事は公表できないことばかりです。相変わらず忙しいです。研究する時間はいつも残されていません。

 昨年度に執筆した論文について構成を紹介して、更新といたしたいところ。
 さて、今年の3月に、「教職教養としての教育史」(『広島文教女子大学高等教育研究』第5号、2019年、1~13頁)を論文化しました。昨年度の教育史学会大会シンポジウム登壇の副産物です。入り口に立ったばかりの教育史教育論、といった感じですが、ネット上で読めますので読んでみて下さい。論文構成は以下の通り。

 はじめに
1.教職教養の視点
 (1)教職教養とは
 (2)「大学における教員養成」論争と教職教養
2.教職教養としての教育史の可能性
 (1)教職教養としての教育史とは
 (2)教職教養による教育史研究・教育の緊張関係
3.教職教養としての教育史の実現を求めて
 (1)学問としての教育史の課題
 (2)大学制度・教職課程における教育史の課題
 おわりに

 ちなみに、本論文は、「教育史は教職教養でしかない」ということが言いたいのではなく、「教育史は教職教養の側面を持つ、そこをもっと真剣に考えるべき」(そのためには何を考慮しなければならないか)ということが言いたいので、そこのところは誤解なくお願いします。
コメント

娘が産まれました

2019年05月06日 23時10分31秒 | Weblog
 令和元年になって数日経った夜、長女が産まれました。かわいい初めての子どもです。泣き声は控えめで比較的おとなしく、まだ首も座っていませんが、時折のばす手足はとても力強く、頼もしい気持ちになります。数時間と見ないうちに何だか大きくなっているような気がして、面会に行くのが楽しみになってきます。妻がまだ万全ではないのが心配ですが、娘とかかわるのが楽しそうで、ほほえましい気持ちです。
 出産には立ち会いました。また、幸い連休中でしたので、分娩室からずっと妻に付き添いました。私にできることはそれほど多くありませんでしたが、食事介助や陣痛時の呼吸法補助などに精を出しました。早朝からの長丁場でしたので、最後の方は眠くて足に力が入らなくなって自分のことが情けなかったですが、そばにいるだけでよいとの言葉に支えられて、最後まで見届けることができました。お産も長かったので、産声が若干控えめでした。娘も疲れたのだろうと思いました。よく生まれてきてくれました。妻も無事でよかった。
 出産待ちでしたので、10連休は時々買い物や散歩をしたくらいでほとんど家にいましたが、私は出不精なのでむしろ休日を満喫しました。お産を促すために妻と一緒に散歩をたくさんしたのですが、いい天気の日が多くて、とてもさわやかな気持ちになりました。身も心も、そして人生も、リフレッシュできました。

 新しい時代がやってくる。少なくとも私にとっては確実に。
 仕事も停滞したくないので、家庭と両立させながら頑張りたい。


 皐月の空と 突き抜けるような青
 山々は映えて 新緑鮮やかに
 速き流れの清水の わたる橋の脚元を
 黄色に染めて 小さき花々
コメント

平成最後の日から令和の時代へ

2019年04月30日 23時55分55秒 | Weblog
 平成最後の日はいかがお過ごしでしょうか。テレビを見ておりますと、何やら大みそかのような騒ぎですね。ブログ更新こそ平成最後にやり残したことですので、更新します。

 本日、何とか平成の仕事を終え、令和を迎えることができそうです。昨年末からずっと忙しくて、締切に追われる日々を送っておりました。公務も決して軽くなくて、これまで心がけてきた早め早めもできず、苦労しながら前に進んできました。3月には、教育学部の新設にあわせて新1号館が完成し、私の研究室もそこに入ることになったので、引っ越しをしました。引っ越し業者さんも入ってくれましたが、本や仕事道具のダンボール詰め込み・出し入れは運動不足の体をむしばみ、体はガタガタ。そうこうするうちに年度が終わってしまいました。
 4月からは、引き続き学生生活支援委員長を務めるとともに、教育学部教育学科の1期生のチューター主任を拝命しました。初等教育学科の伝統を引き継ぎ、かつ新しい教育学科の伝統を作っていくために、最初の1ヶ月をすごしました。新入生たちに入ってよかったと思ってもらえるように、かつ共学化初の1年チューター主任でもあるので、気を引き締めて業務に取り組みました。幸い気持ちの良い新入生が集まり、教育学部や1期生の学年運営のコンセプトにも食いついてくれたので、素晴らしいスタートを切れたと思います。
 今年はありがたいことに10連休をいただくことができ、27日から休ませていただいています。事情があって自宅にこもっていますが、休み休み、家族との時間を堪能しながら、やっとたまっていた仕事を終えました。ご迷惑をおかけした関係者各位にはおわびとお礼を申し上げます。おかげさまで、難しい局面を何とか乗り切ることができました。

