教育史研究と邦楽作曲の生活

一人の教育学者(日本教育史専門)が日々の動向と思索をつづる、個人的 な表現の場

11月研究発表の内容構成

2012年11月27日 20時29分32秒 | 教育研究メモ

 先週末、ようやく年度内の研究発表がすべて終了しました。さっき気づいたのですが、11月25日の発表で、一生のうちに行った口頭発表がついに30件を越えました。よくがんばった、俺(笑)。
 そして、直近の〆切の原稿も、とりあえず全て投函完了。ようやく、夏から引き続いていた〆切地獄から離脱しました。長かった…
 これから主に、学内や県内の仕事が目白押し。実習は終わりましたが、そのほかの仕事が待っている。また、新規授業の準備も、書きためていた板書案がそろそろなくなるので、時間が余計かかるようになります。
 とはいえ、これまでは研究しながらの仕事だったので、それよりはマシな環境になります。そう思うと、何とかやりきれそうですね。

 せっかく今月がんばったので、今月の発表内容の構成だけ公開しておきます。論文化したときには、題目や構成など大きく変わるかもしれません。

○11月10日(土) 中国四国教育学会(於・山口大学)

「明治20年代半ばの大日本教育会による夏季講習会の開催」(資料8頁)

 はじめに
1.明治24年~26年における夏季講習会の開催
 (1)夏期講習会の開始―中等教員養成と学科研究
 (2)多様な受講者と高い受講意欲
 (3)現職小学校教員への学習機会の提供
2.高等教育機関の学者による最先端の講習内容
3.夏季講習会の真のねらい
 (1)学力形成・教職意義の理解による教員の品位向上
 (2)「研究」する教員を求めて
 おわりに

 

○11月25日(土) 教育会史・教育情報回路・梶山雅史氏代表研究会(於・東北大学)

「「教育情報回路」概念の検討」(資料20頁)

 はじめに
1.梶山雅史の「教育情報回路」概念
 (1)「メディア」としての仮説的認識
 (2)総合性への注目―「回路」
2.「教育情報回路」概念による教育会史研究への批判点
 (1)国際的視点の不足
 (2)「教育情報回路」概念内容の追究程度
 (3)「教育情報回路」と「職能団体」
 (4)「教育情報回路としての教育会」の総括的研究を求めて
3.「教育情報回路」概念による教育会史試論
 (1)地域における学事協議・教員講習・教育研究機能の形成と継承(1870年代)
 (2)私立教育会結成による教育情報回路の形成開始(1880年代~1890年代半ば)
 (3)組織改革による教育情報回路の確立(1890年代半ば~1900年代)
 (4)教育会の系統化と情報集積・循環機能の充実(1910年代~1920年代)
 (5)教育情報回路の徹底・変容・再編(1930年代~1940年代)
 おわりに

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

学生を熱くさせる教師

2012年11月22日 23時55分55秒 | 教育研究メモ

 先日挫折を味わっておりました「教育原理Ⅱ」ですが、本日授業がありました。戦略的にいろいろ対策を練っていきましたところ、対策が「あたった」(完璧とはいきませんでしたが)、手応えが少なからずあった、という感じです。
 何より、授業が終わった後、ある学生が「今日は100%できた!」と言って帰って行ったのが、とても印象的でした。(できた=がんばった=寝なかった、という意味のようです)

 何をしたのかというと、今日意識的にした「授業のしかけ」は以下のような感じです。

○授業の雰囲気づくり
 いつも以上に明るく振る舞いました。授業の雰囲気は学習意欲に直結しますので、「やるぞ!」という気持ちを引き出しやすくするように。
 「難しい…」「またわからないんだろうな、いやだなぁ…」という暗い気分を吹き払うように。言葉も前向きに、テンポ良く。
 一昔前の自分なら、自分の暗い気分を引きずって、明るくなりきれなかったでしょう。昔それで失敗したことも思い出しました。教育環境を整えるのは教師の役目。教師も人的環境の一つであり、それも重要な教育環境。自分がそんな風に学生に教えていることとも、整合性をとる必要がありました。失敗の教育経験と自分の教えている内容とが、私を前向きにさせてくれました。

