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教育史研究と邦楽作曲の生活

一人の教育学者(日本教育史専門)が日々の動向と思索をつづる、個人的 な表現の場

2024年を振り返って

2024年12月30日 23時23分00秒 | Weblog
 2024年が暮れようとしております。皆さんの2024年はいかがだったでしょうか?

 私の2024年は変化の年になりました。昨年の年末に新しい職場が決まり、大慌てで引っ越しや娘の保育園探しを進め始めた年始でした。ゼミ生や担当科目の引継ぎも苦労しました。何より、関係者には本当にご迷惑をおかけしました。特に、ゼミ生たちは様々に葛藤したはずです。しかし、最後は、「先生が長年の夢をかなえるんだから」と前向きにとらえて追い出してくれました。本当にありがとう。(写真はこの時ゼミ生からいただいたカップです)




 4月からは広島大学教育学部で15年ぶりに働くことになりました。それまでの地方小規模私立大の教職課程担当教員としての働き方とはまったく違う働き方になったので、慣れるまでにちょっと時間がかかりました。しかし、これまで私が一番やりたかった仕事に集中できるようになったので、生活はとても充実していました。今年のゼミ生は学部3年生3名だけですが、皆優秀で、とても指導しがいのあるゼミ生たちです。後期からは外国人研究生1名を迎え、博士論文執筆を目指す本大学院卒業生もお1人、私のゼミに出入りするようになりました。来年度は、ゼミ生をはじめ指導学生が徐々に増えていく見込みです。
 私が指導する学生たちは、教員になる人もいますが、それがゴールの人たちばかりではありません。特に広島大学教育学コースで大学院まで行く人は、教育学の研究者を目指し、多くは教職課程担当教員すなわち「先生の先生」になっていきます。私の仕事は、教育学の研究者として一人前に論文が書けるようにするのはもちろん、「先生の先生」として立派な働きのできる人を育てることです。最近、教育学コースで設けている教職課程担当教員養成プログラムの修了予定者が履修する最後の科目の初回がありました。私が科目担当になっているので、最初に話をする機会があったのですが、そこで「形式的作業に終えず、自分のために、将来出会う学生たちのために、そしてその将来の教師たちが出会う子どもたちのために、しっかり取り組んで下さい」と声をかけさせてもらいました。「『先生の先生』の先生」としての仕事。頑張ろうと思います。

 さて、研究については、3月までに前年度の成果を出し切りました。『History of Education』誌掲載の英語論文は、6月にようやく紙媒体に掲載されたようです(実物を手にできていないので伝聞ですが)。これでいったん、鳥取短大・広島文教大での研究成果は形にし終えたと思います。これからは、広大の教員としての研究活動です。
 6月からは学部1年生対象の「日本東洋教育史」の講義が始まり、自分なりの通史教育を始めました。テキストは講義開始に間に合わなかったので、形にするのは来年度になります。また基本的にKindle版で販売すると思いますが、今度はいずれ紙版も販売できるように画策中です(Kindle版の発売を先行させて、紙版の発売はタイミングをずらずかもしれません)。
 4月から、研究が主要な業務の一つになったので、めいっぱい研究に取り組みました。結果として口頭発表を7つも形にしました。年頭からの発表も足すと、口頭発表9つです。これは間違いなく自己ベスト新記録。研究ではまだまだやりたいことがたくさんあるので、時間はいくらあっても足りないくらいです。今年の発表は久しぶりに史料にじっくり取り組んで準備しましたが、試論的な取り組みが多かったので、論文化できているものはまだありません。しかし、すでにいくつかは活字化が決まっており、3月までにはいくつか公表できそうです。
 史料保存の取り組みも進展しました。まずは沼田家文書の保存活動が結了しました。故沼田實氏の実子の方々がお持ちだった分も含めて、ご遺族の御意向を受けて、すべて広島県立文書館に寄贈することができました。文書館に寄贈する前に、一部の史料を広島大学内で公開できたこともよかったと思います。院生・学生・教職員に日本教育史の仕事の一端を、実物展示で示すことができました。また、一部三原市内に残っていた沼田家文書の史料(三原小に寄贈したものを除く)も、最終確認して収集し、これも文書館に寄贈することができました。さらに、8月には、長野県飯山市で廃校予定三校の史料目録作りのお手伝いもできました。十分な戦力には、なれたと思いませんが、私自身にとっては史料保存活動の貴重な経験になりました。さらに、12月には、新たな史料群の整理にお声がけいただき、膨大な量の史料に圧倒されながら鋭意作業中です。
 史料保存の活動に携わった経験は、後期の学部2年生対象科目「日本東洋教育史演習」の授業に活かすこともできました。史料に出会う機会は突然にやってきます。そのときに少しでも確実な手立てを講じることのできる人材を育てるために、出来ることを考えています。