 新しい時代は、古いものを大事にしながら新しいものを創っていく時代になります。昭和・平成と続いてきた、量的で即物的な詰め込みの時代ではなく、心の安らぎを大事にしながら質的に人間性を大事にする、そんな時代にしたいものです。令和という元号名は案外、大事にすべきかもなあとおもっています。
コメント

口頭発表業績一覧

2019年04月28日 10時59分58秒 | 研究業績情報

 この記事は、口頭発表の一覧です。発表後、何らかの形で活字化しているものが多いです。


  1. 白石崇人「明治初期における教育会の結成に関する研究 ―東京教育学会の活動実態を中心に」中国四国教育学会第54回大会、高知大学、2002年。
  2. 白石崇人「東京教育会の活動実態」全国地方教育史学会第26回大会、金沢大学サテライトプラザ、2003年6月1日。
  3. 白石崇人「大日本教育会主催の全国教育者大集会に関する研究」教育史学会第47回大会、同志社大学今出川キャンパス、2003年9月21日。
  4. 白石崇人「『大日本教育会雑誌』における外国教育制度情報 ―情報の使用形態に注目して」中国四国教育学会第55回大会、広島大学、2003年11月9日。
  5. 白石崇人「大日本教育会機関誌における外国教育情報に関する研究」国際研究集会、中国浙江省杭州市、2004年4月3日。
  6. 白石崇人「大日本教育会の地方会員に関する研究 ―全国と地方との関係」全国地方教育史学会第27回大会、熊本大学、2004年5月23日。
  7. 白石崇人「大日本教育会および帝国教育会における組織的研究活動の展開」教育史学会第48回大会、法政大学、2004年10月10日。
  8. 白石崇人「19世紀末の大日本教育会・帝国教育会機関誌にみる西洋・東洋教育情報」アジア教育史学会2004年度第二回例会、広島大学、2004年11月6日。
  9. 白石崇人「明治三十年代の帝国教育会における組織的研究活動の展開」中国四国教育学会第56回大会、鳴門教育大学、2004年11月28日。
  10. 白石崇人「大日本教育会および帝国教育会の地方会員の履歴に関する研究」全国地方教育史学会第28回大会、福島大学、2005年5月22日。
  11. 白石崇人「大日本教育会および帝国教育会に対する文部省諮問」教育史学会第49回大会、東北大学、2005年10月8日。
  12. 白石崇人「大日本教育会および帝国教育会における研究活動の主題」中国四国教育学会第57回大会、安田女子大学、2005年11月26日。
  13. 白石崇人「明治期における教育会の情報交換」全国地方教育史学会第29回大会、広島大学、2006年5月21日。
  14. 白石崇人「明治期大日本教育会・帝国教育会像の再構築」教育史学会第50回大会、大東文化大学、2006年9月16日。
  15. 白石崇人「明治期帝国教育会における道徳教育研究活動」中国四国教育学会第58回大会、岡山大学、2006年11月。
  16. 白石崇人「結成時における大日本教育会の根本的目的」教育史フォーラム・京都 第20回研究会、京都大学、2007年9月2日。
  17. 白石崇人「明治30年代・帝国教育会学制調査部の「国民学校」案」中国四国教育学会第59回大会、広島大学、2007年11月23日。
  18. 白石崇人「全国教育者大集会の開催背景 ―帝国議会開設前の大日本教育会における「東京」と「関西」の問題」教育情報回路研究会第7回全体研究会、東北大学、2008年5月17日。
  19. 白石崇人「明治10年代後半の大日本教育会における教師像」中国四国教育学会第60回大会、愛媛大学、2008年11月30日。
  20. 白石崇人「1940年代末結成の日本教育協会―日本連合教育会改称までを視野に入れて」1940年体制下における教育団体の変容と再編過程に関する総合的研究第1回研究会、東北大学、2009年7月18日。
  21. 白石崇人「大日本教育会単級教授法研究組合報告の内容―高等師範学校編『単級学校ノ理論及実験』との比較から」日本教育学会第68回大会、東京大学、2009年8月28日。 ※訂正: 題目「…組合報告の報告の内容」→「…組合報告の内容」
  22. 白石崇人「明治後期の教育者論―教員改良のためのErzieher概念の受容と展開」中国四国教育学会第61回大会、島根大学、2009年11月21日。
  23. 白石崇人「明治30年代初頭の鳥取県倉吉における教員の問題意識―地方教育雑誌『東伯之教育』を用いて」全国地方教育史学会第33回大会、九州大学、2010年5月23日。
  24. 白石崇人「明治30年代初頭の鳥取県倉吉における教員集団の組織化過程-師範卒教員と検定教員との衝突・分離・合流」日本教育学会第69回大会、広島大学、2010年8月22日。 ※訂正: PDF320頁 下から3行目「79,298」→「79,299」