○「やるしかない」という意識づけ
 単位のこと、せっかく履修したこと、学生だけでなく教師も努力すること、選択科目なので内容レベルはこれ以上下げられないこと、「わかる」ためには予習して既存の知識を増やすしかないこと、ちょうど内容の方向性が変化する切り替わりの時期であること、「わかる」上で必要であるとともに努力する具体的な課題を示したこと、その課題を評価に直結したこと、などなどを学生に語りかけました。
 課題というのは、授業で取り上げている人々のうち2人を選んで自由に調べてくることです。予習(または復習)として、既存知識を増やして授業理解の基盤とすることをねらっていますが、調べているうちに興味をもつようになることも期待しています。授業理解に必須なのは、既存の知識経験と興味関心ですので。
 また、「この授業に対する満足度は低いかもしれないが、少なくとも、自分はこの授業でがんばった!と最後に言えるようにしていこう」ということも強調しました。
 このあたりで、学生の雰囲気が少し変わった感じがしました。「やってやろう」という気分が芽生えたように思われました。幸い、うちの学生たちは、素直で根は真面目でやるときはやるので、私の力というより、学生たちが良かったのだと思います。そういう燃え始める学生が何人か出てくると、その周りも少しずつ燃え始めます。そんな相乗効果(延焼効果?)もあったのかも。

○学生の様子に応じた授業テンポの調節
 上述のようなことをしたのが良かったのか、今日は学生の「息づかい」を感じやすくなっていました。ちょっと飽きてきたかな、ちょっとおもしろがっているな、という感じが、今日はいつもより感じられました。
 たまたま今日の授業内容(明治期における幼稚園の受容)が、私の得意とする分野(明治教育史)に近いことも幸いしたのでしょう。私自身がまとめていておもしろかった内容(湯川嘉津美氏の日本幼稚園受容史研究)を中心に構成していたのもあるでしょう。授業内容を自分の中でよく消化していたので、学生の様子に柔軟に対応しやすかったのだと思います。
 教師自身の授業内容の理解度が授業の良さを左右する、という授業の原則を、今日は改めて実感しました。

○資料の徹底的な絞り込み
 今日はこれまでの作り方とは違う教材を提供しました。資料を徹底的に絞り込み、余分なものは含まない、そして授業の流れに沿って資料を配列する、そういう作り方です。これは、「教育原理Ⅱ」以外の授業ではいつもやっている教材の作り方ですので、むしろ今日の教材づくりの方がいつも通りなのですがね。
 授業もスムーズに進められました。これまでの「教育原理Ⅱ」の教材の作り方がまずかったのだな、と改めて反省です。

 今思い出せるのはこんなところでしょうか。
 今求められている教師とは、「学生を燃えさせ、熱くさせる教師」である。マンガによる教師像の研究(山田浩之氏)で、そんな感じのことが明らかにされていたことを思い出しました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

授業についての悩み

2012年11月18日 23時09分31秒 | 教育研究メモ

 最近寒くなりましたね。風邪引いていませんか?

 さて、夏ごろ、準備にいそしんでいた新規科目の「教育原理Ⅱ」。幼児教育の歴史と思想をテーマとする2年生の選択科目です。計100時間以上かけて作り上げてきた(まだ完成してないけど…)科目。しかし、実際のところ、うまくいっておりません。
 テーマに沿ってはよく内容をまとめている自信はありますが、何より学生とのマッチングがうまくいっていない様子。3分の1くらいの学生は必死でがんばって食らいついてきているようなのですが、残りの3分の2の学生の様子が…。かなり内容が難しいので、本来はしっかり学生にそのことを考えさせて履修させるべきでした。しかし、履修者数を少しでも増やしたいという欲が出てきてしまって、アピールの仕方をミスったかもしれません…
 これまで、他の科目以上に準備に時間をかけたり、説明を工夫したりしてきました。先週は、学生の理解を助けようと特別な教材を作ってみたものの、うまくいきませんでした。そのため、先週末は意気消沈状態。