 来年度の仕事は今年度とはちょっと変わってくる見込みなので、今年のようにはいかないと思いますが、それでも研究と教育が一番の仕事であることには変わりありません。研究でも新しい取り組みをしていきたいと思っておりますし、これまでの仕事をとりまとめて新しい研究書も出していきたいです。
 今年お世話になった方々に感謝しながら、2024年を締めくくりたいと思います。また来年もよろしくお願いします。
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新学習指導要領が諮問された時に思う

2024年12月28日 11時37分00秒 | 教育研究メモ


 2024年12月25日、中央教育審議会に学習指導要領改正が諮問されました(「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について(諮問)」)。現行の学習指導要領が、2014年11月諮問、2016年12月中教審答申によって、2017年・18年に告示されたものですので、おそらく2026年に答申を目指して審議を進めていくものと思われます(「迅速に」とも言っているので、スケジュール前倒しの可能性も否定できませんが)。
 今回、諮問の第四の事項に挙げられた「教育課程の実施に伴う負担への指摘に真摯に向き合うこと」はとても重要です。教育内容を純増させることは厳禁であり、プラスマイナスゼロにとどまることも許されないものと考えます。教育時数はそのままで教育内容を積極的に減らし、目的・目標達成を効率的・効果的に果たせるように方法・条件を工夫しながら、現代的課題に応えることのできる新たな教育課程を編成すべきです。間違いなく大仕事になるべきです。
 私としては、教員が勤務時間内における自主的研究に取り組むことを踏まえた教育課程の編成を望みます。近年の採用試験の結果やベテランの退職によって教員の質は大きく変化しています。時間いっぱい児童生徒の教育や事務仕事にあたることを前提として、新しい教育課程の研究・勉強は勤務時間外にするのが当然というような発想は抜きで議論してほしいものです。
 以前「学校教育改革・働き方改革とカリキュラム研究」というお題で学校のカリキュラム改革を述べたことがありました。おおまかにいえば、平日午前中を教師が主導する各科授業とし、午後を協同調べ学習中心の授業にして協力者を含めたチームで指導するという案を提唱したのですが、今も私はこれが良いと思っています。もともと20世紀前半に始まった新教育実践(ドルトンプランやイエナプラン)を念頭に置いての案でしたが、現在でも、緒川小等、各地の学校で類似の実践が行われています。不可能なカリキュラムではありません。こういったカリキュラムを実態に応じて編成できるような新学習指導要領を期待します。

 問題は、こういったカリキュラムは知識技能詰込み型の受験・進学準備には向かないということや、そういう授業・指導のできる教員を育てる必要があるということ、管理職や行政のリーダシップが重要であることです。新しいカリキュラムに関する地域住民や保護者の理解が必要ですが、理解を得るには単なる情報周知ではなく、むしろまずは直接的に協力してもらいながら体験的に知ってもらうことを前提にした方がよいでしょう。また、地域住民・保護者の社会教育・生涯学習的意義も前提に考え、子どもたちと共に学び合う地域・家庭を目指していけるとよいと思います。知識技能詰込みの学習は希望者対象のみで良いと思います。(地域との連携についての過去記事はこちら
 また、新しいカリキュラムを開発・運用できる教員を育てる教員養成・教師教育の再構築はもちろんですが、現職教員の質的改良や協力者の養成が重要なので、教員や協力者の研修の改善の方が重要でしょう。そのつど必要に応じて教員自身が学び続ける必要があるので、法的研修だけでなく、自主的・主体的な研修を認める仕組みづくりが必要です。教育学はそういう学びの場を提供する事業に貢献すべきです(大学だけでなく学会も)。(研修についての過去記事はこちら
 新しいカリキュラムの開発・運用には、管理職や行政官がどの程度理解し、リーダシップをもって推進できるかが重要です。校長会や教頭会、教育会等の管理職団体や各種教育団体は積極的にこのような問題を議論し、衆議を尽くしてアイディアを出し合い、合意を形成していく必要があります。自分たちの地域ではここまでやろう、こうやってやろう、という話し合いが大事です。(管理職団体や教育団体に期待していることについてはこちらの拙稿をどうぞ)
 内容削減となると、20世紀末の「内容3割削減」の時の轍を踏まないようにしなければなりません。あの時、「新しい学力観」・「生きる力」に基づく教育課程改革がなぜうまくいかなかったかについてもよく検討すべきでしょう。