  25. 白石崇人「明治20年代初頭の大日本教育会における教師論―教員の地位向上と専門性」中国四国教育学会第62回大会、香川大学、2010年11月20日。
  26. 白石崇人「明治20年代前半の大日本教育会における教師論―「教育者」としての共同意識の形成と教職意義の拡大・深化」中国四国教育学会第63回大会、広島大学、2011年11月19日。
  27. 白石崇人「明治13年東京教育会の教師論―普通教育の擁護・推進者を求めて」教育史学会第56回大会、お茶の水女子大学、2012年9月22日。
  28. 白石崇人「明治30年代帝国教育会の中等教員養成事業―中等教員講習所に焦点をあてて」(コロキウム報告)、教育史学会第56回大会、お茶の水女子大学、2012年9月23日。
  29. 白石崇人「明治20年代半ばの大日本教育会による夏季講習会の開催」中国四国教育学会第64回大会、山口大学、2012年11月10日。
  30. 白石崇人「「教育情報回路」概念の検討」教育情報回路研究会、東北大学、2012年11月25日。
  31. 白石崇人「帝国教育会結成直後の教員講習事業―指導的小学校教員の学習意欲・団結心・自律性への働きかけ」教育史学会第57回大会、福岡大学、2013年10月13日。
  32. 白石崇人「明治期大日本教育会の教員講習事業の拡充―年間を通した学力向上機会の提供」中国四国教育学会第65回大会、高知工科大学、2013年11月3日。
  33. 白石崇人「1900年代鳥取県教育会における小学校教員批判ー教育研究態度の改良に向けて」全国地方教育史学会第37回大会、早稲田大学、2014年5月18日。
  34. 白石崇人「明治期大日本教育会・帝国教育会の教員改良―資質向上への指導的教員の動員」教育情報回路研究会、立教大学、2014年7月21日。
  35. 白石崇人「明治期大日本教育会・帝国教育会における教育勅語解釈―指導的教員・教育行政官の動員構想」教育史学会第58回大会、日本大学、2014年10月5日。
  36. 白石崇人「明治期帝国教育会における教員講習の展開―中等教員程度の学力向上機会の小学校教員に対する提供」中国四国教育学会第66回大会、広島大学、2014年11月15日。
  37. 白石崇人「「研究」する教師・保育者の誕生-学び続ける明治期の先生たち-」広島文教女子大学教育学第31回定期総会、広島文教女子大学、2015年5月22日。
  38. 白石崇人「日本教育会解散後における中央教育会の再編―日本教育協会・日本連合教育会成立まで」(コロキウム報告)、教育史学会第59回大会、宮城教育大学、2015年9月27日。
  39. 白石崇人「明治30~40年代における「教師が研究すること」の意義」中国四国教育学会第67回大会、岡山大学、2015年11月14日。
  40. 白石崇人「新鳥取県史編さん事業における教育史研究者」全国地方教育史学会第39回大会、東洋大学、2016年5月22日。
  41. 白石崇人「明治30年代半ばにおける教師の教育研究の位置づけ―大瀬甚太郎の「科学としての教育学」論と教育学術研究会の活動に注目して」教育史学会第60回大会、横浜国立大学、2016年10月1日。
  42. 白石崇人「教育学術研究会編『教育辞書』における「研究」概念」中国四国教育学会第68回大会、鳴門教育大学、2016年11月6日。
  43. 白石崇人「教育史研究者が教員養成改革に向き合うには」中国四国教育学会第68回大会ラウンドテーブル、鳴門教育大学、2016年11月6日。
  44. 白石崇人「明治期師範学校・小学校における授業批評会―明治20年代以降の東京府・鳥取県の事例」中国四国教育学会第69回大会、広島女学院大学、2017年11月26日。
  45. 白石崇人「教育史研究・教育の発展に寄与する教職教養の視点」(シンポジウム指定討論)教育史学会第62回大会、一橋大学、2018年9月29日。
  46. 白石崇人「明治末期の教育研究における教育品展覧会」中国四国教育学会第70回大会、島根大学、2018年11月17日。
  47. 白石崇人「明治日本における教育研究―教育に関するエビデンス追究の起源を探る」第13回教員養成と教育学に関する研究会、博多市、2019年1月12日。
  48. 白石崇人「岡山県後月郡教育会による地域教員の組織化と学習奨励―明治・大正初期(1893~1917年)を中心に」教育情報回路研究会、東洋大学、2019年2月24日。
  49. 白石崇人「1886~1929年鳥取県の小学校教員検定制度について」小学校教員検定科研費研究会、神戸大学、2019年3月17日。
コメント