 とはいえ、当初の科目設定の想いである、保育者に幼児教育の歴史・理念の知識と、過去から教育を考える姿勢とを身につけて欲しいという想いには変わりはありません。
 歴史なき実践や制度はいかに。
 理念なき実践や制度はいかに。
 1年や2年で保育職をやめるなら、歴史や理念、過去から教育を考える姿勢など必要ないかもしれません。しかし、保育者の専門性は1年や2年で確立するものではありません。保育者が専門性を高めるには、先輩(故人も含むと私は思います)から考え方や技術を学ぶ必要があります。また、長く務めれば、部下を率いて教育を経営していく必要もあります。そのとき、歴史や理念を知らず、過去から発想することもなしに、自分の思いつきだけで人がついていくでしょうか。人は、過去の生き方や経験から生じる様々なしがらみやこだわりの中で生きています。そのしがらみやこだわりを一つ一つ解きほぐし、よりよい方向へ導くことこそ上に立つ者の仕事です。過去から教育を考えていく姿勢は、保育者を長く務める上で不可欠だと思います。
 歴史は理解し、乗り越えるべきものであり、無視するものではありません。同じ変革にしても、過去の実績や先人の努力を無視して変えることと、それらを知った上で継承すべきことと変えるべきことを判断して変えることとでは、まったく意味が違います。歴史を乗り越えるには、必ず歴史を知らねばなりません。
 もちろん、複雑な因果関係にある歴史を知ることは容易ではありませんので、指導者・支援者が必要です。その指導・支援ができればと思い、幸いにもその機会を与えていただけたため、私はこの科目を手に、学生たちの前に立ちました。せめて、保育者集団の将来を担う若い保育者の卵たち(または保育者への理解者・協力者の卵たち)には、幼児教育の歴史と理念とを知ろうとする姿勢とそれらを知るための基盤を形成してもらいたい。山陰最大の定員数を有する所属養成校の教員として、保育者養成の実践者として、この仕事は重要な仕事だと思っています。私は教育史を専攻する教育学者のはしくれですから、この養成校で仕事をする限りは、私にしかできないこの役割を果たしたいと思っています。

 第1回目にそんな感じの話をしました。学生はこれを聞いた上で履修したわけですし、目を輝かせていた学生も中にはいましたので、たぶん、私の想いはそれなりに伝わっているのだと思います(そう思いたい)。授業づくりにおける改善はこれまでもしてきたし、これからもしていくつもりです。
 では、その上で何をすべきか。そのために今考えているのは、予習(復習)教材の提供です(先週配ったのは授業中に使う教材)。学生を見ていて、この科目に関する事前知識がほとんどないことが問題の根幹にあるなと感じています(事前知識になるはずの学習は、1年次にやってるはずなのですがね)。そこのところに対応し、わかりたいと思っている学生がよりわかるように支援するとともに、小レポートとも連動させて、わかろうとする学生を少しでも増やしたいと思います。学生を見る限り、単位が欲しいだけの学生も少なくないような気がしていますが、そんな学生でも腹をくくってやる気になるようにもっていきたいですね。改善授業の15回終わった後、もしかすると授業に対する満足度はあまり芳しくないかもしれませんが、少しでも「自分は勉強がんばった」と思える学生が増えるようしたいです。
 教師とは、「学生をやる気にさせる」存在でもあります。経験上、口頭での叱咤激励だけでは学生はやる気にならないことはわかっています。学生たちをやる気にさせるしかけ(知的な意味での)について、まだまだ考え、工夫し、実践してみるべきことは残されているようです。

 あ、改善を続けてきた他の既存科目は、今まで以上にうまくいっている気がします。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

子どもを「生きさせなければならない」

2012年11月13日 23時55分55秒 | 教育者・保育者のための名言

 中国四国教育学会、無事発表を終えられました。研究の質を上げられるようないい質問ももらえました。質問してくださった方々、本当にありがとうございました。日曜の仕事にも無事(?)参加できました。