 とはいえ、大事なことは、学校教育は人間を育てる制度だということを大事にすることです。いくら知識や技能が現代的課題の一部に応じて更新できたとしても、人間性を育てなければ意味がありませんし、むしろ害になります。学校の教育課程を考える人々は、学校教育が応答すべき現代的課題とは何かを考えると同時に、学校教育の不易の核となるべき課題は何かを考えなければなりません。
 「藹然」という言葉があります。雲がたなびくように穏やかなさまを指します。古く漢学において、人との接し方の理想として挙げられる言葉なのだそうです(六然訓の一つ)。現代的課題に応じようとしてキリキリと働く人を育てようとするばかりでなく、人間として落ち着いて穏やかに他者と関わることのできる人間を育てていくことは、忙しい現代社会だからこそ大事なことかなと思います。
 この記事の最初に挙げた写真は、私が資料整理に関わった広島県御調郡三原小学校初代校長であった沼田良蔵が開いていた私塾の名前の書です。1884(明治17=甲申)年に良蔵の師である宇都宮龍山が書いたものだと推定しています。三原の教育を牽引し、皆で協力して三原の地域を盛んにしようとした良蔵でしたが、業務の傍らに地域の子弟を育てる場に「藹然」の言葉を用いました。この記事を書いているときにたまたま思い出した写真でしたが、今こそ大事なことだなと思いましたので掲示しました。
 (「藹然舎」の額は三原小学校に寄贈されております)
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オリジナル絵本をつくるうちの子

2024年12月24日 20時08分00秒 | Weblog



今日はクリスマスイブです。子どもがいると特別な日になりますね。

今日のうちの子は、黙々とオリジナルの絵本を作っておりました。鉛筆がちびて描けなくなって、クーピーで続きを一生懸命に描いております。
ユニコーンのお姫様がにこにこ過ごすお話のようです。

手前の2枚は間違ったらしいです。表紙も描き始めました。
以前にもオリジナル絵本を作っていたことがありましたが、今日のは枚数が多い。大作です。

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「わたし」という一人称

2024年12月20日 23時55分00秒 | Weblog



5歳●か月のうちの子ですが、日に日に成長しております。
上の作品は昨日保育園で作ったもので、工夫があってすてきです。妻いわく、保育園から帰ってきてすぐに出窓のところに自分で飾ったとのこと。

本日、「わたし」という一人称を使っているところに初めて出会いました。妻も初めて出会ったとのこと。
これまでは「〇〇ちゃん」と自分の名前で自分のことをを呼んでいたうちの子でした。「“わたし”って使えるようになったのね!」と言いますと、「わからないけど、いろんなひとがいるから」(?)という返事。「すごいね!」とほめておりますと、「あたし、あたい、」と言いながらトイレへ行ってしまいました。(たぶん照れたと思われる)

ついに抽象的な一人称を使うようになりました。このくらいの頃に使うようになると知っていましたが、実際に子どもが一人称を使うようになった瞬間に出会うことができて、感動です。
保育園のクラスでは、仲のいい友達のうち1人だけ他に使っているそうで、他のみんなは自分の名前呼び。友達やメディアの影響で、「なるほど自分のことは“わたし”と呼べるんだな」とわかってきたのでしょうね。
そういえば、私たち両親が、自分のことを何と呼ぶか(名前、父母、夫妻)や、祖父祖母、親戚との関係性で何と呼ぶかについても、少し前から興味を持って話を聞いていました。よくわかりませんが、そういう言葉と人間関係との関係性を理解するなかで、「わたし」という言葉が便利だなと思って使うようになったなら、すごいことだと思います。

「わたし」という言葉を使うようになるということは、自我の概念内容が変わってきたということ。また、人間関係のなかで自分を一般的に表す言葉を発見したこと。
子どもの成長の瞬間として、とても興味深い場面だと思いました。

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