研究論文業績一覧(共著)

2019年04月22日 23時55分55秒 | 研究業績情報
  1. 白石崇人・牧亮太・上村加奈・善本桂子・杉山浩之「教育実習(幼稚園)の概要と課題」広島文教女子大学教職センター編『教職センター年報』第4号、2016年3月、9~19頁。
  2. 佐藤仁・杉田浩崇・白石崇人・樋口裕介・熊井将太「教育学研究と実践志向の教員養成改革の関係性を問う」中国四国教育学会編『教育学研究紀要(CD-ROM版)』第62巻、2017年3月、677~688頁。(うち「教育史の立場から」679~681頁を執筆)
  3. 本畝瑞歩・白石崇人・森哲之・田邊日向子・福田聡子・峰谷日菜子・森望美・山本祐理「教員養成における学生の主体的な正課外活動の意義―広島文教女子大学初等教育学科生による自主サークル“はぐくみ”の取り組み」広島文教女子大学教育学会編『広島文教教育』第33巻、2018年3月、45~55頁。
コメント

年度末は忙しい

2019年03月23日 21時16分30秒 | Weblog
忙しい毎日を送っております。
12月からの重い公務が続くなかでの連続締切は何とか突破しました。また、4月からの教育学部設立に伴う新校舎完成のため、新しい研究室に移動し、やっと荷物を棚に突っ込むことができました。おかげで身体はガタガタですが、新しい研究室は気持ち良いです。広いし。
先週から今週にかけては、研究室引っ越し作業と並行して、高校の進学ガイダンスでの出張にはじまり、教育学部移行のための研修会、神戸大での鳥取県の小学校教員検定制度史に関する研究報告、そして岡山県井原市での後月郡教育会に関する研究報告が続きました。そして、1年生から3年生までチューターを務めた学年の卒業式・卒業パーティーをすまして、今日は博多でエビデンスベースドの教育に関する研究会に参加してきました。来週は、学内の会議のほか、非常勤講師の打ち合わせ、そして東京で教育史テキストに関する打ち合わせ。それが終わると、もう4月……やばい、新年度の準備を効率的に進めないと間に合わない。
コメント