 さて、普段の生活において、なかなか書けそうなネタがないので、たまに教育に関する名言でもたまに紹介しようと思い立ちました。忙しいのですが、ちょっと書きためていたので、以下公開。下線から上は私のコメント、下は原文(翻訳原文)です。

 まず最初に取り上げますのは、子育ての方針についてのルソーの名言。
 「[子どもの]死をふせぐことよりも、[子どもを]生きさせることが必要なのだ。」

 子どもを「生きさせなければならない」、という主張には、なるほどそうかと思わせられました。強制的な響きのある主張ですが、ルソーの時代は保護者の不注意や無理解により乳幼児がたくさん死んでいた時代であり、子どもの自由や適切な発達が妨げられていた時代ですから、そういう言い方になったのでしょう。現代日本では、ルソーの時代ほど多く子どもが死んでいるはずはないのですが、ほぼ毎日虐待死が報じられるような社会ですから、今ふり返ってもよい言葉なんじゃないかと思います。

 どこへ向かって子どもを「生きさせる」のか。死なないようにという消極的な目標ではなく、勝手に生かしておくというような放任的な目標ではなく、生涯を通してどんな境遇においても生きていけるようにという積極的な目標へ向かって。
 ここで「生きる」こととは何か。それは「活動」することである。自分の体や能力を用いることである。子どもは思うままに跳びはね、走り回り、大声を上げる。これは、子どもの体が強くなろうとして生じる運動なのだ。そのような運動を支え、子どもを活動させ、生きさせなければならない。今の感覚でいえば、体だけでなく、心の運動を支えていくことも大事だろう。それが子どもを育てるということなんじゃないのか。

 以下、その部分の原文(翻訳)です。


 「[子どもの]死をふせぐことよりも、[子どもを]生きさせることが必要なのだ。」

出典:ルソー『エミール』(1762年)より
 (今野一雄訳『エミール』上巻、岩波文庫、33頁)

 人は子どもの身をまもることばかり考えているが、それでは十分でない。大人になったとき、自分の身をまもることを、運命の打撃に耐え、富も貧困も意にかいせず、必要とあればアイスランドの氷のなかでも、マルタ島のやけつく岩のうえでも生活することを学ばせなければならない。[略] 死をふせぐことよりも、生きさせることが必要なのだ。生きること、それは呼吸することではない。活動することだ。わたしたちの器官、感官、能力を、わたしたちに存在感をあたえる体のあらゆる部分をもちいることだ。もっとも長生きした人とは、もっとも多くの歳月を生きた人ではなく、もっともよく人生を体験した人だ。 (同上、33頁)

 自然は[子どもの]体を強くし成長させるためにいろいろな手段をもちいるが、それに逆らうようなことはけっしてすべきではない。子どもが外へ行きたいというのに家にいるように強制したり、じっとしていたいというのに出ていかせるようなことをしてはならない。子どもの意志がわたしたちの過失によってそこなわれていなければ、子どもはなにごとも無用なことを欲することはない。子どもは思うままに跳びはね、駆けまわり、大声をあげなければならない。かれらのあらゆる運動は強くなろうとする体の構造の必要から生まれているのだ。しかし、子どもが自分ではできないこと、他の人々が子どものためにしてやらなければならないことを望むばあいには、警戒しなければならない。 (同上、116頁)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大日本教育会夏季講習会について研究発表します

2012年11月07日 23時31分24秒 | 教育研究メモ

 あと少しで実習期間が終わるというところで、そう簡単に終わってくれないのが実習期間というもの。あちこちでいろんなことが動いておりまして、引きずり回されるのを切り抜けるのに必死です。実習終わったら終わったで、補講やら行事やらが動き出すので息をつく間もないようです。研究関係(自分の研究に直接関係ないものも)も容赦なく〆切が近づいて…うぬぬ…
 私の人生の方針は、やらねばならぬことはやる、やると決めたらやりきる。やってやるんだ。やらされるんじゃなくて、自分からやってやるんだ。

 さて、気がついたら今週末になってた(冗談ではなくホントに)、中国四国教育学会第64回大会での発表。大会は、11月10日(土)・11日(日)、山口大学で開催されます。11日はお仕事なので、10日のみ参加します。発表は10日、午前中。
 題目は「明治20年代半ばの大日本教育会による夏季講習会の開催」です。最近の日本教員史研究の動向を知っている人であれば、私が何をやろうとしているのかようやくわかる題目。知らない人には何が面白いの?と思われかねない題目。「教育史」には違いないのですが、テーマの趣旨としては「教師教育」の領域に位置するのですが、まぁ日本教員史研究者以外わからんよね…とほほ。 こんな題目になったのは事情があるのですが(自分のくだらないミス(苦笑))、それはそれとして。

 実際どういうテーマなのかわかるように言い換えると、「大日本教育会夏季講習会の開始―明治20年代半ばの教員改良策」というテーマです。
 大日本教育会は、明治24(1891)年以降、毎年夏季講習会(明治26・7年くらいから夏「期」講習会)を開催していました。その後、大正昭和期までずっと開催し続けます。日本教員史研究では、この10年くらいで、師範学校以外における教員養成の研究、すなわち検定制度にもとづく傍系の教員養成に注目した研究が進んでいるんですが、その重要な一つに教育会の教員講習会に関する研究があるのです。大日本教育会の夏季講習会は、当時の代表的な中央教育会が毎年定期的にやっていた重要事業ですが、実際どういうねらいでどんなレベルでどんな人々に講習していたのかわかっていません。
 このテーマは、私も重要だと思いつつ、やり始めたら大変なことになるなと思って、手をつけていませんでした。とはいえ、「教員改良」というキーワードを持ち出した以上、直接に教員を改良した事業と思われる夏季講習会を研究しないわけにはいかなくなりました。まぁ、地方教育会の教員講習に関する研究が進んできたからこそ、私もこのテーマ面白そうと思ったわけなので、今だからやれる研究なんでしょう。
 こんなわけで最初から腰が引けていましたが、実際に調べてみたら、予想以上に面白いのなんの。講義録は公開原則禁止になっていたようなので見つかってませんけども(今回の対象外の時期ですが、谷本富の講義録は出版されていることは確認済み)、それ以外のアプローチから調べてみても面白い。とくに、私がこれまで研究してきた教育研究活動・教員改良運動の流れからみてとても重要なことがわかり、嬉しい発見でした。
 大日本教育会は、夏季講習会をやり始めることで、教員をどのような方向に導きたかったのか。そんな講習会には、実際にどんな教員が集まって、どんな講習を受けたのか。そんなことがわかる発表になると思います。

 夏の間にためておいたおかげで、やばいスケジュールの中でも、発表は準備完了できそうです。夏以降、手をつけていないので、明日明後日、時間をねじ開けて準備を仕上げなければ…
 つーか、無事学会へ行けるかが心配です(笑)。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

教師よ、あなたの言葉は死んではいないか

2012年11月04日 21時26分30秒 | 教育研究メモ

 次から次に仕事が増えています。12月中旬までろくに休めなさそうなくらいに… 求められる内が華。それから、今は運勢的(笑)に止まってはいけないそうなので、やれるところまでがんばろうと思います。

 さて、先日、所属校で、SD(Staff Development)と合同でFD(Facultiy Development)が行われました。他の教員との話し合いも貴重ですが、事務職員と職能について話し合うことはめったにありませんので、この機会にしかできないことをしたいなと思いました。
 私の所属したグループでは、2つの目標が立てられ、そのうちの一つとして、教員と事務職員との間で互いの仕事を理解し合うことを目標にしました。私は、「教職員が学生の専門性・実践力を高めるために何をしているのか、何ができるのか」というテーマから、この目標に積極的にかかわらせていただきました。
 私がこの機会に一番したかったのは、このブログで普段ぶちまけていることを他の教員や事務職員に伝え、その思いを共有することでした。とくに事務職員には、教員が授業以外に何をしているか、少しでも知って欲しかったのです。教員の仕事を事務職員に具体的に知ってもらうことは、学生指導の方針を共有し、事務職員の教員に対する理解・支援を引き出す上で重要だと思っています。あわせて、事務職員がやっている学生に対する教育的かかわりについてもうかがえれば、教員の事務職員に対する理解も変わり、協調的な仕事につながると思います。

 研修の事前準備の際に私があまりにうるさいので、グループ内で、少し系統立てて話す時間をいただけました(笑)。こういう若手教員の言葉を聞こうとする許容的雰囲気は、わが勤務校の最もすばらしいところだと私は思っています。
 私の話の主な趣旨は、授業準備(教材研究)の時間は90分授業につき90分以上の時間が必要であること、教員間の情報意見交換や学生の個別指導を日常的に行っていること、学術研究は教員の個人的趣味ではないこと、事務職員の仕事も学生の専門性・生活力を高めることにつながること、事務職員による教員支援も学生の教育に役立つこと、などでした。資料として、私の「中くらいに忙しい日」を取り上げて、「ある教員の一日」として分刻みで何にどれくらい時間を使っているかも示させてもらいました。

 とくに学術研究については、ひとまず学問・学会貢献の役割は置いておいて、それ以外に次のような意味があることを主張しました。
 まず第1に、教材研究としての意味について。学術研究の成果は、教材化して授業へ反映させる必要があります。とくに、変化の激しい分野(情報系、応用科学系、国際系など)については、最新動向を常につかんでそれを教材化していかなければ、意味のある授業はできません。私は以前、教員の研究を「新陳代謝」だと言ったことがありますが、自分の授業や学生指導で話す内容を生き生きとしたものにするにも、研究は不可欠です。
 第2に、教員自身の力量形成上の意味について。学術研究は、教員自身の研究能力の向上につながります。研究過程は、いわゆる課題解決過程でもあり、課題解決能力の発揮・育成過程でもあるのです。現在、学士課程改革の方針をめぐって学生の課題解決能力の育成が強調されていますが、教員自身が課題解決の仕方を知らない、または課題解決能力に乏しければ、どうして学生の課題解決能力を高めることができましょうか。また、学術研究によって学問内容を深化させることは、授業教材の理解深化にもつながります。
 第3に、地域(現場)貢献における意味について。地域住民や行政、現場が、本当に大学教員に求めているものは何でしょうか。それは、素人的な思いつきや無批判・思考停止の死んだ知識・技術ではないはずです。地域(現場)・行政が大学教員に求めているのは、高度な研究・実践にうらづけられた専門的知識・技能、またはそのような専門的知識・技能を背景とした見識や判断力です。それらを開発し、身につけるには、学術研究が不可欠です。この話から派生して、学外委員などで地域に出た時に得た(公開可能な)情報を教材化して、学生へ還元していくことも大事だという認識が他の教員から出ました。私もそう思います。
 学術研究は、授業改善、学生指導改善、教員の力量向上、地域(現場)貢献に役立つのです。学術研究は、学生・教員・大学・地域・行政・現場のためになるのです。

 こんなことを述べて1グループ7人と話し合ったのですが、予想以上によさげな反応があったのでホッとしました。最後にグループリーダーが次のような言葉でまとめてくださったのは、とても嬉しかったです。

 「研究をしなければ、教師の言葉は死んでしまう、ということですね」

 死んだ言葉では生きた人間を育てることはできない。そのため、教師の言葉は生きていないといけない。教師の言葉を生かすには、研究が必要である。
 大学は、研究費や研究室・設備の配慮をする。それはもちろんありがたい。しかし、研究時間への配慮はあるだろうか。大学(実際は大学だけではないが)の現場は、確実に多忙化の状態に突入している。教育や大学運営事務は際限なく膨張し、さらに地域貢献も課せられていく。大学の現場で今一番確保が難しいのは、研究時間ではないか。研究は日常的に行わなければ成果を得られない。教育と事務を十分しつつも、日常的に研究することができるよう、職務内容の整理・合理化を進める必要がある。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする